薄っぺらな「好き」では、結局何も救えない。力をつけてから「好き」と言う。

人生100年時代。70代まで働くことを想定した場合、40代、50代はどうキャリアを築いていけばよいのでしょうか。活躍するビジネスパーソンの姿から、そのヒントを探っていきます。今回は、40代で全く業種も規模も違うベンチャーのアカツキに転職し広報として活躍を続ける鶴岡優子さんにインタビュー。スピード感も文化も異なる組織に入った今、どのようなスタンスで日々を過ごしているのでしょうか。(全2回、後編)

新規事業『DiGJAPAN!』を1人で始める

山岸:『DiGJAPAN!』は、どうやって始めたんですか?

鶴岡:もともと、広報としてSNSを分析していたら、台湾からのアクセスが多い投稿があるのに気づいたのがきっかけです。数字を見てたら、だんだん台湾の女子の好みがわかるようになっていって、それならと台湾向けに繁体字で投稿を始めたのがDiGの前身です。アジアはWebメディアよりインフルエンサーによる口コミを重視する傾向が強く、SNSアカウント作って投稿し始めたら、フォロワーがどんどん増えていったんです。東京五輪が正式決定した背景も受けて、インバウンドの事業化が決まりました。私は主にメディア運営と、広告やフィールドワークを販売していたのですが、この仕事のために7〜8カ国の外国人スタッフに参加してもらいました。最初は人も商品もなく、まさに社内ベンチャーでした。前提もカルチャーも違う、多国籍のチームをまとめるのは、ものすごく楽しく、そして難しかったです。

この事業のために採用した外国人メンバーが、一人前に日本で仕事できるように育成する役割もあったんですが、優先順位は日々変わる毎日。文化の違いから衝突したり、泣いたり笑ったりで、目まぐるしい毎日でした。事業を継続しないと、はるばる日本に来て働いているメンバーの居場所がなくなってしまうので、「人生、預かった以上はなんとかしないと」と焦ってましたね。

山岸:「人生、預かってます」と。そのレベルでの仕事に向き合う意識は、どこから生まれてきますか?

鶴岡:私、もともと興味関心ある人やモノへの共感が強いので、そこから自分ごとにして、責任感に換えて、仕事のモチベーションを高めていくことが多いんです。たとえば、伊勢市の仕事をすれば、伊勢の文化や生活にぐっと興味が向いてズボッとはまり、のめり込む。良くも悪くも入れ込むところはあるので、注意しながらも、自分の性格を原動力に変えようとしています。

バイアスを外し、自分の力を試すための転職

山岸:そうやって手塩にかけた『DiGJAPAN!』は成功していくわけですが、なぜ、昭文社を辞めようと思ったんですか?

鶴岡:事業に関わる人が増え、メディアも力をつけてきて、お任せできることが増えていく中、私自身がこのまま訪日インバウンドの専門家として進んでいいのか、悩んでました。自分のキャリアや志を、企業の外に切り出したかったのかもしれません。どこでもやっていけるというのを証明しなければいけないような気もしていました。「のめり込む」が一周回ると、次に行きたくなる、そんなタイミングも重なったのかもしれませんが。

山岸:転職先を選ぶ判断軸は何だったんですか?

鶴岡:ブラディング、PRを通じて、変化を起こす人のうねりを最大化させたい、というのがまずあって、企業と事業、広報とマーケを問わず、コミュニケーションの専門家として仕事をしたいと思ってました。それで、一緒に働きたいなと思う企業に会いに行ってお話をして、抱えている課題が自分とマッチするのか、確認していった感じです。気になった会社は創業数百年の老舗企業にも、ベンチャー企業にも、会いに行きました。

もう1つやらなきゃいけなかったのが、新卒から同じ会社で働いたことで作ってしまった自分の強いバイアスを外すことです。思考回路のくせや、思い込みのロックを外さねば、と思ってました。自分と違う常識で生きてきた人とたくさん話さなきゃいけないし、全然違う世代や人に会ってインサイトをもらわなきゃと。だから、そういう意味ではなるべく遠くに行こう、とも思ってました。

山岸: 20年前後のキャリアを積み重ねてから、あらためて自分自身のロックを外すために、平均年齢30歳、社長も10歳以上も年下という会社に入る方は少数派かなと思うのですが……アカツキに適合するために意識したことはありますか?

