野村監督の「ID野球」に見る――考え続けることの凄み
先日亡くなった元プロ野球選手・監督の野村克也氏は、「ID野球」のキャッチフレーズに代表される「考える野球」の重要性を主導し、多くのチームの監督として実績を残しただけでなく、その教え子たちからも多くの指導者が生まれました。
「ID(データ重視)野球」というと、「この選手は内角の直球に強い」「この監督はノーアウト一塁の場面ではたいていバントをしてくる」といった傾向をデータから読み解いて作戦に応用することだと捉えられるでしょう。もちろん、これはこれでとても有効な話ですが、野村氏の他を圧倒する凄みはこれだけに留まりません。本人や周囲から語られる多くのエピソード等をまとめると、以下の3点が差別化ポイントだったと解釈できます。
①「打者のタイプを分類すると…」「ボールカウントの有利不利を分類すると…」というように、作戦を考える際の解像度を上げる“補助線”となる分類法や着眼点の言語化と、その豊富さ。
②ヤクルト監督時代、当時の古田捕手の後ろで戦況が進むたびに常に解説していた、というエピソードから伺える、「勝つためには、ここまでの密度、深さ、きめ細かさで考えるべきなのだ」を高いレベルで具体的に選手に体感させてみせたこと
③キャンプや試合前後での長いミーティングや「ノムラの考え」なる大部のファイルを選手に配っていたこと等から伺える、日頃から考えることの意識づけ、習慣づけ
さて、これをビジネスに置き換えるとどうでしょうか。
①は、「MECE」、「3C分析」、「バリューチェーン」といったビジネス・フレームワークが該当するでしょう。また③は、理念やビジョンによって動機づけを行い、それを社内ミーティングや朝礼等で共有することと置き換えられそうです。難しいのは、②ではないでしょうか。ビジネス・フレームワークを豊富に知っていても、とかくそのフレームワークに当てはめてとりあえずの結論を出すとそこで思考が止まってしまいがちです。延々と密度濃く考え続けるというのは、容易ではありません。単に時間をかけるだけなら可能でしょうが、同じ思考回路を堂々巡りするだけではあまり意味がありません。
バイアスを知り、バイアスの罠から抜け出す
本書は、そうした「考え続けることの難しさ」を乗り越えるヒントが満載された一冊です。帯の謳い文句によれば、「すべての合理的意思決定のための『心理バイアス』大全」となっています。そもそも人はなぜ心理バイアスを持っているのかというと、脳が限られた情報量の中で、また限られた処理能力の中で、なるべく速く意思決定しようとするため、言わば思考のショートカットであるとされています。
ということは、ある程度の時間と手間をかけてでも、より合理的な意思決定をしたい場合、見落とされた可能性を掬い取りたい場合では、この「ショートカット」された部分を見つけて、丹念に解き直してみるべきだと言えます。
バイアスの知識を豊富に持つことで、自分の思考がバイアスに囚われていないか?とさまざまな角度から問いかけることが可能となります。それがひいては、「考え続ける」ことになるのです。
本書では、人は「あるものを得るときの価値評価よりも、失うときの痛みの方を大きく感じる」という「授かり効果」、「思い出しやすい事柄に過度に引きずられて判断」してしまう「利用可能性ヒューリスティックス」、「SNS等で非常に少数の言説に支持が集まり、それに気付かずに世論と見誤る」「エコーチェンバー現象」等、さまざまな心理バイアスを101項目集めて一つ一つに簡潔な解説を加えていきます。
実際、本書を読み進めていくと何かしら、「このバイアスはあのケースに当てはまるのではないか?」と身近な出来事、それも何となくおかしいなと疑問に思っていた出来事に当てはめてみたくなると思います。その意味で、101ものバイアスを一覧的に集めてみたことにも意義があるのです。本書の「はじめに」で触れられているように、バイアスの罠は強力で、日頃ロジカルに考える人でもついついはまってしまいます。だからこそ、頭の中の引き出しにたくさんのバイアス知識を持っていて、いざという時に検証できることが、ライバルに差をつけるカギとなることでしょう。
*中止【出版セミナーのお知らせ】
本セミナーはコロナウイルス感染防止のため中止が決定されました(2月21日現在)
なお、本書の出版を記念して 出版セミナーが開催されます。
日時:2020年3月2日(月)19時~20時半
会場:東京・麹町 文藝春秋本社 B1ラウンジ
(住所 東京都千代田区紀尾井町3-23)
詳細およびお申込みは以下のURLをご参照ください。
https://MBA101.peatix.com
『MBA心理戦術101 なぜ「できる人」の言うことを聞いてしまうのか』
著:グロービス 発売日:2020/2/14 価格:1,650円 発行元:文藝春秋社