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マーバル岡俊子氏×元パナソニック川上徹也氏×キユーピー中島周氏「M&Aによる事業転換と新たな成長」後編

投稿日:2014/02/11更新日:2021/11/30

「経営理念や哲学・・・トップがM&Aにストップをかけるのは企業ごとの“宗教観”が違うとき」(中島)

会場:経営トップのブレーキという話を伺いたい。買い手サイドに立ったとき、デューデリ含めたプロセスが非常に長いこともあり、担当チームの人はどうしてもこのM&Aをやり遂げたいという意思が自然と働いていってしまうと思う。そのとき、経営トップとして…、当然機関決定に向けて担当チームはそれらしいレポートを皆さんつくってくると思う。そこに対して直感的なものかもしれないが、どのようなタイミングでブレーキを踏んでいくのか。恐らく皆さん、成功したM&Aの裏には止めたM&Aもたくさんあったと思う。そのあたりの形式的でなく実質的議論として、どういう議論をなされてストップをされているのかというお話を伺いたい。

中島:少しいい加減なことかもしれないが、企業というのは一つの…、すごく重厚長大なところは分からないが、一つの宗教集団のようなところがあると思う。相手も恐らくそういうところがあって、そうした宗教観の違いが非常に大きいと、やはり難しいのかなという気がする。従って、自分のところが持っている哲学や経営理念等、言葉は色々あるかもしれないが、そういった宗教観と相手のところのそれがすごく違ってしまうということがあると、恐らくそこは止めておくということになるのではないかと思う。ビジネスや、やっていることがどうこうというのもあるのかもしれないが、そんなことを直感的には感じる。

川上:私はCFOという立場でやってきたが、CFOのFというのはフォーカスというか、そういう風に読んでいる。何に焦点を当てるかということについて、いつも優先順位を決めてきたと、自分自身で整理してきた。つまり企業には何百ものテーマがあるのだが、そのとき、自分にとってフォーカスすべき優先順位は何かということを、必ず10番まで順位をつけておくということが大事かなと。そのなかでM&Aにおけるブレーキの役割というのは、そういう優先順位を決めながら…、やはりトップというのは尖ってある方向に進もうとするので、そういうときにバランス感覚というか。色々な面で、たとえばB/Sの面や…、事業の面では負けるが、数字の、要するに扇の要のように寄ってきたるところにいるのがCFOであるので、そういうところのバランス感覚、あるいは羅針盤機能。「どれほどの嵐のなかでも北はこちらです」ということが言えるCFOになりたいなと思っていた。そういう意味では、ブレーキ役というのはCFOにとって非常に大切な役割になるのではないかと思う。

岡:私もCFOの役割が非常に重要だと思う。ある商社さんで同じことが起きた。事業部はやりたい。売上を拡大しろと言われ、やれやれと言われ、案件があったからやりたいと。しかしCFOから見ると本当にやって良いかということも分からない。定性的なことを聞くといいんじゃないかなと思いもするのだが、反論が出来ないと。反論材料をCFOが持っていない。これはどうしたら良いですかという話だった。

そこの会社さんに申しあげたのは、当然、事業部のほうでもデューデリをやっていると思うが、CFOのほうでもデューデリ予算を取り、CFOとして本当にこれがやって良いのかどうかという不安がもしあるのなら、その予算を使ってよく押さえるといった、そうしたけん制機能を発動出来る現実的な環境をつくっておいたらよいのではないかということ。これはまさに解のない、今のところは会社さんによってそれぞれの解を持っていらっしゃると思うが、なかなか難しい課題だとは思う。

石黒:大きい会社さんになると今のような難しさがあると思う。専門性がそれぞれ分かれていてということだが、私どもの場合、本当に小さいのでせいぜい数億しか出来ない。で、私どもはだいたい事業部のものが案件を持ってくる。この会社とやると大きなシナジーが出るからということで。で、私がGOかGOでないかというある程度の判断をして、それで…、私どもの経理部長、CFOにあたる人がその案件を引き取る。私どもで良いのは、CFOが大変事業に詳しい。CFOが受け取って、色々とデューデリのポイントを決めるとき、ファイナンス面だけでなく技術の面や人についてもすべて見ていく。向こうの会社もあまり大きくないので、だいたい、経営トップそれから取締役それから事業部長クラスを見て、「この人はやばい」とか「この人はいける」というのが、すべてだいたいリストアップされる。で、そのなかで、最終的に取締役会で決めるとき、かなりメールのやりとりもされる。そしてデューデリが進むにあたって、「これが出てきた」とか「このリスクはもうリスクでないと考える」といったことが、ずっと議論されている。それで私たちもそれについて、「じゃあここで、これはもうないですね。やめておきましょう」といったような判断をしている。本当に企業規模によるのでそういうことが出来ない会社も致し方ないとは思うが、そういうけん制機能が働くと良いなと思う。

