参加者:
井手伸一郎氏 A.T.カーニー アソシエイト(グロービス経営大学院2009年修了)
戸津涼 レインズインターナショナル 取締役執行役員(グロービス経営大学院2011年修了)
藤井久仁子 エムティーアイ 人材開発部長(グロービス経営大学院2010年修了)
ミドルリーダーに戦略思考の“日常化”を(荒木)
荒木 博行
荒木:「ミドルのための実践的戦略思考」も瞬く間に11回を掲載し、お陰さまで多くの反応をいただいています。その中で改めて感じるのは、経営戦略を勉強されているミドルの方は確かに多いのですが、一方で、それを現場レベルに落とし込んで、日々の行動にまで繋げている人は非常に稀、ということ。
シャープでもアップルでもいいのですが、どこか企業の戦略について「あそこの戦略は~だ」ということを語る人は多いですし、語りたがる傾向もある。そういう日常業務から離れた観点では、経営戦略の概念は定着していますし、とりわけ差別化戦略やコストリーダーシップ戦略といった基本的なセオリーや「5 Forces」に代表されるフレームワークを知っている人は確実に増えているように感じます。もちろん表立って「自分には経営戦略や戦略思考みたいなものは不要だ」と言い切る人はいませんが、「私は経理担当ですから」とか「一営業担当ですので」などの言い方で、内面的な乖離感を聞くことは多いように思います。
ミドルの方であっても実際には現場において少なからず意思決定の機会はあると思うのですが、いろいろな方の話を聞いていると、戦略的な思考を挟み込むことなく物事を進めてしまっているケースが散見されます。例えば市場選択一つをとっても本来は、その市場の魅力度や自社の優位性構築の可能性といった最低限、押されるべき論点があるはずですが、「上司はどう思っているのだろう?」、「今回譲ったら借りが作れるかな?」といった社内事情にのみ配慮して結論づけたり、さらには「迷ったら厳しい道を選べ」といった座右の銘のようなものに飛びついてしまったりするという話まで聞こえてきます(参加者笑)。本来は経営の原理原則に寄り添い、もう少し丁寧に考えることも可能と思うのですが、いざ意思決定となると様々な現場の引力に容易に負けてしまう訳です。“しびれる”ほど厳しく難しい意思決定の場面であればあるほど、中途半端に聞きかじった戦略論なんて何の役にも立たない。こうしたミドルの方々のお役に少しでも立てればというのが、「ミドルのための実践的戦略思考」を執筆しはじめた動機だったわけですが、実際に読まれた方々の反応を見て、ますます問題意識を強くするに至っています。
トップ・マネジメントが考える戦略というのは当然あって、それはものすごく重要です。そこは誰も否定しないと思います。ただその一方で、ミドルの方々が戦略的思考を持って視野を少し変えたり現場でひと工夫をしたりすることでも仕事の質は上がっていく。そういうことを改めて伝えていかないと、と思っているのですが、どうも架空のストーリーだけでは説得力に欠けるわけで、その説得力を増すためにも、皆さんのように実際に現場で活躍されている方々がどんな観点で物事を見ているのか、ということを今回は生の声として届けられればと思い、座談会にご協力をお願いした次第です。
お三方のご経歴については別途プロフィール文面(本稿末尾に掲載)などもいただければと思いますが、まず、井手さんは、戦略コンサルティングファームA.T.カーニーのコンサルタントとして、まさにこの領域で日々、様々な企業のリアルタイムの戦略立案に関わっておられます。今日はその観点から、一般に言われる経営戦略の理論や手法につき実学として「これは使える」「これは使えない」とか、あるいは「こういうことを意識したほうがいい」といった考えを聞かせてもらえればと思います。また一方では、移動体通信キャリアでミドルリーダーとして活躍されていた際のご経験からも語っていただけることが多々あると期待しています。
