嶋田:本セッションは「グローバル時代の国際競争力と21世紀の新しい経済モデル」と題し、辻野晃一郎さんというビッグゲストをお招きしています。辻野さんはソニーで「VAIO」や「スゴ録」といった商品の開発に携わられたのち、2007年4月にグーグルに入社。2010年4月まで同社の前社長を務めていらっしゃいました。現在は独立してアレックスという会社を立ち上げ、さまざまな新しいビジネスに関わっておられます。では早速、辻野さんより簡単な自己紹介からお願いします。
辻野:ありがとうございます。ご紹介いただきましたとおり、私は元々ソニーという会社におりました。現在、国内家電業界は壊滅に近い状態となっていますが、私自身はソニーに22年在籍しました。ちなみにソニーを辞めたのはグーグルへ転職するためではありません。2006年にソニーを辞めてからは1年ほどハローワークに行ったりしつつ、ぶらぶらしていたんですね。そして1年後、たまたまご縁あってグーグルに入ることとなり、2010年4月まで在籍、その後、アレックスを創業して現在に至ります。
堀(義人氏:グロービス経営大学院大学学長)さんが中心となって進めているさまざまな集まりのうち、私は「G1サミット」というものに今年、初めて参加しました。2月の八戸にて、2泊3日という強行軍で開催されたのですが、私自身、参加して非常に強い刺激を受けました。名だたるリーダーの方々が集まる会議だったわけですが、「あすか会議」はその“若い世代版”といった感じであると伺っています。ですから今回も大変楽しみにしておりました。今日はよろしくお願い致します。・・・もう少し喋ったほうが良いですかね(笑)?
嶋田:大丈夫です(笑)。進行のなかでまた色々と伺ってまいります。
環境変化に適応し、賞味期限切れの戦略を捨てるとき
本セッションを行うにあたって事前に会場の皆さまからのご質問を募りました。整理すると、質問内容は3つに大別できます。一つは、「日本企業は今後のグローバル競争をどのように勝ち抜いていけば良いのか」。「ワークスタイルの多様化など、さらなるIT化に伴う今後のクラウド時代をどのように捉えていけば良いのか」。そして、「日本のものづくりがこれからどうなっていくのか」というものでした。これは最も多く寄せられていた質問でもあります。昨日、ものづくりをテーマとした全体セッションでも同様の議論がなされていましたね。「日本は今後、ものづくりだけではなく、ことづくりをしていかなければならない」といったお話もありました。私としてはさらにそこから一歩進んだ“超ことづくり”の世界でやっていかなければ厳しいのではないかとも考えております。
ちなみに辻野さんの著書『グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた』を読まれた方はどのくらいいらっしゃいますか?(会場挙手)・・・およそ6割といったところでしょうか。お読みいただいた方々であれば辻野さんのお人柄と申しますか、反骨精神の強さや、「何があってもやり抜くんだ」というパーソナリティなどもご存じかと思います。ただ本セッションでは、読んでいらっしゃらない方々のためにも改めて、辻野さんのビジネスに対する姿勢やものの見方といった部分なども、色々お伺い出来ればと考えています。
さて、色々申しましても日本企業はポテンシャルを持っていますし、勝てる可能性だってあるということは辻野さんも常々仰っています。では実際に、日本企業がこれからグローバル競争で勝っていくために不可欠な条件とはどういったものになるのでしょうか。皆さまも大きな関心を持っているこの問いについて、まず辻野さんのお考えをお聞かせください。
辻野:はい。そもそも日本の製造業は世界一といいますか、非常に強く、成功体験を重ねていたわけですね。それがどうして現状のようになってしまったのか、そこをまず考える必要があると思います。いわゆるインターネット後の世界で急速に競争力を失ってしまったのは、なぜか。
個人にとっても、企業にとっても、国にとっても、成功体験というのは重要ですよね。成功体験をステップにして、よりチャレンジングなことをやっていく。それによってさらに大きな成功を呼び込む。ただその一方で、成功体験というのは成功した瞬間、過去のものになっている点をよくよく考えなければいけません。‘Hidden Liabilities’といった言葉がありますけれども、成功体験が新しいチャレンジの足枷になることはよくあります。時代の変化とともに賞味期限が切れてしまった戦略を捨て、新しく切り替えなければならないときがあるんですね。しかしそこで過去のスタイルに拘ってしまうがために、その切り替えが出来なかったりするケースは往々にしてあります。
今の日本に求められているのは懐古趣味的に過去を振り返り、「もう一度、製造業が強かった時代に戻ろう」といったアプローチではありません。時代はがらっと変わっています。製造業を中心に日本が世界の経済大国に登り詰めた20世紀の後半と現在とでは、時代環境やテクノロジーが大きく変わっているわけですね。ですから成功体験を一度忘れ、スクラッチからもう一度新しい成功パターンをつくっていく。そういうことをやっていかなければいけないと私は思っています。
しかしそれが分かっていながらも、なかなかリスクを取ることが出来ない。その辺に関しては、一度にたくさんお話しするよりも対談のなかで進めていったほうが良いかと思いますが、とにかく最近の日本企業はリスクを取ることが出来なくなっています。チャレンジする人がすごく減っている感じがします。
かつてのソニーは非常に強い会社でしたが、今はもう見る影も・・・、会場にソニーの方いないですよね(会場笑)。実際のところ、客観的にも主観的にも、もう見る影もないというか、言ってみれば落日の状況だと思います。もちろん自分のいた会社ですからなんとか立ち直って欲しいという気持ちは強いです。ただ、残念ながらやはり「hopelessなのかな」と思いながら見ています。
会場の皆さまはお若いので詳しくご存じないかもしれませんが、ソニーというのは太平洋戦争で負けた日本のなかで二人の日本人によって起業され、ワンジェネレーションで世界企業に成長していった凄まじい企業だったのです。しかしそのようにして成長していた時代に比べ、ソニーがハングリー精神やチャレンジ精神を失ってしまっている側面が少なからずあるのではないのかなと、私自身は感じていました。まずはそのような部分を取り戻していくことが大事になるのではないでしょうか。
嶋田:たしかに日本人がこれから再び起業家精神を取り戻すことが重要な鍵になると感じます。では、大企業がチャレンジ精神を取り戻すためには一体何が必要になるのでしょうか。あるいは大企業のなかでチャレンジをしようとしても難しいものなのでしょうか。もし大企業のなかでイノベーション精神やアントレプレナーシップを発揮して日々突き進んでいこうとするのであれば、どういった要素が重要になるのかというあたりにつき、ご意見をお聞かせください。
ハンズオンの姿勢を失うと意思決定のスピードや質が劣化する
辻野:まず、インターネットが登場するビフォア・アフターで世の中は大きく様変わりしましたよね。商品も再定義され、新陳代謝がものすごい勢いで進んでいます。その中心にいるのがシリコンバレーの人々だと思います。そのような新しい世界では家電業界だけではなく日本の大企業すべてが、20世紀後半に強かった産業をどんどん再定義していく、あるいは新しい定義をつくっていく必要があると考えています。
しかし現在の日本では大企業の経営陣にハンズオンでない人たちが多くなっている感じがします。ハンズオンというのは現場主義といいますか、なんでも自分で動いてみたり、見てみたりするという意味ですね。現場に足を運び、インターネットの世界で起きていることに自分自身で触れる。そのうえで、たとえば生産ラインをどうすべきかといったことを経営者自身が判断する。そういう経営者が少ない感じがします。リテラシーが低いというか、未だに20世紀のスタイルで経営している人が多い。21世紀の新しい時代にそういった方々が経営層に居座っていると改革もなかなか難しくなる気がします。少し暴言に聞こえるかもしれませんが。
ソニーに在籍していた私自身の経験からお話ししますと、まず、やはり私もソニーに憧れて入社したということがあります。特に井深大と盛田昭夫という、日本を代表するエンジニアであり起業家である二人に憧れてソニーに入ったタイプですね。ソニーが大好きだったんです。常に「ソニー=自分の人生」というような感覚を持っていました。ですからソニーにいた最後の数年間も「なんとかして朽ち果てていくような方向を修正したい」と思っていました。21世紀にも圧倒的ブランド力を持ち続ける輝く企業にしたいという思いとともに、自分なりに一生懸命やっていました。
しかし最後は刀折れ矢尽きるといった感じで、もう満身創痍の状態で退社を決断した次第です。当時、色々と感じたことはあります。大企業のレガシーが満ち満ちている世界では、やはり色々なポリティクスも出てくるんですね。会社が大きくなれば縦割りの弊害も出て、コミュニケーションも成立しづらくなります。意思決定のスピードも本当に落ちていきます。
で、日本の大企業は現在、どちらかというとリスクを取らない人を中枢に残すようなシステムになっているんですね。リスクをとってチャレンジすると、上手くいくこともありますが失敗することもある訳です。しかし日本では一度失敗すると経歴に大きなバツを付けられて、窓際に追いやられてしまったりします。それで結局、最後まで中枢に残る人が、いわゆる管理屋さん、あるいは自らがリスクを取らず、リスクを取った人を排除していくような人々になっていくわけです。そうして会社の活力が徐々に失われていくんですね。ジョブセキュリティと言いますか、自分たちが現在、手にしている事業を守ってばかりいるような人達が会社で増えていくようになります。それを見て当然、新しいチャレンジをする人も減っていきます。
