自分の力を境遇に応じて生かせ(星野)
堀:最後のテーマ「人的ネットワーク」に話題を移していきましょう。人間力、あるいは“感化力”と私は呼んでいますが、このテーマについてまずは星野さんからお願いします。
星野:会場の雰囲気としては、アイスホッケーの話に結び付けないといけないような流れになってきていますね(会場笑)。私はもともと、人付き合いはあまり良くないほうです。学生時代ゴルフ部だった人がいましたが、彼らは人付き合いが上手です。社会人になってもゴルフに行っては仲間を作ってくる。僕もゴルフに行ったことはありますが、どうもフラストレーションが溜まるので続かない。片やアイスホッケーはというと、これなかなか、接待には使えないんですね。「アイスホッケーに行きませんか」とは言えないですよね。恐らくそこから人付き合いが悪くなってしまった(会場笑)。
「人間力」という観点からお答えします。これから経営のキャリアを積んでいく皆さんには、思想家でもあった内村鑑三の「運命があることを理解しろ」という言葉について考えて欲しい。人は自らの力でチャンスを見つけ、道を切り拓いてなりたいものになる。誰だってそう思ってしまいがちだし、私もそう思っていました。でも、必要とされている場所で、一生懸命仕事をやっていくことが大切ではないかと思います。
私自身、「どんどんリゾートや旅館を作っていきたい」と思っていましたが、それが今では旅館再生案件がほとんどです。景気の悪い旅館に行き、施設を蘇らせていく。内村鑑三の「自ら道を開こうとするな」という言葉は、「自分の力を活かしていただけるのであれば、それを嫌がるな」という意味だと、今は理解しています。もちろん「将来こういう風になりたい」というビジョンを持つのは大事でしょう。でも世の中は時に冷たく、自分が願った通りの境遇を用意してくれなかったりする。それならば自分の力を、境遇に応じて生かすことが、その先のビジョンにも繋がっていくし、最終的には人間力や人的ネットワークにもなっていくのではないかと思っています。
堀:アイスホッケーはたしかに接待には使えませんね。水泳も使えませんが(会場笑)。ちなみにグロービスの受講生は、全員内村鑑三の『代表的日本人』(岩波書店)は必ず読んでいますので、とても親近感を持って伺えました。では次は夏野さんお願いします。
気脈が通じる人をたくさん作れ(夏野)
夏野:よく、「ネットワークは自分から作っていくのが大事だ」と書いてある本がありますよね。私はできない。つまらない人とは、一瞬たりとも一緒にいたくない(会場笑)。ドコモ時代なんてメーカーさんの接待が嫌で嫌でしょうがなかった。ただ“知ってる”程度なら何の意味もありません。気脈が通じる、意思が通じる人、もっと簡単に言えば気が合うような人と一緒に何かをやるのが楽しいということではないでしょうか。そういう人をたくさん作っていくしかない。そのために色々な場所に行って、色々な人々と語り合うのは大事だと思います。
要は、誰とでも仲良くしようと思わないほうが良いのではないか。知り合いがいくらいても、気が合わない人はいつまでたっても助けてくれないし、こちらだって助けようと思わない。知っているだけではビジネスになりません。逆に気の合う人とは、3年間音信普通でも再会すれば色んな話ができますよね。そんな人を大切にすれば良いだけだと思います。意見が合わない人とであれば、とことん、口をきかなくなるほど喧嘩していいと思います。ぶつかり合いがあったからこそ、5年後にもしかしたら一緒に何かをやることになるかもしれない。摩擦を恐れて皆にいい顔をしても、人間力や人的ネットワークは育たないと私は考えています。
堀:なるほど。思わず聞き惚れてしまいました。では知識さんいかがでしょう。
誠実さ、懸命さを忘れるな(知識)
知識:人間力というのは身に付けようとして身に付くものではない気がします。何かの結果、気が付いたら身に付いていた、というものではないでしょうか。伝統的な大企業の年配の方々の中には、「任せて育てる」というマネジメントスタイルを美徳とし、懐の深さや器の大きさで人間力を表現しようとする方がいらっしゃいます。でも、実際は任せて育てているのではなく、ただ仕事を丸投げにしていることが多い。そんな人は、人間力そのものを人為的に身に付けることができると思っている。一所懸命仕事に接し、真正面から部下と向き合う、そんな弛まぬ努力を積み重ね、気がついたら人間力が身に付いてといったものだと思います。全人格的な人間力を身に付けるのであれば、非常に平たい言葉ですが、懸命さ、誠実さ、きちんと向き合うこと、そういう要素を外してはいけないのではないかと思います。
