囲碁AIの強さは超人的な段階へ――GLOBIS-AQZの戦いを振り返る

グロービスが中心となり2018年9月に発足した囲碁AI「GLOBIS-AQZ」開発プロジェクト。若手棋士育成、AIの研究開発のさらなる発展を目指して活動を続け、2019年12月、囲碁AIの国際棋戦「第11回UEC杯コンピュータ囲碁大会」で準優勝を果たすなど着実に成果を挙げています。今回、開発者の山口祐氏と囲碁棋士大橋拓文六段にプロジェクトを振り返ってもらい、囲碁AIに出合ったきっかけや、囲碁AIをめぐる世界の動きなどについてお話しいただきました。(全2回、前編)

「AlphaGo」の論文に触発された

鈴木:囲碁AIに出会ったきっかけから教えてください。

山口:2016年1月に『Nature』に掲載された「AlphaGo」の論文を読んだことがきっかけです。深夜2時くらいに論文がウェブ上に公開されて、それを読んだ同僚が朝の5時頃「グーグルがすごいことをやった」というメールを送ってきました。どれどれと見にいくと、確かにすごい。「囲碁がこれから面白くなりそうだな」と思い、必要な機材をお昼に全部買ってきました。

当時、産業技術総合研究所で熱放射光に関する研究に携わっていたので、プログラムのコードを書くといったことは一切やっていませんでした。プログラミングや深層学習について独学で学び、囲碁AIなどの開発に取り組み始めました。

鈴木:山口さんは大学時代、将棋サークルに所属していたとか。将棋は将棋でコンピュータ将棋はありました。なぜAlphaGoの論文にインパクトを受けたのですか。

山口:将棋の場合、この頃には人間より明らかにコンピュータのほうが強く、掘り尽くされた感がありました。だったら将棋よりは囲碁のほうがいいかなと思いました。それに技術的にすごく新しいところがあった。コンピュータ囲碁は長年いろいろな人によって開発されてきましたが、これまでとは全く毛色の違う技術で、参入障壁が非常に低かったことも大きいですね。

鈴木:つまり、よーいドンで勝負できるから?

山口:私のような初心者でも十分戦える可能性があるのではと思って始めました。囲碁もルールを知っていて一応できるというレベルだったのですが。

鈴木:AlphaGo登場以前と以後では、何が違うのですか。

山口:機械学習を非常にスマートに取り入れたところがAlphaGoの最大の特徴でしょう。ディープラーニングは今や一般的に使われるようになりましたが、当時、画像認識を戦略ゲームに応用するという発想は新しかった。

それより何より根底にあるのは人間がコンピュータに対して「ああしろ」「こうしろ」といった設計をするのではなく、コンピュータ自身が学習をしていくことに重点を置き、そのために最適な方法としてディープラーニングが入っている。コンピュータ自身で勝手に強くなるように設計されているところが一番大きな違いです。

コンピュータに1局目で完敗

鈴木:大橋さんは囲碁AIとはどんな出会いだったのですか。

大橋:2010年ぐらいでしょうか。囲碁の人の間でmixiが流行りました。そこで「フランスの囲碁プログラム『Crazy Stone』は、19路盤ではまだ弱いけれど、9路盤だったらプロといい勝負になるらしい。Crazy Stoneと遊びたい人はいますか」というつぶやきを見たのです。それで面白そうだと参戦したのがきっかけです。当時は囲碁AIという呼び方はまだありませんでした。

僕はプロ棋士になって8年目。しかし、なんと1局目で負けてしまったのです。最初のつぶやきを見たときは半信半疑で「いくら強いと言ってもコンピュータはまだまだ弱いだろう」と思っていたら、逆にこちらが完敗した。そのとき、「これは来るな」という直感が働きました。噂に聞くのと体験するのでは100倍くらいインパクトが違います。近い将来、コンピュータが人間を超えるかもしれないと思いました。その後、積極的に囲碁AIの大会に顔を出すようになり、だんだん執筆などの仕事をいただくようになりました。

そうした中で最も衝撃を受けたのは、山口さんと同じくAlphaGoの論文を読んだときです。ファン・フイさんがAlphaGoに負けた棋譜を見て「ついにきたか」と、その日は寝られませんでした。

