「リーダーは『夢』を語ってはいけない。そうではなく言った以上は『実行』する」(水野)
堀義人氏(以下、敬称略):G1経営者会議もいよいよ最後のセッションとなった。テーマはリーダーシップだ。まずは冒頭に水野さんから10分間、続いて藤森さんと松崎さんに5分間ずつお話しいただいて、そのあと議論に移りたい。(00:55)
水野彌一氏(以下、敬称略):経営は埒外なので企業におけるリーダーシップとは少し違うかもしれないが、まず、私はリーダーに求められるものは組織によって違うと思っている。たとえば今日の延長に明日があるという状況なら、それなりのリーダーがいるだろう。しかし、今日お話ししたいのは変革を起こすリーダーシップというか、明日が今日の延長にない状況で求められるリーダーシップだ。今日の延長にない明日をつくるリーダーが、これからは求められるのだと思う。(01:55)
スポーツで勝とうと思ったら絶対にそれが必要になる。もちろん競技やチームによって違うと思うし、伝統的に強い大学は伝統を重んじるが、私は伝統が一番嫌いだ。「常に新しいものをつくれ」と言っている。結局、どうすれば良いかなんていうことは誰も分からない。従って、京大アメリカンフットボール部で一番駄目なものは「正解」という話になる。我々が100点を狙うことはない。狙っていたら必ず負ける。競合チームに比べて圧倒的に条件が悪いからだ。どこにでも100点が狙える以上、それをやっていたら必ず負ける。我々には150点、200点が必要だ。ただ、その方法を誰かが知っているのかというと、私も知らない。その年によってチームも相手も違うからだ。(02:59)
従って、その都度150点200点をつくっていかなければいけない。それなら考えていては駄目。答えは出てこない。考えて思い当たったことを実行することが大事だ。実行したら必ずチェックして、悪かったら変えるし、より良いものが見つかればそれを実行する。変化こそ善だ。まさにPDCAだと思う。で、それは早いほうが良い。遅いのは駄目だ。朝令暮改ほど良いことはない。選手とすれば、「監督、先週言っとったことと違うじゃないですか」という話になる。ただ、こっちは何を言とったか忘れていて(会場笑)、「お前がそれだけ進歩したんだ。ええことだ」なんて言って騙しているが。(04:01)
ただ、次のことが分からない状況において皆が一番やってしまうのは、「これは間違いでは?」というチェックをしてしまうことだ。スポーツでは絶対にこれをやってはいけない。「ちょっと止まって安全確認ということだけは絶対にするな」と。それをやったら必ず負ける。大事なのはスピード。私どもの後援会長を務めてくださっていた元アサヒビール社長の故・樋口廣太郎さんは、いつも「チャンスは貯金出来ない」と仰っていた。失敗はあとから努力で取り返すことが出来るが、逃したチャンスは二度と戻ってこない。だから、どうなるか分からなくても敢えてやる冒険心が大事なのだと思う。(05:01)
その冒険心を持たせるのは大変だが、そのために一番大事なのは結果を恐れないことだと思う。損得抜きで、特に自分自身がどうなってもいいというほどの気持ちにならないと駄目だ。「どんな結果になろうと俺にはこれしかないんだ」と思えたら、人間は怖いものがなくなる。自分自身からも自由になり、これまで見えなかったものが見えてきて120%の力を発揮出来る。(05:52)
こんなことを言うと驚かれるかもしれないが、リーダーが夢を語るのは一番いけないことだと私は思う。夢を語ったらそこで終わり。そうでなく、言ったことについてはリーダー自身がその気になってやる。大事なのは、これは夢ではなく現実のものにするという強い信念とコミットメントだ。私がコーチになったのは昭和40年だが、当時から打倒関学を標榜していた。最初の試合は関学相手に114対0で負けた。もう試合ではない。ただ、それでも「打倒関学や」と、無茶苦茶に選手をしごいた。ビンタは日常茶飯事。今ならエラいことだ(会場笑)。一日の練習が終わってから、「今日は気合い抜けとったな。比叡山に登って来い」と(会場笑)、本当に走って登らせた。帰ってくるのは真夜中だ(会場笑)。そんなことを平気でやっていた。(06:37)
