本記事は、G1ベンチャー2019「日本企業が世界で勝つための戦略」の内容を書き起こしたものです。
冨山和彦氏(以下、敬称略):お題は「日本企業が世界で勝つための戦略」となっていますが、今日はどちらかというと若い会社の話をします。今、カリフォルニアのペブルビーチで全米オープンゴルフが開催中ですよね。僕は堀さんとほぼ同時期にアメリカのビジネススクール、西海岸のスタンフォードに行っていたんですが、僕がそこを卒業した1992年のちょうど今頃もペブルビーチで全米オープンが開催中でした。だから時間的なベンチマークとして、すごくいい時期に開催してくれているのですが、これが約30年前の話です。
アメリカの学生にとってGoogle、Appleは「古い大企業」
そこから30年間で、アメリカにおけるベンチャーコミュニティのサイクルはだいたい2回転から3回転しました。先日、スタンフォードで就職を担当しているディレクターと話をする機会があって、彼に「最近の卒業生はどんなところに就職しているの?」と聞くと、ファーストチョイスはスタートアップ。で、セカンドチョイスはVCやコンサルティングファーム。サードチョイスはLarge Corporationというんです。だから「Large Corporationってどこ?」と聞くとGoogleとAppleだと。彼らにとってGoogleとAppleは古い大企業なんです。日本で言えば経団連の会社。
問題はこれなんです。最近、経団連会長の中西宏明さんと一緒に『社長の条件』(文藝春秋)という本を書きました。そこでも「日本の大企業、ボーっとしてんじゃねーよ」と、今さらながら経団連会長と僕が書いています(笑)。「人のせいにしているんじゃない」って。「5重苦だ6重苦だ」「政策がけしからん」「法人税が高い」「解雇規制がどうこう」って、馬鹿じゃないのか、と。
この30年間、経済はどこが伸びたのか。日本の外側ですよ。30年前、日本のGDPは世界の15%でした。今は6%。成長したのは世界なんです。GoogleもAppleも日本以外で伸びた。だとすれば、日本の法人税、関係ないでしょ。為替、関係ないでしょ。成長という脈絡で言えば、はっきり言って日本政府のやっていることだって関係ないですよ。でも日本の経済界はそれをずっと言い訳にして、批判し続けてきたんです。「俺のせいじゃないぞ」って。
ただ、僕自身も反省しなければいけないんですが、実はこれ、必ずしも大企業だけの話ではありません。ベンチャーコミュニティにもそういう面が少しありました。「VCがない」とかなんとか、制度的な議論をずっとしてきたところがある。でも、僕らと同世代で起業したスタンフォードの仲間から、「アメリカ政府がこれをやってくれない」とか「税制が云々」とか、そんな話を聞いたことはありません。彼らはそんなこと考えず、普通に純粋に単純に、「どのようなビジネスをしていくか」「どうやったら世界で勝てるのか」を考え、それに向けて合理的に行動してきただけです。
僕は最近、『両利きの経営』(著:チャールズ・A.オライリー 、マイケル・L.タッシュマン)という、スタンフォードとハーバードの看板教授2人で書いた本の日本版でも解説を書きました。で、同書で「古い会社と新しい会社の対決構図」というものが実例とともに解説されているんですが、その実例というのがブロックバスター対ネットフリックスなんです。日本的にはどちらもベンチャーですよね。だからグロービスも我々IGPI(経営共創基盤)も、アメリカではもう古い会社なんです。どちらかというと経団連側、みたいな。
日本経済の停滞って、根本的にはそこなんですよ。本当はこの30年間で2回転ぐらいしていないといけない。1990年当時にできたベンチャーの社長が経団連の会長か何かになってなきゃいけない。古い大きな会社になっているべきで、そうした高回転のサイクルをどんな風に生み出していくかが、おそらく今後はチャレンジになります。
北欧では「グローバル型ベンチャー」しか出てこない
