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マーバル岡俊子氏×元パナソニック川上徹也氏×キユーピー中島周氏「M&Aによる事業転換と新たな成長」前編

投稿日:2014/02/10更新日:2021/11/30

「技術導入をしなければ負ける。経営の方向性を強く持ち、松下幸之助自身がM&Aを推進していった」(川上)

石黒不二代氏(以下、敬称略):昨今は日本でもM&Aが大変活発になってきた。今日はM&Aによる事業転換と新たな成長を実現するため、まずは日本企業のM&Aに関する問題提起を三つほど行ったうえで議論に入りたい。一つ目は結論ありきのM&Aが散見されるという点。二つ目に、高値掴みになっているという点。そうした批判が多く、私自身も同意している。そして三つ目は、取締役会でM&Aの内容に関して賛否両面からきちんと議論されているかどうかという点、だ。今日は事業としてM&Aを活発にやってきたご経験のあるお二人と、M&Aに関して国内有数のアドバイザーお一人にご登壇いただいた。

早速、テーマに従って色々とご意見を伺いたい。まず、よく聞く話だが、「結論ありきのM&Aというのは大丈夫なのか」。会社や業態で違うとは思うが、通常はどういった形でM&Aがはじまるのだろう。昨今のパナソニックさんはM&Aの歴史を歩んでいるといった印象もあるが、まず川上さんにパナソニックさんのM&Aについて伺ってみたい。

川上徹也氏(以下、敬称略):古い話になるが、昭和26年、旧松下電器産業の年間売上高は27億円だった。資本金が5億円で3割配当していたという会社だ。この年にアメリカへ初渡航した松下幸之助は日本の技術が相当遅れていると考え、「技術を導入しなければ負ける」と、世界を廻って技術提携先を探した。その結果、経営者が優れ、何より資源のない小さな国でありながら300もの工場を世界に出しているという、その環境が日本と似ているということでオランダのフィリップスを選んだ。

それで当時は親会社の資本金が5億だったにも関わらず、共同出資をした会社の出資金は6億6000万という出資をした。それをフィリップスが2割負担するということだった。で、その会社をつくり、翌年に調印する。1年かけて調印にこぎつける訳だが、その調印後、幸之助が面白い言葉を残している。「本当に正しいのか誤りはないのか、決断つかぬままで、そういう心で調印をした。自分の未熟さを表している。本当に大事なことに臨んで心身疲れなく仕事を進めることの出来る人というのは偉人である。その聡明さを養うことが大事やな」と。自分はまだまだだ。ただ、自分として私心を差し挟まなかったということだけは他者に誇ることが出来ると述懐している。

そこで投資会社でトランジスタや真空管や半導体やブラウン管や蛍光灯といった、日本にあまりなかった技術をどんどんつくっていく。それをベースにして、いわゆるラジオ、テレビ、ステレオ、テープレコーダー、照明、通信といったものへ展開していった訳だ。で、調印3年後に売上が220億円ということで8倍になり、資本金も30億ということで6倍になった。それで人員も何倍かになって1万を超えるということで、飛躍的に伸びていったという投資だった。

その後、日本の経済成長のなかで幸之助が何をしたかというと、まさにM&Aだ。扇風機をつくりたいというとき、モーターも技術もないというと、川北電気を買収してつくろうと。それから冷蔵庫をつくりたいということと冷媒技術がないというと、中川電気というところを買収してすぐグループにする。また、ファクシミリをつくるということで東方電気というところを買収して、松下電送をつくる。ポンプや赤外線コタツ等、どんどん買収をしていって成長させていった。まさにM&Aの歴史であったと思う。

そのとき、必ずトップである幸之助自らが相手のトップと何回も話をしてそのことを決めていったというのが大きな特徴だ。大切なのは、経営をどうしたいかという経営者の思いのなかで、決定していくということなのだろう、と。あと、現在デューデリジェンスと言われるようなものは当時はどうやったのかなというのが歴史に残っていないので分からないが、必ず番頭である高橋新ロウというCFOを同席させておったというのは特徴だったと思う。

