本記事は、G1サミット2019「中等教育の未来〜女性リーダーを増やすために」の内容を書き起こしたものです。(全2回 前編)
藤原和博氏(以下、敬称略):この「女性リーダーを増やすために」というテーマ、実は「女子教育の未来」という風に銘打とうとしていたんですが、「“女子教育”というのは差別用語では?」との声がありました。しかし、「女子」は差別用語ではないし、「女子教育」というのも立派に使われている言葉です。なので、今日はそうしたことも含めて、女性がもっともっと本当の意味で活躍するためにはどうすればいいのか。男女平等やダイバーシティといった掛け声だけでは変わらないので、本質的な議論をしたいと思います。
それではまず、女子教育に関わって30年という漆さんの観点から伺いたいと思います。僕の問題意識はこうです。はっきり言うと「小学校では圧倒的に女子のほうが上」。これはすべての先生が認めることだし、僕も観察していてそう思います。女子のほうが2歳ぐらい成熟していて、コミュニケーション能力も高く、リーダーシップもある。なのに、なぜ社会に出た段階ではその通りにならないのか。これは日本の教育システムのどこかに故障が起きているという話なんじゃないか。そういう視点で中等教育を問題にしてみたいと思います。そこで、まずは漆さんが現場で感じていらっしゃることや「こんな事実がある」といったお話を、問題提起としてお聞かせいただけますか?
「28歳」になっても社会で活躍できる女性を育てる
漆紫穂子氏(以下、敬称略):私は日本の安全保障の問題だと思って女子教育に携わっています。それで今は「28プロジェクト」という名前で、大学に入学する18歳でなく、28歳になるところを1つのゴールとして掲げています。どういうことかというと、28歳というのは、30歳手前の第一子平均出産年齢を前にして「産むかどうか」ということを考えたり、仕事も任されるようになる年齢なんですね。卒業生に聞くと、そのくらいの年齢になると上司から「あなたの海外転勤を考えているんだけど、結婚はどうするの?」といったことを今も聞かれると言います。
で、そのときどちらかを諦めるという選択をしていたのが私たちの世代でした。でも、それをやっていると少子化の時代に社会を支える人がいなくなってしまう。藤原さんが言った通り、今は社会システムのなかで女の子の才能が伸びないような仕組みがまだまだあるのではないかなと。だから女子に特化した教育で女子の才能を伸ばし、エンカレッジしていきたいというのが私たちの学校です。それで、今は女性のアントレプレナーを育てるということに特化して学校の運営を組み立てています。
よくジェンダーギャップ指数の話は出ますけれども、先進諸国のなかでこれだけ女性が活躍する余地を残している、女性が含み資産と言えるような国は少ないと思っています。ただ、現実はどうか。一番下の子どもがいくつのときにお母さんの何%が働いているかというデータを見てみると、0歳で4割、12歳ぐらいで8割というものがあり、正規雇用は2割台のままなんですね。というわけで、ポジティブなアクションが起きそうな芽はある一方、厳しい現実も抱えているこの過渡期にあって、活躍する女性を育てることが私たちのミッションになると思っています。
藤原:ダボス会議のジェンダーギャップ指数ランキング(2017年版)で日本は114位です。女性がどれほど活躍できる社会かという指標だと考えていいと思うけど、そこで中国は100位。中国よりも下で、118位の韓国とほぼ並んでいます。144カ国中114位ですから相当低いですよね。このことも踏まえつつ、次は越さんに伺いたいと思います。最近、小学校や中学校で生徒会長の男女比率等を比較したりと、すごく興味深いデータを取ったんですよね。
なぜ「中学の生徒会長」には女子が少ないのか?
