「お金の本」ではなく「習慣がおかしなやつの自伝」
―― このたびは、著書『億までの人 億からの人』が「ビジネス書グランプリ2026」総合グランプリ、ならびに経済・マネー部門賞をダブル受賞されました。おめでとうございます。
田中: 率直に光栄です。グランプリをいただけたのは、多くの世代に届いたからだと思いますし、時代の流れという「運」もあったのかなと捉えています。
―― これまでに数多くの反響があったと思いますが、特に印象的だったものはありますか。
田中: タイトルが刺激的なので、最初は「お金の本」だと思われることが多いのですが、手に取ってみたら「どうやら習慣がおかしなやつの自伝だった」というリアクションは非常によくいただきます(笑)
なるべく不文律だったり、僕自身が見てきた成功者たちの考え方から意思決定、行動の仕方の最大公約数を集めたつもりですが、一部、全く再現性がない個人の習慣も載せているので、そこを面白おかしく読んでいただいています。
ただ、基本的には誰でもできることです。僕自身の土台は全く凡庸で、何もないところから始めています。そういう人間が観察力をたくさん使って見てきたものなので、再現性があるはずだと思っています。

80回挫折し辿り着いた「2アウトOK」の極意
―― 朝3時45分に起床し、走る、泳ぐ、自転車に乗る、のどれかをアスリート並みの量で毎日こなされていることは、端から見れば驚異的です。なぜそこまで続けられるのでしょうか。
田中: 結果だけ見るとストイックに映るかもしれませんが、最初は多くのビジネスパーソンが悩む「太っちゃったから、なんとかしよう」という程度のところから始まっているんです。
最初は1キロ走るだけでも挫折したり、失敗したりしていました。その中で、どうすれば習慣化できるか勉強して試した結果なんですよね。
―― 習慣化を挫折してしまう人は多いですが、リカバリーの極意はありますか。
田中: まずはとにかく「ハードルを下げる」こと。1日1時間勉強する、なんて目標は絶対に無理です。最初は5分でいい。ゼロにしないことだけをルールにします。散歩なら「外に出て風を吸って『寒かった』で帰ってくる」だけでも丸をつけてあげる。
失敗したときのリカバリーとして僕が設けているのが、「2アウトまではOK」というルールです。
1回できなかったとしても、2回目まではセーフ。3アウトだけは絶対に避ける。そのときに逃げ場となるプランBを用意しておくのも大事ですね。僕の場合なら、走るのが無理なら「自転車か水泳にする」という代替案を用意して、ゼロにすることだけはなんとか避ける。これまで80回ぐらい何事かに挫折した人間が、これでなんとか回っているという感じです。
こうした小さな積み重ねを続けていくと、あるとき、そこに「狂気」が宿る瞬間があります。例えば「歯磨きを15分やる」と決めて、毎日やり切る。大人でもなかなかできないことですが、これを365日続けられたら、それはもうちょっとした変人であり、狂気です。
ですが、その小さな「自分で決めたことをやり切った」という自信が、人生の大きな決断をするときのハードルを下げてくれます。会社を辞めるといった決断の際も、「あの習慣を続けられている自分なら大丈夫」と思えるようになる。自ら人生を選択し、幸せに生きていくための力になるんじゃないかなと思っています。
打率ではなく「打席数」で勝負する
―― 資産形成やビジネスにおいて、時代の潮流をどのように掴んでいますか。
田中:長いトレンドを見ていかないと、「これだけを北極星にして目指していけばいい」ということが通じない世の中になっていますよね。
正解がないことを前提として、大きなトレンドとしては、AIの流れは止まらないし、お金はインフレを目指していく。空間の拡張としての宇宙、身体の拡張としてのロボット。そして最後のエネルギー革命としての核融合があると思っています。
例えば今は、10年前と違って世界のお金が日本に入ってきています。それを単に「オーバーツーリズムで嫌だな」と拒否感を示すだけではダメで、日本が海外に売っていける資産や文化、エンターテインメントは何なのかというトレンドを見ていく。本ではこの不確実な世の中を渡っていくための目をどう養うか、ということも書いていたりします。
―― そうした大きな潮流の中で、「人生を豊かに生きる人」たちのマインドを身につけるために意識すべきことは何でしょうか。
田中: ざっくり平たく言ってしまうと、「さっさとやれ」ということと、「人のためにやれ」ということしか言っていないんですよね、基本的には(笑)
「早くやれ」というのは、1,000回言っても皆さんやらない。でも、やればトップ1%、下手するとトップ0.1%ぐらいになれるので、もじもじせずにまず一歩やってみましょうと。
あとは、決断を先送りせず、自分で決めること。言い訳が効かない状態にして、自分でオーナーシップを持って、その代わりに責任も自分で引き受ける。自分で決めたことなら、結果がどうなっても整理がつきますし、上手くいかなければもう一回チャレンジするだけですから。
それから、AI時代に人間に残されている価値として、人とのコミュニケーションの力や、共感する力があると思っています。人に対して何かをギブすると、ちゃんと返していかなきゃいけないなという社会の循環がある。そこをよく知っている人たちが、社会の中で成功しているし、幸せに生きている。誰かが与えているのを横で見て後追いになるんじゃなくて、まずは一番最初に自分から出してみるということが大事かと思っています。そういうやり方をしていると、良いサイクルが回るようになるんです。
―― 失敗への恐怖についてはどう捉えればよいでしょうか。
田中: 僕はよく「シナリオを3つ考えましょう」と言います。普通、楽観、そして最悪のシナリオです。その最悪のケースが受け入れられるなら、やればいい。
これは計算すればすぐ分かりますが、成功確率が1%の確率のものを100回試せる状況になったとき、100回とも外れる確率は、0.99の100乗です。それを1から引くと、63.4%になる。つまり、1%を100回試せば、成功確率は6割を超えます。100回のうちのどこかで1回なら、3分の2ぐらいは当たる計算になるんです。
だから打率を気にするのではなくて、実際に打席に立ち続けることが本当に大事なんです。

