合理化――自分自身に「言い訳」してしまうのはなぜ?

新刊『MBA心理戦術101』の1章「認知や意思決定に影響を与える心理バイアス」から、「合理化」を紹介します。

たとえば長い時間待ってようやく入った人気ラーメン店で、「それほど味が美味しくないな」と感じても、「今日は体調が悪いのかな」と自分を「誤魔化す」人は一定数いるでしょう。株式投資で損をした際にも、「勉強代だと思えば悪くはない。生涯賃金に比べたら許容できる範囲だ」などと物事をことさら小さなものとして認識しようと考える人も多いはずです。こうした心の働きを合理化とよびます。これは人間なら誰しもが持っている思考様式であり、マーケティングの「高い値付け」などにも応用されています。このような心理はなぜ生じるのでしょうか?

(このシリーズは、グロービスの書籍から、文藝春秋社了承のもと、選抜した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)

合理化

定義:満たされなかった欲求に対して、理屈付けして考えることで自分を納得させる心理的な防衛機制

合理化は、極めて端的に言えば、自分に都合のいい言い訳を考え、心の平静を得ようとするメカニズムです。この心理は心理学では非常に有名な概念であり、本書で紹介するバイアスのいくつかとも関連します(例:自己奉仕バイアスなど)。

合理化の有名な例に、イソップ童話でもおなじみの「酸っぱいブドウ」があります。これは、森の中を歩いていた狐が、高いところになっているブドウを採ろうとしたという話を題材にしています。

狐は体を伸ばしたり木を揺さぶったり駆けあがったりするなどいろいろとブドウを採ろうと試みるのですが、結局そのブドウを得ることはできませんでした。そこで狐は、「あんなブドウなんて美味しいはずがない。きっと酸っぱいブドウだ。酸っぱいブドウなんていらない」と自分を納得させたのです。

同様のことは多かれ少なかれ、皆さん経験されているはずです。たとえば第一志望の大学を落ちた受験生であれば、「あの大学は、学問的には評判がいいけど就職の世話はあまりしてくれないというし、授業の出席も厳しくてあまりバイトなどもできないという。行かなくて正解だ」などと受験に落ちたことを合理化してしまうのです。

なお、この事例だけを見れば合理化はあまり好ましくない心の働きのように見えます。もちろん、たとえば飲酒運転で交通事故を起こした後に「自分に飲ませた人間が悪い」などと言い訳するのは論外ですが、合理化にも一定のメリットがあります。

たとえば先の受験の事例で、どうしてもその大学に入りたいからといって、何年も浪人して合格を目指し続けるのはやはりやりすぎでしょう。そもそも大学に入ることは人生のゴールではありませんので、そこに過度にこだわるよりも、より良き人生に向けて前向きに考えを転換する上で合理化はプラスの効果をもたらすことも多いのです。

一方で、安易な合理化を許容することは、人間の成長を妨げることもあります。部下の育成などでも、適切な指導をしないと、不適切な言い訳ばかりする困った部下が誕生するかもしれません。

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