「あすか会議2007」初日最初のセッションには、マーケットアウトのビジネスモデルを追及し続ける、エムアウト田口弘社長と、「リゾート運営の達人になる」というビジョンを掲げ、新たな経営手法に果敢に挑戦する、星野リゾート星野佳路社長が登壇。前例を打ち破り、未踏のビジネスを開拓する方法論を提案した。
指標経営の原点は「心配性」という気質
グロービスには、(田口さんの創業した)ミスミのケースも星野リゾートのケースもあり、会場の皆さんの多くが(受講したクラスなどで)読まれたと思います。今日は、ケースの主人公であるパネリストのお二人に、「その後の物語」など直接、いろいろとお聞きしていきます。
私とお二人の関係ということで言えば、田口さんには実は、私たちグロービスのベンチャーキャピタルが5億円の規模でスタートした時から投資いただいており、いわば恩人のような方です。星野さんについては、グロービスの合宿クラスのためにケースを執筆させていただきました。ケースに書いた3年前のことが、もうはるか昔に感じられるほど、凄い勢いで会社を発展させていらっしゃいます。ではまずは、お二人に簡単に自己紹介から、お願いします。
星野:それでは先に失礼します。自己紹介については、雑誌のインタビューや自著など、いろいろなところで語っていますので、今日は少し違う切り口からお話しします。
私自身を示すキーワードは2つあって、それは「心配性」で「運が強い」ということです。そして、この2つがあったおかげで、これまで何とかやってこられたと思っています。
私が星野リゾートを引き継いだのはバブル絶頂期だったのですが、私は心配性ゆえ、「この好景気が本当に続くのか」と、国内リゾート業の行く末を憂慮していました。「幸い」というわけではないのですが、この憂慮は当たり、わずか10年の間にバブルは崩壊、競合にもダメージが残りました。時代に対して危機感を持っていたら、時代がいつの間にか我々に追いついてきた感じ。昨今は地方や、観光業への注目も高まってきており、これまで積み上げてきたことが役に立つ時代が来たという、運の強さも感じています。
田口:私は1933年生まれで、この会場のなかでは一番の年長者ではないでしょうか。ミスミを創業し、30余年の長きにわたり社長職に就いていましたが、5年前に三枝匡さんという、日本では珍しいプロフェッショナル経営者ですが、彼に経営を渡しました。
「どうして?」とよく聞かれるのですが、事情をお話ししたいと思います。ミスミは私の時代に50~60億円の利益を出す会社になったのですが、それ以上の規模に育てるには、(自分自身の経験にはない)大企業としての組織を構築し、運営する技量が必要と思った。また、私はとてもドメスティックな男なのですが、世の中ではグローバル化が進んでおり、これに対応できるマインドも不可欠と考えました。この事業継承は結果として奏功し、今では売上高1200億円、営業利益160億円近くまで拡大したと聞いています。
一方、私は大企業の経営に造詣はないですが、とにかく事業創造は大好きです。そこで、エムアウトという、文字通り「マーケットアウト」を発想の基盤にして、新しいビジネスを興すことを目的とした会社を創業しました。
ありがとうございます。お二人とも成功体験に甘んじることなく起業家精神を持たれていることを改めて感じ取りました。さて、今日のテーマは「ケースの登場者に学ぶ、新たなビジネスの創造」ということで、ケースの内容も少し意識しながらご質問させていただきたいのですが、(ケース執筆時点の2004年と比して)、星野リゾートのビジョンや事業の進め方に変遷はありましたか。
星野:そうですね。私は心配性のため、「業績が良い」と聞くと、「来年はどうなるんだ」と、まず心配になります。「業績が悪い」と聞けば、もちろん不安になるわけで、どのみち大船に乗ったような気にはなれない、この気性が私の戦略構想の出発点です。ですから、うまく運んでも悪く転じても、その理由、メカニズムを把握し、好業績を再現できるような仕組みの構築に力を注いできました。具体的には細かいレベルで数値目標を設定し、「なぜうまくいったのか」「なぜ(業績が)下がったのか」を、その指標に基づき細かく分析し、運・不運だけで業績が決まらないようにしています。
星野リゾートではビジョン達成のために、経常利益率、顧客満足度、エコロジカルポイントにおいて具体的な数値目標を掲げ、全ての施設でこの3つを同時達成することを目指しているのですが、細かいレベルでは特に、労働生産性の向上が目下の課題ですね。観光業の労働生産性というのは、製造業などと比すると、まだまだ改善の余地が大きいのです。また顧客満足については、CRM(Customer Relationship Management)の取り組みとして、リピートされるお客様のニーズや不満を緻密に精査して、サービスレベルを上げていく、そしてそれをグループ内で共有して横展開するということを熱心に進めてきました。学びという意味では、やはり失敗から学ぶことが多いですね。