戸津さんは、「牛角」や「しゃぶしゃぶ温野菜」といった外食チェーンを束ねるレインズインターナショナルで執行役員の職責にあり、既に“ミドル”ではないわけですが、その視界からミドルで頑張っている人たちを見たとき、「もう少し、こういう考え方をしてくれたらいいのに」「こういう奴はやはり良い打ち手を考えるな」など思うことをお教えいただきたく思っています。また若い頃を振り返り…、といっても今もお若いわけですが(笑)、ご自身がミドルリーダーであった際に意識していたこと、苦しんだことや、ブレイクスルーのきっかけになった考え方なども伺えればと思います。
藤井さんは「music.jp」などモバイル向けのコンテンツで躍進してきたエムティーアイの人材開発部長として、またこれまでのキャリアにおいても客観的に“人財”というものを見続けて来られました。その視点から魅力的なミドルの像を語っていただくと同時に、戦略と人事の関係などもお話しいただければと思っています。経理や人事など間接部門に所属する方が「戦略は役員や経営企画室の考えること」など言われるのを時折、聞くのですが、「実はそんなことではないよ」というお話があるのではないかと。
いずれにしても今日は皆さんから、そうした、現場感やリアリティのあるお話を伺えることを楽しみにしています。
全社戦略を「自分のもの」にする(井手)
井手 伸一郎氏
戸津:ミドルが最も陥りがちな落とし穴として挙げたいのは、まさに先ほどお話にあった、「戦略は上が決めるもの」という決めつけだと思います。戦略立案や、それをどう実務に落とし込むかというようなざっくりとした部分は企画部隊がボードメンバーとやっておけば良いと思います。ただ、実際に現場をハンドルしている人たちが、単にそれを言われるがままに行うのでなく、背景まで踏まえて行動することが大事だと私は思っているんですね。そうすれば、さらにその下に連なるアルバイトも含め、現場で動く皆の理解が促進されますし、何か問題が起きたときの対応能力も高まります。良い意味での工夫も生まれてきます。
外食チェーンは本部があって店舗があってその先にアルバイトがいるという構造になっています。このラインで指示や命令がストンと落ちていけば綺麗に動きます。ただ、本部と店舗の距離が物理的に離れていたり、店舗ごとに経験的な差があったりといった環境もあって、どうしても“伝言ゲーム”になってしまうというか、雑になってしまう部分があります。そこで現在、うちのメンバー・・・、本部と店舗の中間や、経営と現場の中間といった、まさにミドルの立場で動く人たちには、「なぜ、このような決定になったと思うか?」、「あなただったら、この決定についてどんな解釈をする?」といった投げかけを意識的にするようにしています。
荒木:そこにはレインズインターナショナルの・・・“個店化”という表現で良いのでしょうか、個別の判断を店長さんが行い、ある程度の裁量を持たせてやっていこうというような方針もあるわけでしょうか。
戸津:そうですね。2007年にMBO(Management Buyout)を行ってからの経営改革は、原則的には中央集権国家をつくっていくという方向性で進んできました。その意味では、「言われたことをきちんとしよう」とか「やらなければいけないことをやっていこう」というのが必ずしも悪いこととは捉えていません。KPI(Key Performance Indicator)評価や、PDCAの徹底を本部がしっかりと制御していこうと。そういう進め方が基本にはあります。
ただ、その一方で、外食というのはかなり波の激しい業界です。地域差もあります。私たちの本部は六本木にあって、六本木でデータを見たり、物事を考えたりしているわけですね。しかし当社は北海道にも沖縄にも店舗を持っています。そうすると時々刻々と動く顧客や競合環境の変化をリアルタイムで捉えて即応することは現実的には難しい局面も出てくるわけです。
例えば今、大阪を中心とした関西圏は経済的に厳しい状況に置かれていますが、「となると、同じ都市だからと言って、東京と大阪を同じような概念で見ては駄目だよね」と。で、具体的にどうするかと言うと、経営企画は本部に集約されているので、「では本部の人がいちど大阪に来てください」となります。でも同時に「行ったところで何が分かるんだよ」と(笑)。本部の人間が一日行った程度で何が掴めるのかという話になりますよね。規模の問題なのか関わる人数の問題なのか、その辺の捉え方は色々あると思いますが、とにかくこうした縦に連なる組織が機動的に動いていくためにはミドルリーダーの戦略思考という部分がとても重要なのではないかと思っています。