今は時代も違うし環境もまったく異なるが、トップが事業の方向性を決めていく。しかも具体的に意思を持って決めていくということが非常に大事ということだろう。併せて大事なのは、分かりやすく客観的に評価あるいは表現をするという、その辺がCFO、スタッフとしての重要な役割ではないかと。歴史のエピソードとして語られているので、ご紹介した。

石黒:非常に強力なトップダウンがM&Aに奏功したというお話かと思う。やはり会社の成り立ちとして創業者の方が強いリーダーシップを持ち、その方が戦略ありきで、その実行に何が足りないから「じゃあ」ということで、ある意味ではスピードを買うためにM&Aをしようといったお話だったと思う。創業者であっても強力なリーダーシップがなければできないという意味では、文化的に皆にとって肝に銘じ得る話だったとも感じる。

会社というのは成長していくもので、創業者がずっと経営していくのは難しい訳だから、フェーズによってM&Aのやり方も変わってくるとは思う。日本では今はボトムアップ的な組織が非常に…、今はたくさんの会社さんが大きくなって、非常にボトムアップ的になっているが、ある意味では今、川上さんから伺ったものと逆のやり方というのをM&Aでよく聞いている。最近ではクーデターが起こったような例もあったが、中島さんのところはどのような形でM&Aという案件が持ち込まれたり、あるいは探したりするのだろうか。

「食品業界はバリューチェーンの上下にある企業と家族的な連帯が深く、ある意味“救済的”なM&Aもある」(中島)

中島周氏(以下、敬称略):私のところは、そもそもあまり動きが活発ではない食品業界にあるということもあり、いたってドメスティックだ。規模が小さいのでニュースにならない話が非常に多いとも思う。互いに取引関係が非常に深く、互いの顔が見えていることもあって、過去にはどちらかというと取引をしているなかで救済的な…、裏に従業員がたくさんいる労働集約的なところが多いので、こういった会社を救済して欲しいというようなことで持ち込まれるケースが非常に多かった。

たとえば我々の会社の幹部の兄弟が経営している会社があり、「少し困っているから面倒を見てください」とか。あるいは、「地方のほうでやっている親戚の会社を少し面倒見て欲しい」というような。そういった意味では、このあと出てくるかもしれないが、価格が云々といった話よりも従業員の雇用が第一と。そういう形で請ける形が多かったと思う。

ただ、最近は皆さんご存知の通り、プロのアレンジャーという、IB(投資銀行)の方々が我々のところに来て、「御社はどんな戦略ですか」と。「戦略に合うようなメニューを持ってきます」ということでたくさんいらっしゃる訳だ。当然、IBの方というのは目線がすごく高くて、100億、200億、300億と…、もちろんコミッションを稼ぎにいらっしゃるので、非常に大きいということがある。それでこちらもわざと、「いや、もう少し小さいところをこつこつやっていくのが」といった話をすると、「ああ、ではちょっとM&Aセンターでもご紹介します」というような形でご紹介されてしまったりして、さっと矛先を変えられたりすることが多いと思う。

IBではなく、ブティック型のファームも結構ある。こういったところのほうが業界事情に大変詳しく、「あそこのあの人はこういう形だから気をつけろよ」というような情報もいただける。また、人脈も非常に持っていらっしゃるので、ポストマージャーという意味では結局人が関わってくるので、結局、人材を引っ張ってきてくれるそういうブティック型のファーム等のほうが望ましいのではないかなというような印象を持っている。

石黒:とてもリアルなお話だった。恐らく会場の方々もこういった形でM&Aの案件を持っていらっしゃるIBとか証券会社とか、さまざま、ご経験があると思う。モデレーターながらお話をすると、私どもネットイヤーグループというのも小さい案件のM&Aをやりながら成長をしている。

で、業界によって異なると思うが、私どものいるITあるいはネット業界というのは隅々までライバルの状況等をほとんど知っている。従って持ち込まれるのはまったく話にならないというのが、割と一般的だ。それで私たちは自分で探しに行って話をするというのが、ネット業界では常識的かと思っている。従って反対に断れないものというのはない。ばんばんお断りするし、欲しいものは欲しいというのが私どもだと思う。まあ、断れないというのはあまりないのだが、一般的にはご専門家として岡さんはどうだろう。