それで僕の友達が、「お前は馬鹿か。お前が(初代ミス日本の)山本富士子さんと結婚すると言っても信じたる。彼女も気が狂わんとは限らんから。ただ、京大が関学に勝つのはそれよりもありえんこっちゃ」と言う訳だ(会場笑)。それでも僕は馬鹿だから本気でしごいた。当時の選手達はよくついて来てくれたと思うが、僕があのとき打倒関学を夢として語っていたら、「お前の夢に付き合っていられるか」と、皆逃げたと思う。しかし僕は本気だったから、皆も「そうか。お前がそれだけ思うなら付き合ってやる」と言ってやってくれた。だからこそ、その後の京大日本一があった訳だ。(07:48)
「ジャック・ウェルチから学んだリーダーの仕事とは変革を起こすことと人を育てること」(藤森)
藤森義明氏(以下、敬称略):社会人キャリアを日本でスタートさせた私だが、私自身は日本一になるよりも世界で戦うリーダーになりたいと思っていた。「とにかくメジャーリーグに行きたい」と。私にとってのメジャーリーグはアメリカだ。アメリカでアメリカ人と戦い、勝つのだと。そんな風に考えて日商岩井(現・双日)に入ったのち、10年後ぐらいに辞めてGEへ移った。そして25年間、主にアメリカで仕事をしてきた。(10:30)
そのGE時代に出会った素晴らしいリーダーが会長のジャック・ウェルチだ。彼には「リーダーにとって何が大事か」を教わった。その一つが変革を起こすことであり、もう一つが人を育てることだった。水野さんが今まさに仰っていたことだと思う。ウェルチは8代目のGE会長だが、130年に渡る歴史においてGEのリーダーたちが常に教えてきたのは、変革を起こすことと、そして人を育てることだった。(11:06)
そうしたGEでの25年を経て、2年前、私はLIXILという日本の会社に移った。これは、「アメリカでやってきた経営が日本でどれほど通用するのか」「日本人のなかでどれほどの変革を起こすことが出来るのか」という私自身のチャレンジでもある。で、建材と住宅設備機器の会社であるLIXILは、2年少し前、大きな計画を立てた。当時1兆強の売上高を3兆円に伸ばし、同じく1〜2%の営業利益を8%に高めていく。また、それまでほとんどなかった海外売上を1兆円にしていく。そうして2年半かけ大きな変革をやってきた。今後数年間でさらに大きな変革を起こそうと思っている。(11:51)
ただ、変革には人が必要になる。今いる人材の育成でも5〜10年後の変革に繋げることは出来るだろうが、今は外から人を連れてくるほうが重要だ。私は時間が大事だと思っている。10〜20年でなく、2〜3年でどんな変革を起こすのか。そう考えると、企業として海外へ出ていくのであればM&Aしかない。そんな訳で、我々の借入金は過去最大の四千数百億にのぼっていたが、さらに5000億を借りて大きなM&Aをいくつも行ってきた。当然、社内でもそれまでにない人材育成をはじめているが。(12:43)
今はそんな風にして人を育て、人を連れてきながら会社を変えようとしている。売上高3兆円と営業利益率8%というのは、水野さんと同様、夢ではなくコミットメントだ。それを達成するために一生懸命やっていく。それで変革を起こすことが出来たら、GEにいたときと同じように達成感が日本でも得られるのではないかと思う。(14:00)
松崎正年氏(以下、敬称略):コニカミノルタは2003年、コニカとミノルタという、ほぼ同じぐらいの規模を持つ2社の経営統合で出来た会社だ。当時、両社主力事業は事務の複合機で、それをもっと強くしたいという両社経営トップの思いで一緒になった。以来今年でちょうど10年になるが、その間の2006年には両社の創業事業であった写真フィルムとカメラの事業から撤退したという沿革も持つ。(14:46)
私が当社の経営に関して前社長に「あとを頼む」と言われたのは、ちょうどリーマン・ショックが起きた2008年秋だ。日本および世界の経済がこの先どうなるのか分からないというときに言われた。当時、社長職に値すると思われていた人は少なくとも3人いたと思う。そこで私が選ばれたのは、この先混沌としてどうなるか分からない状況のなか、まさに正解がないなかで会社を運営する必要があったからだと思う。変革を起こし、新しいものを生みだす必要があった。創業事業からの撤退後でもあり、「引き算だけで会社は成り立たない。新しいものを生み出していかねば」と。当時、それに一番適した人物ということで社長になったのかなと思う。(15:29)