その観点で「世界で勝つ」というテーマについて考えてみます。たとえばIGPIは最近、北欧でBaltCapという地域トップのVCファームと組んでNordicNinjaというVCファンドをつくり、あちらで投資をしています。これ、北欧では必然性のある話なんですが、彼らは自分たちの国が小さいので最初からグローバルマーケットを見ている。「まずは自分の国でなんとか」なんて考えません。逆に言えばグローバル型のベンチャーしか出てこない。北欧の小さい国でローカルベンチャーをやっていても、単なる中小企業で終わっちゃう。だからグローバルなビジネスモデルやビジネス領域を設定したうえでベンチャーを興します。そうでないとお金が集まらないし、バリューエーションがつかないので。
もう1つ例を挙げます。僕は東京大学における産学連携のベンチャー育成に、もう4半世紀、ライフワークの1つとして関わっています。これも自己反省を込めて言います。現在、東大発ベンチャーの時価総額はトータルで2兆円近くになりますが、残念ながらグローバルベンチャーとして本当に成功したのはペプチドリームぐらい。彼らのバリューエーションは現在およそ7000億円です。なぜ7000億円もつくのか。完全なグローバルビジネスモデルだからです。もともとグローバルなビジネスモデルを彼らは選んでいて、日本国内で治験を通して創薬するということをしていません。薬のベンチャーをやろうというとき、なぜこれほど小さな市場で治験を通すんですか。意味ないでしょ。そういうことを考えず、日本の治験制度について遅いだのけしからんだの言っても、悪いけど「馬鹿じゃないのか」と思うんですよね。メインの市場は日本じゃないんだから。もしペプチドリームが国内で創薬していたら、いまだに日本でうろうろしている筈です。「金がない」って言いながら。
そのビジネスモデル、なぜ最初に「日本」で立ち上げるのですか?
だから、皆さんにぜひ考えてもらいたいのは「自分たちのビジネスモデルは、そもそもローカルなのかグローバルなのか」ということ。たとえば、シェアリングのビジネスは本質的にローカル。どの国の市場を攻めるにしてもローカルビジネスになります。となると、「本当にグローバルを目指すなら最初に日本で立ち上げるのは正しいですか?」という問いにぶつかるんですよ。なぜ日本からはじめるんですか。
では、僕らのような、大半が日本人ではじめたコンサルティングサービスはどうか。コンサルティングサービスも本質的にはローカルです。だから日本人が日本でやるならアドバンテージがあるので比較的うまくいく。でも、日本人がアメリカでやることにアドバンテージはありません。逆に、マッキンゼーはなぜ日本でうまくいったのか。大前研一さんが出てきたから。日本人のスーパーマンが加わって初めて立ち上がった。VCにもそういう側面があります。だから僕らが北欧で組んだ相手は当地のスーパーベスト&ブライテストなVCでした。そういう風にやるか、そういう人間を雇うしかない。同様に、皆さんも自身がやっておられるビジネスについて、そうした観点でどんなネイチャーを持っていて、そのうえで、たとえばアメリカなりを攻めるのならどうするのかを考える必要があります。
ベンチャーは生態系の頂点を握る「マフィア」を目指そう
それともう1つ、考えてもらいたいことがあります。現時点で、日本のいわゆるベンチャー型のビジネスモデルで生態系の頂点を取ったところはまだありません。でも、ベンチャーの流れは昔からそうなんですが、「マフィア」の世界なんですね。どういうことか。たとえば僕らがアメリカに行っていた1990年代当時、シリコンバレーではIT系や半導体系が絶不調でした。一方で、当時ブイブイいっていたのはバイオだった。1970年代、アメリカでジェネンテックという会社が生まれました。ノーベル賞の技術を使って大学からスピンアウトした、今のバイオインダストリーの源流のような会社です。それまで、薬のビジネスモデルはメガファーマーが低分子化合物で開発した医薬品を治験に乗せるというものでしたが、ジェネンテックはそれを根本から覆し、高分子医薬品の世界をつくった。そういう連中が10人ほどいるんです。それで今に至っても、たとえばCRISPRのような技術領域を牛耳っているのは、その「ジェネンテックマフィア」。最初の「オリジナル10」みたいな人たちです。最近だと「PayPalマフィア」なんかもそうかな。