岡俊子氏(以下、敬称略):たしかに業界によってかなり状況は違う。ただ、共通して断れない案件というのも、実はある。それはトップが持ち込むもの。会社の社長がどこかの会合でどなたかに頼まれて、「いいんじゃないの?」という風に言われると「そうかな」と思い、それで「やるよ」と握手してしまう。これは国内・海外に関わらず、ある。

だいたいトップ以外の方が持ち込んでこられるのは「本当に経済合理性に合致しているの?」とか「戦略に合致しているの?」ということで、皆さん十分にご検討なさる。しかしトップが持ち込んだ案件というのはトップ以外の方は皆トップの部下であるから、「俺の将来はどうなるんだろう」ということをお考えになるかどうかは分からないが、なかなか断りきれない。

そうなると、先に結論ありきという風になりがちだ。で、結論というのは何の結論かというと、だいたいにおいて、「このM&Aをやる」という結論と、「この価格でやる」という結論の二つ。このM&Aをやるという風になってしまうと、デューデリにしてもそのあとの作業にしてもM&Aをやることが目的化していく。そうすると価格も決まっているし、ではデューデリで一体何をやっているのだろうということにもなりかねない。それでかなりの高値、次のテーマである高値掴みになりやすい構造になってくるのでは…、なっていますねという事例は散見する。

先ほど中島さんが救済のことを仰っていたが、救済の場合は売り手と買い手との力関係で買い手のほうが割と言える立場にある。そうするとなかなか高値にはなりづらい。今、救済以外はほとんど売り手市場だ。買いたい人はたくさんいるというような状況なので、買いたい案件で結論ありきということになると、最初から高値ということになりがちだ。

で、トップが持ってきた案件を止めるには、石黒さんが先ほどおっしゃったように、クーデターぐらいしか道はないというのが、もしかすると今の、特に重厚長大型の企業の実態なのかもしれない。

「薄化粧から厚化粧まで段階はあるが、この化粧を剥ぐ作業がデューデリと言える」(岡)

石黒:私にとっては信じ難い話でもあるのだが、そもそも結論ありきのものが高値掴みになってしまう、ということだと思う。本来、デューデリやシナジー効果を算定すると思うのだが、このデューデリ等で日本企業が…、もちろん皆さん、決まってから次にデューデリということに…、決まってからというか、じゃあ買うか買わないか、次の段階でデューデリということになるのだが、ここにおける日本企業の課題というのはあるのだろうか。

岡:あると思う。元々、M&Aは高値掴みになるというものだということを、最初に認識しておかなければいけないと思う。特に日本の場合、DCF法という評価方法があるが、これを皆さん結構ご覧になっていらっしゃる。対象会社のほうから「私たちはこういう事業を今後やっていきます」という事業計画が出される。で、これはだいたい、お化粧がふんだんになされている。薄化粧から厚化粧まであるのだが、そういうものだとご理解いただいたほうが良いと思う。

で、それを剥ぐ作業が今おっしゃったデューデリということだ。そうすると、たとえば対象会社が出してきた事業計画を元に算定すると100億だったというものがあったとする。で、デューデリでお化粧を剥いでみたら80億だったと。その80億というのがその会社の本当の実力だ。これに買い手として「いや、シナジー効果があるよ」と。「プラスで30億出ます」と。ただ、マイナスの効果もあると。それがたとえば10億あるとする。そうすると30と10で、ネットで20と。ということは80に20を足した100というのが買い手としてはマックスの価格になる。

で、売り手は元々100億になる事業計画を出して、「私はこの価格で売りたい」と言ったのと、買い手は「100億ぐらいいけるよ」というのがマッチして、それでディールが成立するということになる。しかし日本企業の課題は、マイナスのシナジー効果にあまり目を向けない。自分の会社が買うとお客さんが逃げるとか、従業員が辞めてしまうといったところについて、少し見積もりが甘いところがある。

また、「シナジー効果がこれだけ出るよ」という部分に関して、なかなか定量化が上手くないというのが日本企業の課題だと思う。実体を言うとやっているだけ。定量化作業をやっているだけ良いほうだ。まったくやらない会社も実はある。