企業では、現状を維持しようとする人と、何かを変革しよう、あるいは現状を変えようとする人のバランスが大事だと思います。前者がマジョリティになってしまうと会社は少しずつ廃れていきます。もちろん現在の価値は大事ですし、それによって日銭を稼ぐオペレーションは不可欠です。ただ、成長戦略を持って投資を行い、新しい事業にチャレンジしていく側がきちんと存在していなければ“次”がなくなってしまい会社は衰えていきます。しかし両者によるせめぎ合いの結果として、日本の大企業ではどちらかというと保守的でリスクを取らない人々がマジョリティとなり、変革や成長のエネルギーが衰えていったという話だと思います。
変革するのであれば、おそらくはその辺をがらっと変えなければいけない。たとえば皆さまのような若手の方々を思い切って登用するですとか。質問に答えていないような気もしますが(笑)。
嶋田:いえいえ。ちなみにそのあたりについて、大学院でテクノロジー企業経営のようなものを教えている私としても非常に悩ましく感じていたことがあります。日本では優秀な若手、特に大学生の方々が最初から大企業を選んでしまうんですね。選んで「しまう」という言い方も少しまずいのですが(会場笑)。最近は少し潮流も変わってきて、ベンチャーに入ったり20代で起業するような方も増えてはいます。しかし、やはりなんだかんだ言っても優秀な若手の大多数が大企業へ行く状況は変化していません。実際のところ、有望な技術のシーズというのは大企業にたくさんある訳ですね。良いネタは大企業のなかにある。けれども上位のマネジメント層がかなり保守的であるが故に、それらのシーズを生かしきれていないという大きなジレンマを感じています。
アメリカなどではそれこそシリコンバレーに代表される通り、多くの人が新しいことにどんどんチャレンジしていく姿勢が、国としても文化として成り立っていますよね。また、ものづくりのセッションでも言及されていました通り、台湾やインドといったアジア諸国ではオーナー系の企業が多く、彼らはもうとんでもないスピードで事業を進めていきます。すばやい意思決定のもと、ものすごいスピード感で攻めの事業を展開している訳ですね。その一方で日本の大企業はどうか。せっかくの優秀な技術シーズを持っていながら意思決定が大変遅く、かつ保守的になってしまっています。
このあたりの強烈なギャップを感じると、本当にどうすれば良いのだろうと思うんですね。「21世紀の新しい経済モデル」というテーマにもつながることと思いますが、私としては日本人の持つ知性やポテンシャルは非常に大きいと信じています。しかしそれが勿体なくも生かされていない現状を、一体どうすれば変えていけるのでしょうか。一つの解は、本会場にいらっしゃるような皆さまの存在ですよね。会社のなかでどんどん“出る杭”となって、「自分にやらせろ」と意見することは重要だと思います。ただ、それ以外で何をしていけば日本の持つポテンシャルを生かせるようになるのか。何か良いアイディアがあればお聞かせください。
リスクを取って挑戦する人を応援する社会の空気醸成が不可避
辻野:仰る通りですね。一時的な起業ブームはあったものの、大学を出た若い人たちは残念ながら未だに「シューカツ、シューカツ」と言っています。大学3年の終わりぐらいからでしょうか・・・、もう少し早い時期からかもしれませんね。で、それまであまり勉強してこなかった方々が急に就職のための情報収集を熱心にはじめて、リクルートスーツを着て、頭をきれいに整える。未だにそうした画一的な行動パターンをとっています。
ただ、この光景は今にはじまったことではないんですよね。私どもの若いころとほとんど変わっておりません。何故そうなるのか。これは別に若い人たちだけに原因がある訳ではないと思っています。日本のシステムがそうなってしまっている。新卒大量採用のような20世紀に出来たシステム、あるいは輝けるブランドである日本の大企業に皆がこぞって入りたがろうとするトレンド。そういったものが30〜40年変わっていないという話だと思います。
しかし、それを取り巻く世の中自体は様変わりしています。私が就職活動をしていた30年前とはテクノロジーもインフラもまるで違っている訳です。またあとで話題にもなるかと思いますが、やはり今は「個の時代」なんですね。グーグルやアマゾンが無料で開放してくれている無限に近いコンピューティングパワーを、個人がいくらでも自由に使える時代です。自分をエンパワーしてくれるインフラやテクノロジーがこれほど揃っている大変恵まれた今の時代に、何故、皆こぞって20世紀にブランドを確立させたような企業に未だ入ろうとするのか。私としても本当に分からないところです。そういった大企業に入ってしまうとリテラシーを持っていない人々のフィルターにかけられ、若い才能がどんどん潰れてしまうことだってあると思います。
それに比べてアメリカはどうか。シリコンバレーは特殊だと思いますが、若い人たちが自分の才能を直接マーケットで試すことの出来るチャンスがいくらでもあります。無料の技術インフラしかり、資金面しかり、ベンチャーにプロフェッショナルの経営者を送り込むといったような人材面の施策も充実しています。
何より、社会がチャレンジャーを応援するメンタリティを持っています。シリアルアントレプレナーという言葉もある通り、失敗を繰り返しても起業をやめない人たちがいますよね。「失敗しても何もしない人よりは良い」という考え方があり、周りの人が次のチャレンジを支援する訳です。そこには一度失敗した以上、同じ失敗をしない訳だから成功確率は上がるであろうという論理的判断もあります。その辺の環境をシリコンバレーに代表される米国の事情と日本で比べてみると、やはり極端に違いますよね。日本にはまだそのような新陳代謝を促進するインフラやムードがなかなか出てきていないと感じます。そして何故か皆が大企業に行こうとする。
私はいつも「企業には4つのフェーズがある」ということをお話ししています。創業期、成長期、安定期、そして衰退期の4フェーズです。日本の学生さんが就活をして入ろうとする大企業の多くは安定期か衰退期にあるんですね。創業期や成長期にある会社というのは名前もなかなか知らていないところが多いので、仮に学生さんがそういった企業に入社しようとしても親御さんが「止めてくれ」なんて言う。「そんなところよりもブランド力のある有名な会社に行ってくれ」と。それで最近の若い人は素直な人が多いから「分かりました」と言ってそちらに行ってしまう訳です。
そういった社会のメンタリティをどこかで断ち切らなければいけないと思います。どうするか。シリコンバレーのようなインフラづくりを国や公的機関に頼っていても整備されていく訳ではありません。もちろん民間が国に働きかけて、官民一緒になって色々なことをやっていくべき領域もありますが、ただその一方で、やはり重要なのはクラウド(雲(Cloud)/群衆(Crowd))の力であると思います。
たとえば最近流行りのクラウドファンディングやクラウドソーシングを活用して、より有利な形で起業していく。そういうことが現在であれば可能になってきています。もし撮りたい映画があるのなら、クラウドファウンディングのスキームでお金を集めてみるというのもありますよね。とにかく、新しい時代に合わせたチャレンジの方法はいくらでもあるんです。ですからそれらを多いに活用しつつ、20世紀的な行動パターンや発想パターンを若い人たちが古いパターンを断ち切っていく必要があると感じています。
もちろん挑戦するメンタリティの希薄さは若い人たちだけの責任ではありません。長らく閉塞的な社会をつくってきた、我々の世代を含めたシニア世代の責任でもあります。ですから今こそ、若い世代と上の世代が一緒になって新陳代謝を促進する国にしていくべきではないかと思うんですね。「結局のところ、東日本大震災があっても何ひとつ変わろうとしていない」という状況に対して失望している人たちも多いと思います。原発問題ひとつとってもそうですよね。それを今こそ本当に変えなければいけない。シニアも若い人も一緒になって、20世紀的な発想パターンを断ち切っていくという、そういうタイミングが今なのではないかなと私は考えています。
嶋田:まさに環境が変わった新しいクラウド時代のなかで、若い人々が中心になってどんどん行動を起こしていくべきであると。当然、上の世代も今一度自分たちのことを反省し、若手のアイディアやポテンシャルを引き出していくような社会に変えていかなければ仕方がないということですね。おそらくその辺については、とてつもない赤字額を出している最近のソニーやパナソニックも薄々気付きつつあるとは思うのですが、具体的行動にはなかなか踏み切れていません。
「その辺を変えなければいけない」とグロービスでも懸命に情報発信はしていますが、メディア、特にマスコミはそこまで頭が変わっていないような気もします。その辺は、徐々にでも成功モデルが世に出ていくことで、あるいはまさに辻野さんのような方々が情報発信をしていくことで、世の中全体のメンタリティを変えていくような流れになるのかなと感じます。ただ、それでも社会全体のメンタリティを変えていくというのは大変難しい作業ですよね。辻野さんとしては、そのような変化にどれくらいの時間がかかるという印象をお持ちですか?