経営指標として、最近ではES(Employee Satisfaction、従業員満足度)を重要視する企業も増えてきています。経営コンサルタントやアナリストの中には、「星野リゾートの強みは組織文化である」というような論調もあるようですが・・・。
星野:最近、地方の温泉旅館の再生案件が増えているのですが、確かに「星野リゾートの組織文化という強みを生かしてほしい」と期待されることが多いです。新しく参加に入った(温泉旅館などの)方々にも、早く星野リゾートの文化に馴染み、リゾート運営を楽しんでいただけるよう「組織文化浸透プログラム」のようなものを昨年から作り始めました。ESも毎年、測定しています。
ただ、再生案件で(星野リゾートの参加に)取り込まれた従業員の満足度が、すぐに上がるというのは理想論でしかないんですね。これまで慣れ親しんだやり方を変更するというのは抵抗を生じるものですから、再生に入った組織のESが当初、大きく下がるのは仕方のないことです。ですから、そこではあまり気にせず、とにかく戦略を遂行して、まずは小さな成功でも結果を作って見せるのがターンアラウンドの秘訣と思って取り組んでいます。
消費者中心主義で従来にはないビジネスを創出せよ
次は田口さんに伺いたいのですが、田口さんの経営の特徴として、社名にもされている「マーケットアウト」、それから「持たざる経営」という発想の二つが挙げられます。まずは、「マーケットアウト」から、簡単にご説明いただければと思うのですが。
田口:マーケットアウトというのは端的に言えば、消費者中心主義。買い手の視点に立って、そのニーズを基点に製品やサービスを作っていこうというものです。
我が国のビジネスは戦前戦後の、モノの十分ではない時代に立ち上がったものが大半ですから、どうしても供給者視点、生産者中心主義で作られているんですね。結果として、プロダクトアウト→マーケットインという流れになる。しかし、大量生産時代を経た今、モノを作るのも大切だけれど、誰に何をどう売るかという発想が大切だよね、という流れに、ようやくなってきました。つまり、マーケットアウト→プロダクトインの発想です。
ただ、ひとたび定着したビジネスのやり方を変えるのは、口で言うほど簡単ではありません。それをゼロからやってきたのが、ミスミであり、エムアウトなわけです。古い話で恐縮ですが、例えばミスミで扱ってきた金型や工具といった生産財は、旧来の流通業者はメーカーが作ったものを売るというのが仕事と思ってやっていました。それを私たちは発想を変え、消費者が使いたいものを買ってくる代理人になろうと決めました。販売代理店に対する、購買代理店、ですね。
私自身、投資先の会社でジレンマを感じるのは、お客様の声は多様で幅があるが、それら全てに応えられるモデルというのは作り出せるのか、無理であるとしたら何を大切にして何を優先すれば良いか、ということです。星野さんは、優先順位はどのように決めていらっしゃいますか。
星野:大事なことは、対象とする客層、マーケットを予めきちんと定義することです。あらゆるお客様の要望を満たそうとするのは非常に危険なことです。例えば、3人の友人を家に招くとして、3人が全員、麻雀が好きな場合と、うち1人はルールすら知らない場合とでは、おもてなしの仕方は変わってきますよね。ルールを知らない人が混ざっていたら、おもてなしの難易度は上がります。それと同じで、私たちも(旅館やホテルなど)施設ごとにコンセプトを明確にして、「これこれこういうお客様が最も大切だから、そのお客様に120%満足してもらおう」と、スタッフ全員に共有します。逆に言えば、対象と異なるお客様の満足度は妥協せざるを得ない。その割り切りを勇気を持ってやっています。
まさにマーケットアウトですね。星野リゾート全体として対象層を決めるのではなく、施設ごとに決めているのはなぜですか。
星野:会社全体で同じお客様をターゲットと決められれば、ノウハウも横展開しやすく効率が良いのですが、施設ごとに立地も長所も異なるので、ここはやはり統一できません。統一しようとしたこともあるのですが、(再生案件では)常連のお客様を犠牲にすることにもなりかねませんから。
マーケット・セグメントを、きちんと決めるという文脈で言うと、私は、エムアウトでやっている宝石のリペアビジネスが、とても好きです。