越直美氏(以下、敬称略):はい。大津市の公立小学校で児童会の役員と会長の数を調べてみると、女子はどちらも50%以上でした。一方で公立中学校の生徒会を調べてみると、役員の女性比率は50%前後だったんですが、会長のほうは、去年に関して言えば10%ぐらい。その前年も20%前後でした。それで、今は市長や教育委員の方々による総合教育会議で、この原因について議論しているところです。
今は推測の段階なんですが、1つには年齢の問題があるのではないかと考えています。中学生になって周囲を見てみると、先生には女性も多いんですが、校長先生は男ばかり。また、これは関西だけかもしれませんが、PTAも女性役員は多いんですが、会長はなぜか男の人ばかりなんですね。ですから中学生になって、なにかこう、そういう社会の風潮がいろいろと分かって、それを“取り込んで”しまっているのではないかなというのがまず1つあります。もう1つは選び方ですね。小学校のときはそれぞれの学級から委員を選んで、児童会をつくり、そのなかで皆が話し合って会長を決めます。でも、中学では選挙で選ぶようになります。皆、立候補して「こんなことをやります」という公約を掲げて選挙をします。ですから、その2つが影響を与えているのではないかなと思っています。
藤原:選挙で大声を張りあげて「自分に投票してくれ」というのは、女子としては「ちょっと嫌だなあ」みたいなのがあるのかなぁ。
越:そこは今後、子どもにも聞いてみようと思っています。ただ、先生方もそういう風におっしゃるんですが、私としては「本当かな」と思うんですね。
藤原:僕も中学の校長をやっていたときに感じていたけれども、先生たちは明らかに「仕事ができるのは女子だ」と分かっているの。黙っていればすべての部長と委員長は女性になるんですよ。だけど、「やっぱり会長は男を立てないと格好がつかない」みたいな感じがあって。その理由はちょっと置いておいて、とにかくそれで、すごくおとなしくて、でも学力は高い男子をなんとか一生懸命、もうお母さんのように盛りたてて立候補させる。そうして彼を立てておいて、あとは仕事ができる女子を揃えるという。
越:大人社会の縮図という部分はあるかもしれないですね。
藤原:ちなみに、そのあたりに関する越さんのリーダーシップはすごいんです。先ほど総合教育会議というキーワードが出ましたが、もともと教育長というのは市長と別の存在で、教育行政については教育長のほうが偉かったんですね。で、市長のほうは、予算を組むけど人事も含めてほぼ何もできなかった。政策についても同じです。選挙のときには公約をいろいろ言うんですが、ほぼ実現できないというのが今までの状態でした。そこで越さんが「それはおかしいんじゃないか」と。大津市の不幸ないじめ自殺事件から越さんがものすごく奮起して、国会にも何度も足を運びました。それで、今は教育長が市長の部下というか、正式な部下ではないんだけど、市長の指示に従うという形になったんです。そのための会議が総合教育会議です。その方針に教育長も従わなければいけないという風に持っていったのは、越さんの力。その越さんの足元で、市議会議員や市職員の比率はどんな感じですか?
越:市議会議員は38中7人が女性ですね。
藤原:増えそうな気配はある?
越:私が7年前に市長になってから選挙が1回ありましたけれども、あまり変わっていないですね。一方、職員の方々に関しては男女半々ぐらいですが、管理職では女性が20%です。しかも、たとえば幼稚園の先生のような専門職の方々を除くと5%ぐらいになります。
藤原:なるほど。少し調べてみたんですが、英国では国家公務員の女性比率が54%なんですね。うち高官は39%。米国では国家公務員の43.3%が女性です。対して日本は18%。うち高官は3%です。文科省では2000人の職員中500人、つまり25%が女性で、厚労省では3万人の職員中9000人、つまり約3割が女性です。これ、もっと増えてもいいと僕は思うし、もし増えない理由があるなら、そこを叩きたいと思いますよね。
漆:男子も女子もいる状況だと女子が立候補しにくくなるという面はあるかもしれません。うちはすべての行事に関して委員を立候補制にしていますが、決選投票になることもあります。中1の段階から宿泊行事の委員1つにしても、公約みたいなものを掲げる選挙演説を経て投票になる。女子だけの環境では「その仕事が人のためになる」という前提があると立候補するという特徴があると実感しています。
藤原:ちょっとその辺について証言を取ってみようかな。会場にいる品川女子学院の方、漆さんが今言っていたことは本当ですか?周囲が女子だと飛び出しても大丈夫な気がするというのは。
品川女子学院在校生:立候補するにあたって不安はまったくありませんでした。私も立候補していましたけれども、たとえば普段しゃべらない子でもどんな子でも、もちろん手を挙げる子は誰にも悪く言われたりしないし、そこは公平でした。
藤原:ご自身は共学の小学校だったんですか?