辻野:10〜20年、あるいは30年というような息の長い話であると認識しています。これについて別の例でお話ししてみますと、最近は男子も女子も日本サッカーがすごく強くなってきましたよね。そこにはやはり20年ほど前、「日本をサッカー大国にしよう」と決意した人々の存在があった訳です。Jリーグなどの創設によって選手層を厚くして、20年かけて世界で通用するような選手たちを育ててきたその先に、現在の強さがあるのだと思います。
ですから現在どんどん劣化していくこの国をなんとかしようと思っても、一朝一夕で成ることはないんです。10年、20年、あるいは30年の計で何をするかを今、決める。そしてすぐに行動を起こしていく必要があります。そうしなければどんどん劣化が進んでしまいますから。サッカーは好例だと思いますが、まず、国を強くするための決断や決意が必要で、そういった決断をし、今日明日にでもただちに行動へ移し、着実に準備を進めて10〜20年後の日本を変えていく必要があります。
あと、嶋田さんがマスコミについて触れられましたので私もひとつ。メディアに問題があるということは、今回の原発問題でもずいぶん詳らかになったと思います。私のところにも、有名な雑誌の記者や編集者の方々がよくやって来ます。それで「日本家電業界崩壊の理由は何ですか?」とか、「ソニー復活のシナリオはなんですか?」とか、そんなことばかり聞いてくる(会場笑)。それで繰り返し繰り返し同じような特集誌面を組む訳ですね。「もういい加減にしたらどうなんですか?」と、そのたびに言うわけです。なんというか、すごくノスタルジックですよね。
たしかにソニーは素晴らしい会社でした。戦争でぼろぼろに負けて、日本が世界の誰からも相手にされなかった時代に二人の日本人が立ち上がり、そこから世界企業をつくりあげた訳ですから。日本人のみならず世界中の人々に貢献した素晴らしい会社です。盛田昭夫さんはソニーのためだけでなく日米経済あるいは世界経済発展のためにアメリカの悪法を改正したり、ホームビデオ訴訟を正面から受けて勝訴したりしていましたよね。戦後の貧しい時代に盛田さんのような日本人が立ち上がって頑張ったからこそ、現在のコンテンツ産業の発展もあると思っています。
ただ、それほど貢献をしてきた立派な会社に21世紀も成長戦略を託して、「日本を引っ張って欲しい」といった願いをかけるのは、あまりにもノスタルジック過ぎるのではないかと感じます。ソニーはもう今年で創業66年ぐらいになると思いますが、私としては「本当に今までお勤めご苦労さまでした。あとはゆっくりお休みください」と(会場笑)。もう、そういうところにいる会社なんです。そういう会社にまた鞭を打って「復活しろ」とか「再生しろ」なんて言っているほうがおかしいと思いますね。そうではなく、それこそ“第2のソニー”となるような会社とともに、社会の新陳代謝を促進するようなことを応援した方がいいと思います。マスメディアもそういう特集記事にもっとフォーカスした方がいいと思います。
ですから私は、「もうソニーの話は良いから僕らが今やっていることを取材してくださいよ」とメディアの方には申しあげています。その辺はまったく記事にしてくれないのですが(会場笑)。しかし小さくても頑張っている企業、あるいは皆さまのように若い方々が中心となって進められているような事業は日本にいくらでもありますよね。そういった領域にもっとフォーカスして、雑誌なりで記事にして欲しいと思います。ソニーやパナソニック、もっと言えば家電や自動車の話ばかりではなく21世紀に期待出来る次の成長産業はいくらでもあると思います。
産業の新陳代謝を促すインフラ形成と教育改革が喫緊の課題
嶋田:IT系を中心に日本でも頑張っているベンチャーは出てきています。ではそういった企業が、これから世界でどのように勝っていけば良いのでしょうか。これは辻野さんも以前どこかで仰っていたように思いますが、「日本企業はプレイヤーとして頑張るのは割と得意である」と。しかしルールメーカー・・・、とでも言うのでしょうか、グーグルやアップルあるいはフェイスブックのように、自らがゲームのルールをつくり、さらに胴元となってエコシステムをつくっていくという勝ち方がなかなか出来ません。出来ないと断言してしまうと語弊もありますが。
私としてはその背景に英語という言語の壁もあると考えていますが、実際のところ、アメリカはそうやって自動車産業全盛の時代から大きな産業転換を果たした訳ですよね。日本がそういった世界市場の新しいルールメーカーとなるために何か手に入れるべき要素があるとすれば、それはどういったものになるとお考えですか? 単なるプレイヤーではなく、より上のレイヤーで稼ぐことの出来る仕組みをつくっていこうと考えたとき、我々自身にどのようなスキルやメンタリティが必要になるのでしょうか。
辻野:そもそも「そうなろう」と思わなければ駄目ですよね。他社がつくった生態系に合わせてデバイスばかりつくり続けるのはそろそろ止めにして、新しい生態系をつくろうと決意しなければいけません。たとえばエネルギーの世界なんて、まさに今、そのようなことが出来るタイミングになってきていますよね。まったく新しいビジネスのルールや土俵をつくっていくという意味で、です。日本は20世紀、自分たちの勝ちパターンをつくって世界第二位の経済大国になりました。しかしそれはもう昔の話ですから、思い出して「昔に戻ろう」なんていう話をしていても意味がありません。グローバルコンベンションが激しい21世紀のインターネット時代に見合った新しい勝ちパターンをつくるのだと、まず自分たちで決意しなければはじまらないと思います。
嶋田:そのあたりを考えていくと、個人的には言語の壁というものが日本人にとってひとつの大きな課題になるのかなと思っております。現代のオープン・イノベーションや集合知というものを見てみると、やはり英語コンテンツの溜まり方と日本語コンテンツの溜まり方に圧倒的な差がありますよね。我々のほうでも「英語を出来るようにしなければ」といったようなことを一生懸命に言ってはおりますが。そもそも集合知というものが大変重要な鍵となっていくこの時代に、日本語を母語とする日本人にとって言語の壁というものはどのぐらいの高さになるとお考えですか? そもそも壁であるのか否かといった点も含めてお聞かせください。
辻野:世界的に見ればマイノリティである日本語を母国語としているのは、たしかにハンディキャップになると思います。70億人のなかで日本語が分かる人は1億2800万人しかいないわけですから、もう圧倒的なマイノリティですよね。ただ、それで立ち止まって迷ってみたり、どうこう言ったりしていても仕方がないですよね。日本語は非常にクローズドな1億2800万人のコミュニティにおいてのみ通用するものなんだと、割り切る必要があります。それ以外のコミュニティと意思疎通を図るのであれば、少なくとも世界共通語としての英語を避けて通ることは出来ませんので。