鈴木:どこに衝撃を受けたのですか。

大橋:最初のAlphaGoには悪い手も多かった。しかしその悪手をよく見ると、AlphaGoが強さの底を見せてないと思えたのです。現在の囲碁AIが示す確率に例えると、勝率60%から52%まで落ちるような悪い手は打っても、52%から45%まで落ちる悪い手はほとんどない。勝つことに関して鋭いセンサーがあることが棋譜から見て取れました。人間に例えるのは変かもしれませんが、才能にあふれる天才少年のようなイメージを持ちました。

中国のAI投資への迫力を実感。日本は大丈夫か

鈴木:GLOBIS-AQZプロジェクトに関わるようになったきっかけは。

大橋:2018年9月に、グロービス代表の堀(義人)さんから「山口さんをご存じですか。ぜひ紹介してください」というメッセージをもらったのがきっかけです。当時、私の中にも囲碁AIに対して問題意識があり、堀さんの一言で火がついたのです。

2017年5月に世界トップ棋士の柯潔さんとの勝負に、AlphaGoが勝利して人間との対局から引退しました。Alpha Go引退後、囲碁AIの国際大会で優勝を重ねているのが、中国のテンセントが開発する「絶芸(Fine Art)」です。中国の棋士はもともと強いのですが、それに加え、絶芸という強力な武器を持っていて、勢いがすさまじい。

中国は囲碁AIが、AIの研究開発のシンボルになっているところがあり、最強と言われる絶芸を目指して各社が競い合っています。「深客科技」という企業が開発している「Golaxy」など独自の技術を持っているチームもあり、全体の層が厚い。中国の囲碁AIの大会へ行くと、その規模や雰囲気に圧倒される場面がたびたびありました。囲碁界としてももちろんですが、AI開発の視点から見ても「日本は大丈夫か? 囲碁×AIでもっと日本を盛り上げられないか」という思いが強くなっていきました。

ちょうどその時に、堀さんからメッセージをもらったのです。堀さん自らテンセントに足を運んで視察をして、追いつくことは不可能ではないとは感じたのでしょう。「日本で優秀な人たちを集めて、強い囲碁AIを開発しよう」と言ってくれました。

今年で6年目となる20歳未満の棋士が出場する囲碁世界戦「グロービス杯世界囲碁U-20」を主催していただくなど共感できるところが多く、すぐに山口さんに連絡しました。

鈴木:山口さんはGLOBIS-AQZプロジェクトへの参画前に、個人で「AQ」という囲碁AIを開発し、さまざまな大会に参加されていましたよね。

山口:2018年8月に研究所を辞め、同じ月に第2回世界電脳囲碁オープン戦で準優勝しました。大橋さん経由で堀さんに会って、その場で「ぜひやりましょう」と言われました。「囲碁AIだけで何かやろう」と思っていなかったのですが、強力に連携できれば、いろいろなマシンを使って大規模にやれるチャンスがあるかなと魅力に感じました。

囲碁AIは超人的な戦いに突入

鈴木:ここ1、2年で、囲碁AI界隈に何か変化はありますか。

山口:囲碁AIはどんどん強くなっているという実感はあります。GLOBIS-AQZもそうですし、絶芸、Golaxyも年を経るごとに強くなっています。

ただ、強くなりすぎて、「どのくらい強いのか」を測るのが難しいレベルになりつつあります。「このAIの棋譜と、1カ月後のAIの棋譜を見て、どちらがどれくらい強いか」は、もはや人間には判断ができないレベルです。ここ数年は、超人的な戦いに突入している中でどう一歩抜きん出るかというせめぎ合いだった気がします。

鈴木:囲碁AIを強くするときに何が効いてくるのですか。

山口:身もふたもない言い方をしてしまうと、電気代です。コンピュータをたくさん動かした人間が勝つことに結局はなってしまう。とにかく学習を多くしたチームがより強くなる。人間もコンピュータも、努力したほうが勝つというところがあって、コンピュータの場合、それが電気代で引き上げられる部分が大きいと言えます。

鈴木:人間もコンピュータも同じなのですね。(後編へつづく

(文=荻島央江)

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