欧米や新興国から当地に来て事業開拓をしているビジネスパーソンと会話をすると、「Frugal Innovation」という言葉をたびたび耳にする。日本ではあまり聞きなれない言葉かもしれないが、主に新興国や発展途上国において、その土地で手に入るリソースを使い、現地の生活実態に合わせた製品やサービスを提供し、身近な社会的課題を解決するイノベーションを意味する(ちなみに、そこで生まれた製品やサービスを先進国にも展開することを「Reverse Innovation」と呼び、既に多くの企業の戦略にも組み込まれている)。この「Frugal Innovation」、現場でどのようにして生まれ、どのような発想が必要なのだろうか。白内障治療(手術)のユニークなモデルで先進国からも注目されている、インド・ハイデラバードのL V Prasad Eye Institute病院 会長 Dr. Rao氏にその秘密を聞いた。
どのような方法で多くの患者に安価な医療サービスを提供しているのか?
白内障の治療における、「プロセスイノベーション」と「ビジネスモデルイノベーション」により、貧しい患者を含む大変多くの人々に優良な医療サービスの提供が可能となっている。
当病院では、1日に100~120件の白内障手術を行っている。圧倒的な数だが、白内障手術のプロセスを根本的に変えることで、手術数を増やすことができ、手術費用を劇的に安価にした。かつ、医療サービスの質の向上も実現している。具体的には、目のケアを専門に行うスタッフが、手術の前後のケアを行い、眼科医師は手術の中で一番難しい部分にのみに専念する。通常は医師が手術とその前後のプロセス全てに関与するため1日で対応できる患者の数は限定される。しかし、役割分担をすることで医師が一番価値の高い部分にのみ時間を費やすことができる。この仕組みは患者にとってのメリットのみならず、医師にとってもメリットがある。医師は煩雑な作業から解放される上に、手術の回数を増やせるため、自身の医療技術の向上を図ることができる。事実、腕を磨きたい医師が当病院に集まってくるというWin-Winの関係が築かれている。
さらに多くの貧しい患者を救うために、プロセスのイノベーションに加えて、患者間でのCross-Subsidy(相互補助)というビジネスモデルを導入している。「全く同じ治療」を施すにも関わらず、「4段階の料金体系」を準備しており、一番低い料金は「無料」である。所得レベルによって治療費が設定されており、所得レベルは患者の自己申告制だ。病院側は申告された料金で手術を実施する。結果、約半数の患者は無料で治療を受けているが、高額所得者がより多額の治療費を払うことによって、貧しい人にも治療を受けるチャンスを広げている。所得の高低に関わらず、誰しもが同じ治療を受ける世界を実現したのである。
このような取り組みを始めたきっかけは?
私は米国で医学を学んで眼科医になることができた。私のように恵まれた人間はインドに恩返しをすべきだと考えた。また、私は小さな貧しい村で育ち、幼いころは靴も買えないような生活だった。その村で人々の苦しい生活を目の当たりにしてきた。そのような苦しい生活をしている村でも 「最貧の人に最高の治療」 を行うことを誓った。全ての人々を平等に救いたいという想いが原点だ。
スタート時点では何か戦略があった訳ではない。私自身医者であり、戦略という言葉さえ知らなかった。様々な病院を見てどうすればいいのか考えて改良を加えて行った。その過程で、無料で治療をしても経済的に成り立つ方法を見つけ出したのだ。
成功する自信はあったのか?
もちろんあった。高い品質を実現し、高い医療技術の医師を集めることによって、インド中の金持ちを患者として迎えることができ、満足してもらえると考えたからだ。実際にインド中の高所得層が当病院に来院している。だが、我々も最初から優秀な医師を抱えていた訳ではない。初期の頃はトップの医学部から最も優秀な卒業生を採用し、彼らに投資し任せることで、やがて、スターになっていったのだ。彼らは最も高度な医療のみに集中することで技量を磨くことができたし、多くの患者を救うことに喜びを見出した。そして、この分野の学術的リーダーになっていった。どんな患者が来ても、自分たちの基準に沿った治療を行った。世界中のほとんど全ての病院は、高いお金を払わなければ最高の医療は受けることはできない。しかし、ここでは、最高の品質を無償で提供して、しかも利益を上げる。Quality Innovationを実現した。
どんな困難があってどう乗り切ったかを教えてほしい
最大のチャレンジは決してお金ではなかった。最大のチャレンジは如何に質の高い人材を確保できるかだ。能力が高く、かつ、我々と同じ価値観を持った人材を確保することだった。最初からうまく行った訳ではない。最初の2年間では、採用した人材の30~40% は辞めてもらった。スタートアップ時で一人でも多くの人材が欲しい時でも、質に見合わない人を辞めさせることを躊躇してはならない。普通の組織にはなかなかできないことかもしれない。
第二のチャレンジは、病院内の関係者に信じてもらうことだった。多くの人々は我々がやろうとしていることが「できる」とは信じていなかった。やろうとしていることが全く今までのやり方とは違ったため、人々は懐疑的であった。そういう人々に「やれる」ということを実感させられるまでをいかに乗り切るかが鍵だ。
そして、第三の成功の秘密は、スタート時点で政府のお金や補助を使わなかったことだ。政府とは距離を置くことで、自分たちがやりたいと思うやり方を突き通すことができた。政府のお金を使っていたら、様々な指導や管理を受けてうまく行かなかったであろう。
この手法は他国でも通用すると思うか?
間違いなくどこの国でも通用する。もちろん、多少やり方はその国々に合わせる部分はあるだろうが、基本的なビジネスモデルの考え方は世界で通用する。実際にインド以外で18の国に展開している。
日本のビジネスパーソンに言いたいことは、常に “Out of the box” を考えることだ。我々も常に考えている。問題が発生した際に、全く異なるやり方で解決する方法がないかを考えることだ。10個の方法を考えても解決に至らないかもしれないが、そこからさらに違う方法を考えることだ。その努力が続けられるのは、自分たちが目指すビジョンと情熱があるからだ。
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