「ソフトウェアが世界を飲み込む(Software is eating the world)」(出典:THE WALLSTREET JOURNAL)とM・アンドリーセン氏が述べたのは2011年。これまでテック企業(本稿ではAI、ビッグデータ、ロケーションデータ、ロボット、各種センサー、XRなどを活用し、付加価値を創出する企業と定義する)ではなかった企業も、次々とテック化していくなかで、我々は、現場で発揮すべきリーダーシップが変化しつつあると仮説を立てた。そして、テック企業のリーダーへのインタビューを通じて、どういうリーダーシップが必要なのかを検討した。この結果を、全6回にわたりお伝えする。 第1回は、そもそもなぜ企業はテック化していかなければならないのかを考えたい。
デジタルテクノロジーが持つ力とは
企業がテック化に取り組む理由は、既存事業の改善から新規事業までさまざまである。しかし、その理由のいかんに関わらず、デジタルテクノロジーを多くの企業が活用するのは、テクノロジー自体がもつ力があまりにも大きいためだ。以下に、デジタルテクノロジーだからこそできることを挙げる。
(1)データ化できる
1つ目は、データ化できること。例えば、モバイル決済が進めばすべての購買はデータ化できる。IoTが進めば、さまざまなモノからセンサーを通して、利用者の行動がデータ化できる。こうしてデジタルが生活の至る所に浸透し、すべての行動がデータ化できるようになる。藤井保文氏の著書『アフターデジタル』では、今後の未来を、オフラインがなくなり、デジタルの世界に住む状態になると述べており、現にデジタル先進地、中国の深センがそうなりつつある。
(2)個別化できる
データが蓄積されると、個人に最適化したサービスが可能となる。例えばAmazonは、IDによってそれぞれのユーザーの利用履歴を管理しており、ユーザーが過去何を購入したかを蓄積している。そして、ユーザーの購買傾向や過去にその商品を買った別の人の傾向等から、ユーザーに適した別の商品をお勧めしてくれる。このように高頻度にあらゆる行動のデータが取れるようになると、ユーザーが望むタイミングを予測でき、最適な商品を、そのユーザーの特性に適した方法でサービス提供が可能となる。
(3)自動化できる
また、蓄積されたデータがある一定の量になれば、人工知能にデータ分析と解析をさせて、人工知能が最適な案を出せるようにシステムを構築することもできる。人間がこれまでやっていた膨大な時間を費やしての作業が短縮化されるか、あるいはなくすことができる。
(4)アップデートが可能
ソフトウェアは、随時更新を可能としている。例えばiPhoneもアップデートの通知が来て、端末を買い換えることなくバージョンアップすることができる。今までのソフトウェアではない製品は、毎回バージョンアップが行われるたびに買い換えなければならなかったが、ソフトウェアはインターネットにさえ繋がっていれば更新できる。そのため、企業は今までより低コストに最新状態をユーザーに届けることができる。
(5)拡張性がある
インターネットを通じて、多くの人へどこにいても瞬時に価値を届けることができる。例えばakippaは、駐車場を提供したい人が、提供する駐車場の情報をプラットフォームに載せることで、利用したいと思う人が誰でも、どこにいても、その駐車場の予約を取ることができる。また、Airbnbは、同様のシステムで、世界中の宿をどこからでも予約することを可能にした。
以上5つの事例を見てみても、デジタルテクノロジーがもたらす効果はあまりにも大きい。その1つの結果として、デジタルディスラプター(デジタルによる破壊者)と呼ぶ、既存産業を破壊する企業が出始めている。一例がアマゾン・エフェクト。Amazonが米国内の百貨店やショッピングモールを閉鎖に追い込んだ。そして、これはGAFAだけではない。スマートフォンやクラウドが普及した今、スタートアップ企業が次々とディスラプションを仕掛けてきている。
外部環境の変化により、企業はどう変化すべきか
では次に、テクノロジーから少し離れ、企業を取り巻く外部環境を整理したい。この10〜20年、何が変わったのか。そして、その変化に対して、企業はどうすべきなのか。代表的な3つの環境変化をまとめた。
(1)消費者の変化
日本を始めとした先進国は、市場の成熟化が進み、消費者は簡単にモノを買わなくなった。欲しいものはほとんど手に入れ、むしろ断捨離、シンプルライフを大切にする人もいる。