「3分で学んだものは3分で忘れる」AI時代の情報収集術
―― 普段、習慣の中でいろんな情報収集をされていると思いますが、どんなインプットの方法を意識していますか。
田中: 今はSNSやインターネットのこたつ記事のようなものを含めてインスタントに情報を取れます。でもいつも思うんですけど、3分で学んだものは、3分で忘れちゃうんですよね。
だからこそ、ちゃんと権威のあるものだったり、一次情報に近いところにアクセスするように努力をしています。雑誌とかも、あえて編集者の人たちが命をかけてキュレーションしているものに触れる。新聞もそうですし、海外のニュースもそうです。それをAIという便利なツールを使って集約した上で、最後はやっぱり、第一人者の人たちに「一次情報」としてヒアリングしに行くということを努めてやっています。
―― 一次情報の重要性とは、どこにあるのでしょうか。
田中: 表に出ている識者の人たちって、やっぱり立場があるから全部は言えないんですよね。だけど、実際に会いに行くと「実際はこうなっているんだよ」という話が絶対に出てくる。そういう話はやっぱり、オフラインの1対1や、心理的安全性が確保された場所でしか会話されていないんです。密度の高い情報に触れるための会話を広げていくのが、そうした情報に触れるための手段なんじゃないかなと思っています。
―― AIが進化し、問いに対する「正解」を簡単に出せる時代になりました。その中で人間が体系的に学び続ける意味については、どうお考えですか。
田中: AIが出してくれる答えは、たしかに合理的だしファクトとしては正しいと思うんです。でも、ビジネスの現場やアカデミアの世界で学んでいると、どうしても「普遍的じゃないこと」が起こるわけですよね。大事なのは、一つの具体的な事象から抽象化された概念を見出す力なんです。
孫(正義)さんや柳井(正)さんのようなクラスの人たちって、皆、自分たちの原体験に似たような「具体」をたくさん経験値として持っているんです。だから同じような結論に抽象化されて達したときに、「それあるよ、うちの業界でも」って意気投合して、そこからビジネスが生まれたりする。AIでパッと知識を仕入れても、それは自分の経験談になっていないし一次情報でもないので、なかなか上手くいかないですよね。人と人とがビジネスをしているからこそ、そういうことが起こっていると思います。
結局、AIを使いこなせるかどうかは、問いを立てる力で決まると思うんです。会社の社長に会ったとき、経営計画に書いてあることを聞いても意味がない。本当に聞きたいのは、社長がなんでこの会社を興そうと思ったのかという原体験だったり、赤字なのに株主に怒られても継続している事業に対する「執念」や込めている「夢」の話。こういうのって、AIに「聞くべきことを30個出して」ってやらせても大したものは出てこない。会話の時しか生まれないものなんです。
自分で人生の舵取りをしている感覚こそが「豊かさ」
―― 田中さんご自身にとっての「豊かさ」とは、どんなものでしょうか。
田中: 僕も今、探しながらではあるんですけど、やっぱり、自分で自分の人生を舵取りしている感じ、これが大事だなと思っています。幸せの要因というのは50%くらいは遺伝、10%が環境要因。残りの40%は、意図的な行動で決まるらしいんですね。
この40%の部分で、自分で選択して何かを選び取っている状態を作りたい。そのために、あちこち手を出して、ラジオをやったりアスリート活動をしたりしています。でも、5年後10年後はまた全然違うことをしているかもしれない。それはそれでいいんです。
大事なのは、特定の何かに縛られるのではなくて、常に新しいことにトライできて、自分の意思で「次はこれだ」と選び取れる状態にあること。その自由度を持っていること自体が、僕にとっては豊かな状態だと思っています。
―― 最後に、田中さんが今後の活動を通じて伝えていきたいことは何でしょうか。
田中: 僕自身、これまでの分岐点で寄り道もしたし、落とし穴にも全部一回落ちてみた人間だと思っています。中学受験の失敗とか、大学院の中退とか、色々ありました。でも、いろんな寄り道をしても、今この瞬間は人生が楽しいなと思っていますし、主観的には豊かだなと思っています。
落とし穴の落ち方と、そこからの這い上がり方。それがだいぶ分かってきたので、それを書籍やラジオを通じてアップデートしながら伝えていきたいと思っています。
億までの人 億からの人 ゴールドマン・サックス勤続17年の投資家が明かす「兆人」のマインド
著:田中渓 発行日:2024/11/27 価格:1870円 発行元:徳間書店






















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