田口:宝石業界からすると、一度、売ったものを作り直したりしてはいけない、というのが彼らの理屈なんですね。とにかく次から次へと売りつけなければいけない。それを私たちは、引き出しにしまいっ放しではもったいない。デザインを最新のもの、お客様の今のセンスに合うものに作り直すことで、また身につけられるようにしようと発想しました。
今はまだ、多くのビジネスが供給者側の理屈で成り立ってしまっていますので、そういうビジネスを特定し、お客様側からニーズを見直してみる。それによってニーズに対する供給をアジャストしていく、というのが、私たちのビジネスを想起する方法論となります。
先ほど田口さんの経営の特徴として挙げた、もう一つの「持たざる経営」についても聞かせてください。星野リゾートは「リゾート運営の達人」を標榜して、施設は所有せずに運営に特化することをビジネスの特徴としていらっしゃいます。
星野:そうですね。新聞や雑誌のインタビューでは確かに、所有と運営の分化を一貫して言い続けています。ただ、実務レベルでは迷うところもあります。
そもそも日本のリゾートが大きく飛躍できなかったのは、所有と運営が一体化していたためと、私は考えてきました。なぜなら、旅館の所有者の担保力が事業規模を決定づけてしまうからです。個々の旅館の資金力は小規模ですから、大きく設備投資して強い施設に作り変える、といったことはなかなかできない。しかし、所有と運営を分離することによって、そこに例えば大手資本からの投資が入ってくるわけです。勝つ戦略さえあれば、そこには価値が生まれますし、担保力が生まれるわけです。だから所有と運営は分離し、私たちは運営をお任せいただける会社になろうという戦略的な面では迷いはありません。
ところが、実際には地方のリゾートは、土地の価値というのはほとんどなくて、上に乗っている施設に価値があるのであって、その施設の価値とは運営がうまくいっていて、お客さんが集まるということの価値なんですね。で、それはやはり定期的に施設に投資をしていくことで生み出せる価値でもあるわけです。と考えると、所有と経営を分離しすぎて臨機応変な施設への投資ができなくなると、価値が損なわれてしまう。(その意味から)将来的に一番嫌な競合相手って誰だろうと考えたら、実はこれまで私が批判してきた所有と経営を分離していない相手なんですね。そこが悩みの1つです。
所有するか、外部化する(持たざる経営とする)か、田口さんは何を基準に選定して来られましたか。
田口:ビジネスのコアとなる経営資源は、やはり自社で持たなければなりません。
今では「持たざる経営」というのが常識となっていますが、20年前は何でもかんでも自社で抱え込むような風潮がありました。それを私たちは、資産を増やすことでお客様のニーズに応えることが難しくなるのであれば、徹底的に外部化しよう、ということをやってきました。自社工場を「使わなければいけない」からと、中国などでより安く生産できる可能性を逸しては本末転倒ですから。
ただ、ここで勘違いしてはいけないのは、ビジネスのコアまで外部化してはいけないということです。自社のビジネスの中核を成す資産は、しっかり握り続けなければいけない。
それから、少し話の方向性は変わりますが、経営者が51%以上の株式を持ってはいけない、というのも、私が持論としてよく述べていることです。とりわけベンチャー企業では、経営者に必要以上のリソースが集中すると、チェック機能が低下し、思わぬ公私混同などを招きますから。その意味からも、先ほど星野さんのお話にあった所有と運営の分離という考え方に私も賛成です。会社を「持たざる」こと、経営者と会社の所有を分離するということも、すごく大事ではないでしょうか。
起業のプロセスを仕組み化する新たなチャレンジ
人材については、どうでしょうか。エムアウトは「起業専業」をうたい、会社を起業のプラットフォームと位置づけて、一定規模まで育ったらIPOなどにより組織ごと独立させるというような構想を描いていらっしゃいます。その中で、ヒトはどのような動きをするのでしょうか。
田口:人材の「持つ」「持たざる」というのは、企業の成長段階によって分けるべきでしょうね。例えば、私が経営していた頃のミスミは、「プラットフォーム経営」をキーワードに、「会社はプラットフォームを用意するから、皆さん、そこで勝手に稼いでください」というようなことをやっていた。全てチーム制で、プロジェクトが終わると同時にチームはご破算にして、組織を再編成する、というやり方です。ただ、これは企業規模が小さかった頃は良かったのですが、大きくなってくると全社戦略の中にそれぞれのプロジェクトを統合し、整合性を取る役割、組織などが必要となってきます。三枝さんは、この組織構築をやっているわけです。