品川女子学院在校生:共学でした。
藤原:小学校のときと比べて、なにかこう、ぐっと前に出たような感じはある?
品川女子学院在校生:それはありますね。私自身は小学校の頃から結構手を挙げていたほうですが。
藤原:分かりました。ありがとう。今日はこういう感じのアクティブラーニングで皆さんを巻き込みながら進めたいと思います。では小林さん。ISAKはインターナショナルスクールということで、もともと入学させている親御さんも少し変わっているというか、突出していると思うんです。だから、男子とか女子とかいう話はあまり関係ないのかもしれません。ただ、アメリカのスミス大学ですとか、世界を見れば女子教育で立派にやっているところはあるし、ボーディングスクールも違うわけですよね。男子教育と女子教育が違うというのは、世界では常識。もちろん共学を含めていろいろあっていいと思うんだけど、小林さんはその辺についてどう捉えていますか?
「男子校・女子校・共学」の選択肢があることが大事
小林りん氏(以下、敬称略):チョイスの問題だと思っています。「絶対に女子校のほうがいい」とか「共学のほうがいい」とかいう話ではないというか、共学のほうが自分らしくいられる子は共学に行ったほうがいいと思うし、女子校のほうがいいという人は女子校に行く。その選択肢があるというのが大事だと思うんですね。うちの学校に関して言うと、いわゆるインターナショナルスクールで今は73カ国から190人が集まっています。国籍はばらばら。かつ7割が奨学金を受けているから貧富の差があって社会階層もばらばら。そうなると、男女の差を含めて「なぜこの人と違うのか」というのが、もはや分からない。この2人が違うのは性別が違うからなのか、宗教が違うからなのか、もう分からないんです。
そういう多様性のなかに生きることが私たちは大事だと思っているんですね。ISAKはそういう、まだ会ったことのない「(自分にとっての)当たり前が当たり前じゃない人」と会いたいと考える人が来てくれている学校だと思っています。もちろん、そうじゃないほうが、たとえば女子だけのほうがいいという人だっていると思うし、うちの卒業生でもスミス大学に進学した子はいます。だからそこはチョイスかなと思うし、とにかく、その選択肢がたくさんあったほうがいいと思います。
藤原:ISAK卒業後のキャリアに男女差はあったりしますか?
小林:あまりないですね。男女問わず日本人を含めて海外へ出たりしていますし。1つだけ差があるとすると、今のところは1期生2期生のどちらも、大学へ行かず起業している子は全員男子です。これは先ほど漆先生が出されたポイントとも重なるんですけれども、私としては、女性リーダーを生み出すうえで大切なのは女性起業家を育てることという持論があるんですね。実際、ISAKでは教員の6割が女性で、職員にいたっては9割が女性。校長と並んで学校の指揮官とも呼べる事務局長も女性です。女性がトップをはる組織を増やすことが、女性活躍への一番の早道なような気がしています。ですから卒業生にももっと女性起業家を増やしたいと思っています。
藤原:その話に関連して、一方で僕は、女性による起業にも得手不得手があるんじゃないかなと思っているんですよ。
小林:それはそう思います。私は最近、20~30代の若い女性起業家の方々と集まる機会が増えているんですけれども、女性ならではの観点ってあるなと思います。たとえば受付をiPadで無人化している会社ってあるじゃないですか。それは男性から見たらただ単に人からiPadへ変わっただけ。でも、元受付担当だった女性起業家がいて、彼女は自分が受付をしていただけに、実はそこにめちゃくちゃナレッジがあることを知っていたんですね。それで名刺データ等を含めて、誰がどこの誰に、どれぐらい会っているかといったことをすべてデータベース化して、営業ツールにした。そんな風に、女性がやるからこそできる起業というのはあるんじゃないかなと思います。
藤原:では続いて中室さん。中室さんは、男子教育と女子教育の違いについては国際的にもエビデンスベーストの研究があったりするんですよね。
男女間には「性質」や「選好」の違いがある