鶴岡:うーん、年齢で思考停止しないようにしているというか、それよりも大事なことがたくさんある気がします。何よりアカツキの考え方、感じ方、言葉の選び方の真摯さ、雰囲気や空気感の清々しさ、それでいて飾らないチャーミングな性格が、すごく魅力的で。毎日、尊敬すること、感心することが多い会社なんです。簡単に予定調和させないところや、思考と行動の粘り強さも刺激を受けてます。

企業も人も、記号的な年齢よりも、思いや熱量、選択する力、行動力で出る差の方が大きい気がして、そういう本質的な力、バリューを見逃さないようにしたいなと、いつも思ってます。

アカツキに合わせにいくというのもまた違くて、アカツキのメンバーが伝えたいことを一緒に探して、一緒に伝えていくプロセスがものすごく重要で。アカツキが伝えたいこと、私が伝えたいことを探して、一緒にストーリーを動かしていきたいなと思っています。

相手を好きになる気持ちと冷たいくらい冷静な目線の両立

山岸:魅力的な企業だという気持ちは伝わってきますが、それは鶴岡さんが好きになる力が強いのではないでしょうか。

鶴岡:仕事柄、好奇心や感受性を高めに張って、好きになることを通常の自分より意識的に強めに設定しています。コミュニケーションの仕事をするうえで、相手が本当にやりたいことまで掘り下げていくのは、好きにならないと見えてこないですから。全面的に肯定するのは意味が違うんですが、興味を持ってしっかり向き合わないと、本音や本質は開示してもらえないですし。簡単に相手をわかった気にならないこと、も大事ですね。

私はおせっかいなところもあって、その人のことを伝えたくて頑張っちゃう。これは、私の体質というか、スキルなんだと思います。ただのおせっかいだと性格ですが、仕事では結果に変えていかないといけないので、性格をスキルに昇華する。感動しやすい、応援したくなるたちであるのを利用して、行動力に換えていくようにしています。

この時、同時に大事なのが、クリティカルにものを見ること。PRで結果を出したかったら、徹底した冷たいぐらいの目線と、共感する力の両方が必要です。よく「鶴岡さん優しそう」とか「穏やかだね」と言われますが、頭の中でいつもニュースバリューを計っています。広報は社会と企業の接続役なので、社会との印象の距離感や段差は誰よりも理解していないといけないので。

山岸:わたしも鶴岡さんは優しいと思います(笑)。「共感もするけど、冷たいくらいクリティカルに考える」というふり幅が出来たのは、なぜでしょうか。

鶴岡:若い頃は大してバリューもないのに薄っぺらな忠誠心みたいなもので仕事をしていた時期もあったような気がします。それで何度も失敗して、恥ずかしい思いもいっぱいしたし、「それだけじゃ何も救えないな」とよく分かったからだと思います。実力をつけて結果出せないと、応援していることにならないですから。

山岸:今は誰の力になりたいですか?

鶴岡:時代に変化の風をおこす企業や人の力になりたい、という気持ちは同じです。ブランディングやPRは、目に見えない価値をコミュニケーションの力でうねりに変えていく仕事ですが、この「目に見えない価値」へのアプローチの精度をもっと高めたい。もう一度自分の思考回路をばらして、体系化しなおしたいと考えています。そのために、この春から芸術系の大学院でデザイン思考、日本の芸術・文化を見つめ直すことにしました。

アート、ビジネス、地域の掛け算にも興味が強くて、日本各地の取材して記事を書く活動はライフワークとして続けていきたいです。まだまだやりたいこと、会いたい人、学びたいことがたくさんあるので、その好奇心を原動力に新しいことにチャレンジしていきたいです。

(文=渡辺清乃)

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