堀:ありがとうございます。グロービス経営大学院では「経営道場」という科目があり、そのカリキュラムの一つに「陽明学」があります。陽明学では、まさに、「自分の目の前に広がっている現場で自分を磨きあげていくことが大切なのだ」という教えがありますね。しかし一方で、そういった現場から離れたところで人間力を鍛えるという経営者の方々も結構いらっしゃいます。先日お会いした武田薬品工業の長谷川閑史社長は、毎朝4時に起きて30〜40分ほど瞑想をしていると仰っていました。皆さんはいかがでしょう。仕事の現場以外で人間力を磨くために習慣化していることはありますか。
星野:私は最近、冬山に行くようにしています。すごい体験です。八甲田山を縦断してみたり、磐梯山に行ったりしています。体を動かすということ以上に、厳しくて幻想的な大自然のなかにいると、自分の存在が限りなく小さく思えてくる。仕事の悩みが、ちっぽけに感じられる。
夏野:これは趣味でもありますが、特にサラリーマン役員を辞めてからは、ますますたくさんアートに接するようになりました。特にコンサート。それもあってぴあの役員をやっているんですが(会場笑)。もちろんちゃんとお金は出していますよ。ほとんど毎週行っていますね。先週は歌舞伎に行きました。星野さんが自然に圧倒されるのと同じ。敬虔になるというか、もう「俺はどれだけ努力したって未来永劫あの“にらみ”ができるようにはならない」と思えます。クラシックのコンサートにもよく足を運びますが、たまに奇跡のような名演奏に巡り逢う。意図的に創ろうと思っても出来ない偶然性の感動があるんですね。そんなアートに遭遇するたび、「ああ、自分では無理だ」と思います。
知識:私は正直言ってあまりないんですけれども、最近ある人に勧められて座禅をするようになりました。まだ数回しか行っていませんが、これがなかなかいい。色々な座禅の組み方があり、心の持ち方や邪念の払い方、本当に色々と教えられます。難しいものだなあと思いますね。
堀:ありがとうございます。なぜこんなことを伺っているかというと、私はベンチャーキャピタルの仕事をしているのですが、とある要素を感じていたためです。どういうことかというと、投資案件に向き合ったとき、相手の能力だけを見て投資を決めても大抵は失敗するんですね。成功するためには能力以外にも人間力や信念など、とにかく何か他に大切な要素があるようです。ですから経営大学院のでも、それを培っていけるようなカリキュラムをぜひ組みたいと思っていました。それによって新しい変革を生むビジネスができるのではないかと感じています。
さて、ここでゲストのお二方にもご登場いただきましょう。まず、侘び数寄道家元の山田さんからお願い致します。創造と変革の志士に何かお話をいただけたらと思います。
歴史や美の様式とパターンから学べ(山田)
山田:本日は家元としての私自身を踏まえ、皆さまにぜひお考えになっていただきたいことをいくつかお話しさせていただきます。
最初にお願いしたいのは、歴史をしっかり学んでいただきたいということ。家元として私がこの仕事で学んだことは、道の中に歴史があるということです。たとえばお軸一つの中にさまざまな人間模様や物語という歴史があり、美に触れることも出来る。歴史や美の様式とパターンをたくさん学べば、仕事や人生はその応用として解が出て、どうにかなるものです。
2つ目は「先人に感謝」です。
3番目はお話しにもありましたが、禅はしっかり学んだほうが良いと思います。現在の禅は単に坐禅を組むこととしか、認識されていないところもありますが、坐禅を組むのはひとつの方法論でしかありません。室町の禅は、坐禅を組むということも大事ですが、禅僧の役割には、大名に当時のMBA的素養であった中国的士大夫の教養「四書五経」や兵法といったものを指導することも含まれていました。ただ、禅によって精神を強くすることは大切です。ある若い和尚が、修行中いつも打たれたり、蹴られたりしていて、「なぜこの俺がこんな目に合うんだ!」と日々考えていて、ある日「この俺が」という「俺」という自我に始めて気づき、修行を邪魔していた「俺」という自我を捨て去ったときに、修行が楽になったというお話しがあります。他人のせいにする前に、自分がどうであるかを振り返ることはとても大切なことだと思います。