そこはもう必須科目というか、大学で言えば教養課程ですよね。基本中の基本です。英語を避けたり億劫がっていても仕方がありません。もちろん英語が嫌であれば、英語同様に使用人口の多い中国語などでも良いとは思います。いずれにせよマジョリティが使用している言語を解するようにするというのは日本人にとってひとつの大きな課題だと私も思っています。
市場として見ても、これまでは内側から見ていた1億2800万という数字がとてつもなく大きかったために、そのなかで大抵のことが出来てしまっていたんですね。そのなかに5つも6つも家電の企業が存在し、国内市場だけでパイを奪い合っていても生きていくことが出来ました。けれどもたとえばフィンランドを見てみるとどうでしょう。人口500〜600万人のフィンランドからノキアのような巨大企業が出てきたのは、最初からグローバルにやっていたからですよね。十分な国内マーケットが存在していなかったためです。
韓国も日本と比べたら半分以下のマーケットで、はじめから国内マーケットだけでは食べていけないのが分かっていたんです。だからグローバル志向だった。そのような環境のなかで、自然と何カ国語も話すことの出来る人たちが次々出てきた訳ですね。当然のこととして勉強しなければいけないから、勉強をする。もちろん母国語でなければ苦労することはありますが、やはり最低限ビジネスをやっていくことの出来るレベルの英語を身に付ける必要はあります。これはもう基本中の基本だと思います。
ただ同時に、これは根が深い問題であるとも思っています。日本がこの先10〜20年の計でやらなければいけないと思う改革が、大きく言えば二つあると私は思っています。ひとつはシリコンバレー並みに産業の新陳代謝を促進するようなインフラをつくっていくこと。そしてもうひとつは、言語教育を含めた教育改革だと思っています。日本の教育というのはゆとり教育を途中で導入したりして、これまで本当にぶれまくってきました。それもあって個人の競争力がどんどん落ちているのだと思います。当然、そのなかには言語教育も含まれています。
このあいだ、とあるテレビ番組で中国と韓国、そして日本の学生を比べていたのですが、やはり日本の学生が一番呑気なんですね。中国人の学生は皆、たとえば大学の授業でも争うようにして前の席に座ります。そのときテレビに出ていたのは全寮制の学校に在籍する学生だったのですが、彼らは朝の5〜6時に起き、学校に行く前に小グループで勉強をするんです。そのあとに学校へ行く。当然、そのあともずっと・・・、もう寝るまで必死で勉強していました。韓国の大学でも同様です。キャンバスを歩いている学生をつかまえてインタビューをしてみると日本語を流暢に話す学生もいるし、英語だけではなく何カ国語も話す学生がいくらでもいました。
その一方、日本の大学でインタビューをするとですね(笑)。たとえば大学の先生にインタビューしても「いやあ・・・、大学というのは自主性を重んじるところですから」なんて言って、あまり熱心に教育をしていないんです。そんな状態ですからどんどん差が開いてしまっている。私としては、日本の大学は放任し過ぎている部分があると思います。アメリカの大学だってものすごく勉強をさせますよね。ですから言語を含めた教育改革は本当に大事だと思っています。いずれにせよ、とにかく今は言語について嘆いたり立ち止まったりしていても仕方がないのではないでしょうか。
たとえば三木谷(浩史氏:楽天代表取締役会長兼社長)さんがやっている英語公用化も賛否両論あるかとは思いますが、ただ、とにかく彼は決意をした訳ですよね。「世界企業にならなければ楽天は生き残れないんだ」と。そのために、多少荒っぽくても、多少強引でも、英語を話すようにしていくのだと決断した。最近、『たかが英語!』という本を出版された三木谷さんですが、まずひとつには経営者としての並々ならぬ決意があったのだと思います。英語公用語化によって外国人の採用を容易にしたり、日本人社員が嫌でも英語を勉強せざるを得ないような状態にしていったということです。やはり人というのはある程度強制されなければ学ばない部分があると思いますので。
話が長くなって恐縮です。言語の話に戻りますと、とにかく日本語というのは日本人のコミュニティでしか通用しません。ですから、そこはそのように割り切って使う。で、それ以外のコミュニティと接するときは他の言語を使わざるを得ないということで勉強していくしかないと思っています。
これからは内需志向ではなく、最初から地球単位で考えること
あと、事前にいただいたご質問の中に私の戦略フレームワークに関するものもあったのですが、私は自身の戦略フレームワークを10項目で表しています。で、少しおこがましいのですが、そのなかのひとつとして「これからは最初から世界市場へ」という考え方を大事にしています。フィンランドや韓国の会社と同様ですね。内需先行型あるいは内需志向ではなく、最初から地球単位で考えるべきだと思っています。内需と言うのであれば、たとえば「フェイスブック内需」といった発想をします。フェイスブックのコミュニティでは9億人以上が繋がっていますよね。しかもそれが9億人から9億5000万人といったように日々増えています。それに対して日本の人口は1億2800万人。そんな風に発想を転換させることも言葉の問題を克服していくうえで大事になると思います。
嶋田:ありがとうございます。ちなみに資料でご提示いただいた戦略フレームワーク10項目(右の写真)というのは、どれもクラウド時代を生き抜いていくうえで大変重要になると私も感じました。個人的には特に「20世紀的にならない」という、先ほどから幾たびか出ているお話が気になっています。「どうして多くの人が20世紀型企業手法に拘るのかな」と思ってしまうんですね。
ただその一方で、最近は少し潮流も変わってきたように思えます。たしか今週号の『週刊東洋経済』で東大特集というのをやっていたのですが、そのなかの「東大生が就職した会社」を見てみますと楽天が第3位に来ていたんです。ちなみに第1位は東京三菱UFJ銀行で第2位は日立製作所でした。楽天がそれに続くような順位というんですね。
私自身は大昔、創立して数年の会社に入り、その後も創業期のグロービスへとベンチャー志向が強く、実は大企業に入るのが大嫌いでした(笑)。かなり異色なほうだったとは思います。ただ、とにかく知名度のある会社のなかで頑張るのではなく、「自分で何か新しいことにチャレンジしていきたい」という気持ちがあったんですね。最初はたしかに苦労するかもしれません。ただ、個人的にはそんな風にして若い頃からどんどん自分でつくっていくようなメンタリティでないと、これからの時代を勝ち抜くのは少し難しいのかなと感じます。特に若い方にはそのようなやり方でチャレンジしていただきたいと強く思っています。
それと10項目のなかでもうひとつ、個人的にお伺いしてみたかったのが「人にフォーカス」という部分でした。こちらはどのような意味合いで挙げていらっしゃるのでしょうか。