井手:「解釈」とか「アジャスト」といった機能ですよね。とりわけ複数の事業体を束ねる企業などで、社長が出した全社としての大方針をどう事業に落とし込むか、また事業相互の関係性をどう捉えるかということ。例えば私の前職で言えば、グループの社長が言うのは「固定と携帯の融合を考えよう」とか「固定への投資を少し抑えて、携帯に持っていこう」とか、とにかくそういった抽象度の高いビッグワードがギリギリのところなのです。これを各々の事業にあてたとき、どのように具体化し、アジャストしていくのか。そこはやはりミドルリーダーが考えなければいけないことと思います。
荒木:きちんとアジャストさせるためには、社長の言葉を額面通りに捉えても、あまり意味がないというか肝心のところを外してしまいますよね。社長の言葉の意味を真に理解するためには、社長が見ている風景、背景は最低限、押さえなくてはならない。意味不明な断片的なキーワードにも、何らかの背景があるわけで・・・まぁ、ない場合もたまにありますが、それは置いておいて(笑)。で、背景情報をファクトとして知るだけでは、もちろん足らなくて、情報を解釈して意味を抽出するためには経営のセオリーのようなものが必要になってくる、と。
戸津:それができないミドルは“伝書鳩”でしかないですよね。社長の言ったことを部下に伝える係。たとえば全社方針として「店舗の接客レベルを向上させよう」みたいな話をすることはあります。けれど先ほどの井手さんのお話にもある通り、具体的な施策は例えば「牛角」と「しゃぶしゃぶ温野菜」という二つのブランドだけをとっても、別なものであるべきなんですね。なぜならサービスを受ける対象となるお客様の像が全く違うから。或いは、ベンチマークすべき競合も全く違うから。さらに、それをしたとき売上や利益にどれだけ影響がでるか。そうしたことを俯瞰しながら全体のバランスをとっていく必要があります。「そこはトップが考えるべきことだ」と言われれば、確かにそうなのかもしれません。けれど環境というのは考えている間にも変化を続けているものです。ですから全体的な方向性を、事業単位あるいはミドルの領域へ即座に修正するような機能を高めていくことが、組織としての強さに結びつくと私は信じています。
藤井:今、戸津さんが言われたことは、ミドル自身やその部下となる人々のモチベーションという観点からも非常に重要であると思います。戦略的な意図を抜きにしたままに「あれをやれ」「これをやれ」と言うだけでは、人を本当の意味で動機づけ、熱心に動いてもらうことはかないませんから。それは私たちにも言えることで、大きな背景を理解する重要性は日々、感じているところです。
井手:本来であればミドルの下につくメンバーも同じような発想が必要ですよね。単に教えてもらうのを待つのではなく、アルバイトの方までが「店長の方針を実現するには、どう動けばいいのか」と考えている組織が理想です。そのなかで芽を出した人が、次のミドルリーダーになっていくのだと思います。
荒木:とは言え、板挟みになってしまう人もいませんか。なんでもかんでも「上の人が言うのだから」で丸飲みにしてしまい、それで下から反発を食らうと、「いや、文句があるなら上に言って」というような(笑)。
井手:だからミドルリーダーが戦略を“自分のもの”にすることが大事なのではないでしょうか。きちんと理解しなければ、上司に文句を言いたくなる気持ちも生まれなければ、部下に説得力のある説明もできない。戦略を身の丈にあったものに置き換えていく作業が大事になると思います。それを各組織、各階層の人たちがやっていくと、上の意思が大変スムーズに下へ届いていきますよね。
荒木:機能化、専門化といった流れの中で、「まあ、戦略は上で考えてください。私はとにかく専門職として、言われたことを実行しますので」みたいな人も出てくるのではないかと思うのですが、例えば人事でそうした問題は起きていないですか?
