本記事は、G1経営者会議2019「次世代のビジネスモデルの潮流~サブスクリプションとXaaS~」の内容を書き起こしたものです。(全2回 後編)
井上陽介氏(以下、敬称略):御二方のお話を受けて、藤井さんはどんな風にお感じでしょうか。「中国ではこんなところまで広がっている」といった事例もぜひ伺えたらと思います。
「データが売れると思うな」とアリババに言われた
藤井保文氏(以下、敬称略):2Cの観点も含めてお話ができればと思います。私としては、もともとデジタルサービスとしてサブスクにするものと、モノがあったうえでサブスク化するものはまったく違うと思っているんですね。そのうえで、後者は良い例と悪い例で明確に異なると感じています。悪い例は、モノを売っていくことを中心にして、そこにどんなサービスをくっつけられるかと考えるケースですね。これは結構失敗する傾向にあると感じています。その点、ブリヂストンさんは、タイヤはあるんですが、やろうとしていることはソリューションじゃないですか。そうしたソリューションに商品を埋め込んでいくという考え方であれば、成功している事例はかなりあるように思います。
結局、そのソリューションがたくさん使われた結果、タイヤにもデータが返ってくるというお話だと思うので。そこはサブスクをはじめるうえで明暗を分ける部分だと思います。サービスやソリューションをつくるうえでは、顧客が置かれた状況やペインを理解することが一番重要。でも、モノからスタートしてしまうと、「どうすればモノを活用できるか」という考え方に陥ってしまいがちなので。
ちなみに、ビジネスの拡大という意味では、特に2Cはユーザー数が多いので、マネタイズ手段としてユーザーのデータを2B側に売るというお話も最近よく聞きます。なので、以前私もそうしたプランを立ててアリババさんに話を持って行ったことがあるんですね。それで「どう思いますか?」と聞いたら「全然ダメです」と言われました。なぜか。「そもそも“データが売れる”とか“データがエコシステム化する”という風に考えるな」と。生データを売ろうとしても、名前と名字のあいだにスペースがあるだけで突合せできなかったりするので。
ですから、とにかくアリババさんがやろうとしているのはソリューションベースの2C向けバリュー提供。それでカスタマーサクセスやMAUを高めようと考えると、「持っているデータをどう使うのか」と、自社で考えるようになります。そのうえで、次はそれをテンプレ化というか、業務標準化して、2Bにソリューションとして提供する。そんな順番で考えなければいけない、と。このあたりは、アップセルとは別のお金を稼ぐ手段になるのかなと思っています。
井上:データを使えるようにして、実際に活用・分析するサイクルを自社で回せるようにしなければ他に持っていくこともできない、と。
藤井:それ加えて、「2Bと2Cを混ぜてサービスをつくろうとすると、結局は提供価値が濁る結果になるから、やめなさい」ということを言われました。
「ソリューション事業者にならなければいけない」と分かったが、具体的に何をするのか
井上:一方、サブスク型ビジネスへの転換では組織を変えることも大きなテーマになると感じます。そのあたり、ブリヂストンさんは大きな既存ビジネスが回っているところに、三枝さんが中心になって「サブスク型のサービスをつくろう」と投げかけたわけですよね。そこで皆が本当に同じ夢を見るようになるまでは、時間も相当かかったし、コンフリクトもあったのではないかなと思います。
三枝幸夫氏(以下、敬称略):当社の場合、まずは「モノ売り企業をいつまでもやっているとまずい。ソリューション提供者になるんだ」という宣言をトップがしていました。ですから、なにかこう、「ソリューション事業者にならなければいけない」というところまでは、皆さんも頭では分かっていた状態にはなっていたんですね。そのうえで具体的に何をするのかが、我々事業部というか実行部隊に降りてくる、と。そこで、我々はまずコーポレートにデジタルソリューションセンターという部署をつくってもらいました。そこで、さまざまな新しい事業モデル等を考え、お客さんのところへ行って価値があるのかどうかを調べ、そして事業部の人たちと一緒にトライアルを行っていきます。
ただ、それで「良さそうだね」と、なんとなく分かっても、それを現事業部が進めてくれるかというと、皆さん日々忙しいわけでリソースもなかなか割けません。ですから、我々はまずコーポレート部隊が実際に手を出して少しテストを行います。それで、うまくいきそうな目処が立ったら事業部に専任部隊というか、新しいソリューション売りを専門とする人、あるいは部署を置きます。で、そこと我々コーポレート側とでカウンターパート的にスタートして、少しずつハンドオーバーしながらビジネスをスケールさせるというプロセスをとりました。
井上:トップの方々がそういう発信をしていかれたのはなぜなんでしょうか。