辻野:はい。結局のところ人と人とのコミュニケーションがすべてにおいて重要な訳ですね。私としてはテクノロジーやインターネットがどれほど発達したとしても、それらは人と人とを繋ぐ、あるいは人と人とのコミュニケーションを支援するための道具の域を出ないと考えています。そのなかでバーチャルに埋もれてしまうのではなく、対面で向き合う。我々がこの世に生まれてきて一番大事だと感じることのひとつは、やはり人と接することですから。
では人と接するときに最も大切なことは何か。私としては、その人のオーラや熱気を感じるためにも、やはり本セッションのように対面でお話をしてコミュニケーションを図っていくことだと考えています。フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションをサポートする便利なツールとしてテクノロジーが存在しており、インターネットも存在していると。そのひとつとしてフェイスブックなどがあると思っています。その辺はゆめゆめ勘違いしたくないなと自分でも思っており、戒めも含めて盛り込んでいます。
「人にフォーカスする」にはもうひとつ含意があります。人は、ともすれば物欲主義に走ったり金銭主義に走ったりします。けれどもあらゆる経済活動の裏には、つくり手としての人がいますし、ユーザーとしての人がいますよね。そこを大事にしていかないと、経済モデルをつくるなんて言っても最終的には上手くいかないと考えているんです。すべてインターネットでやっていれば上手くいくというのは勘違いです。最後は人と人ですから、その暖かみや温もりがきちんと送り手から受け手に伝わるかどうか。受け手の歓びや失望がきちんと送り手に戻ってくるかという、その温度感のようなものが大事ではないかなと思っています。
嶋田:なるほど。ちなみに先ほど「昔の話を聞いてくれるな」といったお話もありましたが、辻野さんはアレックスで現在、小規模な企業の手伝いもなさっていますよね。そこでお伺いしたいのですが、辻野さんは経営者や企業のどのような点を見て、「この会社はぜひ手伝いたい」とか「この経営者の方とぜひ一緒に仕事をしたい」と思われるのでしょうか。
辻野:そうですね・・・、ちなみにひとつだけ申しあげておきますと、今日私はどちらかというと日本の大企業に否定的なことをいろいろと言いましたが、大企業はものすごい資本力を持っていますし、優秀な人材も多く抱えている訳です。ですから頑張って成長戦略をつくりあげてもう一度、力を取り戻すことは出来ると思っています。
ただ総じて、トップがオーナー経営者ではないことによる弊害が目立つんですね。日本の多くの大企業ではサラリーマン経営者で上に行った人が、特定の任期とともに社長をやっています。ですから、東京電力に代表されるような無責任体質と言いますか、事なかれ主義のようなムードになってしまう。それから何よりも動きが遅くなります。私どもの現場でもそうなのですが、仕事をするときに大企業の人を入れるとスケジュールがすごく延びてしまうんですね。大企業すべてがそうとは言いませんが、承認プロセスの長さなどにより、往々にしてそのようになります。
私が現在お付き合いをしているパートナーは、個人であったり小さなスケールであったり、あるいは地方で起業した若い集団であったりすることが多いんです。そういうところは大企業に比べて圧倒的なスピード感を持っています。経営者や社員の方々の目の色も違います。自分たちがビジネスを立ちあげていかない限り、会社が潰れてしまいますし、自分自身も食べていけなくなりますから、もう必死な訳ですよ。
それに対して大企業ではどうかというと、たとえば入社時は意気軒昂であった新入社員が自分でも知らず知らずに牙を抜かれて行ってしまっているんですね。だんだんと飼い慣らされてしまう。毎月同じ日にお給料が出てくるシステムのなかに組み入れられると、人というのはチャレンジ精神や反骨精神、あるいはスピード感やハングリー精神も失っていってしまうという話だと思います。
ですから現在はどうかというと、自分たちの仕事ではなるべく大企業の方々と付き合わないようにしています(笑)。実際にプロジェクトのスケジュールがよく分からない理由で延びてしまったりすると、こちらとしても死活問題ですから。なるべくスピードの遅い方には入っていただかないように注意しています。とにかく付き合う相手に関しては、まずスピード。スピード感を気にしますね。
嶋田:スピードについて言えば先ほど申しあげた通り、アジアの新興国では売上何兆円の企業でもオーナー系というところがありますよね。それで、もうあっという間に意思決定を行っていきます。シリコンバレーの企業もベンチャーが多いので大変なスピード感を持っていますね。
辻野:日本でもオーナー系の会社は速いですよね。孫(正義氏:ソフトバンク代表取締役社長)さんのところや三木谷さんのところ、あるいは柳井(正氏:ファーストリテイリング代表取締役会長兼社長)さんのところ。オーナー系は本当に速いです。これに対してサラリーマン経営者の会社は、たとえば、このあいだ日経新聞に掲載されていましたが、シャープも鴻海精密工業(以下、鴻海)の郭台銘(テリー・ゴウ)さんが資本を入れましたが、彼は毎週プライベートジェットで飛んできて、「まだかまだか」と言ってくるそうです。年末までに共同で新しい商品を開発して、たとえばWinter CESなどで発表するという風に、ものすごい勢いで鴻海はシャープに圧力をかけていて、シャープは目を白黒させている訳ですね。それほどの違いが出る状況になっているということです。
嶋田:会場にいらっしゃる皆さまの多くは、いわゆるオーナー系ではない会社にお勤めだと思います。皆さまはそういったスピード感のある人々とグローバルに戦っていかなければならないということですね。そういった状況で、ではどうすれば会社のスピードを担保出来るのか。これは大きな問題意識として皆さまにも抱いていただきたいと思います。
で、少し先ほどの質問に戻ってみたいのですが、辻野さんはスピードを第一に重視するというお話でしたが、そのほかはいかがでしょうか。色々と要素はあるかと思います。これから変化していくライフスタイルを見据えた先見性も大切でしょうし、エコシステムということを考えたら構想力のような部分も重要になってくると思います。現在お付き合いされている方々で、辻野さんが第二または第三の視点として特に重要視しているのはどのような部分になりますか?
「何をやっているか」ではなく「何故その仕事をしているか」
辻野:先ほど挙げました10項目と重なる部分は多いですね。まずは、やはり志の高さをすごく気にします。「何をやっているか」ではなく「何故その仕事をしているか」という点。「何故そういう会社をつくっているのか」という‘Why’がすごく大事ではないかと私は思っています。そこに人の志や理念、あるいは生き様がある訳ですから。そこがはっきりしているか否か。どれほど立派なものをつくっているとしても、そういった‘Why’がないのであればすごく気になります。
嶋田:具体的な企業名等は出せないと思いますが、たとえば「こんな‘Why’で働いていて、一緒に仕事をするのがすごく楽しい」という具体例を差し支えない範囲でお教えいただけますか?