中室牧子氏(以下、敬称略):「女性が活躍できる社会のあり方や制度設計」というのは、近年の経済学では非常に重要な研究テーマの1つです。社会科学の研究者に「女性のほうが男性よりも能力が低い」という認識を持っている人はほとんどいないと思いますが、「女性と男性の間に性質や選好の違いはある」という認識を持っている研究者は多いのではないでしょうか。
経済学で注目されている男女差の1つは「競争心」です。経済学の権威ある国際雑誌に掲載された研究では、徒競走をするとき、男子は競争相手がいるほうがタイムが速くなるが、女子は競争相手がいるときのほうがタイムが遅くなることを示したものがあります。つまり、男子は競争的な環境でパフォーマンスが高くなりやすいのですが、女子はその逆だということです。
もう1つ男女差が指摘されているのは、「リスク選好」です。女性のほうが安全な資産に投資する傾向があり、男性のほうがリスクの高い資産に投資をする傾向があることを示した研究は有名です。このような男女の競争心やリスク選好の違いが、社会における様々な場面で、そもそも「参加するかどうか」の意思決定に大きな影響を及ぼしているかもしれません。例えば、競争率の高い大学を受験したり、リスクの高い選挙に女性が積極的に応募しないのは、競争心やリスク選好の男女差を反映しているのかもしれません。
そのように考えると、現代の社会制度の多くは、男性の性質や選好を前提につくられているから、女性の性質や選好を考えた場合の制度設計についても考えていく必要があるのではないでしょうか。
ただ、一方では小林りんさんや漆さんがおっしゃる通り、女性もまた打ち破っていくべき壁があるのかもしれません。これもまた、経済学の権威ある学術誌に掲載された論文ですが、アメリカのある大学のMBAの学生を対象にした実験です。それによると、独身男性が観察していることがわかっているときとそうでないときでは、既婚女性が示す自分自身の選好は変わらないのに、独身女性は男性に見られているときだけ自分の選好を偽って申告することが示されているのです。たとえば将来の収入や、出張、長時間労働などについて、低く回答することが示されています。
この論文のタイトルは‘Acting Wife’です。つまり、男性が「キャリア志向ではない女性を妻にしたいと思うはずだ」という固定観念にとらわれて、自ら良き妻のような振舞いをしてしまっているというわけです。先ほど漆先生がおっしゃっていた「女子だけだと手を挙げる」というお話と絡めて言えば、男性が見ていないところでは、女子は正直に振舞っているというわけですから、この研究の結果と整合的だと思います。
藤原:中室さんの話に付け加えると、男女の持ち味の差についてはいろいろな研究があります。たとえば男子は空間把握能力や論理数学的能力が比較的高いというデータがある一方、知能の分布のバラつきが大きい。で、女性のほうは言語能力や共感力に秀でているということも、もうデータではっきりしている。
だから僕は持ち味が違うんじゃないかと思う。日本社会で多くの女性がなかなか活躍できない理由は、能力が低いからでないと皆が分かっている。能力は絶対に高い。何かほかに障害があるんですね。だから機会を均等に与えたら男女の活躍がイコールになるかというと、僕は違うんじゃないかと思っています。それだけでは絶対に超えられないハードルがあるから、それを崩したい。どうやらその鍵が、中高を中心とする中等教育にある気がしています。
ここで、もう1つデータを示しておきます。教員というのは男女が比較的均等に揃っている職種です。小中高大まですべて入れると日本には教員195万人と職員45万人で計240万人の教職員がいるんですけれども、その女性比率は見事に5割。こういう世界、なかなかないですよね。なかでも小学校は42万人のうち男性が16万で女性が26万。女性のほうが10万人多いんです。で、中学校になるとその比率は逆転しますが、それでも25万人のうち男性が14万人で女性が11万人。まあ、まずまずですね。でも、高校になると23万人のうち男性が16万人で女性が7万人。女性が一気に減ります。そして大学では男性が14万人で女性が4万人。かなり差が開きます。
さて、ここまで、まず問題点と問題意識を共有しました。次からは対策としてどうすればいいかという話に入りたいと思います。
後編に続く>>
執筆:山本 兼司