三枝:世の中の動きとして、今はモビリティというかオートモーティブのマーケット全体が頭打ちになってきていますし、超成熟産業ですから、「何か新しいことをやっていこう」と。そのうえで、トップの「ソリューション提供者になるんだ」という話を、どのように現場の事業部隊へ伝えるかという点については、我々のほうでいろいろなインタープリテーションがあっていいのではないかなと思います。それで、「もっとデジタルを活用しながらお客さんの情報をリアルタイムに取れるようにして、新しいサービスをつくっていこう」という話へ落とし込むところは、各専門部隊が行うという流れです。
井上:各事業部とすると、とはいえ今年の売上責任もあって、やはりタイヤを売らなければいけないという話もあると思うんですね。そこと「新しいことをやらなければ」という話とのコンフリクトは、どのように乗り越えていらっしゃるのでしょうか。そうした点が多くの会社で難所になると感じています。
三枝:我々の場合、既存事業の部隊に何か新しい仕事をやらせるわけではないんですね。新しくソリューションを売る人または部隊を置いたうえで、「そこの売上は新しいサービスとして会社の売上を拡大させる」というコンセプトです。で、その両者で同じお客さんの取り合いになってしまう場合は、「互いに競争してください」という話にしかならないと考えています。ただ、競争になれば既存部隊のほうが古くからやっていて力を持っているケースが多いので、そこは、「新しいソリューションを売るというのは全社のポリシーとしてきちんとやらなければいけないんです」といった説得をしていきます。そこはトップのメッセージをインタープリテーションする我々の役目かなと思います。
井上:藤井さんはどのように組織変革を行うべきだとお考えですか?
藤井:ここは中国企業の事例や論理が通じない部分でもあると感じます。中国企業はトップダウンで思い切りバコっと変えてしまうというか、「右向け右」と言えばその通りになる感じなので。一方で、日本企業は綺麗なヒエラルキー構造になっていて、その辺の話がうまく伝わらないというか。私としては、そこで大きく2つのパターンがあると感じています。まず、ビジョナリーで、社長がメッセージを強く発信しているような企業であれば、トップのメッセージを下に落とし込み続けること。で、その理解を深めるために私が伺って講義をしたりすることもありますが、とにかく落とし込み続けていくうち、社員全員が同じことを言うようになるケースはあると思っています。
ただ、それはすごくレアケースです。そうでなく、通常の成果創出型で売上を追っているような企業であれば、まずは“変革のライン”を1本きちんとつくることが成功につながりやすくなると考えています。モノを売ることと体験の提供ではロジックもまったく異なるというのは御二方のお話にもあった通りです。それで簡単には変わらないという状況のなか、私の知る事例では、変革を目指す部長さんが、役員の方を我々の中国視察サービスに案内したというケースがあります。それで最新事例を見ていくと、「あ、本当にモノ売りから体験提供になるんだ」ということが伝わる。で、役員さんは「前から俺はこう言ってたじゃん」みたいなことは言いつつ(笑)、社長に報告してくれます。部長が言いたかったことをきちんと伝えてくれるわけです。
すると、社長さんはそうした考え方をすでに理解していらっしゃるケースがほとんどなので、そこで「変革していこう」という1本のラインができる、と。そのうえで部長さんが下を巻き込んで新しいことをはじめて、それでポツポツ出てきた成功事例を社長がピックアップして、「こういう成功事例があるから皆も真似をするように」と。そういう“変革のライン”がきれいに1本できて成功事例が出はじめると、少し勝ち馬感が出てきます。そういう流れのなかで組織が少しずつ体験の提供という方向へ変わっていく。そんなボトムアップが成功につながっていると思います。
山崎善寛氏(以下、敬称略):我々は外資ということもあって、何かやると決めたら基本的にはロールディスクリプションを書いてロールをつくります。すると、各ロールのあいだを埋める“三遊間ロール”みたいなものも書いたりしてキリがないんですが(笑)、いずれにせよ、それで最初にクラウド事業を立ち上げたときは売上がメトリクスになりませんでした。メトリクスになっていたのは新規に獲得した顧客数。まず売上は気にせず、何社のお客さまと契約できたかをメトリクスにしたのち、数年後はシート数(利用ユーザー/ライセンスの数)ですね。どれほどのお客さまにサービスを使っていただいたか。そして最後、ここ数年でようやく売上が指標になっています。ロールディスクリプションでも評価制度としても、まず売上ではないメトリクスとともにインキュベーションフェーズを設けてしっかり育てるということがあります。
ただ、運営しているのは日本人ということありますし、「では、ロールに書いてあることを明日からだまってやるか」というと、やはり今までのカルチャーや成功体験もあれば、それぞれの思いもあるわけですね。だからこそ、月次や年次のレビューと言われる場で、トップからチームに対し、売上ではない項目に関して質問や議論をきちんと投げかけなければいけない。そうでないと、「あんな風に言ってはいるけど、やっぱりトップラインが大事なんだね」といった空気を感じ取って、皆がやらなくなってしまうので。日本だけの話でもないとは思いますが、「なぜ今年は100社取らなきゃいけなかったのに80社しか取れなかったのか」といったことを、組織のなかで必ず、繰り返し議論していかないと定着しないと考えています。
