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「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」では働き方が真逆になる!真なる「働き方改革」を議論する〜青井浩×小室淑恵×田中邦裕×山田メユミ×西澤亮一

投稿日:2019/09/18更新日:2019/09/25

本記事は、G1ベンチャー2019「働き方改革で攻める!〜世界で勝つための働き方改革とは〜」の内容を書き起こしたものです(前編)

西澤亮一氏(以下、敬称略):今回は、まず会場の方に「こんな話を聞きたい」「こんなことで困っている」といったお話を伺ったうえで壇上に戻したいと思います。

会場参加者1:働き方改革というと、今は残業削減という分母側の話が多く、分子側の「生産性を高める」「付加価値を創出する」という話になかなかなっていないように感じます。また、ベンチャーは事業ステージによって一気に頑張らなければいけないときもあるので、残業削減のような分母側の話もステージで分けて議論する必要があるかなと感じていました。その辺についてはどうお考えでしょうか。

会場参加者2:働き方改革というと、リモートワークや残業時間削減といった文脈で語られることが多いと思いますが、AIをはじめとしたテクノロジーの導入という側面がどのようになっているかを伺いたいと思います。

西澤:ありがとうございます。では、今いただいた質問を交えつつ、壇上の皆さまに自社の働き方改革について伺いたいと思います。では、まずは青井さんから。

「いつから育休取るの?」と上司が聞くことで、育休取得率100%に

青井浩氏(以下、敬称略):私としては、まず社会全体で男性社員の育児休暇取得があまり進んでいない点が最近少し気になっていました。私は内閣府の男女共同参画会議というところで委員をさせていただいていて、先日その話になったんですが、聞いてみると取得率は7%ぐらい。これ、当社は2年前から100%です。でも、それほど難しいことをやっているわけではなくて、働き方改革、あるいは多様性の確保や女性の活躍に取り組みたいという社員が手を挙げて集まったプロジェクトの活動成果なんですね。

そこで、どうすれば育休取得を進めることができるかを話し合った結果、「こうやってみたら」ということではじめたことがあります。たとえば、男性の部下から上司に「子どもが生まれました」という話があったとき、従来は「おめでとう」で終わっていました。でも今は「おめでとう」のあとに必ず「で、いつから育休取るの?」と聞くようにしたんです。すると、その年から100%取得してもらえるようになりました。そんなこともあったので、今は上からやらせるのではなく、当事者同士が考えて「こうしたらどう?」という風にやっていくほうがいいんじゃないかな、と考えるようになっています。

西澤:G1ベンチャーに集まっている企業のなかでは、丸井さんは比較的歴史のある会社だと思いますが、そういう会社ほど長時間働かないといけないような価値観を持つ方が多いのかなと思っていました。その辺を変えていくうえで何か苦労したことはありますか?

青井:当社は今年88年目で、たしかに無駄な残業はたくさんありました。私が若かった頃は、上司がいつまでも会社にいるから部下が帰りにくくて残っていたり、決裁権を持つ上司が延々と会議をやっているから会議終了まで待っていたり、あまり意味のない残業も多かった。そういうことを僕は若い頃に見ていて理不尽だし意味がないなと感じていたので、自分が上になったらそれを変えたいとは思っていました。ただ、他社のお話をいろいろ伺ってみても、昭和の時代から積もり積もってきた残業文化みたいなものが、粘土層のようになってなかなか取り除きにくくなっている会社は多いのかなと。一方、そうしたお話と「今後成長していくベンチャーにおける長時間労働」というのは少し種類が違うようにも思うので、今日はその辺を分けてお話ができたらと思います。

西澤:ありがとうございます。では、次は田中さん。

働き方改革を進める鍵は「社長がしっかり休むこと」

田中邦裕氏(以下、敬称略):当社というか、私自身は「働き方改革」という言葉があまり好きではないんですね。どちらかといえばリスクのように捉えられがちですが、働き方改革の本質というのは、楽しく働けるようになったり、プライベートが充実したり、他の会社の人や仕事と出会えたりする結果として、個人も会社も生産性が高まるということだと思っています。ギャップアプローチとポジティブアプローチで言えば、前者は問題解決型。でも、「今の働き方に問題がある」と言うと、せっかく残業して頑張ってきたのにそれを否定することになってしまうように感じるので。そうではなくて、「新しい働き方をしよう」と。