私がリーダーシップに関して最も重要だと思うのは「とっかかり」の部分だ。リーダーを務める間、「自分が成し遂げるべきこと、成し遂げたいことは何か」と、まずははっきり決めなければいけない。リーダーシップについて私が社内でよく言うのは、「他の人間に任せて良い仕事は色々あるが、“自分はリーダーとしてこれをしたい”というものは自分でやらなければいけない」ということだ。それは私の場合、コニカミノルタを持続的に成長出来る会社にするということ。環境がどう変わってもきちんと、単に生き残るだけなく成長していく体力と実行力を持ち、事業を進化させる会社にしたい。(16:42)
また、リーダーは何かを成し遂げようと思ったとき、腹を括らなければといけない。奇麗事ばかり言っていられない。社員との関係についてもそうだ。いかにモチベートするかを常に考えているが、ときには社員にとってマイナスとなることも実行する必要がある。それで先週行われた決算発表の際、二つの話をした。(17:59)
まず、この8月と9月、特別早期退職制度で希望退職者に手を挙げて貰った。アナリストに「増益しているのに何故?」と訊かれたが、先ほど言った通りだ。私は持続的成長という視点である指標を常に見ているが、それが毎年悪化していた。だから行き詰って強引な手段を取らざるを得なくなる前に、希望する人に手を挙げて貰おうと。早め早めに手を打つということだ。また、HDD用ガラス基板事業からの撤退も発表した。競争力の低下に加えて市場も縮小してきたため、事業ボリュームがなくなったためだ。こちらもその気になれば先送り出来た訳が、現時点で縮小でなく撤退とした。(18:36)
「気持ちは最初からあるのではなく、やることによって後から作られるもの」(水野)
堀:御三方の話を伺っていて、五つのポイントが頭に浮かんだ。「人を選び、集める方法論」、「人を育てる方法論」、「人を引っ張っていく方法論」、「リーダーとしての心構え」、そして「変革を起こす方法論」の五つだ。これらの観点でさらに議論を進めたいが、まずは人を選び、そして集めるための方法論を水野さんに伺いたい。(19:50)
水野:力を入れている私立大学ではスポーツ推薦で50〜60名を集めるところもある。彼らの多くは他大学に行けばレギュラーで大活躍するような連中だ。ところが京大が我々にしてくれることは、練習グラウンドを使わせてくれるということだけ(会場笑)。コーチも雇ってくれないし、給料を貰ったこともないし、設備もお粗末だ。何よりも厳しいのは、欲しい選手が集まらないことだった。(20:44)
それで、たとえば毎年30〜40人、高校生のうちから選手の受験指導をしているが、それでも入ってくるのは10人に1人ぐらい。はっきり言ってまったく足りないし、それ以外で入ってくる学生も…、あまりアメフトで役に立つものがいない。入学試験を突破した学生から集めてこなければいけない訳だが、あの試験を突破する能力と運動能力はどうしても反比例しておると考えて良い訳だから(会場笑)。(21:24)
だから我々にとっては勧誘が命だ。スポーツの経験があろうがなかろうが、「もうブタでもガリでも構わんから入れろ」と。やってみなければ分からない訳で、「やってみて嫌なら辞めたらいい。とにかくいっぺんやってみてくれ」と言って入部させる。それで昔は100人ほど来ていた。で、それが4年生になる頃は15人前後となる。これは当然の話で、唯一のやり方だと思う。それでもし良い選手がいたら儲けものといった感覚でいないとやっていられない。その点、企業には高い給料を払えば良い人材が来てくれることもある訳で…、いいですよね(会場笑)。(22:03)
堀:集める前の「選ぶ」という段階ではどのようにいらっしゃるのだろう。(22:56)
水野:選べない。誰でもいい(会場笑)。大事なのはとにかくやらせてみること。ただし、良いことをやらせなければいけない。悪い方法論でやらせると結果が出ないから皆嫌になって逃げてしまう。で、良い方法論でやらせて進歩・上達すると、人間というのは「これは面白い。もっと上手くなりたい」と思うようになる。それはいくらでもエスカレートしていく。やがて、楽しいだけでは満足出来なくなり、「辛くても苦しくてもやるぞ」ということになる。そのプロセスが大事であり、最初から選手に気持ちを求めても駄目だ。気持ちは最初からあるのでなく、やることによって気持ちがつくられていく。(23:14)
だから僕らが困るのは、「俺はアメフトがやりたくて京大に入った」という学生がごく稀にいることだ。やる気満々で志が高い。ところがゼロからはじめる人間が多い京大アメフト部だけに、最初の1年が経った時点で1年と2年の差が大きく広がっている。そこでやる気満々の1年生が、「たった1年前に入ったやつがあんなにすごくて、俺はこんなに駄目だ」と、現実にぶつかってしまう。そこでがっくりきて辞めてしまうケースも多い。だからやる気満々の学生ほど要注意だ(会場笑)。(24:14)