藤井:おそらく今までのほうがそういう人たちが多かったと思います。“プロフェッショナル”というより、“凝り固まった職人さん”というと近いかも。でも、人事という部署は本来、経営のパートナーでなければならないんですね。経営者が考えていることの理解なくして成果は出せません。彼らがしたいことを実現できる人や組織を作っていかれなければ、単にルーチンワークを行うだけの部署ということになってしまいますから。
戸津:単なる定型作業だけをする人ということになっていまいますね。。
藤井:そうなんです。しかも人というのは急に育てようとしてもなかなか思うようには育ちませんから、むしろ経営の先を行くぐらいの気概でやらなければならない。会社の何年か先を見据えたときにどういう人が必要で、そのためにどのように教育するか、あるいはそもそもどういった人を採用するのか――。そう考えると、人事戦略も会社の大きな戦略に従ってつくらなければいけないと考えています。グロービスの授業で教えていただいていることと同じですけれども(笑)。ただ実際には、人事担当者でその辺もかなり深く理解して動いていらっしゃる方は多いと思います。
井手:人事というのは一番足が長いですからね。人を採用する、そして育成するという点に関して、最も長期的な戦略が必要だと思います。
藤井:育成は特にそうですね。急に言われても「2~3年待って下さい」という感じになってしまいますから(笑)。言い換えれば、上に言われなくても「どういう人を育てなければいけないのか」ということを自分たちで考えていなければいけないと思っています。
部分最適や自分最適に陥らないために、ビジネスシステムを理解する(戸津)
戸津 涼氏
井手:ミドルが陥りがちな落とし穴として、もう一つ挙げたいポイントが「頑張りすぎてしまう」というものです。これは優秀な方ほど陥りやすいように感じるのですが、とにかく視野が狭いままに凄く頑張った結果、会社の方針からズレて部分最適に陥ってしまうという・・・。分かりやすい事例でいうと、全社ポートフォリオから考えると縮小均衡に入っていく領域の事業であるにも関わらず、よそからリソースをぶんどってきて「来年までに業績を1.2倍にします!」とか(参加者笑)。頑張ることは悪くないのですが、全社的な視野を伴うことが大前提ですよね。全社の戦略から考えると、「今はリソースを海外に持っていかなければいけない時期だから、この部署にはなるべく少人数で継続的に業務をまわせるように仕組みを作ってほしい」ということが期待されている中で、逆をやってしまう。本来のミッションが何か、全体を俯瞰して考えてみることが本当に重要と思うわけです。
戸津:わりと、目先の数字を伸ばすことに拘泥する傾向はありますよね。
井手:そうなんです。しかも、それで自信を持ってしまう(笑)。で、「こんなに業績を伸ばしたのに、なぜ会社は俺を評価してくれないんだ」、と。特に国内ではそういうケースが多いですね。環境的に「成熟した市場で解を出さなければいけない方々」が母数として増えているわけですから。
荒木:キーワードとしては、視野の広さ・深さ・長さと、部分最適といったあたりになりそうですね。全体最適ではなく部分最適になってしまう、と。ほかにも類似事例はありますか?