私自身は23年前に創業したのち、しばらくは残業大好きっ子でした(会場笑)。「3~4日の徹夜は当り前」と。1番悪い創業社長のあり方だったんですが、創業してから10年ほど経って社員たちが結婚したり子どもを産んだりしていくなか、「この働き方、やっぱりおかしいな」と。それで2年ほど前に私自身が1ヶ月休んでみて、帰ってきたら社長がいなくても回ることが分かってショックを受けたというのが、ある意味では原体験で(会場笑)。自分がいなくても大丈夫という気持ちを、たぶん社員は持っているんだろうという思いがあります。

ですから、さくらインターネットにおける働き方改革のベースは強制しないこと。「早く帰れ」とも「有給・育休を取れ」とも言いません。で、そういうことをまったく言わない会社としてはいいほうなのかなと思うのが、残業は月平均6時間前後に減って、育休取得は男性40%、女性100%になっている点です。有給取得率もおよそ8割になりました。ということで、1つの鍵は社長がしっかり休むことだと思います。トップがそれをすると皆が真似をしますし、何より社長がやっていたらマネージャーや役員も言い訳できませんから。制度も重要ですが、トップが率先して風土を変えていくことが我々の働き方改革なのかなと思います。

西澤:ベンチャー界隈では、「そういう話が表に出たりすると気骨のない人や本質をきちんと理解していない人が入社してくるのでは?」といったことをおっしゃる社長さんも多いと感じます。最近はさくらインターネットさんの働き方改革を紹介するような記事もよく目にしますが、その辺について入社してくる方々に何か伝えていることはありますか?

田中:最近、応募者が増えて倍率もすごく高くなってきたのは悩みの1つです。ただ、来てくれないよりは来てくれたほうがいいというのも忘れてはいけなくて、「うちは残業時間が長い。そういうのが大丈夫な人だけ来てくれ」と言えば、今はもうまったく来ない時代なんですよね(会場笑)。最初から「自分たちの働き方はこうだ」という風にブラック企業感を出すと、そもそも入ってこなくなる。なので、本質的にホワイト企業となったうえで、来た人のなかできちんとフィルタリングをすることが大事になると思います。その点、我々は『「やりたいこと」を「できる」に変える』という重要な企業理念があるので、やりたいことが明確にあって、それを絶対に乗り越えようという精神性を持っている人以外は雇いません。そう考えると、「働く時間は短いのがいい」と「だらけたい」はイコールではないと思いますから、「短く働きたい。でも自分が本当にやりたいことを成し遂げたい」という人を選んでいます。来ない理由と来る理由は切り分けて採用している状態ですね。

西澤:ありがとうございます。では、続いて山田さん。

もう迷っていても仕方がないから1回やってみよう

山田メユミ氏(以下、敬称略):正直、いろいろな意味で今は過渡期にあるなという悩みがあります。アイスタイルは今年で創業20期になりましたが、ゼロからスタートしたときは真っ黒だったわけですよね(笑)。オフィスに寝袋を置いたりしていて、それが普通だと思っていました。でも、会社として少しずつ成長して、上場というタイミングを経て新しいメンバーも増えました。それで今は社員も1500人に達するかという規模になりましたが、7割は女性ですし、40%ぐらいはこの1年で入った方なんですよね。そういう意味では昔を語っても意味がないし、いかにして今の組織に合ったカルチャーをつくっていくかという課題に直面しているタイミングだと思っています。

それで去年は、それまで外資系でずっとやっていらした方にHRのヘッドとして入ってもらっていて、以降は「もう迷っていても仕方がないから1回やってみよう」と振り切っている状態です。それで、昨年の暮れには丸井さんと同じように社員を巻き込んだプロジェクトということで働き方改革のタスクフォースも立ち上げました。そのうえで、社内で「アイセレクト」と呼んでいる制度のなかで、ハンズアップで新しいチャレンジができるとか、若いメンバーが上のステージにジョブチャレンジできるとか、そういったことを明文化しました。また、男性育休も形のうえでは「取ってね」ということを会社として掲げたので、以降は取得率も100%になっています。そんな風にして思い切りやっていく部分と、「とはいえ時間管理をどうするか」という部分の両方が今はありますね。たとえば、自宅にPCがない新入社員の若い子が「会社に来てリサーチや勉強をしたい」と考えても、それだと勤怠管理をしないといけないから出社扱いになってしまう、と。では、そういった狭間の部分をどうするのか。まだ解はないんですが、そういうチャレンジをしています。

西澤:実際、その辺は今どうしているんですか?