残念ながら、日本ベースでそういうマフィアの源流をつくることはできていません。今はメルカリが頑張っていますよね。では、メルカリは「メルカリマフィア」をつくることができるか。それができたら、彼らの脈絡からグローバルベンチャーが次々と出てくるようになる。生態系の頂点を握っているから。バイオベンチャーだとジェネンテックマフィアのVCや個人が金を入れたかどうかで、今でもバリュエーションが10倍違います。だから堀さんも我々もそういうマフィアのボスになるべく頑張らなければいけないということですね。日本国内では、ある種の神通力みたいなものが堀さんにも僕にもあるかもしれないけど、世界に行くとそれがまったく発揮できないので。
この先の10年、次にペブルビーチで全米オープンが開催されるまでにそれができるか。バカでかくなくてもいいんです。スモールコミュニティにも必ずそうした生態系はある。大事なのは、その山の頂点にいること。一番高い山をつくることです。そうした源流になる企業群なりマフィアなりを、会場にいる皆さんがつくってくれたら、その流れのなかから新しいベンチャーが生まれるという動きが繰り返される。それができるかどうかで、30年間で2~3回転したアメリカのベンチャーコミュニティ、つまりAppleやGoogleが古い大企業と言われるような産業のエコシステムが生まれるか否かが決まります。あるいは、それもできないまま、「経団連が云々」「ベンチャーは俺たちだ云々」「新経連vs経団連」なんて言っているようなダサい対立が続くのか。新経連も楽天もDeNAも、アメリカに行けばベンチャーなんて言わない。皆、Old Large Corporationです。
せっかく令和になったんですよね。時代は変わった。昭和の60年間のうち、後ろの30年間は、日本の大企業が世界を席巻しました。30年前にペブルビーチを所有していたのは誰だか知っていますか? 住友グループです。30年前にNYのロックフェラーセンターを所有していたのは三菱です。世界の時価総額トップ10のうち7つを占めていたのは日本企業です。それが、30年経ったらこうなっちゃった。それは、おそらく栄華を誇った大企業が変わらなかったから。変われなかったから。モデルチェンジできなかったんです。
「社会主義圏の崩壊」「デジタル革命」で世界がガラッと変わった
30年前、歴史的には2つの大きな出来事がありました。1つは「社会主義圏の崩壊」です。東欧の国々や中国がすべて資本主義経済圏に入ってきました。もちろん市場型資本主義と国家資本主義という違いはありますが、ともかくも資本主義経済圏に入ってきた。これは革命的な出来事だったんです。だって、それがなかったら中国企業との競争もなかった。たぶん台湾企業との競争もなかった。それでガラッと世界が変わっちゃったんです。
で、もう1つが「デジタル革命」ですね。デジタルトランスフォーメーションが産業構造をガラッと変えて、不連続で激しい変化が起きるようになりました。不連続でラディカルな変化が起きて、かつそのスピードがどんどん早くなっているとき、日本の大企業モデルは新卒一括採用で終身年功制だから同質的で連続的なままだった。同質的で連続的な企業が激しい変化、つまり多様性と非連続性のなかにあって、勝てるわけがないじゃないですか。だから、ここに至って中西さんがやっと新卒一括採用をやめようと言い出した。「終身雇用は無理」「社内昇格しかあり得ない社長人事はやめよう」と。やっとですよ。出来あがったものがあまりにも強固だったから、それを破壊するのに30年かかりました。
でも、それもだいぶ壊れてきました。経団連の会長がそんなことを言う本を出しちゃうぐらいだから。そうするとベンチャー企業群にとってもNo Excuseです。だから次の30年は会場にいらっしゃる皆さんと、皆さんに続く世代が、今は20代が新しいベンチャーをどんどんつくっていますから、皆さんのような企業群が日本経済の中心になっていかないと、この国の未来は本当にミゼラブルになってしまう。
ですから、バカでかくなくてもいいんですが、とにかくニッチを含めたグローバルベンチャー、またはグローバル生態系のトップを握るような企業群や人脈を、皆さんがつくっていくこと。それは日本人だけでない多様なグループでつくることになると思いますが、それが日本ベースの企業群から出てくることが、この国の未来にとって圧倒的に重要なんです。そんなことを最後にお願いしつつ、互いに気合いを入れあって私の話は終わりにしたいと思います。
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執筆:山本 兼司