井手:例えば「サービスレベルを上げて顧客満足度を高めよう」などという方針が出た際、いきなり顧客接点を充実させるために採用を増やす、というようなケースでしょうか。将来の人口減少を考え、「利益が上がっている今のうちにシステム投資をし、少人数でもサービスレベルを維持できる体制を敷こう」というような長い視野での解も持ち得ると思うわけですが、部分的にしか戦略を捉えられないミドルリーダーは、あそこにもここにも人を配置しましょうという話になってしまうのです。それで、「顧客満足度がこれだけ上がったので、今年の目標は達成!」みたいな(笑)。
戸津:同じようなことは当社にもあります。例えば「牛角」の商品開発や企画の人たちが「お客様に喜んでもらえそうなメニューを開発した」と、一所懸命になって良い肉だとか珍しい食材だとかを探してきてくれたとしましょう。その結果、全体として何が起きるかというと、まず当社はグループで物流まで全て担っているので物流効率が落ちます。また、新しい食材を入れたら逆に購買しなくなる食材も出てきますよね。すると、購買しなくなったのと同じ食材を使っている別業態の例えば「しゃぶしゃぶ温野菜」側の価格交渉力が落ちるという結果に結びついたりする。そうした、部分的な意思決定が全体に影響を及ぼす、ということは常にして起きえます。
それは戦略思考の問題というより、知識あるいは見えている範囲の違いによる問題という風にも、捉えられると思います。ただ、持てる知識や情報量の差を考慮してもまだ、確かに部分最適に陥りがちという傾向はあるように感じます。言い換えれば、今自分がやっている仕事が全体のどの部分かを認識する力が弱いというか。結果として“自分最適”に突き進んでしまう。単に個人のプレイヤーとしてではなく、自身の仕事を全体の中に位置付けながら、その動きに連動して目標設定する意識がミドルリーダーには不可欠だと思います。
井手:戸津さんから物流の話も出たので、好例としてファストファッションで著名な「ZARA」の話を。ZARAはグロービスの経営戦略のクラスでも取り扱われていますが、全体最適が貫かれている企業だと思います。グローバル展開している同社では、工場から製品を航空便で送ることが多いです。これを部分最適になりがちな物流担当の方が捉えれば、「コスト削減のために船便に切り替えろ」という話が出て来てもおかしくない。しかし一段レイヤーを上げて、「ファストファッションという戦略をいかに物流機能で実現するか」と考えれば、当然ながら得られる答えは変わってくる。
戸津:そういうことをちゃんと考えるためには、やはりビジネスシステムをきちんと理解していていることが極めて大切なのですよね。すべての状況を細かく知る必要はないにしても、意思決定時のプライオリティをビジネスシステムのなかできちんとつけられるかが肝になると感じます。
「中間管理職」の殻を脱しきれないミドルリーダー像(荒木)
荒木:先ほど「頑張りすぎてしまう」話を聞いていて思ったのですが、動いていれば自分の仕事が正当化されるというか、やった気になれるという部分はあると思います。逆に言えば、動かずに考えているのは怖い、ということもあるのだろうなと。冷静に本来のイシューを考えれば、「シュリンクさせなければいけない」「これまでとはまったく違うことをやらなければいけない」といったことは分かるはずなのに、「動かない怖さ」という引力があまりに強すぎて、とにかく目の前の仕事で数字を作ってしまう、というか。もちろん頭でっかちも困るので、大切なのは両者のバランスなのですが、運動量は目に見えやすいので「今日の俺、営業先をたくさん回ってよくやったな」など満足しやすい。
戸津:「動いていなければいけない」という気持ちは強く持っていると思います。特にミドルは現場が見えていますし、立ち止まって考えていても、やはり何か言われてしまうような部分がありますから。だから、どうしても動きながら考えるという“美徳”に陥ってしまう。それは大概において、考えないで動いているだけと同義なのですが(参加者笑)。
藤井:「現場に近いほど動いていたほうが安心」というのは本当に仰るとおりと思います。一方で管理部門は、「動いていないほうが安心」なんですよ。これは感覚的な印象ですが、、人事部門でも特に制度企画を担う人たちはスピーディーには動かない傾向にある気がします。ちょこちょこ動くと社内を混乱させる危険性があると認識しているのかもしれません。
だから、周囲が「もっと早く動いて欲しい」と思っても動きません。現場にとっての動くということ、あるいは人事にとっての動かないということは、いずれも表出する動きは違えど、それぞれにとっての“安全領域”ということなのでしょうね。とにかく「ここにいれば安全だ」と。同じことを繰り返すのは安心感を伴いますから。そうした中で、何か新しいこと、やったことのない未知の領域、あるいはリスクが大きい領域にあえて出て行こうと思える人は、「それが絶対に重要で正しいんだ」と信じているんですよね。そうでなければチャレンジできませんから。
井手:「いらん仕事ばかりつくって」という経営の方の本音を耳にすることもあります。もちろん現場は必死で仕事をしていて、それは評価しているのですが、「本当に必要か判らない仕事をつくっては、残業ばかりして・・・」という思いもあるようです。
そういうときはBPR(Business Process Reengineering)が有効ですね。つまり、肥大化した根雪業務や組織を見直す手法です。最終的には部門長として相応しい人物の見直しが必要になる時もあります。縮小していくことを会社のために許容出来る人です。このあたりは皆さん理解できると思いますが、やはり部下の数が増えると嬉しくなるじゃないですか。そこを抑え、自身の置かれている状況を理解し、最少人員というものを許容出来るのかどうか。「5人もいらないです、3人でいいです」と言える人が必要なわけです。
戸津:ところが、部下を抱えてしまう人がかなり多い、と?
