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安渕聖司・GEキャピタル社長兼CEO「日本はグローバルなレベルで危機感を持て」

投稿日:2010/07/20更新日:2019/04/09

「何が起こるか分からない大変な状況でどこまでシナリオを決めて実行に移せるか。それは危機が発生する前の準備で決まる」

2008年9月のリーマンショックは、GEキャピタルにもとりわけ大きな資金調達の危機をもたらした。先が見えない中で同社が猛烈なスピードで状況に対処できたのは、日頃からの世界を見据えた徹底した危機管理と資本管理の賜物だった。そして今、日本が世界の中で競争力を徐々に失いつつあることを憂慮しつつ、その理由の一つは、グローバルなレベルでの「危機感」の欠如にほかならないと安渕氏は説く。

自分たちが試される苦境にあるときこそ、今一度、「我々はいったい何をする企業なのか」を定義することが必要であり、さらには、「企業人として『私』に何ができるのか」を考え抜くことが大切になるという。安渕氏の言葉には、かつて戦後から高度成長期まで日本人が持っていたはずの危機感を取り戻し、私たちが「自分ができること」に立ち返って考え直すためのヒントが散りばめられている。

「今、我々は世界のどこにいて、どこへ向かうべきなのか」

安渕聖司氏(以下、敬称略):私の理解では、皆さんは「自分の頭で考える」ということを身につけるためにグロービスへいらしたのだろうと思います。ですから今日は、このグローバル社会において、「自分自身が何を考えていけばよいのだろう」といったことを考えるための材料を提供したいと思っています。今、我々が世界のなかでどこにいて、どこへ行くべきなのか、あるいはどう考えるべきなのかについて、ヒントを探ってください。

まず、私が所属しているGEの紹介を少しだけさせていただきます。GEはエジソンが設立した会社ですので、本来は“発明”から生まれた会社です。したがってイノベーションを非常に大事にしています。世界を見る場合でも、どこに技術やイノベーション、あるいはマーケットがあるかといった見方をしています。会社が誕生してまもなく120年になりますが、現在は世界100カ国以上に進出しています。およそ30万人におよぶ社員のうち、60%以上が米国外にいるという状況です。ですからGEはアメリカベースではありますが、ひとつのグローバルカンパニーとして世界を見ております。会長兼CEOはジェフリー・R・イメルトです。日本人のなかには今でもジャック・ウェルチがCEOだと思っている方がおられるようですが(笑)、2001年9月にジェフリー・イメルトが45歳でCEOになってから、今年でもう10年目を迎えます

GEが現在手掛けている事業は四つあります。しかし、そのうちNBC ユニバーサルというメディアについては51%の株式を売却し、合弁にすることをComcastという会社と合意しておりますので、これからは三つのビジネスになる予定です。2000年代のはじめにはおよそ11の事業部門を持っておりましたが、今は3部門にまで絞り込んでいます。一つは私の所属するGEキャピタルであり、その他の部門はテクノロジーインフラストラクチャーとエナジー・インフラストラクチャーです。この2部門はインフラ関係の事業を行っています。世界のインフラをどのように作っていくかを考え、かつ世界最大のインフラ会社になることを目指しています。このようにGEの事業は現在は大きく分けてインフラとキャピタルの二つと、とてもシンプルになってきています。

大きな危機への対応は、いかに「スピード感」を保つかで決まる

2008年9月15日にリーマン・ブラザーズが突然破綻したことは、GEにもたいへん大きな危機をもたらしました。特にGEキャピタルは当時、コマーシャル・ペーパー(企業や金融機関などが公開市場で短期運転資金調達を目的として振り出す単名の無担保約束手形)の残高が10兆円ほどありましたが、バックアップライン(銀行から短期借入ができる枠)は6兆円前後しかありませんでした。コマーシャル・ペーパーの市場が大変不安定になったことから、毎日資金調達をしなくてはならない、大げさに言うと、明日のことも確実ではない、そんな状況が9月15日から始まったわけです。これは非常にリアルな危機でした。会社はどれほど優良な財務内容であっても、資金が詰まれば立ち行かなくなるわけですから。まさに100年に一度の本当の危機だったのではないでしょうか。

そこでGEが何をやったかといいますと、これは基本的に「スピード感」を持って対応したということに尽きます。何をどれぐらいの早さで実行できるか、あるいは危機に対するシナリオをどれだけ早くつくりあげるかということについて、我々自身も多くを学びました。9月15日に起きたリーマン・ショックの後、我々は10月2日には新株を発行して資金調達を行っています。この対応は、実際の危機が発生する以前からシナリオをつくって、何かあったときに「ここまでいったらこれをする」といったプランを用意していたからできたことです。

