DXを成功させるため「人間交差点」に橋を架けよう

KADOKAWA Connectedの社長として企業のDXを推進する各務茂雄氏。前回の話から、企業のDXのカギを握るのは、組織を横断した「標準化」「仕組み化」であるということ、標準化をした上で適切なテクノロジーを吟味して導入することが重要であるということが見えてきた。しかし、「標準化」は組織内で統一の仕組みを作ることであるだけに、コンフリクトの連続だと言えるだろう。その乗り越え方、企業のDXを実現するためのヒントをお聞きした。(全2回)

役割ごとに仕事を定義する

田久保:KADOKAWA Connectedではエンジニアをマッピングしてマネジメントしているそうですが、それぞれに適切なマネジメントをするのは、大変ではありませんか。

各務:実は、マッピングごとに「役割」が決まっているんです。たとえば弊社では「ストラテジスト/サービスオーナー/スクラムマスター…」という役割があって、「役割=ほぼ給与レンジ」です。また、この役割はこういう仕事をしなくてはいけない、という定義が明確になっています。たとえばスクラムマスターになるためには、スクラムマスター研修を受けて実行できることが必要です。

田久保:スキル面は役割別研修で扱うとして、コミュニケーションなどのソフト面はどう担保するんでしょう。

各務:現実的なマネジメントは1on1です。また、全てのコミュニケーションはなるべくオープンにするのが原則で、設立(2019年4月)から今まで、経営会議の内容も人事情報を除いたほぼ全てを公開しています。ウィークリーレポートは全員同じフォーマットですし、経営会議も同じフォーマットで運用しています。

ここでテクノロジー導入の話をすると、社内コミュニケーションはほぼSlackです。基本はオープンチャンネルにしようと決めています。DMはなるべく禁止です。データはすべてログで残してあるので、それぞれの頑張りが「見える化」されます。結果、評価もわかりやすくなりますよね。

田久保:まさに標準化した上でのテクノロジー導入ですね。いわゆる「自由を求めるエンジニアの文化」を侵さずにルール設定をしている感じがします。

各務:そうですね、エンジニアは「ここまでやっていい」ということを決めてほしいという気持ちが強いので程よいガバナンスが大切です。そもそも人間は制約があって初めて自由だと思うので、その制約の幅を規定するのがマネジメントだと思うんです。制約がないと、逆に何もできなくなってしまう。制約の幅を決めた上で、それぞれの役割に合わせて1on1を含めた個別のマネジメントをしていくんです。

田久保:役割が定義され、それぞれが納得しているから仕事が回っている。

各務:そうですね。仮に上位のロールをやりたければ、「やってみなよ」と言いますね。必要な研修を受けるなどちゃんとしたルートをたどれば、サービスオーナー(サービスの説明責任者)を新卒2年目がやってもいい。とはいえ大きいサービスは任せられないので、ごく小さなサービスオーナーを担当させます。各人のリスク強度を見極めて、その人が手を挙げてやりたいと言ったら、どんどん任せるんです。新卒4年目でサービスオーナー、新卒6年目で部長、なんていうのもいますね。

DXとは「企業にグッドサイクルを起こす」こと

田久保:反対に、「僕はここまででいいです」という人にはどう対応するのですか?

各務:その人にフィットした仕事をどう提供できるか、みんなで常に研究しています。フィットした仕事をするとパフォーマンスが上がりますから、そのことがキッカケになって意識が変わることだってあります。メンバーが自ら仕事を選べるようにするのが、目指す形です。DXを実現するなら、こういうところから始めなければなりません。

田久保:ジョブ・ディスクリプションなどもあまりないまま、クラウドサービスやSlackを入れて、何となく「紙は減ったし、DXだよね」なんていうのは違う、と。DXの本質は標準化にあり、その標準化にあった人事制度をつくることであり、評価制度をつくることであり、KPIを定めることであり、それを良しとする企業文化をつくることである。

各務:あとはコミュニケーション設計ですね。そこをちゃんとすれば、社内にはびこる疑心暗鬼がなくなり、「俺は聞いていないぞ」問題がなくなる。すると、会議のための事前会議みたいなものがなくなり、さらにリモートでも会議ができる。そういうふうに削れた時間をFace to Faceの飲み会でチームビルディングするために充てる、というグッドサイクルが回る……これがDXなんですよ。

「人間交差点」に橋をかけろ

田久保:御社のDXの進捗はどうですか。

各務:個別最適化を望む人との対立や軋轢は当然ありますよね。私はそれを「人間交差点」と呼んでいます。チームには「人間交差点マネジメントを徹底しろ」と明確に言っていますし、さらに言うなら、人間交差点は絶対残ります。だから、「解決するためには文句を言うのではなく、提案をしろ」と常に伝えています。するとメンバーは、「そんなこと言われても…」と言いつつ提案をしています。ブツブツ言いながらもいずれ解決に至るんですよね。そもそもDXは個別最適化がすごくできる人を活かす仕組みなので、関係者からの理解を得られると一気にDXが加速します。

田久保:ベストなソリューションはないけれど、ベターにはなるということですかね。

各務:まず100%の解決などない、という前提に立つということです。目の前の問題は、取り組めば絶対に解決します。けれども、すべての社会の仕組みがそうであるように、どこかのボトルネックを解決すれば必ず別のどこかにボトルネックが現れる。「人間交差点」は常にあるので、ぶつかりながら少しずつ上昇気流に乗せていけるような、交差点に橋をかけられる人材を育てています。

加えて、マインドセットだけではなくて、外からの物理的な力も加えます。たとえばアプリのエンジニアのマネージャーをインフラチームの部長にしたりとか、インフラチームの担当をアプリチームに送り込んで「コードを書いてね」と指示したり。KADOKAWAとドワンゴのチームを混ぜ合わせたり。つまり、徹底的にコンフリクトを起こすんです。

田久保:荒れますよね。

各務:本当にやばいと思ったら、私が切り込む時もあります。自ら火を消す覚悟がなければ、炎上を起こしてはなりませんね。

田久保:各務さんの取り組み事例からわかるのは、DXのプロセスである「標準化→自動化→AI化」のベースには、組織設計・評価制度・KPI設計・コミュニケーション設計などができていないと話が進まない、ということ。そこには角川会長のコミットメントもあるんですか?