辻野:そうですね・・・、他社さんの例を挙げると差し支えがあるかもしれないので、少し恐縮なのですが自分のところでひとつ。アレックスという会社が一体なんのためにあるかといった部分についてお話をさせてください。私自身は長らくソニーでお世話になっていました。で、やはり在籍していた時代は日本も右肩上がりで成長していましたから、私自身も非常に充実した形でビジネスマン人生を過ごすことが出来ていたと感じています。
そういった時代を経てグーグルに入った訳ですね。で、のちほどグーグル在籍時のお話もすることになるかとは思いますが、やはりグーグルというのは本当にすさまじい会社でした。彼らに接したことで私自身のものの考え方やワークスタイルも大きく影響された部分があります。スピード感についても同様です。
そういった経験を経て最終的に、自分がビジネスマン人生のなかで色々と経験してきたことや学んできたことを生かして「次に何をするか」ということをずっと考えていました。で、特に私自身は日本に対する誇りのような部分が強いタイプです。ですから「このまま黙って日本が朽ち果てていったり、国際的プレゼンスが失われていく状態を放置できない」という思いがありました。要するにアレックスという会社を創業したのは、何かすぐれたビジネスモデルを思いついたからとか、何か画期的な技術を持っていたからといった理由からではないんです。少しおこがましいかもしれませんが、微力であっても自分に出来る範囲で日本をなんとかしたいという思いがあったんです。
それは人のアジェンダによって動く世界では実現出来ません。それなら、自分で起業するという選択肢しかなかった訳ですね。日本には大変優れた人々がたくさんいらっしゃいますし、優れたモノも数多く生み出されています。しかしグローバルにマーケティングやプロデュースを行うことの出来るビジネスマンが少ないんですね。そのために、優れたヒトやモノが人知れず埋もれてしまい、なかなか世界に出て行けない状況があるのではないかと。そういう仮説を私は立てていました。それをインターネットやテクノロジーの力でなんとかしたいという思いから起業した訳です。アレックスという会社の‘Why’というのは、ただの一言ですね。「日本をなんとかしたい」という思いに尽きます。そこから‘How’や‘What’の部分を決めていていくのが私のスタイルです。
嶋田:今お話しいただいたなかに、辻野さんの行動原理といったものを象徴的に垣間見ることが出来たような気がします。まず‘Why’があると。大義あるいは志の源泉というのでしょうか、そういったものについて考えていったあと、実際に色々な行動を起こしていくということですね。他にはいかがでしょうか。辻野さんが行動を起こしていくなかで大事にされていること、あるいは「これだけは譲れない」といったものが何かあれば教えていただけますでしょうか。
辻野:一言で表現するとプロフェッショナリズム、です。私自身も起業して痛感しましたが、起業の現場というのは本当に修羅場というか、もうすさまじい世界なんです。ですからそれに耐えられる人材が、特に日本人にはどれほどいるのかなとも思うんですね。
たとえば新幹線に乗っていてトンネルに入りますと、乗客のほうはそれをいつ抜けることが出来るのか分かりませんよね。また、何度もトンネルに入っているとなんとなく苛立つことだってあるかもしれません。長いトンネルを通っているあいだは気も滅入ったりします。・・・ちなみに話は変わりますが、このあいだ九州新幹線に乗って驚きました。70%ぐらいがトンネルなんですね。ほとんど地下鉄に乗っているような感じで(会場笑)。まあそれはさておき、とにかくそんな風にしてトンネルを通るのと同様、事業をやっていても思い通りにいかない時期はだんだんと不安になります。心配になりますし、ときにはパニックにもなります。そこで不安に苛まれて行動を止めてしまうケースも往々にしてあると思うんですね。
しかしたとえトンネルのなかにあっても、新幹線が前に進んでいる限り、いつかそれを抜けることが出来ますよね。私が大事にしているのは、そんな風にして常に毎日、前へ進むということなんです。世の中には上手くいかないことで止まってしまう人がたくさんいます。色々と悩んでしまって、結局はそこで立ち止まってしまう。しかしそこで立ち止まるのではなく、まずは一手、打ってみる。それで駄目ならすぐに次の手を打ってみて、それでも駄目ならさらに次の手を打つという行動力が大事です。
たとえばイチロー選手がスランプに陥ったとき、不平不満を言って嘆いたりヤケになって酒を飲んだりは決してしないと思います。自分の課題についてトレーナーや栄養士と相談しながら、淡々と自分のコンディションを整えます。そして課題を克服するための地味なトレーニングを毎日やっていくと思うんです。それがプロフェッショナリズムだと私は思います。それは企業で働く人々にとっても起業した人々にとっても非常に大事な要素ではないかと思うのですが、実際にはそれを持っている方がすごく少ないなという感じもしています。
嶋田:逆に・・・、これは先ほどから繰り返し出てくる身も蓋もないキーワードなのですが、大企業にいるとその辺が磨かれず、どんどん削がれてしまうケースもありますよね。大企業のなかにいてもプロフェッショナリズムを磨き続けるために、あるいはそういったメンタリティを持つために、私たちにはどのような要素が必要になってくるのでしょうか。
辻野:古い話になりますが、盛田昭夫さんはよく「根明(ねあか)」という言葉を使っていましたね。「常にポジティブシンキングで、ベースを明るくしていないと駄目なんだ」というようなことを仰っていたんです。根っからの楽観主義、と言えば良いのでしょうか。もちろん楽観主義だけで上手くいく訳ではありませんが、何か問題が起きたときにそれをポジティブに受け止められるかどうかは重要だと思います。
皆さまもお分かりかと思いますが、人生というのは自分の思った通りには、あるいは計画通りには決して進みません。けれども上手くいかないからこそ楽しい。上手くいかないとき、それを克服していくところに歓びがあったりする訳です。逆に言えば、仮に起業したのち思った通りに成功していくだけであれば驕りが出てしまうと思います。もしかしたら、思うようにいかないことで驕りを戒めて貰っているのかもしれませんし。とにかく、そんな風にして身の回りで起きるありとあらゆることをポジティブに解釈出来るかどうか。これはすごく大事ではないかと思います。
クラウドの時代とは個人をエンパワーするための材料に満ち溢れている時代
嶋田:ありがとうございます。ではもう少しお話を伺っていきましょう。次は「グローバル時代の国際競争力と21世紀の経済モデル」というテーマを踏まえ、ビジネスパーソンがどのようにクラウド時代と向きあえば良いのかを伺ってみたいと思います。私は大人になってからインターネットの広がりを経験した世代ですが、そこで経験した変化の速さを考えますと、5〜10年後もまた現在とまったく違う世界が広がっているのではないかと思えます。そのあたり、まさに今、辻野さんが色々やっていらっしゃる領域ですよね。このクラウド時代・・・、5年後にはまた違う言葉になっている可能性もありますが、この新しいIT時代にビジネスパーソンはどのような形で対峙していけば良いでしょうか。
辻野:先ほども少し触れましたが、我々は本当に恵まれた時代にいると思います。無限に近いコンピューティングパワーを、無料に近い値段で個人が使える訳ですよね。こんな時代は未だかつてありませんでした。先ほど話題になった言語の問題に関しても同様のことが言えると思います。たとえばグーグル翻訳。皆さまもお使いになっているかどうかは分かりませんが、私どもは自社サイトでもフル活用しています。ああいった翻訳システムの開発にはものすごいコストが発生しますし、従来はクオリティもなかなか上げることが出来なかったんですね。しかしグーグルは素晴らしいクオリティを実現しました。まさに世界一の翻訳システムでしょう。
我々はそうしたものを無料で使える訳です。そういったコンピューティングパワーを十分に活用していない人があまりにも多過ぎるのではないかと私は感じています。ですからまず、クラウドの時代というのは「個人をエンパワーするための材料に満ち溢れている時代だ」ということを強く意識して欲しいと思っています。
広告に関しても同様のことが言えます。もちろん既存のマスメディアを使った広告は本当に大きな力を持っています。日本のようにタイムゾーンが同じのホモジニアスな国において、テレビコマーシャルなどは特にすさまじいインパクトを持っています。けれども、それと同時に新しいオンライン広告の力というのも生まれてきている訳ですね。グーグルでもフェイスブックでも、限られた広告予算を使ってきめ細かいターゲティングを行い、自分たちが獲得したいユーザーを効率よく獲得することが現在は出来る。とにかくあらゆる意味で、こんなに恵まれている時代はないのだという風に思うんでね。それがクラウド時代であると私は考えています。
そんな時代ですから、今までなんとなくローカルで肩身の狭い思いをしていた日本的発想やスタンダードを、今度はグローバルスタンダードとして世界に広めていくことも出来ると私は考えています。世界の人々が持つ価値観を変えたりするようなものが、実は日本のなかにたくさん埋もれていると思っているんです。クラウド時代というのは、まさに日本にとってのチャンスなんです。