で、三つ目だが、デューデリがなかなかフォーカスを定めたものになっていない。デューデリというと、よく当社にも持ち込まれるのが、「皆さんがやっていらっしゃるようなデューデリを通り一遍やっておいて貰えませんかね」という話だが、これをやると何が起こるか。夏休みの自由研究がはじまる。デューデリのアドバイザーは「じゃあここが面白そうだからここを掘ってみよう」というようなことがはじまる。これは買い手が何を戦略的目的とした買収かというところを置き去りにしてデューデリをやることになりかねないので、そういう部分でアドバイザーの使い方というところにも課題があるような気がする。

石黒:お話を伺っていると、専門家が少な過ぎるような印象を…、まあ、アドバイザリーの方はやはり専門家でいらっしゃると思うが、各企業さんにきちんとした段階を踏んだうえでやるべきことをやっていただくという、基本的なことが少し欠けているような気がする。

デューデリについてだが、特にクロスボーダーになると、これもまた非常に難しい話になってくる。そういう意味で、クロスボーダーのM&Aを非常にたくさん手掛けていらっしゃった川上さんに、その辺りの難しさについてお伺いしたい。

川上:私が社外役員をしていた会社の案件についてひとつお話ししたい。2006年11月にコンサルから「インドの電気器具のメーカーを買わないか」という話が持ち込まれた。で、そのときはもうオープンになっていたので海外の大手が随分参入していた。で、早速調査を開始して、チームを組んで行った。インドであるから大変な調査になるが。そして現物を見て、「品質についてはまあまあOKか」と。で、収益は20%以上を出している。また、何よりの魅力は、インド市場というのは日本人には無理だ。そのとき、そのオーナー会社としてインド国内に販売網を30万件持っていて、シェア4割弱というメーカーであった。そんな風にしてデューデリをチームとして1カ月、インドでみっちりやって、その1カ月後に社長へ上げた。

で、社長は…、ものづくりがまずまずであるということと、それから海外の色々な有名メーカーが参入しているので、将来にかけてインド市場を掴むという意味では大事だと。そういうことでGOサインを出す。で、12月末に長いデューデリを経て電話会議でトップ会談を行った。まだ互いのオーナーは会っていないという状況で。で、電話会議で少し…、なんというか、感覚的な話になるが、「顔が見えませんけれども、私はあなたに大変親近感を覚えています。ぜひ会いたい」ということを日本人社長が言った。すると向こうのインド人オーナーも同じ印象のことを言ってきた。

それで相当難しい海外との競合だったが、1月初旬に優先交渉権の報せが来る。それで内部的手続きを踏んで、日本からもトップがインドへ行って、つぶさに見て廻るということになった。そのあと、翌年3月にオーナー一族、会長社長家族もすべて招待して、それでショールームを見せ、最新の工場を見せた。これはインド人もびっくりだ。「素晴らしいものづくりの水準」ということであった。それから会食をして、非常に良い感触で意気投合した訳だ。

で、そのあと金の話になった。そうするとインド人は途端にコロっと態度が変わった。金の話になると非常にシビアな民族だ。結局、1カ月間以上、またデューデリをやって交渉をインドでやって、結局、4月下旬に日本に来て、チーム対チーム、トップ対トップで。2回ほどホテルで会談のうえ、それで手打ちと。そういうことになった。

デューデリを何回もやっているようだが、実際は半年しかなかった。従って非常にインド市場のことを掴みにくかったと思うが、社長がこう言った。「最大の目的は日本人には掴みにくいインド市場の将来を買ったんや」と。だからものづくりその他についてはリスクがあったと。たとえば環境問題や不当労働行為といった、グローバルスタンダードで見ると非常にリスクがたくさんあったのだが、それらは乗り越えると。こう言った。「細かく深堀をしていたら躊躇していたかも分からん」と。従って「そういう目的を中心にしてやったのだからこれでいいんだ」と、トップがそういう感触を持った。ガバナンスの問題等もあるが、少し時間の関係もあるのでカットするが、結果は当初提示されたものよりも少し下がったほどで、トップが自ら思いと充実を重ねるなかで、先ほど仰った高値掴みにはならなかった。

