『カメラを止めるな』はなぜ面白いのか

※本稿はネタばれを含んでいます
カメラを止めるな
この夏、予想外のヒットとなった映画作品に『カメラを止めるな』があります。筆者も実際に観に行ったのですが、劇場でもう1度観たいと思ったのは一昨年の『君の名は。』と『シン・ゴジラ』以来でした。

もともとは映画監督や俳優の養成学校ENBUゼミナールの企画映画で、予算は数百万円程度と言われており、監督も役者も正直無名の人々です。昨年のみ、期間・上映館限定で終わる予定でした。しかし、そこで評判となり、2018年になってミニシアター2館で上映されるようになり、連日満員となります。そして口コミが口コミを呼び、気がついたら東宝系を中心にロードショーが大々的に展開され、しかも多くの観客を呼び込むことになったのです。この展開は、SNSなどで口コミが広がりやすくなった現代ゆえ、という側面が大です。

では、そもそもこの映画がなぜここまで支持されるのでしょうか。第一に、期待値を超える面白さだったという点があります。経営学では、顧客の満足度は期待値の関数と考えます。たとえばこの夏公開された『ミッション:インポッシブル/フォールアウト』ももちろん面白い映画でしたが、百億円超の予算にトム・クルーズを始めとする一流キャストとなれば、当然期待値は高くなり、「まあ、このくらいは当然」という感覚が働くのです。

それに対して、『カメラを止めるな』は監督も役者も無名ですから、最初は「まあ、面白ければ儲けもの」という感じだったと思われます。しかも、最初の30数分があまりに不思議な展開です。それこそ大学生が撮った映画のようなシャビーな感じが漂いまくります。全く予備知識のない観客ならば、30分くらいのところで劇場を出てもおかしくありません。しかし後半の盛り上がりがあまりに素晴らしく、そのギャップに圧倒されてしまうのです。思わず人に話したくなったというのも納得です。

とは言えこれは初期の頃の話で、最近は「面白い映画」という期待値が出来上がっています。それでも『ミッション:インポッシブル』を超える満足度(8/14日現在、Yahoo映画のレビューより)を実現できているのは、やはり期待値ギャップにとどまらない普遍的な面白さがあるからです。

それが何かと言えば「頭の中がつながる快感」と「つながった後のドミノが倒れる的快感」でしょう。

「頭の中がつながる快感」とは、端的に言えば推理小説的快感です。それまでの伏線がピースのようにつながり合い、全体像が見え、解決に至る。「これはあの伏線だったのか」とつながる快感が波状攻撃的にやってくるわけですから、これは当然面白くなります。また、倒叙ミステリーのような視点の転換からそれが明かされていくのが、良い意味で期待を裏切られるようで非常に心地いいのです(この「良い意味で期待が裏切られる感」も面白さの一因です)。

ちなみに、筆者は教育ビジネスに携わっているわけですが、経営学の学びなどでも、「これとこれってこういう形でつながっていたのか」「これってそういう見方をするとこうだったのか」と頭の中がスパークする瞬間は非常に心地良いものですし、記憶に残ります。推理小説が普遍的な人気があることを考えてみても、この「頭の中がつながる快感」は人間に普遍のものなのでしょう。

「つながった後のドミノが倒れる的快感」とは、観客が作品のプロットに気がついた後に、それが綺麗に遂行されていく愉しさです。「この伏線はどう回収されるんだろう」という期待を持ちながら観客は映画に見入るわけですが、その期待を上回る多種多様な手法で回収していく脚本は特筆ものです。笑いの要素もたっぷり盛り込まれています。

そして最後は紆余曲折を経て「水戸黄門」的な大団円。誰も極悪人はおらず、皆がハッピーという終わり方は、爽やかであり、非常にわかりやすいカタルシスをもたらしてくれます。そして映画を観終わってから、冒頭の「謎の30数分」すべてが必要不可欠であったことに気がつくという驚きもあるのです(その他にも、細かな「小ネタ」が多々効いています)。

今の時代、人間はこのようなものに出会うとSNSで思わず発信してしまいます。筆者も早速フェイスブックで書いてしまいました。おそらく多くの人が同じことをしたでしょう。それが、先述したように大ヒットにつながっていったのです。

この映画のヒットは、コンテンツ作成者のみならず、人に何かを伝える仕事をしている人、教育者などにも参考になるでしょう。また、知恵とこだわりさえあれば、予算の制約があろうがヒットを生み出せるということを再確認できたのは、多くのマーケターを始めとするビジネスパーソンにも勇気を与えるのではないでしょうか。

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