「読者が選ぶビジネス書グランプリ2021」(グロービス経営大学院、フライヤー共同開催)の結果が、昨日2月16日に発表されました。コロナ禍の2020年の末から、2021年にかけて読者が選んだ10冊から、何が見えてくるのでしょうか。フライヤー アドバイザー兼エバンジェリストであり、学びデザイン代表取締役社長の荒木博行さんに聞きました。
「リアリズムに基づく楽観主義」の姿勢こそが学びの『シン・ニホン』
ビジネス書グランプリの結果が出ました。
さて、毎回「ランキングから傾向を読みとく」というお題を出されますが、これが実に難しいのです。それぞれの本にはそれぞれ選ばれた理由や文脈があり、そして著者なりのストーリーもあります。言ってしまえば「バラバラ」で傾向なんてありません。なので、そうやって文脈の異なる書籍群を一概にざくっと語ることは本来無理のあることです。前回依頼された時はそれを理由に、「傾向は語れません」という総括文章を書きましたが、それが許されるのも1回限り。今回はやや「後付け感」があることを承知しながらも、これらの本から見えてくる今の世の中の背景みたいなものを私なりに考えてみました。
今年を語る上で欠かせないのは、もちろんコロナ禍でしょう。この手の悲観論渦巻く不安定な社会で世間から求められるのは、「リアリズムに基づく楽観主義」です。根拠のないふわっとした期待論や楽観主義は、目の前の悲観的な現実との食い合わせが悪い。現実逃避としか受け止められません。そうではなく、著者がどれだけ厳しい現実を見据えて、そしてその中に見える一点の僥倖を見出し前に進もうとしているか。その姿勢に読者は自分が置かれた環境と重ね合わせ、共感を覚えるのです。
その観点で言えば、総合グランプリに選ばれた『シン・ニホン』は納得の選出でしょう。書籍そのものはコロナ以前に書かれたものですが、取り巻く環境を徹底的なリアリズムに基づき考察を深め、最終的には前向きに一歩進もうという誘いによって書籍は締められる。この安宅さんの姿勢こそ、コロナを目の前にした私たちがもっとも必要なものでしょう。その観点で、この本がグランプリに選ばれたということに私は大きく勇気づけられました。
量的成長の先に広がる質的成長の可能性
また、コロナが私たちに問いかけることは、私たちにとっての「幸せとは何か」ということ。コロナによって多くのインダストリーはダメージを受け続けています。右肩上がりの成長ストーリーに限界が見えてしまった産業も多く、それほどダメージがない産業においてももはや年数%の安定的な成長は描きにくくなっています。
今までのような成長が現実的でなくなった今、私たちは何に幸せを求めるべきなのか?おそらく、お金や肩書きではなくなるはずです。そのようないわゆる「量的成長」ではなく、生き方そのものの充実を求める「質的成長」に焦点が当たってくることになるでしょう。
その中で、『本当の自由を手に入れるお金の大学』(2位)や『世界のお金持ちが実践するお金の増やし方』(8位)という「お金」関係の書籍、そして『フィンランド人はなぜ午後4時に仕事が終わるのか』(9位)という書籍は対比的に見ていくとその世相に対する仮説が立てられそうです。つまり、目下の不安定な環境において先立つお金は重要だけど、その不安を越えた先に何か幸せの新たな地平が広がっているのではないか、という微妙な心境を読み取ることができるのです。
また、その「幸せとは何か」という問いに向き合う際、私たちは直感的にこの手の大きく価値のある問いの答えを出すのは、一人では難しいということがわかります。私たちはもっとこの新たな幸福論の確立に向けて、仲間たちと議論を重ね、「腹落ち」の数を増やしていかなくてはなりません。その時に、気軽に議論できる仲間との人間関係や、そして議論を深めるための技術論が必要になってきます。この文脈において『心理的安全性』(4位)や『問いのデザイン』(7位)がランクインしている背景も読み取ることができるでしょう。
さて、ランキングにおいてまだまだ触れるべき書籍はありますが、これ以上書こうとすると、ますます「後付け感」が強くなりそうなので、一旦ランキングの総括としてはここまでにします。
壮大な目覚まし時計が鳴り始める
さて、今年は東日本大震災から10年の節目です。リーマンショックもそうでしたが、私たちには何年かに一度、価値観を大きく揺さぶられる出来事が降りかかります。そうした時に私たちはふと我にかえり、「この先に自分が追い求めてきたゴールはあるのか?」という問いを立てます。しかし、大抵の場合、目が覚めるのは一瞬。すぐにまた目の前のルーティン業務の忙しさに、その問いの意味を忘れていくのです。
その意味で、今回のコロナ禍は、また定期的に耳元で大きく鳴り始めた目覚まし時計なのかもしれません。この目覚まし時計に気づき、私たちは新たな生きる意味を見出していくのか、それとも元々のルーティンに戻って目を閉じるのか…。
そこを分けるのは、このタイミングで私たちがどんな書籍と向き合い、どんな問いを自分に投げかけるのか、ということにかかっているのかもしれません。
目覚まし時計によって薄目を開いた今、改めて「生きる意味」や「働く価値」を自分に問い直してみましょう。その時、これらの書籍は私たちに良質な問いを与えてくれるガイドブックになるはずです。
参考)
・書評 『シン・ニホン』-「見晴らしのいい場所」から日本の将来を見渡す
・著者インタビュー withコロナ時代のトレンドーー “開疎”な未来を考える|安宅和人
・著者インタビュー 【DX特別対談】アフターデジタル時代におけるビジネスモデルの変化とあるべき対応|藤井保文×鈴木健一