井上:しっかりとKPIを練り込んでいくという感じなんですね。
山崎:そうですね。各サブシダリーで好き勝手に「私たちは売上を」「我々は顧客数を」となるのはまずいので、そこはグローバルで統一します。ただ、実際にオペレーションを動かすのは人なので、きちんと現場ごとに課題およびその解決策を練らない限り、定着はしないと考えています。
サブスク化が進んだときに、「日本で買う」という価値をどのようにユーザーに見出してもらうか
井上:全体討議へ入る前にもう1つ、先々に向けたサブスク型ビジネスの可能性についても伺ってみたいと思います。自社視点でも日本企業という大きな視点でも構いません。「将来はこんなことが実現したら」といった思いも伺いたいと思っていました。
三枝:サブスクリプションまたはソリューションの提供で、お客さまの価値をどれほど高めることができるか。そう考えると、我々にとってお客さまの代表格である運送会社さまに、今ブリヂストンが持つケイパビリティでご提供できる価値はほんの一部にしかならないわけですね。タイヤとか足回りとか。ですから、それをできるだけ拡大したい、と。エンジンオイル等々車両のメンテナンスも併せて提供できるような広がりを持たせたいと考えています。ただ、それでもまだまだお客さんのオペレーションからするとごく一部。それは我々ブリヂストンの提供範囲としては仕方がないと思うんですね。ですから、あとはいろいろなパートナーさんと一緒にエコシステムをつくって、グループで効率よく提供価値を高めていく方向性になるのかなと思っています。
山崎:2つあります。1つはブリヂストンさんと同じで、我々にも代理店の皆さまがいらっしゃるわけですね。家電量販店さまをはじめ、全国津々浦々、ITビジネスをご一緒している日本企業さんがいらっしゃいます。そこで我々が「サブスクにしたい」といくら言っても、日本全国で全国民がサブスクにしたいと思っているわけではない、と。では、代理店さまとともにサブスクのビジネスをやるためにはどうすればいいのか。今まではPCを売れば短期で売上が大きくなるときがありました。まさに今年も、ある製品のライフサイクルが終わるので売上がすごく大きくなっています。ただ、そうした売上推移が平坦になったとき、どのように顧客のロイヤリティを高めるビジネスにシフトするのかということについては、もっともっと考えなければいけないと思っています。
で、2つ目は日本全体の視点にもなりますが、サブスク、特にクラウドのビジネスになると、どの国でも買えるようになります。日本に住んでいるからといって必ずしも日本で買わなくてもいいわけですね。我々ですら、「このサービスはアメリカで買ったらどうなるの?」といったことを聞かれます。その場に営業がいなくてもいい、と。そうなると、国内企業に加えて海外企業も競合になります。だからこそ、我々がお手伝いをさせていただくのは日本企業さんなわけですし、サブスク化が進んだときに日本で買っていただく価値を、日本におけるサービスの価値をどのように見出していただくのか。そこも大きなチャレンジになると考えています。
藤井:膨大な行動データが出てきてオフラインがなくなるような時代を指して、私は「アフターデジタル」と呼んでいますが、そういう時代になると、純粋な顧客提供価値で勝負をするようになると思うんですね。今は車にしても所有だけでなく利用があって、さらにそのなかでもシェアやリースがあります。しかも、今はユーザーが好きな情報を好きなだけ集めることができたり、何か少し悪いことするとすぐにリークされたりして、情報の透明性も高まっている、と。そのなかで、ユーザーの選択肢はさらに増えて、選択権はどんどん強まっていくと考えています。
ただ、そこでユーザーが選ぶ基準は「テクノロジーの浸透具合」とか「サブスクだから」といった話ではないですよね。提供価値が高いものを選びます。そう考えると、サブスクはすごく良いビジネスだと思うんですね。サブスクでは顧客提供価値の定義がしっかりしていないと、いろいろな部署が関わってユーザージャーニーを提供するので提供価値がブレたりします。モノを売るだけならそれで良かったかもしれませんが、サブスクではそこを定義して皆で意識を揃えないとうまくいかない。そのうえで、データも活用しながら提供価値をさらに高めていく必要がある、と。モノを売っているときは売って終了だから良かったことでも、今後はチャーンなしに使い続けてもらうことを考えなければいけないので。その意味では、すごく時代に合ったビジネスモデルという風に捉えることができると思います。
会場質問者A:顧客の体験価値を高めるために、これまでは囲い込みという戦略がよく使われていたと思います。今後、サブスクの戦略として乗り換えやすくするべきか否かについて、お考えを聞かせていただいたいと思っています。