各務:昨日も経営会議でちょっとしたトラブル事案について報告したんですが、会長がニコニコしながら「やったことなかったのなら、仕方ないだろう」と言っていました。そこはいいところですね。

田久保:「抵抗する中間管理職」には、どう対応すればいいんでしょうか。

各務:抵抗する人には2タイプあるんですよ。仕組み化がとても得意なんだけど、もともと自分の作った仕組みがあるから納得できなくて抵抗している人。もう一方は、そもそも仕組み化なんてできないから抵抗する人。ここの見極めがとにかく重要です。

本当はすごく仕組み化が得意だけど、自分のつくった仕組みに対して愛がありすぎて抵抗している人は、納得すると大化けする可能性があります。まず、そういう人から徹底的に対話をするようにしています。

それを続けていると、後者の「そもそも仕組み化ができない人」にも影響が表れてくる。会社の中で既存の仕組みをつくってキッチリやってきた人、その人が納得して変わったときに、会社の空気が変わるんですよ。

あと、無視してはいけないのが、不器用なんだけど意外と変われる人っているじゃないですか。マネジメント層には、そういう人達もちゃんと引き連れていくようにと言明しています。

田久保:変えるためには、変わりやすい人から連れて行って、それが全体の51%を超えてこちらがマジョリティーだ、という状態をつくっていく。

各務:そうです。普通によくある話です。ですがさすがにDXは、全社改革をして、自社が持つリソースを最大化しないと価値が出ないのが難しいところ。けれどもそれをしないと、日本の企業はGAFAに負けてしまいますよ。ただ、たとえば日本企業でもトヨタみたいな仕組み化、エンジニアリングが強い会社には、横串に強い人がたくさんいるはずなので、そういう会社から動いていってほしいですね。

経営のわかるエンジニアが日本企業を変える!?

田久保:あらためて、今回の大テーマである「どのようにすれば企業のDXは進むのか」に立ち返ってみます。日本企業でDXが進みにくいことの本質は、数多のレガシーシステムが複雑に絡み合っているからなんですね。

各務:アメリカの企業はスクラップ&ビルドされますよね。古いシステムはその時になくなって、株主が不利益を被るという仕組みがある。

一方、日本の場合は古い仕組みを持ったままずっと走っているので、負債解消の負担が株主側ではなく従業員側に来るんです。これが論点になると思います。株主側に損失をぶつけるか、従業員側にそれを解消するという負担を渡せるか、非常に深い課題です。

田久保:これから日本の一般的な企業がDXを進めていくために必要なことをまとめると、いかがでしょうか。

各務:まずは、トップおよび株主からの強いリクエストが必要です。それに基づいて、先行指標を立て、根本問題を解決していく。具体的に手をつけるのは、人事制度、KPIの設計、コミュニケーションですね。そして、DXキャズムを超えるための打ち手を、社内のアーリーアダプターから働きかけて粘り強くやっていくと。

ちなみに、グロービスに繋げてお話すると、「DX人材」としてピッタリなのは、エンジニア×MBAですね。

田久保:エンジニアがMBAを取るといい。なぜですか?

各務:エンジニアの場合、アーキテクト、つまり構造化し設計のできる人が優秀だと言えるんですが、日本全体だとそういう人材は大変希少で貴重です。構造化する力を鍛えられる機会がそもそも少ないので、そういうスキルを持っている人が少ない。そのような貴重な人材がMBAを取って経営について語れるようになってくると、経営管理について踏み込んでいき根本解決ができる。実は、私がドワンゴの改革をできたのも、ニコニコ事業部の全ての事業管理をやっていたからです。

田久保:ビジネスサイドの数字もちゃんと読めたからということですね。

各務:数字が読めて、構造化ができて、ITがある程度分かっていると、「この人はいいね」という評価になります。実は2020年に開校する情報経営イノベーション専門職大学の専任教授になるので、これから学生の育成にも取り組んでいきます。

田久保:最後に、今取り組んでいることの先にどんなビジョンを描いているんですか?

各務:KADOKAWAというメディア企業グループにいる者として、デジタルを通じてクリエイター達が生き残っていける、そして日本の消費者が、自分の好きなものに没頭するオタク的な気持ちを持ち続けられる、そのエコシステムをつくる、というビジョンを明確に描いています。

今の世の中、間違いなくスマートシティに向かうんです。その王者となるのはおそらくGoogleでしょう。とすると、コンテンツの整理をGoogleがするようになります。Googleは意味合いを解釈する会社ですが、本来コンテンツには意味合いの解釈をする前の状態の多様性が大切なんです。

Googleの世界観が来ると、意味合いの解釈が強くなり、日本の多様性が失われる可能性が高いと危惧しています。KADOKAWAはメディア企業ですから、多様な文脈を持つ著者やクリエイターの人たちとの接点があり、彼らの大切さを理解しています。過度な標準化が進まず、多様なクリエイターが生きていけるようなソリューションを今後もつくっていきたいですね。

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