「LinkedInやフェイスブックなどプラットフォーム型のネット企業の台頭によりバリュエーションや株主説得の難易度が上がっている」(会場)

会場:この3年ほどで海外の事業会社を10社ほど買収した。実際、ディールはその3〜4倍ほどやっていた。石黒さんはよくご存知だと思うが、買収案件のだいたい半分はインターネット業界になる。ご存知のように、たとえばプライスラインとか、LinkedInといったものは、時価総額が実際の売上・利益に比べてべらぼうに高い。PBRで50〜100倍とか。

そうすると、たとえばZillowという会社はインターネットで不動産をやっている米国の会社だが、利益が20億ないのに時価総額が3500億という金額になる。実際、そういったディールを仕掛けていこうとしたとき、一番困るのは、取締役会としてこの案件をジャスティファイ出来るのかというのがすごく難しい。実際にはナスダックという市場で3700億という相場がついていると。ただ、我々の、たとえばバランスシートのなかの色々なルールもあって、たとえばROEがそんな会社を買った瞬間にとてつもなく悪化する。だいたい38〜40%ぐらいのプレミアムを出さないと買えないと思うので、まあ、すごい金額になるし、それでほとんど利益には当面ヒットしない。で、5年後あるいは10年後といった話になる。こういう問題をずっと抱えている。先ほど取締役会議で、私は何度も否決されてきているので結構健全な、つい2週間前も否決されてきたが(笑)、なかなか…、CFO自身も困ってしまっているというか、「これを役員会でどのように議論して、株主に対して説明責任を果たしていけば良いのか」と。こういう部分でぜひアドバイスをいただければと思う。

石黒:答えがないような気もするが(笑)、お気持ちはすごくよく分かる。リクルートさんからすればLinkedInは絶対に欲しいと思う。実際、LinkedInはアメリカでは今はもう、少なくともシリコンバレーで、求人サイトというかコミュニティだが、LinkedInしか使っていない。そういう非常に事業体として欲しい一方で、もうとんでもないバリュエーションがついているので、本当にジャスティファイ出来ないというお気持ちはすごく分かる。私は答えがない感じだが、皆さんはいかがだろうか。

岡:私も答えを探していたのだが、なかなか難しい。ただ、実際にこういうことはある。もう話が桁違いだ。これは恐らく日本でも何社かそういうディールをやって、やはり外部の方、特に株主さんに向けてどう説明するかだと思う。実績をつくるというのが今のところ一番の効果ではないかなと思う。恐らく同じことをやっても、ある経営者がやるディールに対する外部の捉え方と、それから別の方が同じことをやっても、株価の動きは違う。そういう業界というのはやはり誰がやるかというのを見ている。その誰という人のトラックレコードを見ている。そこで、もしかしたらたまには間違うかもしれないが、そこで「5〜10年という長期的なスパンで説明をしていきますよ」というのを、出来たら勘ではなくて、ストーリーにして外に出して説明責任を果たしていくということが必要なのだと思う。恐らくご本人としては、これは絶対にいけると思っている。感覚で。天才的な方というのはいらっしゃるので。それを出来るだけ文字にする、絵にする。それも5〜10年という長いスパンで絵にする。ということは、やはり今の時代は説明責任も求められているので、コストになるかもしれないが、必要かなと思う。

石黒:ネット業界として加えると、非常に株主への説明は難しいと思うのだが、アメリカの企業が株主に説明している内容だからこそバリュエーションがついているというところがあると思う。LinkedInにしてもユーザー数の多いグーグルにしてもフェイスブックにしてもアマゾンにしても。彼らの利益に対してのPBRというのは日本と桁違いだ。しかしそこには、ユーザー数があるからプラットフォーマーとして価値があるのだ、企業目的として自分たちはデータを集めているのだ、とか、視点が違うと思う。そういうことを日本で株主の方に説明出来たら良いのだが、ここも若干、申し訳ないが、知識差というのが出てくると思う。日本もそういうマインドに変わらないと、ネット系の企業は絶対に成長しない。その意味では皆で啓蒙していくことが必要だと思う。今回、LINEなども上場し、ある意味でプラットフォーマーとして、日本としては考えられないほどのバリュエーションがつけば私は良いと思っている。で、そこの「何故、このバリュエーションがつくのか」というのを、皆で考えていくのかなという風に、個人的には思っている。