現在その会社がどうなっているかというとインド市場に、今でも順調に展開出来ている。ものづくりも指導して、日本からもトップ以下出向して、指導出来た。そして二桁以上の収益が継続しておると。ということから、結果的には成功したM&Aの例ではないかと思うが、そのプロセスでは随分危険なこともあったという、一つの例として紹介した。

「アドバイザーによるデューデリはフラットなもの。経営として意思決定するための自分たち自身でのデューデリもすべき」(岡)

石黒:この案件の場合、たとえばデューデリの段階で何に重きを置くかということだと思うが、すべてのものをつぶさにやっていてはいけなくて…、もちろん大きなリスクについてはすべて潰しておかなければいけないと思うが、今の案件の場合は、たとえばオペレーションを買いに行くのであれば、これはペケだったけれども、やはり市場を買うのだというような、デューデリのなかで自分たちが何を一番したいのかという優先順位をつけていったと。その意味で非常に良い例だったと思う。

デューデリというのはバリュエーションの前工程にあたる訳だが、その次は本当に価格のところで…、バリュエーションに関して各会社さんがどんな指標を持っていらっしゃるのかというのもお聞きしてみたい。キユーピーさんの場合はどうだろう。

中島:一般的だとは思うが、普通は上場会社等のトレーディングされている値段を見ると、普通はEBIDA倍率5〜7とかっていう水準で…、最近は株価が上がっているからもう少し上にいっているかもしれないが、通常はそういった水準がベンチマークになるのかなと思う。また、非上場会社等の場合は純資産がボトムになり、それに税引き利益のPBRで何倍という水準になる。業種によって、利益が安定していない場合は過去3〜4年の利益をおしなべて、そこの何倍といったような。これがすごく小さい会社であればどうだろう、PBR5とか6とか、少し規模があれば10とか。上場会社だともう少し、15などに行くのだろうが、そういうような水準がベンチマークになる。で、それを数字に出したうえで、互いにそれを根拠にする。それはあくまで根拠なので、そこから先はネゴシエーションということになるのだと思うが、いずれにせよそうした数字が出てきて差を埋めていくというようなことになるのかなと思う。

石黒:恐らくなんのために買うのかというところが、各会社で本当の指標になってくるのではないかなと思うのだが、現在の資産を買うのか、それとも成長を買っていくのか。そういうところでEBIDA、PBRを使ったりということが、基本になるのかなと。ただ、実際のバリュエーションは、最近ではアドバイザリーさんがやることが多いのだが、その立場で岡さんはどのようにお考えだろう。

岡:バリュエーションは2種類ある。これを混同されている会社さんが多い。1種類はアドバイザーがやるバリュエーション。これは会社にとって何の意味があるかというと、第三者として見るとこれぐらいの価値があるよ」というのを出すものだ。これをやったから自分の会社としてはOKだと思っていらっしゃる会社さんは多いのだが、実は2種類ある一つをやっているだけだ。

もう一つやらなければいけない。買い手が自分たちの視点から「この会社をどうやって経営するのか」「このM&Aを自分たちの戦略にどう当てはめていくのか」という視点に立ち、ではこの会社にいくらの価値があるかという、まさに買い手が自分たちのためにやるものだ。これは誰に見せる必要もなく、自分たちの意思決定用のバリュエーションだ。これをアドバイザーに任せるのは良くない。アドバイザーはそこまで会社のなかを分かっていないので、やはり自分たちが買い手としてやらなければいけない。

ここを混同すると何が起きるか。買ったあとにポストM&A、PMAと言われるが、ポストM&Aで目論んでいたシナジー効果が実は出ない。そういうようなことが起こりやすくなる。先ほどから結論ありきのお話でも高値掴みのお話でも、基本的に言えば、M&Aは先ほど申しあげた通り、構造的に高値となるものだ。ただ、それを高値掴みにしないことが重要で、そうしないためには買い手が自分の目線でバリュエーションを行う必要がある。ここの混同をしないということが重要。