山田:今は例としてデバイスのお話を出しましたが、本当はどこからでも仕事ができる世の中になっているし、グローバルなチームになれば拠点の概念もなくなると思うんですね。ですから今は全社員に在宅ワークを解禁していて、場合によっては推奨もしています。ただ、実際の運用はなかなか難しい。個人的に一番難しいと感じるのは、たとえば私自身にも小さい子どもがいて、自分のワークタイムは子どもを寝かしつけてからということで夜10時頃から朝5時頃までになったりする。そうすると深夜だから他の従業員の方々に同じ時間帯で働いてもらうようには言えないわけですね。あるいは、同じような環境のママさんがいたとして、「もっとコミットしたいけど、どうしても子どもが起きている時間は働けないから深夜にやりたい」と言っても、会社としてYESと言えないところがあります。そういう部分では、今はまだ何かしているというよりは悩みを抱えている状態です。

西澤:ありがとうございます。では小室さん。「働き方改革とはなんぞや」といった視点も交えてお話しいただけたらと思います。

「人口ボーナス期」と「人口オーナス期」では働き方が真逆になる

小室淑恵氏(以下、敬称略):丸井さんとさくらインターネットさんがすごいと思うのは、丸井さんの平均残業時間は月間4時間で1日12分、さくらインターネットさんは同6時間で1日18分。これで現在の成長を続けている点です。先ほど分母と分子のお話がありましたけれども、2社は分母(かける時間)を下げるだけでなく分子(売上)を上げるというところにも働き方改革をつなげているわけですね。そういうことを目指したいと思うのですが、まず私から解説しておきたいのは、日本が今どうして働き方改革をしないと勝てない状況に陥っているのかという点です。それをご説明するうえで1番分かりやすいのが「人口ボーナス期」「人口オーナス期」の概念だと思っています。

日本は1960年代半ばから90年代半ばまで、若者が大勢で高齢者が少数という、いわゆる人口ボーナス期にありました。中国、韓国、シンガポール、あるいはタイがちょうど今その状態ですが、そうした人口ボーナス期における勝ち方の特徴は、男性ばかりで長時間労働をして同質性の高い組織をつくること。そのうえで国民に商品・サービスを早く安く大量に提供する。残業してでも同業他社より早く納品するというやり方で勝ちます。時間の単価が安いので残業のコストが利益を上回ってしまうこともありません。

この時期は、基本的には時間がそのまま成果に直結するということと、同じものを大量に生み出すので、できるだけ同質性の高い組織がいいという特徴があります。この時期、日本は働き方の門前払いをしてふるいにかけ、「24時間型男性」だけを残すことで、全員が同じ方向で頑張ることができるようにしていきました。家には専業主婦がいるので、そちらに家事育児をアウトソーシングしつつ、仕事1本で走ることのできるモデルで急成長してきた。こうした人口ボーナス期は中国でもここ数年で終わってきていて、今後は日本と同じ道を辿るとされています。ただ、日本は近くに中国や韓国があるので、どうしても自分たちの過去の成功に引っ張られやすいというか、うらやましい存在が身近にいたことによって、長年、働き方を変えられなかったという面があるように思います。

一方、現在のような人口オーナス期は人口自体が少なく、しかも高齢者ばかりで若者はほんの少し。そのなかで若い世代のほとんどは育児か介護をしながら働くことになります。そうなると、男女等に関わらず効率良く人材を活用しながら、短時間で高い成果を挙げる必要があります。また、組織を多様性に満ちた状態として、それぞれ異なる考え方を持った人々に議論をさせ、過去には思いつかなかったような異次元の発想で商品・サービスをつくる必要がある。人件費が高過ぎる国では、去年より少し機能を追加して、少し高い金額のものを出しても利益は出ないということで、異次元のイノベーションを起こさなければいけないからこそ、組織の多様性が重要になってくるわけですね。そんな風に、ボーナス期とオーナス期では働き方が真逆になります。ですから、なぜ働き方改革をやるのか考えるうえで整理しておきたいのは、働き方の門前払いをなくし、多様な人を労働力に組み込んで、フラットにがんがん議論を行うなかでイノベーションを起こして勝つということ。そうして、まさに分子(売上)を増やすために行うという点を抑えておかなければいけないと思います。

