「20年後、あなたの仕事はなくなっているかもしれない」――そんな刺激的な話を頻繁に見聞きする昨今。AIや機械学習に関わる技術革新に対して、期待とともに漠然とした不安を抱えているビジネスパーソンも多いのではないでしょうか。そんなテクノロジーと共に生きる未来への視点について、グロービスAI経営教育研究所(GAiMERi)所長であり、グロービス学び放題の「データサイエンスの潮流とビジネスへの実践」に出演する鈴木健一に話を聞きました。
経営教育をテクノベートする
鈴木は、野村総合研究所やA.T.カーニーなどのコンサルティング企業でグローバルに活躍したあと、グロービスに参画。経営大学院の立ち上げ、運営に携わったのち、現在はAI×教育の研究に取り組んでいます。鈴木が目指すこと、それはテクノロジーと教育のよりよい関係の追求です。
「一言で言うと、経営教育自体をテクノベートしたいんです」
そのビジョンのもと運営しているのが、グロービスが2017年に立ち上げた「グロービスAI経営教育研究所」です。ここで取り組んでいることは主に3つ。
(1)学習データの収集と可視化、解析、分析評価
(2)学習コンテンツ、学習プロセス、ティーチングメソッドの最適化
(3)AIによる記述式解答(レポート、エッセイなど)の自動評価・採点と、個別フィードバック
「教育」という分野において今、AIの活用が必要な理由について鈴木はこう語ります。
「教育はいろいろな変遷を遂げてきました。例えば、アリストテレスがアレキサンダー大王の教師だったように、古代のお金持ちは家庭教師をつけていました。つまり、教育は個別化されていました。それが中世以降、集団教育が拡がり、さらに産業革命以降、教育の効率性を上げる必要
日本の教育は残念ながら集合教育から抜け切れておらず、必ずしも今後の世の中に求められる人物を育てるためのフォーマットとして適切に進化できているとは言えません。「どう学ぶか」という手法だけの話ではなく、学習者にとっては「いつ学ぶか」も重要な問題です。「もう一度復習したい」「理解するために必要な時間をもちたい」などタイミングは人それぞれ。経営教育にもそのような「個別化」の視点が必要なのです。
経営教育へのAI活用を阻む壁
グロービスがこれまで取り組んできた「経営教育」を個別化することで、次の世代に最適な経営教育や学ぶ人の形に合った教育を作りたい。そう想いを込めて語る鈴木ですが、経営教育でAIを活用するうえでは、越えなければいけない壁があるといいます。
その正体は「経営」というテーマそのものにありました。「経営」は、考える×経営で成り立つ正解のない世界。数字ではっきりと解が導かれるわけではなく、問いも答えも日本語次第でいくつも正解が生まれることが「経営」とAIの間にある壁なのです。
「教育へのデジタル活用は1つの流れですが、その中でも個別化教育に関して言うと対象は数学や算数からスタートしています。なぜならそれは正解が1つに絞られるから。実際にアナログの時代でも、紙のプリントで個別化の学習ができていました。でもビジネスは正解が1つではありません。学習者に考えさせることを目的としたとき、問いも答えも日本語の文章が必要な『経営』というテーマは、コンピュータ/AIに日本語を理解させることから始まる難しさがあります」
経営教育だからこそ生まれるこの課題について、鈴木は「教育には技術だけではなくサイエンスも大事」というポリシーの下、まずは根幹のコミュニケーション手段でもある日本語の文章処理に力を入れることをメインに取り組み始めています。AIによる文章理解への取り組みはいまだ困難なことが多いもののチャレンジをしています。
AI時代に我々ビジネスパーソンが意識したいこと
とはいえ、AIがもつ可能性にはポジティブな面だけではなくネガティブな面もあるのではないか、と漠然とした不安を抱えているビジネスパーソンもいるはず。そんな苦手意識を克服するための方法として、鈴木は「とても簡単な方法が1つだけある」と教えてくれました。
「古い言い方になるけど『知は力なり』です。知らないことが苦手意識になる。自分で知りにいくことをしない限り苦手意識はなくならないんです。自動運転や碁で機械が勝つ、あたかも手品のような出来事に考えが及ばない、でもその原理は意外にもシンプルだと思います。手品にも種があるようにテクノロジーにも原理がある。それは非常にシンプルなんです。表面的には複雑に見えるけれど、わかる、理解するという気持ちが大切」
AI、機械学習など、数年前までなじみのなかった言葉が、今やみんなが知るものになったことそれ自体がヒントと言えるのかもしれません。苦手意識を克服するというアプローチは誰にとってもハードルが高いもの。ですが、わかるようになりたい、知る、知識を増やしたいと思う好奇心、向上心が助けになります。これにより10年前に実現のイメージがなかったものが、今では当たり前に実現できている、というような世の中になったのではないでしょうか。
さて、この「食わず嫌い」を克服したら、次に気になるのは「人間がAIとどう共存していくのか」というテーマ。様々な職業が機械に置き換えられていくとされている中、ビジネスパーソンはどのような道を歩むべきでしょうか。
クリティカル・シンキングはAI時代の武器
AI時代にビジネスパーソンがやるべき「人間にしかできないこと」について、鈴木はこう語ります。
「(グロービスの講座である)クリティカル・シンキングは、もともと不確実性の高いビジネス環境の中で、考え抜いて課題を乗り越えるための思考術として提供してきたものです。それはつまり、人間でしかできないことです。たとえば課題を設定する、仮説、枠組みを考える、そういったところはまさにAIが苦手なところ。現時点でAIができることは限られているので、何ができるかを知る。何をさせるか?を考えることが大事だという話は、クリティカル・シンキングの重要性を示しているんです」
AIを理解したうえで、「どう使うか」というところに人間の価値を見出すのだという鈴木。その意味で、「クリティカル・シンキング」のような、人間の価値を高める思考を身につけることが重要だと言えるのかもしれません。
さらに、鈴木は次のような学習方法も薦めています。
「私が好きなのは、スタンフォード大学がMOOCSで公開しているAndrew Ng氏の授業です。英語ですがレクチャースタイルも本当に面白い!世界の第一人者から動画で学べるいい時代です。ティーチングノートもPDFで得られます。日本語だと、一般社団法人ディープラーニング協会の試験を受けてみるのもお薦めです。GAiMERIのアドバイザリーボードをお願いしている東京大学の松尾豊研究室のウェブサイトも、たくさんのことを学べます。最近では教材もオープンにされていて自由に見られますから、最初はそういったものを見たり社外の勉強会に行くことで、自分に必要なことがわかってきますよ」
必要なことが手に入りやすいいい時代だからこそ、やるかやらないかで差がつく今。
「好奇心や関心が、一番の原動力になります。世界の一流の人たちの学びを得られるすごくいい時代です。まず知ろうとすることがもっとも大切ですよね」