ある雑誌の調査によると、歴代カメラの中で読者が選ぶベストカメラはニコンが上位を独占した。もちろんキヤノンのカメラは売れているだが、なぜニコンの機種が好まれているのか? その背景にはキヤノンの戦略ミスがあったのかもしれない。(このコラムは、アイティメディア「Business Media 誠」に2009年3月26日に掲載された内容をGLOBIS.JPの読者向けに再掲載したものです)
『アサヒカメラ』の4月号に「アサヒカメラ読者577人が選ぶベストカメラ2009」という特集が掲載されている。アサヒカメラ読者の約1%に相当する577人からアンケートの回答を得たというカメラランキングが目玉だ。『アサヒカメラ』の読者というと、写真好きかカメラマニアかのいずれかであり、平均的なカメラユーザーよりもかなりカメラに詳しいことは間違いない。その中でアンケートに回答を寄せた1%ということだから、実際にカメラを使い、その性能や使い心地を十分知った上でのカメラに対する評価と見ていいだろう。
「読者が選ぶ私のベストカメラ」および「私の愛用カメラ」のランキングが注目されたが、結果はどうだったか。結果は、率直なところ、少し意外だった。ニコンの圧勝であったことと、フィルムカメラの健闘が目立った。
今回は、特にニコンの圧勝について思うところを書いてみる。
「読者が選ぶ私のベストカメラ」でニコンが上位にランクイン
「読者が選ぶ私のベストカメラ」は、歴代のカメラの中で読者がこれがベストと思うカメラを問うアンケート。その結果は1位が「ニコン F3」、僅差で2位が「ニコン F6」、3位が「ニコン F」と、ベストスリーをニコンの一眼レフのフラッグシップ機(最高級機種)が独占した。ニコン以外では、4位に「ライカM3」、8位にキヤノンの「EOS-1V」が入ったが、EOS-1Vはキヤノンのフィルムカメラの最高機種で現行品でありながら、ニコンのデジタル機の中上級機である「ニコン D700」(7位)の後塵(こうじん)を拝している。
ニコン F6
後者はニコンの実用機であり、価格対性能比のいいハイアマチュアに好評な製品だが、歴史的名機というイメージのカメラではない、お買い得なデジタルフルサイズ機だ。だが、キヤノンの歴代フィルムカメラの中で最高の性能を持つEOS-1Vのイメージ評価がこれを下回るという結果なのだ。
キヤノンのEOS-1V
筆者がこのアンケート結果に意外感を持つのは、現実にキヤノンのカメラもよく売れているし、特に、ハイアマチュアが関心を持つであろうプロの実用機としては、キヤノンのカメラの方が明らかによく使われているからだ。
プロの使用カメラとしては、報道系では伝統的にニコンのカメラが強かった(ベトナム戦争のころから主流だった)ことと新聞社がニコン系の機材が多い(特に交換レンズの資産が多い)ことでニコンがよく使われるほかは、ファッション、スポーツなどでは明らかにキヤノンのカメラが多い。特に、スポーツの取材では、野球やオリンピックのテレビ中継などでちらほらとニコンの黒いレンズが混じってはいるものの、キヤノンの白い望遠レンズが砲列のように並ぶ画面をよく見かける。
プロ用の35ミリ一眼レフカメラとしては1980年代前半くらいまで、ニコンのカメラが圧倒的に強かったが、主に1990年代にキヤノンのカメラがシェアを拡大した。理由は、オートフォーカスの性能とレンズ性能にあったのだろう。特にオートフォーカスは、最近はニコンも追いついてきたが、キヤノンの方が性能がいい時代が長い。例えばスポーツカメラマンのキヤノンユーザーは片手で楽に撮っている(ボタン操作だけでいい)が、ニコン使いは両手で(レンズのピントリングも持っていないと不安)操作するというような時代がしばらくあった(特に1990年代後半)。
またキヤノンのレンズは、カラーの発色が早くからそろっていたこと(ファッションカメラマンに好評だった)、非球面レンズなどを採用した高級レンズでリードしたこと、そしてオートフォーカスが速かったことが強みだった。レンズに関しては、ニコンがニコンF以来ずっと「ニコンFマウント」を変えずにいたのに対して(ボディとレンズの接合部分の基本仕様が不変だった。古いレンズが新しい機種でも使える)、キヤノンがF1やAE-1などで使っていたマウントを、EOSシリーズで一新したことで、レンズ設計上の自由度が上がったことが大きかったように思える。
加えて、デジタル一眼レフでは、キヤノンが受光素子(光を電気信号に変換する電子部品)の自社開発で先行していたので、プロ・アマともに実用機はデジタルが中心になりはじめた2000年代の前半には、キヤノンの側に2歩くらいのアドバンテージがあったように思う。当時のキヤノンは、ニコンに新製品を先に出させておいて、間髪入れずに、これを性能と製造コストで凌駕(りょうが)する機種をぶつけて利潤を稼ぐような戦略を採っていたように見えた。余裕のある一番手の戦略だ。