堀:二つ目のポイントである「育てる」方法論について松崎さんに伺ってみたい。(24:51)
松崎:皆さんも同じだと思うが、難しい経験をさせるということがある。会社を良くしようと思ったら我々よりもデキる経営者をつくらないといけない。で、今はそのためのプログラムを考えている。要は「リーダーの資質がありそうだな」という人材を集め、彼らに難しい場を経験させる。そこで、アドバイスをしながら、勇気づけをしながら、あるいは「それじゃいかんぞ」ということも伝えていくという方法になる。(25:01)
堀:ちなみに私が傍から見た京大アメフト部は、1年間ひたすら同じ基礎訓練を繰り返していたように感じる。そうした育成プログラムがあるのだろうか。(25:45)
水野:特にない(会場笑)。アメリカンフットボールにおける戦術やテクニックは流行であって次々変わっていくが、基本的にスポーツで大事なのはスキルだ。では、技をどのようにマスターするのか。大抵の場合、たとえばコーチが、「こういう具合に当たりなさい。こんな風にステップしなさい」と教える。そしてそれが出来ると、今のアメリカ式では大概、「出来ました。ああ、良かった。次へ行きましょう」という話になる。(26:12)
私はそこで、「出来るようになったらそれを1万回繰り返せ」と言う。するとあるとき、世界が変わる。意識しなくてもそれが出来るようになる。人間は自分の意識から自由になったとき、それまで見えていなかったものがすべて見えてくる。そうすると味方の動きも敵の動きも、敵の意図も見えてくる。次の瞬間も見えてくる。そういう選手を育成するためには自分で悟らせるほかないし、ということは「たくさんやれ」という話になる。もちろん、ある程度は良い方法でやらせないといつまで経っても分からないから、その辺は指導者の技量もあるが。(26:41)
「チームを作るのであれば『自分に共感する人たち』を全体の2割作ることが大事」(藤森)
堀:藤森さんは人を育てるというポイントについてどうお考えだろう。(27:39)
藤森:大学スポーツは基本的に4年しかない。そのなかでどのように良いチームをつくり、勝つかが重要だ。ジャック・ウェルチは3年で人を変えていた。そうなると3年間でビジネスを学び、変革を起こして、人を集めてきて結果を出さなければいけないという話になる。それが出来ないのなら、その人は終わり。で、それが出来ると次の3年間でさらに大きなチャレンジを与える。そんな風に3〜4年といった期間で区切られた勝負という意味では大学スポーツもビジネスも同じだ。だらだらやっていても10〜20年後には強くなるという訳ではない。いかに人を集め、育てていくかが大事だ。(27:52)
人集めに関して言えば、そのように限られた期間で変革を起こす一番の鍵となる人材は、CFOとHRだ。数字を出す世界だからCFOが、そして人を動かす世界でもあるからHRがしっかりしていなければいけない。従って、3年間のサイクルをGEで8回繰り返した私だが、その都度、部署の戦略に合ったCFOとHRを連れてきていた。ウェルチも1年経ってみて人が変わっていないと、その場で「もうやらなくていい」と言っていた。それほど、人を変えて自分のチームをつくることが重要という訳だ。(28:54)
それともう一つ。リーダーは育てることが出来るのかという大事な問いがある。「この人はすごいな」といったことは皆感じることが出来るものの、「そうしたリーダーシップとはひょっとしたら先天的な資質なのか」と。ジャック・ウェルチが目指していたのは社員30万人全員をリーダーにすることだった。リーダーとは人を扱うマネージャーではなく、人に対して影響力を与える人だ。で、そうしたリーダーは教育によって育てることが出来ると私は考えている。たとえば会場にいらっしゃる150〜200人全員がリーダーになることは可能かと言えば、そういう教育を施せば絶対に可能という話になる。(29:52)
水野:もう一つ。本来であれば人を選ばなければいけないと思っているが、その点で痛感していることがある。今、日本の教育はそうした変革を起こすようなリーダーをふるいにかけて落としてしまっている。それは大学入学試験の問題だと思う。私が京大アメフト部の監督を辞めた理由とも関連しているが、昔の選手は、私が「こうやれ」と言っても、「いや、ちょっと待てよ。監督の言うことを聞くにしてもそのまま信じたらあかんで」と言っていた。1カ月後に違うことを言うからだ。実際、僕も「俺という人間は信じても良いけど、俺の言うとることは信じるな」と言っていた(会場笑)。(30:46)