会場:恐らくM&Aをきちんと成功させるという意味では、他の人が認識していないからこそ獲りにいかなければいけないと。皆が同じ価値を感じていたらギャップが出ないので。今のお話のように、取締役会でも結局認証してくれない、通らないということであれば、結果的には強力なリーダーシップを持った人でなければ成功しないのか。取締役会で「違うんだ、これはやるんだ」という話なのか、あるいはコンセンサスを取りながらやっていくのか。どちらのほうが成功するものなのか。感想でも構わないのでお聞かせいただければと思う。そういった意味では、ソフトバンクの孫(正義)さんがゲーム会社を買ったりするような、ああいう形になっていくなかで、リクルートさんに関していえば、強力なリーダーシップが出たら、もしかたしたらLinkedInを買いながら、がんがん行ったりして変わっていくのか。

中島:製造業というのは裏側にすごい人数の労働者がいる労働集約型なので、労働集約型の人はあまり動かないというか、それほど転職しないので、そうした人達には過去に仕事をしてきた会社の哲学というのはかなり染み込んでいる部分がある。で、それがすごく遠いと、そのあと、まき戻すというか、相当時間がかかるなという感じが経験的にしている。それがかなり近いところで動いていらっしゃる従業員の方がいると、比較的自分達が考えていることを話して分かって貰って動いて貰うということが出来るかなと。労働集約的な話になってしまうかもしれないので、ひょっとしたらそういう知識集約型の業界と違うかもしれないが。そんな印象を持っている。

岡:私達の目線からすると、リーダーシップ型のほうがM&Aは…、成功かどうかはあとの話だが、M&Aのディール自体は比較的ラクだ。時間もかからない。今は製造業のお話を中島さんはなさったが、 バックオフィスを多く抱えていらっしゃるところ、定型的な作業あるいはオペレーションが大きく、そこに価値があるというところは、やはりコンセンサスを得ながらでないと、どこかの歯車が狂うと、たとえば製造出来なくなったりする。従ってコンセンサスが非常に大事になると思う。ただ、M&Aの目的が時間を買うのだということであれば、これはリーダーシップ型のほうが、感覚としては意外と早いのではないかという気がする。

で、実は私たちの視点からすると、意思決定の遅い会社に案件を持って行くのか、早い会社に持っていくのか、やる、やらないをすぐ決めることが出来るかというのは、かなり大きなことだ。業界によっては恐らく…、ネット業界はその最たるものだと思うが、意思決定が早いということだけでもものすごく大きなアドバンテージになる。そうすると、恐らく、M&Aはリーダーシップを持って進めるほうが早いのではないかなという気がする。

石黒:うちの業界は意思決定が早いのでライバルも意思決定が早い。だから急がないと大変なことになる。ただ、私はリーダーとして決断するときに自分だけではやはり決められない。で、本当に、ファイナンスのポイントはどこなのか、技術のポイントはどこなのか、事業のポイントはどこなのか、そういう適切なアドバイスを貰い、そこで総合的に「じゃあ、行くか行かないか」ということを、私は決めている。

岡:その意味だと、リーダーシップ型かコンセンサス型かというよりは意思決定が早いかどうかということなのかもしれない。

「今はデューデリの段階でガバナンスデューデリを入れ、経営チームの組成をする」(岡)