井手:抱えるんですよ、嬉しいから(笑)。
戸津:言葉は悪いのですが、「尊敬される上司でいたい」という気持ち・・・見栄の部分が出てきてしまうわけですね。そういった要素が戦略思考の邪魔をしている側面は否めません。私が「ミドルとして今イチだな」と思うマネジャーを見て感じるのは、彼らの拘りが経営の意思よりもむしろそれを下に語っている自分自身にあるという点です。その姿に酔っているわけです。語っている内容自体は伝言ゲームなんですが(笑)。
井手:「俺って慕われてるぜ」とか(笑)
戸津:なかなかそういうところから脱皮できない人はいると思います。割と親分肌で、実際に下から慕われている人も多いですね。別に彼らが古いとは言いません。ただ、良くも悪くも人情に引っ張られてしまうというか、右脳的な人は多いかなと思います。その人たちが左脳的な判断も出来たらなお良いのですが。で、結局、そこで阻害要因になるのは現在の地位ですとか、あるいは、意識しているか否かは別にして、自分に対する信望ですとか。「俺が、お前らを守ってやる」というような。とにかくそういった要素がノイズになっていると感じます。
荒木:その意味では、文字通りの「中間管理職」的な役割のまま満足して、その殻を脱しきれないというところはありそうですね。
「問い」自体を疑う力を鍛える(藤井)
藤井 久仁子氏
藤井:人間関係や自分の見栄が優先事項の上位にある方というのは、おそらく戦略上の「成果」を正しく理解していないんだと思います。私がよく当社の取締役などと話しているのは、本当の意味での成果志向であればMBO(Management by objectives)に設定している年間の目標値だけではなく「自分がどういった成果を出すべきなのか」をきちんと理解している必要があるということです。そこを理解していたら部分最適にも陥らないと思います。会社に対してどういった成果を出すべきなのかを、本当はきちんと設定出来ると思うんですね。
戸津:与えられた目標ではなく、ということですよね。
藤井:はい。例えば目標の一つが「顧客満足度の○○%向上」として、それを達成したとしても、同時に固定費が想定以上に上がっていたら駄目なわけですから。そこでご本人が成果の設定をきちんと出来ていないとき、上の人はきちんとサポート出来ていたのか、という視点でも色々と議論が必要かもしれません。
戸津:MBOがミドルの戦略思考の幅を狭めている可能性は否定しきれませんね。
井手:そう思います。実際、お会いする役員の方で「それはMBOの弊害だ」というような表現をされる方もいらっしゃいますよ。
藤井:MBOという方法論自体、簡単に否定すべきものではないと思いますが、ただMBO導入のみで管理をしようとすると、弊害は出ますよね。MBOに加えて補助ツールと言いますか、MBOとコンフリクトしない別のものを何か入れておくか、MBOの運用改善をしていかないと、目標値だけを見て仕事をしてしまうようになると思います。
荒木:つまり、MBO自体の問題というよりは、なんというか、考えさせる連鎖がなく、数字がひとり歩きすることが問題なのでしょうね。
藤井:そうですね。人事の立場で考えますと、運用が上手くいっていない、という思いがあるんです。仕組みが悪いというより、運用がかなり難しいのではないかと思います。
井手&戸津:そう。難しいですよね。
藤井:MBOは本来であれば「自分で立てた目標に対して自分で実行する形で、自己管理をしながらやっていきましょう」といったツールなのですが、最近は上から押し付けられた数字が多いですよね。その時点で破綻しているのかな、とは思います。
さらに言えば、これだけ変化が激しい世の中では、戦略の方向転換に合わせて即時に個々人の目標も書き換えなければならないわけです。なのに、半年や1年に一度の査定時にしかあの用紙を見ないというような(笑)、そういった状態であれば、これは運用がまったく出来ていない、としか言えない。