ただ、ここ10年ほど監督をしてきたなかで選手たちが変わってきた。たとえば、試合に臨んでは、当然、「こうなったらこうする。このチームにはこう対応する」と、色々とプランを立てる訳だ。しかし近年、そうして決めた通りにやらない選手がすごく増えてきた。だから試合後に呼び出して一緒にビデオを見ながら、「お前、何故こんなことをするんだ? プランと違うじゃないか。忘れたんか?」と聞く訳だ。すると、「いえ、覚えています」と言う。ただ、理由を訊くと、「分かりません」と言う。(31:49)
僕は「その返事はない」と言う。これはどういうことか。「こうするぞ」と決めると、今の受験人間はそこで思考が止まる。入学試験で答案用紙に回答を書いたらそれ以上考えない。しかし試合にあたって、「こういう場合、チームのためにお前はこういう結果を出せ」と言われた場合、それを実行方法は選手によって変わる。体の大きさや足の速さも皆が違うから。だから自分のやり方を自分で考えなければ成功する訳はない。しかし今の学生はそれを考えない。試験がそうした人間をとつくってきたというか、習ったことだけを実行するというか…、非常にインスタントだ。(32:36)
堀:今はビンタをしてしごくということすると大変な話になってしまうし、社会全体でそういうことが出来なくなってきた。企業でも100人入社して15人しか残らなかったらブラック企業と言われる(会場笑)。その意味では受験というよりも社会全体の寛容度というか、育成方法論が変わってしまったことのほうが大きいと感じる。(33:47)
水野:マニュアル化の弊害が一番大きいと思う。企業でもすべてがマニュアル化していて、「じゃあ、それが出来ないならお前はカスだ」という話になってしまう。(34:19)
堀:「人を引っ張っていく」方法についても伺いたい。藤森さんは自分に合ったCFOとHRを連れてくる等、良い人材に仕事を任せて引っ張っていくというお考えか。(34:33)
藤森:良いチームをつくらなければいけないのだが、それが100人であっても1万人であってもチームにはベルカーブが出来る。で、そのカーブを見てみると、20%は私の言ったことに関してすぐに共感し、コミットしてくれる人たちだ。そして反対側には必ず、「あいつには絶対ついていかない」という人たちも10%ほどいる。そしてカーブの真ん中には、いわゆる普通の人たちがいる訳だ。従って、チームをつくるのであれば20%におよぶ「共感する人たちの力」をつくることが一番大事ではないかと思う。(35:18)
人を育てるのはたしかに大事だし、集めるのも大事だ。ただ、最初の段階ではチームの人材もある程度限られてくるから、HRやCFOを除けば基本的にはベルカーブが出来る。だからこそ最初から共感してくれる人たちに力を持たせるため、デディケーション(dedication)が大事になる。自分がすべてを引っ張っていくよりも、その人たちに力を与え、その人たちが引っ張ってくるような仕組みをつくる必要があるのではないか。(36:01)
堀:たとえば水野さんの言う「若い世代の変質」に合わせてリーダーシップを発揮する方法はあるだろうか。そうした人々を生かすような方法論もあると感じるが。(36:33)
藤森:少しアメリカ寄りかもしれないが、文化をつくらなくてはいけないと思う。あるビヘイビアを生み出すような、そんな価値観を持ったチームをつくる必要がある。そのためには、「こうでなくてはいけない」という文化を会社につくらなくてはいけない。で、そのためには文化に見合った行動をとった人にリワードを与えること。大学スポーツの世界にはそうしたリワードがあまりないので難しいが、ビジネスの世界にはある。場合によっては、人をクビにするケースもあれば押し押しにさせるといったツール、あるいはリワードを与えるシステムをつくることが出来る。そこで、「こういう行動でこういう結果を出したらこういうリワードがある」と見せたら、基本的には人も変わると思う。(37:18)
つまり、人そのものは変わらなくてもその人の行動を支配すればいい。その行動を支配する原理が何かと言えば、一つはメジャメントであり、一つはリワードであり、そして、そのバックグラウンドや文化を変えるといったことではないかと思う。(38:28)