こういうことを申しあげると、買い手の、自分たちの、買い側の目線ばかりで色々なことをやっているのではないかと思われる。で、たしかにアドバイザーにはそういう面がある。先般、中島さんとある海外の案件についてお話をしていたのだが、そこで中島さんが大変良いことを仰ったのでぜひ皆さんとも共有したいと思う。良い買い手というものの話を以前欧州の案件のときにしてくださったが、ぜひ。

中島:特に食品の場合では…、たとえばコカ・コーラさんのようにアメリカの文化を世界に広めるということをミッションにしている場合はあまり関係がないというか、どこに行ってもコカ・コーラで、アメリカの文化を広めていく。マクドナルドさんにしてもそういうことだ。分かりやすい。ただ、各国に非常に強い文化があり、我々日本人も、カレーもラーメンも入れて日本の文化にしてしまうという非常に稀有な器用な文化を持っている訳だが、海外の人々も食のこだわりは非常に強い。そこへ外国人の私たちが行ってその文化を壊すというのは非常に具合が悪い訳だ。困っていたところに助けに来てくれて、自分たちの文化を大切にしてくれる。だからあそこの会社は安心して任せることが出来る。良い会社だ」と。そんな良い買い手になるということも、ローカル文化を大切にするという意味ではすごく大事ではないかと。そんな印象と若干の経験がある。

石黒:M&Aは一度やったら終わりということではなく、今はM&Aを武器にして会社が成長を続けていくという命題がある。従って、「この会社には買われたくない」というような評判が立ってはいけないし、この会社とならやりたいと。それこそ中島さんが仰ってくださったように、自分たちの文化を壊す訳ではなく、自分たちを成長させてくれるとか。反対に価格のところでも、たしかに高値掴みというのはあるかもしれないが、どんどん叩いて、最初から評判を落とすというのは良くないと思う。その辺はバランスだという風に思う。私たちも良い買い手でありたい。それが次の新しい良い売り先を見つけにいくコツではないかと思った。

「戦略的整合性に加え、価格の妥当性なども判断するには取締役陣にも最低限のファイナンス知識は必要」(石黒)

石黒:では最後のテーマに移ろう。少しセンセーショナルだが、取締役ではたしてM&Aの議論がワークしているのかということを、まずは川上さんと中島さんに伺ってみたい。

川上:私の経験している範囲では、M&A案件というのは比較的少なかった訳だが、それでも案件があるとやはりチームが編成され、コンサル等も含めて徹底的にやるというのはどこの会社でも同じだと思う。で、そのあと、重要案件審議という、内部の会議に関係者がすべて集い、十分にそのことを練り上げると。で、そのあと常務会という、取締役ではない内部の会議だが、戦略会議のような形で、ほぼ意思決定の形をとる。

プロセスとしてはそのあとに取締役会にかかっていく訳だ。そうすると、取締役会でワークしているかどうかというこのテーマは、少し鮮烈なテーマではあるが、実は関係者はそこへ行くまでのプロセスにおいて十分議論しておるということを、まあいずれの会社もやっておられるのではないかと思う。私の会社の場合もそうであった。

ただ、そのとき、我々の時代はまだまだ今と違って、デューデリに対する知識や、あるいは先ほど言われたDCF法といった、具体的手法の知識や、あるいはそうした専門知識に関して言えば、やはり幹部は疎かったと思う。色々な面で勉強不足であったというのが率直な印象だ。今の時代はトップ自らが、事業のことしから分からないというのではなく、やはりファイナンスの知識も常識的に必要であろうし、取締役幹部は当然ながらM&Aの知識というものについて、特に今の時代は勉強しなければならないと。そういう知識が必要であるという風に思う。