たとえばウォーレン・バフェットに優先株を取得してもらうであるとか、普通株を発行して増資するとか、連邦預金保険公社(FDIC)保証の付いた社債をどんどん出して、2009年分だけでなく2010年分のかなりの資金需要まで先にファンドしてしまおうとか、こうした準備に救われたのです。また、非常に厳しい決断でしたが、約70年ぶりに大幅に配当を減らしました。こうして徹底的にキャッシュを手元に置くという戦略をとったのです。加えて、バランスシートの右側に対応して左側を縮小するために資産の質を高め、リスクマネジメントを強化し、一部の事業を売却しました。収益が下がるわけですから、もちろんコストも下げないといけません。人員計画の見直しも含めた大きなこともほぼすべて、3カ月のあいだに決断しました。危機に対してどのように対応し、そして何が起こるか分からない状況でどこまでシナリオを決められるか。こういった一連の対策をものすごいスピードで行ったことで、我々自身も非常に試された時期だったと思っています。

試される時期こそ、自分たちを世界の中で「再定義」してみる

さらにリーマンショックを経て、我々は自分たちを再定義しました。日本の会社も同様だと思いますが、何かあったときには、「我々は一体何の会社なのか」と、自分たちを改めて定義する必要性が出てくるものです。GEに関しては、私の所属は金融部門なのですが、本質的には我々はインダストリアルカンパニーである、という結論に至りました。そして、事業ポートフォリオをシンプルに分かりやすくすることで、自分たちが適切にマネジメントできるものをやっていこうという方針をとったのです。

お集まりの皆さんは日本企業に勤めておられる方が多いと思います。今、自分のいる会社はなかなか元気が出ないという場合、どれぐらいのスピード感で自分の会社を再定義し、どういったアクションを取ることができるのかについて、一度考えてみてください。そうすると、GEが見ている世界やリスクとの違いが際立ってくると思います。GEは危機管理や資本管理(キャピタル・アロケーション)を非常に厳密に行っています。コストについても、「成長している時期でも、毎年最低5%のコスト削減を行うように」と言われているくらいです。また、キャッシュレベルも引き上げて、M&Aをする際、あるいは逆の場合の防衛にも使っていこうとしています。

再定義の過程では、我々の長期的評価を決めるものはやはりイノベーションである、という結論にも至りました。また、「どこに対してどのように投資していくか」といった戦略や、雇用創出を実現していくことも同様に我々にとって重要な評価につながるということも再認識しました。こうしたことを今回の危機から学んだのですが、この学びは本年の株主総会でも全世界に向けて伝えられています。

こうした再定義の後、GEではグローバルな課題を新しく設定しました。日本企業にとっても同様だと思いますが、まずは新興国市場が無視できない存在になってきているということがあります。つまり、事業をする上で一体どこに行って何をすればよいのかを考える必要があるということです。当然、企業も国家も成長しなくてはいけません。GDPが増えなければ国民が幸せにならないのは明らかなことですから。

しかしそれをどうやって達成するのかというのが課題です。特に先進国は今後、急速には成長できないという現実がありますし、顧客からは常にコスト削減や生産性の向上を求められていきます。また、資源の問題も外すことができません。世界的に見ると、水も含めて天然資源がより一層貴重になっていく以上、どのように資源確保に向けた取り組みを発展させていくかということは避けて通れないテーマになってきます。これは企業だけではなく国家にとっても大きな問題です。さらに各国の規制の問題があります。最近では何か問題が起こるとすぐに規制が強くなっていく傾向にありますから、規制の影響を考え、対応していくことも欠かせません。アメリカの金融業界では2000ページ以上にもおよぶほどの規制が行われようとしていますが、このこともGEにとって大きな課題の一つです。最後に、市場の変動は今後さらに激しさを増していくということを念頭に置いた戦略を立てることも重要です。

我々の基本的な課題は今述べたとおりですが、もちろん、それぞれの課題はさらに深く掘り下げられていくことになります。たとえば新興国市場における経営の仕方であれば、そこからさらに権限委譲の程度と方法や人材評価や登用の仕組みを考えるなど、非常に細かいところまで掘り下げて見て行きます。

日本企業の“危機意識”はどこへ行ったのか

少し話は変わりますが、今年の5月にGEで、私を含めた役員より少し下の職階にいる幹部社員45人が、2週間ほど韓国に滞在し、徹底的に韓国企業を研究してきました。行き先が日本ではなかったのは悲しいところです。こういった研究や研修のために、最近では中国や韓国にはよく行きますが、残念ながら日本には来ません。韓国企業では、そのスピード感や技術に対する投資といったものを、本当に肌身で学んできました。

サムスン、ヒュンダイ、あるいはポスコ…、いろいろなところに行ったのですが、彼らは本当に危機意識を強く持っています。「今は良いかも知れないけれども、このままではやっていけない」と常に考えています。日本と中国という二つの大国に挟まれ、今はたまたま成功しているけれど、これからはどうなるか分からないという危機感および切迫感を大変強く持っているので、早く決めて早く実行しないといけないとわかっています。