ただ、残念ながら日本政府からして現在のような体たらくです。クラウドの底力をフル活用して国を元気にしていくといったような発想は・・・、少しはあるのかもしれませんが、そこに行動が伴っていません。結局のところ、クラウド時代の恩恵をまったく受けていないんですね。20世紀に有効だったというだけのスタイルで、特に役所は仕事をし続けていると感じます。
たとえば東日本大震災でも、被災した工場がデータをほとんど消失してしまったり、役所が住民台帳を消失してしまったというケースがありましたよね。あれも前もってクラウドにしたうえですべてをデジタル化していれば、少なくともデータを守ることは出来ていた筈です。結局、その辺で活用出来ていない訳ですね。これほど恵まれたクラウド時代の恩恵を、自分や自分の会社、あるいは国をエンパワーするためにもっともっと使っていくべきではないかと私は思っています。
嶋田:これまでグローバルにご活躍していた辻野さんから見ると、やはり日本ではクラウドの活用がかなり遅れているとお感じになりますか? 折角のチャンスがあるのにそれが見えていないという実感をお持ちなんでしょうか。
辻野:持っていますね。特に政府系や経営層というか、上にいる人々のあいだでは、新しいものだから、あるいは良いものだから「まずは使ってみよう」という発想にならない。「何だか危なそうだな」とか「グーグルなんかにデータを預けて大丈夫なのか」という、いわば感情論が先行するという傾向は間違いなくあって、それが進歩を遅らせている面もあるのではないかと思っています。
嶋田:何か新しいものが出て来たとき、そのネガティブな面をまず見てしまうのは日本の悪い癖かもしれません。ときにはそれが慎重さとして有効に働く場合もあるとは思います。しかし、新しい価値を生み出す、あるいは新しいエコシステムを構築する際にはそれが足枷となってしまうことが多いのではないかと感じています。一昔前に起きた「Winny」の件もそうでした。そこでP2Pの進歩が止まってしまいましたから。しかし実際のところ、少々似たようなことをやっていた「Skype」は海外で大成功していましたよね。
そんな風にして、せっかく新しいものが生まれて大きなチャンスを手にしているのに、それを自ら止めてしまうという日本の今のカルチャーがある。これは政府だけの責任にしていても仕方がありませんので、我々がどんどん発信する必要があると感じます。そのうえで行動に移し、なんとか変えていかなければいけないと、個人的にも強く感じます。
ちなみに現状をどのように捉えるかについてもう少し伺いたいのですが、戦略フレームワークの10項目に「一身にして多生を経る」という言葉がありました。10項目のなかでは若干違ったトーンを発している言葉にも見えますが、こちらにはどのような意味合いがあるのでしょうか。
辻野:はい。福沢諭吉は江戸時代から明治時代を跨いで生きた自身の一生を振り返り、「一身にしてニ生を経る」という言葉を残しています。まったく異なる二つの時代を跨ぐように生まれ合わせ、「まったく違う時代を経験したのだ」と。それを拝借しているのですが、現代は二生どころかチャレンジすればチャレンジしたぶんだけ新しい人生を拓ける時代だと思います。ですからなおさら、そんな時代に20世紀の古い価値観で経営している会社に居続けるという、そういう一昔前のワークスタイルはどうかと思うんですね。
新しいものを得るためには、今持っているものを捨てるというか、どこかで手放さなければいけないとも思います。両方手に入れようというのは虫が良過ぎますから。ですからとにかく「ここだ」と思ったところでどんどん自分をフルモデルチェンジしていくような人生が良いなと思います。同じ組織にずっと在籍していると、下らないことが気になってくる訳ですよ。日本の大企業を見ていると特に感じますが、会社におけるポジションや肩書き、あるいは公用車が付くとか付かないとか、秘書がいて個室を持つことが出来るかどうかとか(笑)、そんなことが気になってきます。
要するに一昔前まで、日本の大企業では取締役になることが“上がり”のステータスだったんですね。本来であれば経営陣の一員になるというのは上がりではなくスタートなのですが。とにかくそんな風にして同じ組織に居続けると、本来であればどうでも良い世間体や名誉が気になってきてしまいます。もちろんそういったものを生きがいにする価値観自体を否定する気はありません。ただ、それがチャレンジを阻んでしまう部分がどうしても出てくるんですね。それよりも、ところどころで人生をフルモデルチェンジしていくほうが、何かこう、清々しい人生を送ることが出来るのかなあ、と。そんな思いがあって「一身にして多生を経る」という言葉をいつも唱えています。
自国も愛せずに世界からリスペクトされることは難しい
嶋田:ありがとうございます。気付けば1時間が経過しておりましたので、そろそろ会場の皆さまからも直接、ご質問をお受けできればと思います。今後のクラウド時代やエコシステムについて、あるいは辻野さんの生き方そのものについてでも結構です。ご質問がある方は積極的に挙手ください(会場挙手)。・・・やはりたくさん挙がりましたね。では手短かにおひとりずつご質問をしていただき、都度、辻野さんにお答えいただきましょう。
会場:本日はありがとうございました。グローバルな視野の広がりを感じた今日のお話でしたが、私としては特に辻野さんご自身の「日本を良くしていく」という志の部分が大変気になりました。個人的にはあまり日本という単位にこだわりがなかったので、何故こだわりをお持ちになっているのかを伺いたいと考えております。そのようなお考えを持つようになったきっかけを含めて教えていただけたらと思います。
辻野:これは私の考え方なのですが、その国に生まれたという運命をどのように捉えるかという話であると思っています。たとえば江戸時代以前であれば、日本のどこで生まれたか、あるいは何藩で生まれたかということがその人の一生を決めていました。もちろん生まれた場所が人生に少なからず影響していた当時と現代とでは状況が異なっています。グローバライゼーションも大きく進んでいる時代ですよね。ですから別に、日本で生まれようがアメリカで生まれようが、あるいは中国で生まれようが、その辺にあまりこだわる必要はないというご意見は当然あるかと思います。
しかし私としては、本当のグローバライゼーションはその国に生まれたことを誇りに思い、その国を愛するところからはじまると思うんですね。世界中の国や地域はそれぞれすべて違っているから面白い訳です。ではその違いを世界で生かしていくためにどうすれば良いのか、と。私としては、たとえば日本であれば、日本とはどういった国か、ということを日本人としてきちんと理解する必要があると思っています。そこから真の国際人への道がはじまるとも感じます。自国を愛すことも出来ず誇りにも思えない状態で世界からリスペクトを受けることは出来ないと思いますので。
世界の国々や人々がそれぞれ持っている違いを、いわばジグソーパズルのように組み合わせていくことが真のグローバライゼーションだと私は考えています。たとえば中国の人であれば中国に誇りを持って、中国のことをきちんと知ったうえで世界に貢献していくべきです。韓国の人もベトナムの人も同様です。そうでないと何かこう、根無し草のようになってしまうのではないかと感じているんです。それで、たとえば無条件にアメリカ的価値観やスタンダードを受け入れてしまう。そういう意味で言えば、戦後の日本は・・・、まあ良い意味で高い順応性を持っていたということなのかもしれませんが、しかしやはり芯の部分が大事であると思います。その辺がご質問にあったようなこだわりに繋がっていると自分では思っています。
会場:個人的に「これは難しいな」と感じているところを敢えてお聞きしたいと思っております。今日は辻野さんご自身がソニーという会社に強い愛着をお持ちになっていて、だからこそ全身全霊で改革に取り組んでおられたというお話も伺いました。やはり改革に向けた努力の原動力となっていたのは、ソニーに対する“思い”のような部分であったのでしょうか。また、仮にそうだとすれば、そういった思いがどのように育まれていったのかも併せてお伺いしたいと思っております。
辻野:私がソニーに入った判断基準というのは、自分の生き様とソニーという会社の起業スピリットがすごく合うと感じていたことにあります。「あ、この会社だったら自分の力を発揮出来るかもしれない」と思ったんですね。「自分のやりたいことを思い切りやりたい」という自分の考え方が、ソニーのスピリッツにシンクロしたと言いますか・・・、そんな気持ちがありました。
会場:ソニーとグーグルという世界的企業2社で働いてきた辻野さんが、外部からご覧になって感じた日本の素晴らしい点や強みを教えてください。内側にいるとなかなか見えない自分の強みも、外から見ると「実はこういうところに日本の素晴らしさがあるのではないか」となることはあるかと思います。
辻野:今回の震災でも発揮されたと思いますが、やはり現場力がすごいですよね。現場にいる人々の使命感や責任感。もっと一般的に言えば、日本人というのは皆すごく真面目だと思います。非常に勤勉で、着実にこつこつと自分の課題をこなそうとする人たちが多い。人が見ていないところでは手を抜くのが当り前のようになっている人たちもいますが、日本人のマジョリティにはそれがありません。誰が見ていても見ていなくても、自分がやるべきことを着実にやるという、そういった部分は優れた強みだと思っています。