エムアウトでは、こうした企業の成長段階を細かく分化して、「アイデアを集めてビジネスのタネを作るチーム」「それを精査して事業計画書を作るチーム」「それに沿って事業を立ち上げて、ビジネスモデルを確定していくチーム」と、それぞれ専門のチームに、バケツリレーで事業創造をさせる全く新しい方法論に挑戦しています。場合によっては、工程ごとに経営者も変えてしまいます。
ベンチャーを目指す方というのは今、とても増えていますが、通常はビジネスのタネを探し、事業計画を書いて、人を集めて資金調達して・・・という全ての工程を一人で全て担います。つまり、全工程を自分で担えて始めて市場で戦う入口に立てるわけで、逆に言えば失敗する確率が高い。IPO(株式公開)まで至るのは200社あって1社程度かと思います。これを段階ごとのプロフェッショナルが行えば成功の確率が高まるというのが私の考えです。
ただ、悩ましいのは、ベンチャー志向の人材はバケツリレーの一部を担うよりは、全て自分で率いて行きたいというマインドにあるので、(エムアウトに)定着して、私が考える事業創造に力を発揮してくれる人というのが、なかなか出て来ないのです。そこを乗り越え、なんとか人材育成をし、事業創造を仕組みとして生み出せる会社、事業創造の産業化を実現していきたいと考えています。
エムアウトは起業専業ですので、担うのはIPOまでですが、私個人の考えとして、IPO後は経営者を変えるぐらいの思い切りが必要と思っています。先に述べたとおり、企業というのは成長段階に応じて求められる組織構造や人材の要件は全く変わって来ますので、同じ経営チームで継投すると、どうしても無理が出てくる。同じ経営者のまま、起業からIPOし、さらに成長を続ける会社というのは1000分の1程度の確率でしか出てこないと思います。
星野:事業創造の工程ごとに専門家を育成するという田口さんのお話、非常に面白いと思いました。そこで是非、質問させていただきたいのですが、事業創造においてはスキルだけではなく、やはりその事業に対するパッションが凄く大切ですよね。全工程でこのパッションを継承していくというのは可能なのでしょうか。
田口:どうなんでしょう。情熱があれば成功するというものでもないだろう、というのが私たちの論理です。例えば経営者まで行かずとも、「事業部長を取り替える」といった話は、よくありますよね。ただ、それは「うまくいかないから取り替える」というネガティブな理由から来る配置転換であることがほとんどです。これを今後は、もっとポジティブな理由でやっていかれると良いと思うんです。「こいつは○○が得意だから、次は××に挑戦してもらおう」というような。人材の流動性と言いますか、特定の工程ごとの専門家ばかり作っても仕方がないので、エムアウトの中では積極的に配置転換をして、最終的には、あらゆる産業に詳しく、また、どの工程でも任せられる真の「経営のプロ」を育ててみたいと思っています。
ポジティブな経営交代という意味では、田口さんご自身が三枝さんの能力を見極め、事業継承をされたプロセスは、まさにその見本。鮮やかでした。この際、先に話の出たパッションや理念の伝達はどのようにし
たのですか。
星野:「これだけは破るなよ」という掟のようなものがあったのか、とか・・・(笑)。
田口:そうしたことは一切、言いませんでした。
私は経営に正解などというものは存在しないと思っています。ただ、とにかく何か一つの信念には徹するべきと考えており、一つでも条件をつけると信念を曲げなければいけない場面が出てきてしまうかもしれない。だから、お任せする以上、何も言わないという姿勢を貫きました。
星野リゾートでは、人材面で悩まれていることはありますか。
星野:最大の悩みは総支配人をできる人が少ない、足りないということですね。総支配人の人事の問題は常に会議の話題になります。ニーズがあるからといって、リゾートの再生を次々請け負って、それに見合うスピードで人材を調達できるのか、と・・・。この議論は、いつも社内で渦巻いています。
私たちはリゾート運営の達人になるというビジョンを掲げていますが、リゾート業界というのは、給料も低くてサービス残業も多くて、働いている人たちにとって恵まれた労働環境とは言えないんですね。でも政府は「これからは地方の経済はリゾートが支える」という。ものすごい矛盾の中にあるわけです。でも、私はだから今がチャンスだと思う。何とか、現実と(政府が掲げるような)理想のギャップを埋めていきたいと思っています。
そもそも、どんな企業経営においても、人、モノ、カネが全部思い通りに揃っているなんていうことは絶対にあり得ないわけです。必ずどこかがショートしている。そこで、市場の成長やチャンスと、自分たちのリソースの状況と、どっちが優先されるべきかと言えば、私は前者を取るべきだと思う。今はこの業界にとって100年に1度のチャンスであり、ここで成長していけば私たちは優位に事業を進められるのです。だから、多少の無理はしても市場の流れに乗っていきたいというのが私の今の考えです。