藤井:囲い込み自体は今後もしていただいていいと思っています。ただ、ポジティブな囲い込みというか、付加価値を提供し続けてどんどん好きになってもらう構造をつくることが大事だと思うんですね。その意味で、乗り換えにくくするのは時代に合わないのかな、と。人は嫌だと思えば結局は乗り換えたりすると思いますが、そのときの体験が悪いと超ネガユーザー、つまりNPS(ネットプロモータースコア)で言うところのデトラクター(批判者)になってしまうので。デトラクターは悪い風評を広げるので事態はさらに悪化します。しかも、最終的には辞めるつもりだった方に、企業側も乗り換えられないよういろいろコミュニケーションを行ったりしてリソースを費やすわけで、結局、何もいいことはないように思うんですね。昔はそれでユーザーが困っていてもあまり可視化されなかったし、ネガティブな話も広まらなかったのですが、今はすぐ可視化され、広まる時代です。そこはスッと行かせてあげるのがいいのかなと思います。
会場質問者B:可処分所得内でサブスクが増えれば増えるほど生活の弾力性はなくなっていくようにも感じます。そうした点も踏まえ、「この領域はサブスクにならないのでは?」「ここはサブスクに置き換わるのでは?」と思う領域があれば教えてください。
三枝:私どものように製造・販売の企業が製造・サービスへ変わろうとするとき、中間の流通部分は非競争領域になるのではないかと考えております。それで当社は昨年も、アメリカのグッドイヤーという、北米ではガチンコに競合しているタイヤメーカーと、C向けの物流倉庫とロジスティクスに関して共同で物流新会社を立ち上げました。今後はそういう感じの流れになってくると考えています。
あと、サブスクにならないものとして思いつくのは趣味の領域というか。当社製品であればモータースポーツ向けのタイヤおよび関連製品ですね。たとえば、「来春の新製品ではサーキットのラップタイムが2秒縮まるんじゃないか?」といったものは我々としてもサブスクにしたくないですし、とがった領域として残るように感じています。他はどんどんサブスクにした方がいいかなと、企業側としては思いますが。
藤井:基本的に、サブスク化しないものはあまりないのではないかなと考えています。見方次第であらゆるものにサブスクの可能性を見出せるのではないかな、と。ZuoraのTzuoさんも同様のことを言っていました。ただ、三枝さんが今おっしゃったことに関しては、私も「ああ、確かに」と思います。意味が深いものというか、自身にとってすごく意味があるものについては、「もっともっと」という人たちがいますし、そうした方々にあえてサブスクの形で提供する必要はないのかなとも思います。
山崎:サブスクにならないものについては個人的な嗜好も関わると思います。私個人としては趣味と、そして住宅ですね。自分にとって所有欲があるものなので(笑)。とにかく、人の所有欲を満たすものはサブスクになりにくいと感じます。一方でITについては、一定期間内になんらかのアップグレードや新サービスを提供できるものは、基本的にはすべてサブスクにして問題ないと考えています。逆に言えば、契約期間中に新機能のアップデートも何も無いものには、お客さまもサブスクの価値を見出さないと思うんですね。ですから、今であれば3ヶ月ぐらいのペースで何か新しい機能等を提供していかなければお客さまにとっての価値は上がっていかないんですが、そうしたアップグレードを行いやすい業態や新しい価値が提供できるものは、やろうと思えばできるように思っています。
藤井:今のお話を受けて中国の事例を1つご紹介したいと思いました。今後も、たとえば車を所有すること自体はおそらく変わらないし、そこに対しては値段も払いたいだけ払えばいいと思うんですね。ただ、たとえば最近出てきた「テスラキラー」と言われるNIOという企業は、購入後の高級会員向けサービスのような形でEV充電が3分で完了するサービスを提供しています。どうやっているかと言うと、トラックでやって来て、車をトラックの荷台に入れて充電済の電池にばこんと替えてしまう。これの何が面白いかというと、普通はテスラの車でも電池は消耗するわけですが、この事例では電池までシェアされている点です。そこが年15万円ぐらいでサブスク化されている、と。そう考えると、所有や趣味というのは“意味レイヤー”だと私は思う一方で、便利レイヤーのほうはサブスク化して、なんらかの価値を提供し続けるというモデルにするのは可能なんじゃないかなと思っています。
井上:皆さまのお話を伺って、今後は顧客との関係性がアップデートしていくというか、「お客さま第一」のあり方が大きく変わるという文脈のなかでサブスク型のビジネスにも可能性が出てくるのではないかなと感じました。次回も同様のセッションがあった際は、会場のほとんどの方がサブスクビジネスで大成功しているという未来を、皆さんと一緒につくっていけたらと思います。本日はありがとうございました(会場拍手)。
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