私としては、イノベーションにはそういった現場力というものが不可欠になると思っているんですね。単なる閃きだけでイノベーションが成立する訳ではありませんから。ですから実現していく力という意味で言えば、実は日本というのはすごくイノベーションに向いた国だと思っています。
ただ、残念ながら自分をアピールしたりする部分が弱い。日本人が元々持っている価値観として、それをはしたないと考えてしまう文化がある訳です。外国人と比べると日本人には「自分が、自分が」というところがないですから。しかし、そのような奥ゆかしさや謙虚さがグローバルな環境のなかでは不利に働いてしまうことがあります。「べらべらと大きな声で喋っている国々の人々よりも黙っている日本人のほうが実はすごいことを考えている」なんて言ってみても、それを主張したりアピールしなければ埋もれてしまうことのほうが多い訳です。ですからそこは残念な部分といいますか・・・、日本の奥ゆかしさとして大事な部分ではあるのですが、国際社会では少しハンディになってしまっているという印象があります。良い意味で謙虚さを失わず、それでもやはり言うべきところできちんと言っていくというスタンスを持つべきだと強く感じます。
会場:私は、今話題となっている売上高数兆円の某電機メーカーで働いております(会場笑)。で、現在は毎年100名ほどの若手グローバル人材を今後10年で育成するという仕事を担当しております。その仕事に関しまして、私自身の持っている仮説がビジネス的にどうなのかという点についてご意見をいただければと思います。
私たちは現在、具体的には若手の基幹人材を2年間のプログラムで海外へ100名ほど送っております。しかし、海外の主戦場で成長した彼らが帰ってきても、組織のほうが変わらないという状況が続いているんですね。自社をなんとかしてグローバルな組織に変えたいというトップの思いもあるのですが、やはりグローバライゼーションに最適なリソースのシフトをなかなか決断出来ていないという部分があります。
ですから私としては、「お客さまも工場も販売会社も海外に行っている以上、我々のような情報部門も国内要員と海外要員にきっちり分ける必要がある」と言っておりました。さらに、枯れたスキルを持った人の給料は一気に下げ、必要なリソースを海外にシフトしていく。「そんな風に海外で戦う人々のモチベーションに働きかける施策が必要ではないでしょうか」と提言しています。しかしトップの方々は「それをしてしまうと国内要員のモチベーションが下がってしまう。それが一番問題だ」と、ずっと仰っています。私としては一生懸命提言しておるのですが、このような仮説というものについてどのように考えていけば良いのか、ぜひアドバイスをお願いしたいと思いました。
辻野:まあ・・・、そういう流れのなかで某社も駄目になってしまうと思うんですね(会場笑)。私も若いときにソニーの留学制度に応募して、1年間の留学をさせて貰いました。当然、会社のお金を使って留学している訳ですから「あれもこれも」という問題意識の塊になって勉強し、そして日本に戻ってきました。それで職場に復帰したのちにさまざまな提言をしていたのですが、ある日、当時の上司が「ねえねえ、辻野君」と。「君の留学というのはもう終わったことなんだから、早く忘れたら?」と言われました(会場笑)。
ご質問にあったような難しさは多くの会社で発生していると思いますが、私としてはそこで提言するだけでは不十分だと思っています。トップの方々が仰ることを聞くだけではなく、ご自身で行動する。もちろん上の判断を仰がなければいけないところが宮仕えの苦しさではあります。しかし「自分にはどんな行動が出来るか」をまず考えて動くことが重要なのではないでしょうか。
会場:別な某電機メーカーに勤めている者です(会場笑)。クラウドを活用したビジネスを具体的にはどのように進めていけば良いか、ご意見をお聞かせください。現在は世界をターゲットにしたソーシャルサービスというものがグーグルをはじめ各社から生まれていると思います。ただ、地域によってはそのような新しいサービスを採用しない国もあります。また、それが成長するか否かについて言えば国民性も大きく影響してきたりすると思っております。そういった要素をどのように踏まえながらビジネスモデルを組んでいけば良いのか。
辻野:今日はちょっと・・・、すみません、大企業に暴言ばかり吐いておりまして失礼致しました(会場笑)。ただ、家電業界には本当に頑張って欲しいと思っています。
で、それはともかくとしてご質問の件ですが、それは私も分からないですね。それが分かれば苦労しないという話ですから。とにかく色々なことを考えて、試していく。たとえばアレックスでは『アレクシャス』というサイトをつくりました。それを、世界に向けて日本を発信していくためのプラットフォームとして位置づけているんです。「“点”で頑張っているような日本の優れたチャレンジャーやタレントを『アレクシャス』に集め、世界に発信していきたい」と。今はそのような事業をはじめています。そのなかで、もちろんソーシャルもがんがん使っていますし、とにかくインターネット上で使えるものはフル活用していくというスタンスを採っています。それによってアレックスなりの新しいアプローチが生み出せるのであれば、それに越したことはないと思っていますので。
始める前に考えても、なかなか分からない時代なんですよね。ですから今はとにかく走っていかなければいけないと思っています。走りながら考える。ある程度完成度を高めてから世に問いかけていては間に合わない時代だと思います。逆に言えば、その切り替えが出来ないから日本の名だたる大企業はスピードを落としているという面があると思うんです。ですから走りながら考える癖をつける。考えても分からなければ行動するしかありませんから、とにかく動いてみるという話だと思います。ご質問へのお答えになっていないかもしれないのですが。
会場:私は現在、任期付きながら地方自治体で、民間経験を持った専門職として働いております。そこで、日本政府もしくは自治体はどういったことを最優先事項とすべきか、ご意見をお聞かせください。色々と問題点はあるかと思うのですが、辻野さんのお言葉で最優先事項をお話しいただけたらと思っております。
辻野:これは難しい質問ですね(笑)。政治家の方々や行政をやっている方々に向けて簡単にお答えを出すことが出来るのかなと思います。ただ、私自身は現在の仕事をはじめてから東京一極集中による弊害を感じるようになりました。東京というのは石原慎太郎さんのように強いリーダーが行政をしている非常に強い都市です。しかし現在の日本は東京一極集中の状態になり過ぎていて、ローカルの良さをなかなか引き出せていないという弊害も生まれているとも感じます。
というのも、私はソニー時代もグーグル時代もどちらかといえば日本の外ばかり飛び回っていたのですが、現在は日本のなかを飛び回っています。そこで重ねがさね「日本は良い国だなあ」と思うことがあります。日本にいますと、東京からひとっ飛びでほとんど全国どこにでも日帰りで行けます。国土がコンパクトなんです。そのコンパクトな国土に、ありとあらゆる多様性がぎっしり詰まっている。地方にはそれぞれの顔が必ずある訳ですね。
建築家の隈研吾さんも「日本の強みは地方にある」と仰っています。隈研吾さんは“負ける建築”というコンセプトを掲げて檜や杉といった地方特産の木を使い、景観に溶け込むような建築スタイルにがらっと変化したんです。以前の、すべてにコンクリートを使っていたような建築スタイルからです。で、日本の良さや地方にある強みを理解して、スタイルを変えた途端にグローバルで評価されるようになりました。彼は現在、世界中で引っ張りだこの建築家ですよね。日本がそんな風にして世界へ発信出来る強みというのは、実は地方にたくさん埋もれていると思っています。それを発掘するのが今の私の仕事だと思っています。
嶋田:ありがとうございます。ほかにもまだまだご質問はあるかと思いますが、残念ながら時間が迫って参りました。大企業の方にとっては耳の痛いお話も多少あったかと思いますが、今日は色々なお話を伺うことが出来たと思います。グロービスでも常に交わされている志のお話だけでなく、スピードのお話もありました。「立ち止まって何か考えていても仕方がないので、走りながら考える」と。そして、志を立てたうえでリスクを取りながら物事を決めていくということですね。「動かなければ何も変わらない」という点についても、本当にその通りであると思いました。
グロービスも「評論家をたくさんつくりましょう」というような経営大学院ではありません。ですから皆さまにもぜひ高い志を立てたうえで自身で主人公になっていただき、そして行動に移したうえで新しい価値を創造していただきたいと思います。「今日のお話を聞いて勉強になった」というだけでなく、自分のこととして今日のお話をどのように捉え、生かしていけるか。それが問われているのではないでしょうか。今日のこのセッションも、行動へ向けたきっかけにしていただければと願っております。ではこの辺でクローズと致します。辻野さん、本日は誠にありがとうございました。
辻野:こちらこそありがとうございました(会場拍手)。