荒木:たとえば「売上目標3000万円」という数字が降ってきたとき、何を考えるかだと思うんですね。普通の人は、3000万円をどのように達成するかというところから考えます。まず3000万円ありきで、それをどのように達成するかというシナリオをずっと考える。それを考えるのが自分の使命だと思っているんですね。
でも本当はいったん立ち止まり、「3000万円って何?なんで3000万円なの?」というようなことを考える必要があるのだと思います。自分をとりまく環境や自部門の戦略などを勘案すれば、「これだけリソースを張っているのに3000万円だけでいいの?」とか、「なぜ利益ではなくて受注金額を目標にするんだろう?」とか、色々と問いが浮かぶはずです。それを、とにかく「3000万円どうしようか」と考えて、「まず500万円分はあいつに任せて・・・、あとは2人採用して・・・」となるのは思考停止状態と言われても仕方ない。
つまり、戦略について考え、深め、その背景を理解する、というコミュニケーションが現場の中でどれだけなされているかの問題ですよね。そういう文化がないと、伝えやすい数字だけがひとり歩きし、それが上意下達で届いて終わりになってしまう。
戸津:言われた3000万円を作ることが自分の役割だと感じてしまうんですよね。でも一方では、ある種の自己否定、自社の否定にもなりかねませんよね。以前の私もホールディングスから幾らと言われるとですね・・・(一同笑)、正直なところ、それを疑うことはあまりありませんでした(笑)。
どこまで前提を疑うかというのは、自分への期待役割や経営への信頼がどこまであるかにも依存するでしょうが、ただ、情報量の差のようなものはあるのでしょうね。例えば、私の情報量であれば、誰かのMBOにある「3000万円」という数字について、必要性や背景を全体から捉え、すぐに説明できます。「あなたの部署はこれぐらいです」「あなたの店舗はこれぐらいです」「あなたのチームはこれぐらいです」と言われた部課長クラスの全てが、そこまでの説明ができるかというと、心もとない。でも、中央集権の経営の中では、彼らが口にするかもしれない「全体の予算や方針がこれこれこうだから、我々はこの数字を目指すんだ」という説明は経営への信頼の証かもしれない。それを戦略思想の不在と考えるとすると、すごく自己否定的になってしまうのではないのかなと。難しいところです。
井手:「経営を疑う」というより、「自分の身を守るために、しっかりと議論する」ことが必要なのだと思います。
例えば、我々コンサルの場合ですと、お題を受けたときにはそのお題自体を疑ってかかるという作業を並行して始めます。たとえば「業界2位の当社が1位になるためにはどうすれば良いですか?」というお題が投げかけられたとき。もちろん、それはそれで解を考えます。ただし「この業界で2位の会社が1位になることにどんな意味があるのかな?」という問い自体も考え直さなければいけない。無論、規模が大きく効く業界であれば1位になるということにもひとつの意味があるとは思います。しかし規模でなく、たとえばドミナントで密度の方が効くという話であれば、経営陣のそうした思考回路をまず外さなければいけないかもしれない。そんな風に、コンサルには貰ったお題を再定義する仕事があるわけです。加えて、お題を再定義する作業は、勝手にやってしまっては駄目なのです。でなければ、「言ったとおりにやっていないじゃないか」ということになるからです。期待に応え、かつ本当の意味での成果を上げるためには、やはり背景理解が欠かせない。