「シビアな理由」で時間外労働ができない人もいる

それともう1つ。これは誤解されがちですが、「働き方を柔軟にしたい」「休みたい」という人たちは、「ちょっと休みたいな」という程度の呑気な話をしているのではないんですね。育児や介護との両立という問題のなか、その時間でしか働けない人をドロップアウトさせず、いかに経済の支え手側へ入れるか。それが小さくなれば少ない人数で多数を支えなければいけなくなるので、労働力はなるべく多いほうがいい。それなのに働き方で門前払いをすると、さらに少ない人数で大量の高齢者を支えることになるので、いかにその状態をなくしていくか。すごくシビアな理由で時間外労働ができない人もいるという点は抑えておかなくてはいけないと思います。多くの人は自分に時間制約がないということで、「柔軟な働き方」というのは単に休みたいだけなのかと感じてしまうこともあると思いますが、そうではない、と。もちろん休みたいという理由でどんどん休むのもいいんですけれども。

労働時間に蓋がついたことで、企業が「AI投資」を本気で考え始めた

今後は労基法で労働時間に「蓋」が加えられ、その時間内でいかに高い成果を挙げるかの競争になります。勝つためのルールが変わったことで、逆転の発想で成果を上げる必要が出てきました。

かつてのように「うちの部署には36協定に違反しているのが何人かいるんだよ」みたいなことを笑い話にすることはもうできなくて、違反があればすぐお縄になるわけですね。で、これが良かったのは、36協定が法律に格上げされたことによって、私から見るとこれで初めて、「AI導入を検討しよう」と本気で言う経営者が出てきたことです。一昔前まで日本のAI技術のレベルは他国より少し進んでいたように思うんですが、経営者は人力に頼ってきた。国民がすごく優秀であるがゆえに人力でなんでも解決できてしまっていて、経営者はそれに甘えてAI投資を進めなかったので、投資を受けられなかった日本のAI技術は伸び悩みました。ところが今回、労働時間に蓋がついたことで「もう人力ではムリだ」と。かなりの企業が本気でAIやRPA(Robotic Process Automation)への投資を考えるようになりました。今年のHR EXPOもAIとRPAだらけでした。本当ならば、もう何年も前にやっていても良かったんじゃないかと思うんですが(笑)、とにかくそういう変化が今は見えています。

ある生命保険会社はAIに投資をして、最も難しいとされる保険の支払いに関する受け答えの部分をすべてAI化しました。それで労働時間を一気に何千時間分も削減して生産性を高めた。

逆転の発想で業績を上げている働き方改革事例をいくつかご紹介しておきたいのですが、UQコミュニケーションズさん。今は格安スマホで有名ですが、もともとは基地局を建てるような会社で働き方がすごく古かったんですね。だから、同社が格安スマホの領域に打って出ようとしたときは従業員全員が「これで残業倍増だ」と、一度は悲嘆に暮れたそうです。でも、その年に働き方改革を同時に行ったら、既存の基地局ビジネスに割いていた労働時間を劇的に減らすことができ、そこで浮いた時間を新規事業の格安スマホに半分ぐらい投入することができた。そうして労働時間を減らしながら新規事業でも成功したということで、かなり上手にビジネスを転換した事例だと思います。

あるいはジャパネットたかたさん。現在の2代目社長になってから売上は125%に増え、残業は激減しています。その過程でやったことの1つは、およそ8000あった商品点数を600にまで絞ったこと。それで大きな効果が出たわけですが、かつての働き方では時間的にも制約がなかったので取扱商品がどんどん増えていたんですね。そこで、新しい経営者が逆説的に商品を絞るという斬新な発想で取り組んだ事例です。ビジネスではむしろ制約をつくることによってイノベーションが産まれます。 後編に続く>>

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