とにかく自分たちだけではなく世界中が動いているなかで、いかに早く行動していくかという点で決断が早いですし、決めたらすぐに行動します。しかもその一方で、「2020年にはどうなっていたい」といった長期展望もしっかり持っていて、そこへ企業全体が向かっています。さらに企業と政府、大学もしっかり連携しています。そのはっきりした方向性と同時に、とてつもなく大きな国家としてのプライドも併せ持っているのです。

ひるがえって今の日本の状況はといえば、ワールドカップなどを見ていると、「我々が夢中になって応援できるのは本当にサッカーだけなのか? もう少し他に考えることがあるんじゃないか?」と思います。これは別に新しい概念ではありません。日本人だって1960年代〜70年代には、今の韓国のように危機感を持って早く行動していました。ところがそれが徐々に変わってしまったのです。なぜ現在の日本ではそれが出来なくなってしまったのかということを、韓国に行って強く疑問に感じ、私自身は危機感を強めました。

現在の日本の国際競争力の実力は

ここでさらに、日本を考えるうえで鍵となるいくつかの数字もご紹介していきましょう。現在、アメリカに留学生している学生の数は、韓国からが約7万5000人なのに対し、日本は約2万9000人。トップはインドで、およそ10万人です。韓国人のアメリカへの留学生は日本人の2.6倍になります。人口差を考えるとアメリカ留学の比率は7倍ぐらいということになります。またスイスのIMD(国際経営開発研究所)が発表した国際競争力ランキング(2010年)では、日本は現在27位。トップはシンガポールで2位が香港、3位はアメリカです。マレーシアが10位に入っていますが、日本はここ数年どんどん順位を落としてきて、27位にまで下がってしまいました。

さらに1997年から2009年にかけての日本の名目GDP成長率はマイナス約0.5%です。金融危機のあった1997年は日本にとってひとつのプリ・クライシスのピークとなった年です。それから2009年にかけて年率にして約0.5%落ち込んでいるということは、名目経済は縮小し続けているということです。デフレ効果があるにしても、これは国民の収入が下がってきているということを明確に示しています。また『フィナンシャル・タイムズ』紙が発表した「世界のビジネススクール上位100校」(2010年)というデータの中には、日本からの選出はありませんでした。ゼロです。グロービスが認識されていないせいかも知れませんが(笑)、メキシコからもスペインからもスイスからも選出されているのに日本の学校はひとつも入っていません。

このほか、今年は中国のGDPが日本に追いつくと言われていますが、その後、成長率の差が8%で継続すると仮定しますと、10年後には中国のGDPが日本の倍になることになります。これだけのインパクトがあるのです。このままでは後方からもの凄いスピードで走ってきたランナーに、そのまま抜き去られたうえ、大きな差をつけられてしまうという現実があるのです。

世界を正しくとらえて、成長するために

こういった状況をひと通り見ていくと、我々が世界をどのようにとらえ、またいかにして成長していくかということについて、実にさまざまな疑問が湧いてくると思います。そこで今回は、私がいつも考えていることでもある四つの問いを用意させていただきました。

一つ目は、企業についてです。“企業のなかにいる私”という意味で考えていただきたいのですが、グローバル・マーケットや新興国市場で戦い、これに勝利して利益を上げるために、一体何をすればよいのかということです。縮小している日本国内だけで皆が幸せになっていけるかといえば、私は非常に困難だと思っています。ならば外に打って出て、世界全体が成長するサイクルのなかで日本も貢献し、そこから利益を得なくてはいけません。そのときに企業人である「私」は何をすべきかということです。

二つ目の質問は、我々が「危機感」を持つにはどうすればよいのかということです。それぞれの企業が「変わらなくてはいけない」という思い、「もっとスピード感を持って動かなければいけない」という考えをどれほど持っているか。あるいは企業内でいかにして危機感を喚起していくべきか。変化を起こしていくために自分自身が何をすればよいのかという問いです。

三つめは、高齢化社会についてです。日本は“課題先進国”で高齢化社会に突入していますが、これは本当に問題なのかという問いです。単なるマイナス要素としての高齢化社会ではなく、何かプラスになることを考えてみてください。年齢を超えて働ける仕組みなどは、まさにそれにあたるでしょう。若返りというテーマとは異なる問題と言えます。

最後のテーマは、皆さんも強い興味を抱いておられると思いますが、なぜ日本からグローバルリーダーが現れないのか、というものです。グローバルに経営できる人材は、一体どこにいるのでしょうか。日本にはあまりいないような気がするかもしれません。私自身もGEという多国籍企業で働いていて同じことを感じています。日本人というのはなかなか前面に出てきません。そして、グローバルに活躍する人間の数が、たとえばインド人、中国人、あるいは韓国人と比べて少ないのです。こうした状況をどうすれば変えていけるのか、自分の問題として考えてみてください。

これらのテーマについては、ぜひ皆さん、自分の問題としてどうすれば良いかという視点で考えてみてください。私がお話したことをベースとして、個人として何ができるのかを考えていただければと思います。

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