「シェア1位」以前に、最初のお題が“3000万円”の場合もあります。そこで、「なぜ3000万円なのでしたっけ?」と、設定されたお題の裏側を聞いて初めて、実はシェア1位という本当のお題を引き出せたりする。それでようやく、「シェア1位で本当に良いのでしたっけ?」という話が始められます。
そこから初めて目標に向かって何をするかという思考がはじまります。とにかく目標を自分のなかにインストールする際、上司が持っている本当の思いを暴きにいくということをしないと自分の身も守れません。
藤井:そのミニチュア版として、上司と部下のあいだにも同様の会話があるべきということですね。
井手:そうそう、そうなんです。
上司を立てるくらいの気概を持つ(井手)
荒木:逆にその弊害というか、マイナス面はないでしょうか。例えば、妙に目標をこねくり回してしまったり、変に理屈っぽくなってしまったり。質問はいっちょまえだけど、その質問に何か意図はあるのかとか(笑)
藤井:言われたことを単に疑えばいいという話でもありませんよね。
荒木:今度は逆にね。その辺のバランスをどこでとるかがポイントになる気がしています。いきなり「え? 3000万円? どうしてですか?」と言っても、「お前はただやりたくないだけじゃないのか? 色々言う前に早く動け」と。このあたりのコミュニケーションのあり方について、なにかお考えはありますか?
藤井:自分の目標に自分で納得出来ないと、本気で頑張れないですよね。「そんなのどうせ無理無理」という感じになってしまって。自分のなかで「ああ、そうか。それならやっぱりこれはやらなきゃな」となるためには、「何故3000万円なんですか?」という質問は健全かなと思います。自分がコミットしたいから聞くのであれば健全だということですね。やりたくないからなんとか理由を探して「どうしてですか?」と聞くのとは違うかなと。
井手:私も目標を自分のものとするためには避けて通れない通過点という気がします。ここは、コミュニケーション力のほうが大切ですね。詰問調で「なんでですか?」なのか、「自分のものとしたいので教えてください」なのか、あるいは上から目線で「3000万円ぐらいで良いんでしたっけ?」なのか・・・(笑)
私が前職で意識していたのは、先ほどの「戦略を自分のものにする」といったようなことを、二つ上の上司の視座から考えてみようとすることでした。仮に上司が偏った解釈をしていると、偏った情報が入ってきてしまう。で、自分までそれを再現しようとすると更に偏ってしまいますよね。そこで二つ上・・・、三つ上でも良いのですが、せめて二つ上ぐらいの考えまでは、「今置かれている環境はこうで、こうしなければいけない。それであそこにソースを張らなければいけないということだな」ですとか、「事業ポートフォリオ的に考えると、この辺でそろそろ利益重視に切り替えて、いかにコストをかけないかについて考えていこうという話だな」ですとか、そういう視点で考えてみる。上司の悩みを理解しようとすると、おのずと正しい解が見えてきます。
ただその結果として、よくある“俺の直属の上司ダメ論”みたいな話に陥るのは不健全です。私は、「上司を育てるのは部下の役割の一部」と考えています。部下の目線から、上司を上司らしく振る舞わせなければいけない。たとえば上司の上司が部長だとしたら「部長としてはこのあたり、どのような思いで仰ったのですかね・・・」などと問いかけ、一緒になって考えていけばいいのではないでしょうか。
戸津:そんな人に囲まれたい(一同笑)。
井手:そういう部下は「この上司を担ぐかどうか」をシビアに考えていますよ(一同笑)。
Part2はこちら:特別企画:ミドルリーダー座談会 -ビジネスシステムを高度に理解する思考・コミュニケーションとは?
Part3はこちら:特別企画:ミドルリーダー座談会 Part3 -優れたミドルリーダー育成の肝とは?