ディープテック強国になるために必要なのは、大企業エンジニアのスピンアウトだ

最近、ベンチャー投資界隈で話題の「ディープテック」という言葉をご存知だろうか。ディープテックとはAIやロボット、半導体、宇宙、ライフサイエンスなど最先端の研究領域を指す。そして日本でその中心にいるのが、グロービス経営大学院の卒業生でもあり、投資家としてディープテック領域を牽引している中島徹氏だ。どうすれば日本はディープテックを強みにしていけるのか、話を伺った。(全2回)

エンジニアから投資家へ

田久保:まず、なぜ投資家になったのか教えていただけますか。

中島:もともと、東芝の中央研究部門である研究開発センターで、研究者として無線LANの国際標準規格の標準化に取り組んでいました。シリコンバレーの半導体スタートアップや欧米アジアの大手企業と戦っていて、世界最先端の技術をやっていた自負はありました。東芝の特許を主要技術の一部に入れ込むことに成功し、今でも僕の特許で東芝から特許料をもらっているんですよ。一方で、半導体チップもつくったけど販売されず、ビジネス面ではボロ負け、それが悔しくて、経営の勉強をしようとグロービスに通い始めました。

卒業間近に受講したクラスで“吾人の任務(自らの使命)”を書く課題が出たとき、僕は「日本のエンジニアを幸せにしたい」と書きました。グローバルで働くエンジニアは、スタートアップでも大企業でも標準化で自分の特許が入るとかなりのボーナスがもらえ、ヨットを買ったりしている。一方、僕らはいくら貢献しても数万~十数万円ボーナスが増える程度。貢献に対する相応な対価で優秀なエンジニアを幸せにしたいと思ったんです。

また、グロービスの授業を通じて、標準化で戦っていたシリコンバレーのスタートアップに投資をして育てる「ベンチャーキャピタル」という仕事を知り、投資家として多くのインパクトを出していくことをおぼろげながら考えていました。

卒業後は、東芝内で非常に引き上げて頂き、研究開発センターの副所長の右腕をやらせてもらいました。それはそれで面白かったのですが、ちょうど産業革新機構ができて、ここなら自らの使命を実現できると思い、2009年に産業革新機構に参画しました。

田久保:産業革新機構では、いわゆるディープテック領域を担当されていたんですか。

中島:東芝の研究者としての技術的なバックグラウンドや、半導体を実際に作っていたと言う知見、事業会社での事業経験、そして「ボロ負けを何とかしたい」と言う想いを評価されて採用されていたので、ディープテック領域が主な担当でした。また、産業革新機構は、投資規模も非常に大きくかつ投資期間が15年と長いので、当然ながらディープテックみたいな分野になります。僕も一度に10~15億円くらい投資する案件が比較的多かったです。

日本のディープテックの現状

田久保:これから先、日本はディープテックの分野を強みにしていけると思いますか。

中島:もちろんですが、少し工夫をしなければならないと考えています。最近、大学発スタートアップがもてはやされていますよね。それはそれで良いことなのですが、日本の研究開発でいうと、金額的に6~7割は企業の研究所が使っているんですよ。企業と大学では、研究開発のスピード感も違いますし、最終製品化・量産・品質管理や販売マーケティングといった、ディープテックを研究から事業にしていく部分は、人材もノウハウも圧倒的に企業の内部にあります。

一方で、企業の中にはスタートアップの起業家の様な強いビジョンを持った人材が少ない。

つまり、特に大企業にいる経験豊富なエンジニアがスピンアウトして、大学や起業家などの様々な人材と混ざらないと、僕はディープテックのスタートアップの成功例がたくさん出てくるような文化にはならないと思っています。だから、新たに作ったベンチャーキャピタルと並行してスタートアップスタジオ(後述)をつくったんです。スタートアップスタジオの様なコミュニティがないファンドだけの状態なら、僕らは国内のディープテックへの投資は難しいと感じています。

田久保:投資先がないってことですよね。

中島:産業革新機構では日本とシリコンバレーの双方で投資していましたし、2016年から参画しているMistletoeでは日米欧アジアとグローバルに15カ国で投資していて、それをCIO(Chief Investment Officer)として見ていました。日本、シリコンバレー、ヨーロッパ、アジアを比較すると、やはり日本のディープテックの案件は特に人材面で貧弱に見えるんです。

田久保:日本と海外のエンジニアを比べたときに、エンジニアそのもののレベル感はどうなのでしょうか。

中島:分野によりますが、レベルが高い技術分野はかなりあります。ソフトウェアは残念ながら負けていると思います。でもハードウェアをつくるとか、細かいものをつくる分野とか、継続的な改善をしていかなければならない技術分野とか、素材やバイオサイエンスとか、そういうところは非常にレベルが高いエンジニアが多くいます。

例えば、ハードウェアの投資先で、量産するときにちょっとずれるといった量産誤差がよく発生します。海外の投資先で海外のエンジニアで海外の工場だとなかなか解決できない場合が多いですが、日本人が量産対応をするとあっという間に解決する。大学では量産はしないので、そういったノウハウの蓄積はありませんよね。