例えば、若者の自動車離れは、そもそも若者に車に対する所有欲がなくなったことが根本にある。交通手段は他にあり、車を持つことがステータスとも感じない。そのようななかで、自動車メーカーが、車のスペックをいかにあげようが購買には繋がらない。
こうした変化を捉え、消費変化のことを、「モノ消費からコト消費へ」と呼ぶこともある。今までのモノ消費は、所有欲で、商品やサービスそのものの機能に価値を見出してきた。モノは満ち溢れ、コト消費へと変化。コト消費では、商品やサービスの購入によって得られる「経験」を重視し、時間、経験、思い出などに価値を見出す。
例えば、蔦屋書店は、本を売るだけではなく、カフェと一緒になり、トラベルカウンターやペンの名入れなどもでき、さまざまな体験ができる空間を提供するようになった。
この消費者の変化により、単に製品自体の機能を考えるだけでなく、ユーザーが真に解決したいことや消費前後の体験をデザインすることが重要になってきた。
(2)情報の変化
次に情報の変化。インターネットの普及により情報量が増加し、スマホによりいつでも情報を取得することが可能となった。情報源は、テレビや新聞などのマスメディアから、SNSや比較サイトに変化し、企業と消費者間での情報の非対称性が解消された。
消費者は、企業側の情報よりも、実際に使用した消費者側の情報を知りたがり、企業情報への接触意欲は減退している。
企業側から見ると、消費者とのコミュニケーションがより困難になってきていると言える。さまざまなSNSやメディアサイトが生まれ、伝える手段は増えたにも関わらず、企業の情報は消費者には届きにくく、響きにくいのである。
しかし、本当にユーザーに響くものは、浸透スピードは速い。例えば、iPadは5000万人ユーザーを獲得するまでに4年もかかったが、ポケモンGOはたった19日で獲得している。企業はユーザーが友人に勧めたくなるような良いプロダクトを作らなければ、情報を届けることは難しい状況になったのだ。
(3)競争環境の変化
3つ目は、競争環境の変化。競合との競争環境は年々激化してきた。その理由の一例を挙げると以下である。
・セグメントのニーズに適合する製品を改良し続け、市場の細分化が進んだ。
・インターネットにより、メーカー、卸、小売の関係から消費者に対して商品を直接的に販売する仕組み”D2C”を可能にした。
・モジュール化によりコモディティ化が進みやすくなった。
・情報の変化により、容易に似た商品を比較できるようになった。
・グローバル化が進み国内企業だけの競争ではなくなった。創業時から海外進出を狙うボーングローバル企業も台頭。
上記以外にも競争が激化した理由はたくさんあるだろう。プロダクトライフサイクルが短くなり、企業の競争環境は明らかに激化している。
企業はどうあるべきか
上記の3つの変化をまとめると、これまで消費者は使い勝手が悪くても、企業が一度モノを作ればそれでユーザーがついてきた時代だったと言える。しかし環境変化により、すぐに似た商品が出て、様々な情報もすぐに手に入るため、消費者は簡単に乗り換えることができるようになった。結果、企業は常にユーザー視点で付加価値の高いプロダクトへと改善し続けなければユーザーは継続利用してくれなくなってしまった。
この環境変化に対応するために、ユーザー心理やニーズを素早く把握し、自社商品・サービスを常にニーズに基づいたものへと進化させる必要がある。そのため、企業は今まで以上に“顧客中心主義(カスタマーセントリック)”であるべきだと考える。そして、顧客中心主義を実現する1つの手段として、テクノロジーは活用できる。ユーザーをユーザー以上に理解し、素早く自社プロダクトで問題解決できるように改善し続ける、そのような顧客中心主義が求められるようになるだろう。
まとめ
テック化は、テクノロジーを使った自社プロダクトを開発するといった新規事業を起こすことだけではない。今の既存サービスを改善させるためにも、テクノロジーは活用できる。これを広い意味でのテック化と捉えれば、間違いなくどの企業もテック化しなければならないだろう。
テクノロジー自体がもたらす効果や、デジタルディスラプターも脅威だが、外部環境の変化から顧客中心主義が求められ、それを実現するためにもテクノロジーが必要であり、あらゆる企業はテック化しなくてはならないと考えている。
第2回からは、リーダーに焦点を当てていきたい。
(調査協力)松浦 卓哉/石井 紀穂