石黒:非常に同感するところだ。やはり会社規模によっても…、たとえばすぐ取締役会にすぐすべての情報を上げてそこで議論するというのは大企業の場合は非常に難しい。当然、そこへ行くステップのなかで色々な議論がなされた挙句、最終的にはきちんとした資料を出して役員会にかけるというような手続きだと思う。ただ、一方で小さい企業というのは結構取締役会のなかでがんがん議論されることが多いと思う。私どものような小さな会社でも実は役員会へ上げる前にまず私に持ってきて、私の同意を得たいのか、そこの役員会にかけたほうが通るのかというような、そうした戦略的なことも私どものスタッフは少しやっているようだ。そういう形でも良いと思うが、最終的に役員会で皆がきちんと理解をして、そしてファイナンスの知識を持ってして判断するというような手順はやはり踏まなくてはいけないかなと思う。中島さんはどうだろう。

中島:先ほど川上さんもおっしゃっていたが、M&Aは意外と時間がかかる。半年、短くても3〜4カ月と。仮に取締役会が月に一度あっても、いきなりどかんということはなく、時間的な余裕は少しある。ただ、役員会の時間的な議論の制限を考えると、あまり個別のことについて細かく…、特に社外の役員の方から意見をいただくというのは(少ない)。社外の方からは至ってベーシックなことだが、「リターンの目線ってどこにあるんですか?きちんと認識を」という、どちらかというと「社内のメンバーでよく共有してくださいね」と。それから、「あなたたちのドメインにある戦略とどうマッチしているのかというところを、社内の方できちんと共有してください」と。自分たちに説明出来なければきちんと共有されていないということなので、きちんと共有してくださいという念を押させるということで、役員会の大きな役割としては、その辺の再確認という形になるのかなという風に感じている。ただ、個別の議論として、たとえば値段が少し高いというような話は、取締役会の議論にはあまり馴染まないかなといった印象を持っている。

石黒:社外役員の方の役割というか、社外役員に求められるものはどういったものになるのだろう。

中島:会社の認識をたしかめ、そこでクエスチョンを出していただき、皆がきちんと説明出来る。「ああ、大丈夫だね」という安心感を与える。与えるというか、ストレートな説明をいただいて、それにまっすぐ答えることが出来るということは、相当社内で議論が整理されているということだと思う。その辺が意外とベーシックだが大切な部分かなと感じている。

石黒:私も大きな会社さんで社外役員というか監査役を勤めさせていただいているのだが、そこでやはり、私どものネットイヤーグループの取締役会で議論されるところと、社外として参加させていただいてする質問というのは、自分自身でもすごく違うのだなと思う。ある意味では中のことを…、非常に難しい業界の監査役をやらせていただいており、その業界のことは私自身もあまりよく分からない。業界の説明もすべてつぶさに、役員会以外でやっていただくし、それで私が質問するのは中の人が考えるのとかなり違った覚悟で質問させていただく。というのが、手前味噌ながら、分からないからということではないのだが、そういう目線もあるのかなと。たとえばユーザーからはどう見えるのか等。その意味では社内と社外のバランスというのはそこでかみ合うのかなと、信じてやっている。

ただ、繰り返しになるが、私どもの会社では本当にディスカッションをする。この文化はどうだとか、ここの価格は良いのかとか、ここにリスクはないのかということを活発に議論する。ただ、比較的、大企業になると、かなり形式的なディスカッションも多いという風に聞いている。岡さんは色々な案件をやっていらっしゃると思うが、どうお考えだろう。

岡:私もかなり同感だ。規模がそれほど多くなく、互いにディスカッションを役員会でやる雰囲気というか、そういう文化のある会社さんというのは、結構、価格の面にしても、デューデリはこういう風にしています」とか、「こうすると何が出てくる」とか、そういうことも実はやっている。ただ、やはり重厚長大型の会社さんでは形式的に通したと言われても不思議ではないのではないの?」というような場面も散見される。そんな印象がある。

何故そうなるのかだが、一つには、先ほど川上さんが仰ったことは今でもそうだと思うが、各取締役の方々のM&Aに関する知識差が非常に大きい。特に技術系の取締役の方々というのは、「そこら辺は私の守備範囲ではないから任せたよ」というような感じで、実際にM&Aを取り仕切られた役員の方と、たとえば経営企画等の部門の方々からの説明をお聞きになって、なにか違和感がなければそのままスルーしてしまう。そういう感じの方も多いのではないか。実際、私のところにも個人授業をやって欲しいと。取締役の方に「M&Aをマンツーマンでこういうもんだということを教えて欲しい」というようなリクエストが来たりもする。