他にも販売、マーケティング、オペレーション管理、品質管理など、ビジネスを回していくには、企業で事業経験を積んだ人材に蓄積している多くの知識やノウハウが必要です。だからこそ企業にいる事業経験豊富な人材がスタートアップに来れば、状況が大きく変わると思います。

田久保:アメリカでは大企業のエンジニアがスピンアウトすることはよくありますか。

中島:普通にあります。実はシリコンバレーでも、ディープテック関連のスタートアップは若者が少なくて、30~40代のいわゆる中堅の人が多い。その業界の問題点をよく分かっていて、経験もネットワークもある人がやったら、当たり前ですが成功確率が高いですよね。

田久保:実際のところ、国内でディープテックはどれくらい注目されているのでしょう。

中島:ディープテックが注目されるようになったのは、僕らが2018年にHello Tomorrow(パリに本部を置くディープテック研究者や投資家をつなぐコミュニティ)の日本版を立ち上げてイベントをやり、そして僕がハーバードビジネスレビューの連載記事を書いたりしたからだと思います。

特に日本は、幸いなことに、産業革新機構も含めてお金がかなりベンチャーキャピタルにある。4~5年くらい前から、10億規模のファイナンスをする会社が増えましたよね。それくらいの金額があればディープテックができるので、そこが変わってきたところかなと思います。人材面でいうと、大企業を辞めてスタートアップへ行く人材は増えてはいますが、まだ多くはないですよね。

スタートアップスタジオの役割

田久保:中島さんが始めたスタートアップスタジオは、最近はやっているアクセラレータープログラムとはどう違うのでしょう。

中島:これまでにない、全く新しい形態だと考えています。企業にスタジオの会員になっていただき、その従業員に出向又は研修という形で事業を作る中心メンバーとして来てもらいます。異業種の複数の企業のメンバーやシリアルアントレプレナーなどが1つのチームになって起業するプログラムで、実際に会社をつくり、コンバーティブル・ノート(借入として資金調達し、株式の発行が行われた際に優先株式に転換する手法)で出資を受けます。

その資金でプロトタイプ開発やビジネスプランの立案を行い、日本やシリコンバレーのみならず欧州やアジアなどの投資家からの資金調達にチャレンジしていく。グローバルに投資をしている我々のネットワークを活用して、異業種の企業メンバーを混ぜたチームがグローバルに通用するスタートアップを作るチャレンジしていく形を取ります。

ちなみに、出向メンバーにもちゃんと株を持ってもらいます。Exitするときに貢献した人が、貢献に応じたリターンをちゃんと得てほしいので。

田久保:派遣元の会社は、優秀な人材をスタジオに送るとそのまま出て行ってしまうのでは、と危惧しませんか。

中島:最初はそういう心配をされる会社もあります。しかし我々の仕組みでは、派遣元の会社のメリットとして、育って来た事業を一定の条件を付けて社内の新規事業として取り込むことができます。また、派遣元の企業が新たなスタートアップの株式を一定数保有するスキームのため、優秀な人材が辞めるくらいなら一旦出向させて、新しくできる会社のシェアをある程度持とうと考える企業もいます。

多くの会社は、R&Dの中でくすぶっている「白黒つけるの?どうするの?」という案件があります。ある会社は、売り上げが100億規模じゃないと新規事業としては認められないそうです。スタートアップなら初年度の売り上げが10億もあれば素晴らしいですよね。企業もそれをもったいないと思っていて、だったらスピンアウトさせた方がよいよねと言った形で、企業内部に埋もれた宝を一緒に発掘していきたいと言う企業様が多いです。

田久保:中島さんの役割は、アドバイザーのようなものでしょうか。

中島:一番の特徴かもしれませんが、ただ第三者的にアドバイスやメンタリングをするのではなく、スタジオの経験豊富なメンバーが実際にチームの一員として入り込んで事業立ち上げを行います。

僕を含め、スタジオのメンバーは経験豊富なシリアルアントレプレナーです。僕の様に10年以上グローバルでベンチャー投資をしているファンドのメンバーが数名いるし、毎年グッドデザイン賞を取っているデザイン事務所を運営しているデザイナーもいれば、メーカーで事業企画をずっとやっていた人もいます。90年代からずっとシリコンバレーでベンチャー投資をやっているベテラン投資家や、スタートアップを企業に売却したメンバーもいます。

そのうちの誰かが、半分プロジェクトメンバーに近いような形で入ることを考えています。アドバイザーやコンサルをやるつもりはありません。僕らがプレイヤーとして、それぞれのプロジェクトにくっつきます。

田久保:大企業のひも付き状態だと、手綱をどこが持つか、引っ張り合いになりませんか。

中島:大企業側の思惑や意思決定は排除します。それぞれのプロジェクトには取締役会をつくりますが、ボードメンバーに出向元企業の管理職などの方は入りません。もちろん折に触れて報告はしますが。ある企業から「この工場のラインを使え」と言われたとしても、最善な選択なら受けますが、他の工場の方がいいよねという話だったら受けません。

田久保:日本のディープテックを支えるミドルレンジのエンジニアを刺激して、リアルに動いてもらうための仕組みを作ったということですね。

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