ジャニー喜多川は、ドラッカーを超えたか

7月に死去したジャニー喜多川氏(以下、「ジャニーさん」)が創業したジャニーズ事務所は、日本に大きな影響を与えてきた。

日本の芸能界に影響を与えただけではない。創造してきた需要の額を考えれば、日本の経済にも大きなインパクトを与えてきたはずだし、所属タレントやグループの動向(引退や解散など)に対する人々の関心や報道の凄まじさを考えれば、社会的影響も絶対的である。また英語や音楽などの学校の教科書にも載ったことまで考えれば、教育的・政治的な影響もあったに違いない。

ジャニーさんとジャニーズ事務所がなければ、2019年の日本は、今とは違う日本になっていたはずだ。

それでは、ジャニーさんがしてきたことは、経済学的・経営学的には何だったのか。かのピーター・ドラッカーによれば、「企業の目的の定義は一つしかない。それは、顧客を創造することだ」という。(『マネジメント―課題、責任、実践』ダイヤモンド社)

まさに、ジャニーさんがしてきたことは、顧客の創造、市場の創造、価値の創造であった。しかし、ジャニーさんの顧客創造や価値創造のやり方は、ドラッカーの主張とは異なる。1973年に著された『マネジメント』の中で、ドラッカーは、これからは知識労働者が顧客を創造すると言った。

「今日、労働人口の中心は肉体労働者から知識労働者へと移った。あらゆる先進国で、労働人口のますます多くが、手だけを使って働くことをやめ、知識、理論、コンセプトを使って働くようになった」(同書)

しかし、ジャニーさんの下で顧客を創造してきたのは、知識労働者ではない(失礼!)。かと言って、肉体労働者とも言えない。

では、何なのか。
それは、「タレント」だ。

タレントとは、己の知力・体力・人間力の全てを使い、多くの人々を魅了する仕事をする人たちだ。それは、肉体労働者とも知識労働者とも異なる、第三の人材だ。たとえば、収入の高い人を「大きな顧客(価値)創造をする人」だとするなら、今日の世界で最もそれをしているのは起業家とスポーツ選手と芸能人である。彼らも「タレント」だ。

1909年に生まれ、20世紀を生きたドラッカーは、19世紀から20世紀の変化を「肉体労働者の時代から知識労働者の時代へ」と読んだ。その読みは全く正しいと思う。ドラッカーは、この変化を「わずか一世紀」の間に起きた急激な変化だと言ったが(同書)、ドラッカー亡き後の21世紀も、急激な変化は続いているのである。

19世紀は、肉体労働者の時代。
20世紀は、知的労働者の時代。
21世紀は、「タレント」の時代、なのである。

筆者はグロービスの講師以外にも人事コンサルタントを生業としているが、今日、戦略的な採用・育成・配置は「タレント・マネジメント」と称される。「人材マネジメント」では、もはや、ないのだ。

人材マネジメントでは、人は個性のない「数」として扱われる。質は、「どんぐりの背比べ」的に揃うようにしているからだ。同じ学歴や、同じだけの経験、同じような社内教育があれば、同じような質になれるのが、知識労働者だ。そして、そういう「誰にやらせても同じようにできる」労働者集団を作った上で、彼らをグルグルとローテーションさせてゆくのが、人材マネジメントだ。

しかし、タレント・マネジメントでは、今までと異なる人材を雇い、今までと異なる人材を育て、要所に今までと異なる人材を配置することを旨とする。「今までの人と違うこと」がキーワードなのだ。起業家もスポーツ選手も芸能人も、今までの人と違うことで顧客創造や価値創造ができる。今までの人と同じでは、有象無象に埋もれて消える。サラリーマンも、これからはそうなる。

タレントになるには、必ずしも美男美女である必要はなく、頭脳明晰である必要もない(本当に失礼!)。

きっと誰にでも、タレントになれるチャンスはあるのだ。

タレントとは日本語で「才」と訳される。その「才」を見抜き、伸ばすことができるかが、21世紀に生きる我々の課題なのだ。

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