会場:専門的というか実践的なお話のなかで基礎的なことで恐縮だが、私どもも色々M&Aということは事業拡大のために積極的に取り組んでいる。ただ、製造業であるから、比較的事業分野も多岐に渡っていて、実は人材の問題について困っている。PMIというか…、だいたいM&Aの案件が上手くいったとき、最後、トップから「じゃあそれは誰がやるんだ」と言われてはたと困るということが多い。簡単に言うと、目的としてはグループ経営ということをかなり意識してやろうというのを考えているので、出来たらそういうシナジー効果をそこで出したいと思っている。で、事業の専門家を送り込むのは良いのだが、それだとそちらばかり走っていってしまうことにもなりかねない。そういう、なんという、別に皆同じ経営にして精神を植えつけようということではないのだが、もっとPMIの専門家を育成というか、社内にいたら良いなと思う。アドミスタッフやアドミのトップを派遣するというのは一つのやり方かもしれないが、なかなか経営の指導まではいかない。その辺の育成をグループとして展開するにはどうしたら良いのか。あるいは、やはり先ほどおっしゃっていた通り、直後、1年後、3年後等あるが、そういう時間軸に分けて考えたとき、最初はやはり事業で行って、あとからもう少しやるか、いや、最初にグループのシナジーを出すために意識したほうが良いのか。その辺について教えていただけるとありがたい。

石黒:PMIの人材、そもそも人材は誰なのかと。どういう役割の人なのか。時間軸で違ってくるのか。

岡:まさにここは今日本企業さんが一番悩んでいらっしゃる。うちのコンサルティングでもここが実は一番多い。会社さんによって解は異なるが、多い傾向というのは、ポストM&Aのとき…、つまりクロージングのときになって初めて「どうしよう」ということなのだが、今はそういう時代ではなく、実はデューデリの段階でガバナンスデューデリというのを入れる。それで、デューデリの段階で、「ではこの対象会社さんの経営陣は、どうするんだ」と。続投なのか、変えるのか。続投だとすると、どういう形で持っていって貰えるように出来るのか。変えるのであれば、誰がいるのかということまで、実はデューデリの段階ですでに構想しはじめる。で、そういう関係上、デューデリの段階で、事業部の方にも入って貰う。昔は機密の漏洩が云々ということであまり入れなかったのだが、今は入って貰いチーム組成をする。で、ここから先はまだ色々なケースを見ている段階だが、買収を担当した事業部が、半年1年はその会社をモニタリングしたほうが、安定する。Jカーブと言って、買収したら企業価値は下がる。売上は下がるし人心も下がる。これをまずゼロに持っていく。そのあとでしかシナジー効果は出ない。この下がる部分をいかに下げないかということと、いかに早くゼロに持っていくかが勝負だ。

で、だいたい半年や1年ぐらいかかる。で、ここの段階で買収を担当していた、たとえば経営企画や事業開発部の方々が、かなり対象会社の方と綿密に話をされているので、それをきちんと引き継がないと失敗する。ここはすごく重要だ。で、「ここから先、安定してきたら、その事業はなんとか事業部だからそこの窓口で良いでしょう」という風にしても、だいたい安定していると、まあだいたいスムーズに着陸していく。これは会社によって違うが、今、私達の周りではだいたいそういう形でポスM&Aをやっている。

川上:今のお話は本当にその通りだと思っている。で、私は経産省の高度金融人材育成協議会というところの会長をしているのだが、メーカーと金融関係と大学、この3者というのは日頃からまったくコミュニケーションがなくて、たとえば我々メーカーがインドや中国へ行くと言ったときは、銀行さんはついてきていないという時代であった。それでいつもテンポがずれて、いざというとき、会話にならない。従って日頃からメーカーと金融と大学というのはそういうコミュニケーションをとることの出来るような仕掛けをつくっておかなければいけないということで、経産省サポートで今はそういうことをやっている。それでやはりテーマをこの6年ほどやっているなか、今年はたまたまM&Aだ。そうすると今おっしゃっていたような悩みが経済界からどんどん出てくる。で、何よりも大事なのは人材だ。だから短期的にそういうものを社内に抱えようとすると、やはりコンバートしてこないと仕方がないということであるが、もう一つは中期的には社内でそういう人たちを育成していくということを社内で決意して、人材育成というものを計っていくことが今は求められている。そういうとき、だからぜひ外へ出ていただいて色々なディスカッションをしながら、人材育成というのはどうあるべきかということについて、ぜひ一緒に議論していただけたらと思う。

石黒:ポストM&A、アフターマージ含めてM&Aだという風にもちろん思っているので、そこにいった場合、人材がなければ、ある意味ではマイナスのシナジー効果も出てくるだろうと思う。日本企業というのはアフターマージを含めて、M&Aというものをしっかり見つめておかなければいけない段階に来ているという風に思う。最後にお三方へ大きな拍手をいただきたい(会場拍手)。

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