私は、ベンチャーキャピタルを通じて投資先を見る立場にありますが、自分たちの身の丈に合わせて成長していく、という時と、ここで無理をしてでもアドバンテージを取っておかなければ後で取り返しが付かないことになる、という時と、両方あるんですね。どちらが良いのかというのは、そのときの経営者のビジョンの高さにもよるので難しいのですが、やはり市場の流れに乗るということはすごく大事で、それができない企業にはカネもヒトもモノも集まってこないし、逆に言えば、それができる企業にはリソースは自然と集まってくるものです。だから、いったん目先のリソースの枠を取り外して考えてみませんか、という話をよくしています。100年に1度というのは、そういうことだと思います。
次世代の経営者に求められるのはバランス感覚
そろそろ時間も迫ってきましたので最後に、まずは田口さんから、これからを担うリーダー、起業家にメッセージなどいただければと思います。
田口:私が起業したのは42歳の時でしたが、今に比べて創業のマネジメントはずっと簡単で、要は銀行からカネを借りられれば始められる、という世界でした。それに比べて今は、経営環境も複雑ですし、ITやコンプライアンス、金融の仕組みやM&Aなど、多面的な知識・経験が要求されています。ですから、1人の人間がすべてを身につけてやっていくというのは不可能な時代、自分よりも高い専門性を持った人を、周囲にたくさん置けないとビジネスを成長させられない時代に入っているのだと思います。優秀な人を周囲に集めるためには、やはり高い志、そして人間的魅力が必要です。高い志と、それを達成するための死にものぐるいの努力というのが大事なんだろうと思います。といっても、金持ちになりたいとか社長になりたいという志では、本当に優秀な人材を引き付けることはできない。それ以上の高い志を皆さんには持っていただきたいと思います。
星野さんには、こんな人にぜひ来てほしい、という要件があればお話しいただけますか。
星野:それは、いらしていただけるのであればどんな方でも(笑)。温泉旅館というのは、基本的に地方での就職になりますし、良い人材にはなかなか来てもらえない世界で、そこが悩みです。
少し論点がズレるかもしれませんが、総支配人や私の次の世代の経営者に求める要件という意味合いでは、一番重要なのはバランス感覚なのかなと思っています。「こんなスキルが欲しい」「こんな人柄であってほしい」など、いろいろ条件を言うのは簡単ですが、企業として全体を見たときには、あまり画一的にならず「いろいろな人がいる」という多様性を担保することが、すごく大事なことだと思っています。この多様性を束ねる共通項をあえて言葉にするのであれば、「バランス感覚」ではないかな、と。
例えば、生活感のバランス感覚。私たちのような小さな会社では、経営者と社員の一体感を作り出すことは非常に重要で、それには、いかにして社員と生活感のレベルを合わせるかというのが大切なポイントとなります。彼らは経営者がどんな車に乗っているかとか、何を着ているかとか、そういうことをとてもよく見ています。そして彼らが、「オーナーは搾取している」と思ったら、もうダメなんです。
もう1つは、コンプライアンスの感覚ですね。ベンチャー企業において法の抜け穴を突くギリギリのラインで戦っていくことは、大手と戦って勝つうえでやむを得ないことではあるんです。ただ、それには限度というものがある。最近の、大手企業の経営者がライトの当たったところで頭を下げている映像を見るたびに、社会が求めるビジネスの仕方というものを見失った経営というのは、いずれは社内外から正されていくという道理を、常に頭に置き続けなければならないと考えさせられます。
以前、(グロービス代表の)堀さんからIPOする人の動機をいくつか教えてもらったのですが、そのうちの1つは資金調達、もう1つはエゴとおっしゃっていましたが、果たしてIPOすることがエゴになっていないかどうかを考えるのはとても大事かなと思います。
ありがとうございます。私も投資先を見ていて思うのですが、成長力のある企業のトップというのはエゴがないです。エゴのある経営者の企業は、やっぱり成長しないですね。エゴといっても、金銭欲や名誉欲といった小さいエゴのレベルの人は上場まではいかないです。が、もっと大きなエゴ、こういうことを成し遂げたいという意欲と会社が一体になっているような人は、やはり経営者として大きくなる器を持っていると思います。ただ、そういう人は社員とぶつかったり、世間が見えなくなったりするときがあって、そこがリスクだと思うのですね。それを乗り越えていけるかどうかがやはりベンチャーにとって凄く大事なのだと思います。