キヤノン側に2つの戦略ミス
デジタル一眼レフで、ニコンがキヤノンに追いつくのは大変であるかに見えたが、ニコン技術陣の猛烈な努力のほかに、筆者の見解ではキヤノン側に戦略ミスが2つあったように思う。
1つは、普及機「EOS Kissデジタル」の最初の機械でスペックを落とし過ぎたことだ。電子部品も含めて量産技術に一日の長があるキヤノンは、普及機の量産には強いはずであったが、中級機との差を作ろうと意識しすぎたのか、「EOS Kissデジタル」の初代は、安っぽい感触に加えて反応が遅く、同時期のニコンの普及機に劣った。この時期に高性能な普及機を出していれば、シェア的にはキヤノンが圧勝できた可能性があったと思うが、競争の徹底を欠いたように思う。
もう1つの失敗は、デジタルのフルサイズ機でニコンの追撃を間に合わせたことだったと思う。「EOS 5D」は35ミリフルサイズの受光素子を持っているのにボディの実売価格が30万円を切る価格性能比のいいカメラで、変遷の早いデジタル機でありながら3 年以上も現行品であり続けた名機だった。ひと回り小さいAPS-Cサイズ(撮像素子の大きさのこと)の素子を持つカメラに対して明らかにアドバンテージを持っていて、この機種の発売を機に、キヤノンのユーザーになったプロが何人もいた。ところが、キヤノンが価格性能比のいいフルサイズ機の新機種を出し惜しみするうちに、ニコンに「ニコン D3」「ニコン D700」と立て続けにフルサイズ機を出されて、ニコンユーザーを安心させてしまった。
ニコン D3
つまりキヤノンは、もともと優位性を持って競争を戦いながら、普及機と上級機の分野でそれぞれ一度ずつもたついて、ニコンの追撃を許したように見える。
もっとも、この間のニコンの努力も相当のもので、「ニコン D70」のようなバランスのいい中級機を出すかと思えば、「ニコン D200」「ニコン D3」のような機械的な感触のいい中上級機を出すなど、常に厚い製品ラインアップを維持した。ニコンはもともと優位性のある機械的な作りの良さやストロボの制御技術などを磨きつつ、キヤノンの後塵を拝していたかに見えた交換レンズでもプロ向けのデジタル対応の高級ズームレンズやシフトレンズなどキヤノンが優位だった分野に新製品を投入してきた。
積み重ね型の追撃を見せたニコン
デジタル一眼レフ市場での二強であるニコン、キヤノンの争いはもうしばらく続くだろう。しかしここ数年は、キヤノンが自社の製品との競合を恐れたり、性能が向上した製品の投入に一種の「迷い」と「思い切りの悪さ」を垣間見せた一方、ニコンは必死の改善と新製品投入で追撃した、といった展開に見える。
デジタル一眼レフ市場におけるニコンのキヤノン追撃成功は、アサヒビールが「スーパードライ」の大ヒットで一気にキリンビールに追いつき追い越したのとはパターンが異なる、“積み重ね型”の追撃だった。
それにしても、「アサヒカメラ」の「私の愛用カメラベスト20」も1位から4位までニコンが独占する(順に「ニコン F6」、「ニコン D300」と「ニコン F3」が同点、「ニコン F100」)。シェア以上のニコン製品の愛され方は印象的だ。マウントを変えずに古くからのユーザーを大切にして来た姿勢や、機械としての作り込みの良さなど、長年のユーザー思いの丁寧な製品作りが、「愛機」と呼ぶにふさわしいカメラとしての独特のブランド価値を作って来たように思う。
ニコン D300
ちなみに筆者は一眼レフに関しては、長年ニコン中心のユーザーだった(Fシリーズは、「F」から「F5」まで使った)が、デジタルが主流になるときにキヤノン中心に切り替えた、カメラ好きのオヤジの1人であることを付記しておく。現在、どちらに肩入れしているということもない。
デジタル一眼レフの製品サイクルは早く、フラッグシップ機なら、かつては10年近い長さの製品寿命だったものが、現在はせいぜい3年だ。短期間での逆転が十分あり得る市場であり、ほかのメーカーにもチャンスはあるはずだ。二強以外の奮起も期待する。
▼「Business Media 誠」とは
インターネット専業のメディア企業・アイティメディアが運営する、Webで読む、新しいスタイルのビジネス誌。仕事への高い意欲を持つビジネスパーソンを対象に、「ニュースを考える、ビジネスモデルを知る」をコンセプトとして掲げ、Felica電子マネー、環境問題、自動車、携帯電話ビジネスなどの業界・企業動向や新サービス、フィナンシャルリテラシーの向上に役立つ情報を発信している。
Copyright(c) 2009 ITmedia, Inc. All Rights Reserved.