クラブハウスー「イノベーションのジレンマ」と揺れ動く市場下の価値創造

今年1月下旬、彗星のごとく日本市場に現れ、瞬く間に国内の流行に敏感な層へ広まった招待制・音声ソーシャルプラットフォームのClubhouse(以下、クラブハウス)。その運営会社であるアルファ・エクスプロレイションは、2020年2月に米国カリフォルニアで創業したばかりのスタートアップ企業です。

iPhone限定のβ版アプリでありながら、サービス開始から1年未満の全世界のダウンロード数が累計1,000万を突破し、世間をあっと驚かせました。一方、音声技術に詳しい専門家がいち早くブログや記事に書き綴っているように、同サービスに「技術的な目新しさは見受けられない」といった意見が目立ちました。

音声ソーシャルプラットフォームとしては後発で、しかも、技術的優位性があるとは言い難いサービスが、これほどまで人々を熱狂させる理由はどこにあるのでしょう。変化が激しく、揺れ動くコロナ禍での製品・サービス開発のヒントを「イノベーションのジレンマ」から読み解いてみましょう。

既存事業者に潜むイノベーションのジレンマ

「世間一般にエクセレントカンパニーと目される企業がなぜ失敗するのか?」という問いに向き合った学者の一人が、ハーバードビジネススクールの故クレイトン・クリステンセン教授です。彼は著書である『イノベーションのジレンマ』の中で、顧客の声に耳を傾け、継続的な改善に投資し、利益を注視するという、一般にベストプラクティスと考えられている方法が、状況によっては致命的なものになり得ることを発見しました。

例えば、掃除機。日々の掃除に欠かせないこの製品は、女性や高齢者でも扱いやすい軽さと小回りを維持しながら、ともするとトレードオフになりがちな吸引力をどれだけ高められるか?という課題に各社がしのぎを削って製品の改良を続けていました。このような改良は「持続的技術による進歩」と呼ばれます。

一方、センサーや場所を特定するマッピング技術の精度向上に伴って、ある時、ロボット掃除機なるものが登場します。既存事業者からすると、初期のロボット掃除機の「吸引力」は、とても自社製品に敵うものではありませんし、全室の掃除を終えるのに数時間かかる代物です。このような製品は最新テクノロジーだけが売りのオモチャ同然、とても我が社の顧客を満足させられるものではない、と既存事業者は考えがちです。

では、世の中のニーズはどうでしょうか。共働き世帯の増加に伴って、家事にかける時間短縮やアウトソースのニーズは年々高まっていました。自分が自宅を空けている時間に掃除にどれくらい時間が掛かろうと、働く人にとっては関係が無いのです。そうなると、家事代行などのアウトソースにかかる費用とロボット掃除機の費用との比較になり、もはや自分が操作する掃除機は比較の対象ではなくなってしまいます。このような製品・サービスの登場をクリステンセンは「破壊的イノベーション」と呼びました。

破壊的イノベーションには、大きく2つあります。一つは、顧客の要求を越える機能と価格についていけなくなった消費者の、「機能を絞り込んでもっと安く」というニーズに応えるもので、「ローエンド破壊」と呼ばれます。もう一つは、「新市場型破壊」と呼ばれ、先のロボット掃除機の登場は、これに当たります。いずれの場合も、既存事業者が従来の価値基準で判断すると、その破壊力を見誤ってしまう恐れがあるのです。これがイノベーションのジレンマです。

コロナが引き起こした急激な変化 音声ソーシャルはローエンドか新市場か?

新型コロナウイルスの流行は、世界中の音声・ビデオサービスの利用機会を急増させました。ZoomやMicrosoft Teamsを仕事での打合せに使いながら、親しい友人や家族とはMessangerやLINEなどで会話するといった日々を送る方も多いでしょう。わずか1年ほどで企業も個人ユーザーも、ビデオ通話の低遅延・高品質なサービスが当たり前となりました。

ソーシャルメディアはどうでしょう。巣ごもりで、デジタルでの人と人のつながりが重視された昨年は、折から人気のインスタグラムやTikTokなどビジュアル系ソーシャルメディアが活況を呈しました。

本来なら数年かかる市場の変化が短期間に起こったことで、音声・画像のハイエンドなサービスが溢れる状況となったのです。そんな状況下で技術的な目新しさに欠けるクラブハウスはリリースされました。

クラブハウスはローエンドと新市場のハイブリッド型破壊

クラブハウスは、誰でも気軽に話したいテーマを決めて「ルーム」を開くことができるオープン性と、世界中どこからでも「オーディエンス」としてルームに飛び入りして、主催者が許可すれば「スピーカー」として会話に参加することも可能なフラットさが特徴です。

利用した人が最初に驚くのが、その会話のしやすさと聞き心地の良さです。既存のサービスが、ビジネスの正確さや信頼性に重きを置いたシャープな音声品質で堅苦しくなりがちな傾向にあることや、「盛り」の文化でキラキラした画面を見続ける必要があるのに比べるとよくわかります。クラブハウスの角の取れた音質と声の重なり具合は、まるでキャンプファイヤの火を囲むような温かみで見ず知らずの他者を迎え入れ、声だけの偶然の出会いが引き起こすその場限りのヴァイブを楽しむことができるのです。

創業間もなくは技術的な先進性を追わず、既存技術を組み合せてサーバーの負荷を極力下げる設計に注力し、そのローテクの持ち味を、むしろユーザー同士の関わり方や消費体験の心地よさに転換している点で、新しい市場を再発明しているのです。まさにローエンドと新市場を同時追求するハイブリッド型といってよいでしょう。そして、ローンチから約1年を経てユーザー基盤が広がったこの3月には、音声品質をユーザーが選べる機能が追加されました。

揺れ動く市場はローテクで新しい価値を試すチャンス 「多様性」の軸を伸ばす

2020年初頭からしばらく続くコロナ禍は、ともすると技術的な進歩に目を向けがちです。しかし、進みすぎた技術についていけず、揺り戻しが起こりやすい時期であるのも事実です。このように移り気で変化の激しい時期は、技術が確立したローテクを活かして、リスクを極力減らしながら、新しい価値を試すチャンスである、と捉えるのが良さそうです。

イノベーションは結局、なんらかの問題を解決するための手段です。ニーズが顕在的か潜在的か、技術が先進的か否かに関わらず、解くべき問題の種類だけイノベーションのカタチがあると言っても過言ではありません。そうであれば、既存市場の縦軸を伸ばす発想を一旦やめて、「多様性」の軸を伸ばす方向に資源を割いてみてはどうでしょう。

多様性の軸に産み落とされた小さな種から、芽の出た筋の良い市場を残して、今度は思い切った投資で一気に市場形成に動く、そんなしたたかさが経営に求められているのかもしれません。

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