4番目に尊いものに対して敬意を持つこと。神様や仏様、それからやはり、世界に類例のない天皇への尊敬も欠かせません。尊いものに敬意を持てるということは人間だけができることであり、日本人として何を尊ぶべきかということは、よくよく考えるべきことでしょう。それは日本人の伝統についてよく考えてみることでもありますね。
5番目に、やはり日本人は真面目だということです。四季があり、その準備にいつも追われ、まわりは同じ民族だけ。最近タイに行きましたが、国同士が陸続きで繋がっていて、国内に色々な少数民族がいる。日本と比較が出来、日本文化の特性について改めて考えさせられました。自分がなぜ、そういう行動を取るのかということを、民族的特性から考えてみることも必要でしょう。
6番目に古いものに潜む精神を見られるようになって欲しいと言うことです。モノの造形には時代精神が反映します。個々でいいものを作ろうとしても必ず、時代の好みが反映される。その時代精神を読む訓練として、日本の伝統的な造形を見つめることも大切な作業になるでしょう。たとえば茅葺の家があったらそれを見に行き、そこに宿っている精神に瞳を凝らしてみていただきたいと思っています。
所作を磨け(山田)
このほか、「はったりをかます」ということも覚えておいていただいたら良いでしょう(会場笑)。私も実は今、皆さんにはったりをかましているんです。それは皆さんの目を見れるように向きを変えたと言うこと。衣装もそうですね。衣装が持つ力というものを理解し、活用してください。先のセッションで、コミュニケーションについて、「非言語のコミュニケーションが7割を占める」というお話がありました。衣装と所作で判断されるということです。ですから所作を磨くことはとても大切です。一番簡単な所作の磨きかたは、綺麗なお辞儀をすることです。それだけで印象が変わっていきます。その人の所作のなかにある美しさや存在感ともいえます。所作という意味では、面接や面談などで空間をうまく利用し、自分の印象がより良く見えるところにポジションをとるという意識も大事だと思います。
ではここで最後に、いくつかの所作を磨いてみましょう。皆さんご起立いただいてよろしいでしょうか。まず肩を回してみてください。男性は歳をとると、肩胛骨に疲れが溜まって固くなっていきます。また、コンピュータをやっていると肩胛骨が盛り上がってしまうんですね。そうすると近くにいる人に穢れが溜まった印象を与えてしまいますから、まずはそれを落とします。坐禅は、近くにいる人が心地良いと感じてくれるようになる、身も心も澄ませる方法論です。コミュニケーションだからと無理に喋らなくてもいいんです。まずは、「あの人の近くにいたい」と思ってもらえるような人間になりましょう。次に腰を回して身体をほぐしましょう。疲れたら体をほぐしてください。それからお辞儀ですが、背筋を伸ばして手を前の膝に当て、腰を曲げるのが正しいお辞儀の所作。首は曲げません。手を組む人も多いですが、これも正しくありません。掌を前にするのが正しいお辞儀です。以上になります。ありがとうございました。
堀:ありがとうございます。国際的に活躍していきたいのであれば、日本人としてしっかりとしたマナーや作法を身に付けていきたいところですね。世界で活躍しようとすればするほど、自らのアイデンティティを意識すべきであると、私も考えています。歴史やアイデンティティ、さらには日本人としての強みとは何かを意識することで、グローバルなコミュニケーション能力やダイバーシティをマネジメントする方法論も身に付けていただけたらと思います。
では次に内藤さん、お願いします。私としてはこの3年間で最も密度の濃い学びがあったお話の一つが、内藤さんのお話でした。皆さんにもぜひ何らかのメッセージを受け取って欲しいと思っています。
書を捨て戦場へ赴け(内藤)
内藤:皆さんは日本の行く末について、どのようにお考えでしょうか。最近、私の女房が日本の政治を見ながらぽつりと、「私、日本人でいるのがだんだん嫌になってきた」と言ったことがあります。普段はそういうことは一切言わない人ですが、最近そういうことを言う。日本は一体どうなっちゃうんだろうと。おそらく同じように思っている人は多いのではないでしょうか。たしかに政治も社会も同じような状況ですから、私も非常に心配しています。