もう一つ。今の日本の取締役会というのが、どうも部門代表になっている会社がある。そうすると自分の部門のことでとやかく言われたくないので、ほかの部門のことにはあまり言うのを差し控えておこうかなと。そういった雰囲気も若干あるのではないかなという気が、印象としてはしている。

そうは言っても取締役会に上がる前に、かなり色々な会議等のプロセスを経ていらっしゃるので、取締役会の議論というのはそれなりにしっかりしたものだと思うが、そこでしっかりした議論をするために、一つ、こういう形にしておけばかなり議論しやすいのではないかなというのがある。これは前々から思っていたことだが、ポストM&A。たとえば買収直後にはこういう姿になりますよという青写真をその取締役員会の場で見せてあげる。「あと一年後にはこういう姿になるでしょう」と。買収した会社をそのまま置いておく訳ではないと思う。皆さんシナジー効果を求めて、ある戦略的目的のためにM&Aをやられると思う。その会社を使って何か戦略的施策を打たれる訳だ。そうすると「この会社を買収すると3年後あるいは5年後にはこういう会社になるんです」という姿を取締役会で見せることが出来たらと思う。そうすれば議論ももう少し…、たとえば技術系の方々にとっても、あ、であれば自分たちの技術ではこういうことが貢献出来るといった話にもなるのではないかなと思う。出来るだけ取締役会の議論も、形式的なものだけではなく、中身にも突っ込んだものにしていく。そうでないと、今後は海外の会社さんを買収した場合の…、海外の取締役会というのはかなり詳細まで突っ込んだ議論をされるので、なかなかそこでついていけないか、あるいは呆れられるかといったことになることを、ぜひ避けたいなという気持ちがある。

石黒:技術の方が「これは自分の案件ではないから」と思われるのは、私としては少し信じられなくて、当然、技術が絡んでくるなら技術のデューデリもある訳だから、その方の役割は非常に大きいと思う。従って、たとえば縦割りになっているとしてもご自分の部門としてどういった部分で自分はデューデリに参加してなくてはいけないのかといった認識というのは、会社全体で持っていただきたいと思う。
非常に色々なお話を伺ったが、M&Aを成功させるために一番大切なことということで改めてお伺いしたいと思う。

岡:当事者意識を持つことだ。買い手が。自分がこの会社を経営するのだと。これに尽きると思う。「どこかの部門がやっているよ」ということではなく、あるいは「なんとか部署がやりたいと言っているから」ということでなく、自分がトップとしてこの会社の買収をやるのだ、経営をやるのだという気持ちを持つことが出来るかどうかだと、私としては常々思っている。

川上:やはりシナジー効果等、そういったものは社外の人あるいはコンサルで分かるものではないと思う。自分の事業のなかでしかシナジー効果は計れないと思う。このことをだけはやはり自分で自分のこととしてというお話に同感だ。

中島:キーパーソンになる人と深く意思共有をするという、その強さがすごく大切かなと思う。

石黒:川上さんからは幸之助さんの気持ちが伝わってくるお話も伺えたし、皆さんからたくさんのアドバイスをいただけたと思う。日本企業も非常に成熟した段階に、大企業さんの場合はなってきた。今までM&Aというのは日本のなかで、海外とのクロスボーダーを含めて、欧米企業と比べるとそれほど活発ではなかったという印象がある。しかし今の時代はM&Aで成長するというステージに来ている会社さんが多いと思うし、中小企業としても、日本の市場自体が比較的飽和状態であるから、海外に行く場合等、M&Aも活発になると思う。岡さんがおっしゃっていた通り、ポストM&Aを含めて…、M&Aということではなくて、企業の成長のための事業戦略ということだと思う。事業戦略を描くときは、何年後にどういう姿になっていたいかということがまずあり、そこから割り引いてきて、今何をすべきかというのがデューデリあるいはバリュエーションのポイントになってくるという風に、私は御三方のお話を聞いたうえで学ばせていただいたかなと思う。では会場とのQ&Aに移ろう。

後編は2月11日に掲載の予定。

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