「一つ一つの実行については朝令暮改のスピード感が必要。だがその芯にはブレない軸が要る」(松崎)
堀:4番目の「リーダーとしての心構え」というポイントについても伺っていこう。水野監督から「正解はない」「安全確認は駄目」等、色々なお話を伺った。松崎さんはいかがだろう。(38:46)
松崎:繰り返しになるが、メンバーに「このリーダーは信用出来る。ついていこう」と思って貰うためにはブレない軸を持つことが大事になる。そのうえで、一つ一つの実行についてはまさに朝礼暮改だが周囲の状況が変わるのだから、変化に応じてやることも変えていかなければいけない。ソニーOBの方から以前伺ったのだが、井深大さんは朝礼暮改どころか“朝礼朝改”だったそうだ(笑)。ただ、そうした判断の軸はきちんと持っていた。そこがリーダーとして大事だと思う。(39:18)
堀:「リーダーの仕事は変革を起こし、人を育てること」というお話もあった。水野さんは変革を起こすというポイントに関して何かお考えがあるだろうか。(40:14)
水野:正直、やってみない限り、どのようにして変革するかということは分からないものだと思う。重要なのは一歩踏み出すことだ。リーダーに求められるものということで言えば、150年以上前、カール・フォン・クラウゼヴィッツいう人は著書『戦争論』のなかで、「一頭のライオンに率いられた百匹の羊の群れは、一匹の羊に率いられた百頭のライオンの群れにまさる」と書いている。その通りだと思う。(40:32)
もう一つ。よく私は選手にこういう話をしていた。いつも狼に襲われる羊の群れがいて、一頭が喰われると他の羊は「ああ、俺でなくて良かった」と(会場笑)、胸を撫でおろしていた。ただ、心の底では、「次は自分じゃないか?」と思っている訳だ。しかしあるとき、一頭の羊が、「こんなことはもう嫌だ。許せん。俺はたとえ死んでもいいから狼に一突き入れてやらんと気が済まん」と、狼に立ち向かっていった。すると他の羊もそれに続き、何百もの羊に反撃を受けた狼は殺された。そこで最初に立ち向かった羊がリーダーだ。変革を起こすということはそういうことだと思う。(41:08)
堀:ウェルチの言う変革とは、藤森さんにとってどういうものになるのだろう。(41:56)
藤森:我々は教育で変革を起こすことが出来ると考えている。変革とは生まれながらのカリスマリーダーが行うものではなく、プロセスだからだ。では変革のプロセスとは何か。まず、現状に満足しては駄目だ。現状に満足しないとき、「では何を求めるのか」という話になる。そこで世界を廻り、世界のベストプラクティスを見つけてくるという学びのプロセスになる。で、その学びからビジョンをつくり、そのビジョンでコミュニケートする。これは何百回も何万回も話すことでメンバーの共感とコミットメントを生むということだ。そしてそれを実行するためのチームをつくる。これらはすべてプロセスだ。それを教えたうえで実践の機会を与えれば変革を起こすリーダーは絶対に育てることが出来る。我々も今それをやっているが、このプロセスを教える必要がある。(42:05)
堀:松崎さんにも伺いたい。追い詰められて切羽詰った状態であれば別だが、業績が良いときの早期退職者制度やHDD事業撤退というのは難しい決断だったと思う。業績が良いときに自ら変革を起こすためには何が必要になるのだろう。(43:37)
松崎:私の場合、自分の社長を務めているあいだのテーマが持続的な成長であるから、常にその観点から何がベストなのかを考える。HDD事業撤退に関しても、それを来期に廻せば決算では売上高と営業利益を上方修正出来ていた。しかし事業撤退による特損の計上で当期純利益は下方修正となった訳で、上方修正と下方修正を同時にやったという話になる。それを敢えてやるということだ。(44:05)
藤森:非常に意義深いお話だ。人間にも会社にも「Sカーブ」というものがある。当初は緩やかに、そのあと急激に上に向かい、そうしてある段階で何かを達成してピークに至る訳だ。そのときに何をするか。何か変革を起こさないとピークから少しずつクルーズコントロールとなり、だらだらと落ちてしまうようになる。そのときに変革をしても遅い。皆さんも職を変えるタイミングは自分がピークのときだと思う。落ちたときに職を変えても絶対に上手くいかない。松崎さんはまさにそれを会社でやったと思う。(44:57)
後編はこちら。