私は今、自分が日本にできることとして「日本で最も美しい村」連合というNPOに参加しています。現在は18の町村が認定されていますが、なぜこれをやっているのか。それは日本の文化や伝統の源となる美しい村がどんどん無くなっているという現状に危機感を感じているためです。限界集落が増え、いつしかそれすらなくなって廃墟になっていく。日本の最も大切な精神がどんどん捨てられてしまっているのですね。それでは日本人は一体どこへ行ってしまうんでしょう。これは捨ておけません。私が参加しているのはそんな活動です。
皆さんはどうでしょうか。私はグロービスで勉強している方々は皆、優秀だと思います。ただ、とても大きな目的を持っている方と、そうではなくて、できるだけ現状を変えたいという方がいると思います。私としては、グロービスに来るのも良いのですが、あまり長く学んでいるのではなく、やはり実地訓練に飛び込んでいただきたいと願っています。勉強ばかりが能ではありません。学んだらすぐに実行すること。それは私の哲学でもあります。大きな志を持っているならそれを実行して欲しいし、そうではない人はまず周りを一つ変えようとしてみてください。誰にだってできますから。
私はグロービスの人々が日本を変えてくれるだろうと期待しています。日本は今とてもいやな状況にありますが、日本人を辞めることはできない。だからぜひ、皆さんに日本を変えて欲しい。創造と変革の志士、素晴らしい言葉だと思います。私は60歳を超えましたが、何歳になっても皆さんのような創造と変革の志士と出会い続けたいなと思っています。
最後は気合いと根性!!
堀:ありがとうございました。では最後にお三方。「創造と変革の志士」に何か一言、お願いできますでしょうか。
知識:これは産業再生機構の元社長であった斉藤惇(現・東京証券取引所代表取締役社長)さんに教わったことに自分なりの考えを加えたものですが、「三つの糸」の話を覚えておいていただきたい。ビジネスマンとして仕事をしていれば誰にでも3回ぐらいチャンスが訪れるということ。しかし、そのときに志がなければ糸は見えせん。また、そのときに準備ができていなければ怖くて糸が掴めません。ですから皆さんにはぜひ、志や準備を怠らないようにしていただきたいと願っています。
お金や即物的なことばかり見ていると糸を見失ってしまいがちですし、心の準備、あるいは体力や技術の準備がなければ、怖くて糸は掴めません。決して謙遜ではなく、何の変哲もない私のような人間が、いきなり一万何千人という大企業の再生をやることになる、という運命もあるわけです。ですからチャンスを信じて頑張ってください。
夏野:ここにおられる方々は、きっとあえて苦しい道を選ぼうとする奇特な人々だと思います。こんな天気の良い日にわざわざ講演を聞きにいらっしゃるほどですから。せっかくですから、これからは皆さんで助け合っていって欲しいですね。おそらくはここに来ていない同期の人々が、今後、皆さんの最大の敵になるでしょう。その人たちをホッケーばりに倒していかないと(会場笑)。皆さん同士でいさかいを起こしていても意味はありません。志士というぐらいですから、誰かが動かないと物事は進まない。その原動力になる皆さんですから、仲良く助け合い、互いに相当無理な頼みも聞いてあげて下さい。
星野:またスポーツの話ですが、世界のトップアスリートが「なぜ勝てるのですか」と聞かれ、「極限まで訓練した人たちが集まる場所では、最後は勝ちたいと思う気持ち」と答えているのをよく見ます。ビジネスも同じではないでしょうか。同じ教科書を同じように読んで来られた人たちがしのぎを削り合うわけですから。ビジネススクールで学ぶ理論や知識は、失敗しないためには重要な知識です。しかし成功するために絶対的な効果があるとは思っていません。確率を高めることは大切ですが、最後の勝負を決めるのはやはり気合いと根性だと、私は思っています。気合いの差は重要です。だから、もしグロービスでそういう講座があればぜひ私がお話しをしに伺います(会場笑)。最後の売上、最後の利益、そこで他社に勝てる差は気合いと根性です。
前編「苦しいことは面白い」はこちら