『自問力のリーダーシップ』から「将来展望と課題把握」を紹介します。
これだけ経営を取り巻く環境の変化が速い昨今、全くそれに無頓着という人はいないかもしれません。しかし情報収集や分析が十分にできている人は必ずしも多くはないでしょう。これにはいくつかの原因があると思いますが、仕事に忙殺されてしまい、十分に外に目を向ける時間がないという人が多い印象があります。人間は何もしなければ視線は往々にして内向きになります。加えて、情報は仕入れるものの、それが自社や自部門にもたらす影響に鈍感な人も少なくありません。リーダーは人々を引っ張り、同時に後押しする役割でもあります。そのリーダーこそが率先垂範してアンテナを高く立て、世の中の変化に敏感にならないと、フォロワーはついてこないということを強く意識したいものです。
(このシリーズは、グロービス経営大学院で教科書や副読本として使われている書籍から、ダイヤモンド社のご厚意により、厳選した項目を抜粋・転載するワンポイント学びコーナーです)
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目標・ビジョンの創出、共有化に関する重要な行動要件
リーダーの行動要件は図の4つにブレークダウンできます。まず、目標・ビジョンの創出、共有化に関して重要な行動要件のうち、将来展望と課題把握について述べましょう。
将来展望と課題把握
まず、高い視座、多様な視点から現実を見据え、組織の置かれた環境を正しく理解する必要があります。
ここで言う「現実」とは、いわゆる外部環境(マクロ環境、市場環境、競争環境)、そして内部環境(組織内の状況)のすべてを含みます。特に、昨今の厳しい環境変化のなか、外部の環境に目を向け、組織の相対的な位置を知ることはきわめて重要です。外部に目を向けず、内向き思考に陥ると、変化に気づかなかったり、気づくのが遅れたりします。ひいてはそれが、競合に足元をすくわれたり、市場機会をみすみす見逃したり、誤った資源配分を続けたりすることにつながるのです。
こうした姿勢はまた、「正しく考える」という組織能力の開発を妨げることとなり、ますます戦略の固定化、形骸化を招いてしまいます。ちなみに、「正しく考える」ということに対して組織的に取り組んでいる例として、キヤノンの活動を挙げることができると思います。
キヤノンの役員は伝統的に、朝8時から1時間の朝会を毎日実施しています。同社の御手洗冨士夫会長によると、テーマを定めない雑談を通じて経営陣同士、互いに深く知り合うことで、真剣に議論を戦わせられるだけの十分な信頼関係を醸成している、ということです。役員会などで忌憚なくコメントし合い、反論を交わすことができるため、経営に健全さや透明性がもたらされるのでしょう。
ところで、ひとくちに外部環境を見ると言っても、適切に見ること、正しく理解することは簡単ではありません。そしてそれは往々にしてスキル不足ではなく、マインド面が問題となっていることが多いものです。
外界に正しく目を向けることができない原因としては、以下のような例が挙げられます。
○自己満足により感度が鈍くなる
外部環境の変化に関心を持たなければいけないという意識がそもそもない状況です。言い換えれば、現状に満足しきっている、とも言えます。
こうした状況が起こりやすいのは、ある程度の成功を収めており、いまの状態に不都合を感じていない組織、あるいはそもそも市場との接点が少なく、市場の声が届きにくい、ガバナンスが効きにくい状態の組織です。前者はかつての優良企業、後者は官庁などが該当します。
「平和ボケ」に浸りきって、感度が鈍くなっている職場(ゆでガエル症候群:お湯の温度がどんどん熱くなってきているという変化に気づかず、のぼせてしまい、手遅れとなる)とも言えるでしょう。
自己満足がさらに高じると、気の緩みのみならず、慢心や傲りが出てきます。成功体験やそれに伴う自信は往々にして、ひたすら我が道を行くという頑迷さを強め、外部に学ぶ意識を弱めかねません。過去に成功したという自負が、外部の声に耳を傾けようとする謙虚さの邪魔となるのです。
○「変わらないほうが楽」と考え、易きに流れる
環境変化に合わせていずれは変わらなければならないということは頭で理解していながらも、変化に伴うコスト(手間ひま、エネルギー)の大きさから、変化に目をつぶってしまう状況です。面倒なものは見たくない、関わりたくないという心理的抵抗とも言えます。
この抵抗は、変化によって失う「既得権」を実際以上に大きくとらえている場合、あるいは現状を維持することのリスクを現実以上に小さくとらえている(あるいは気づいていない)場合にさらに大きくなります。いわゆる抵抗勢力は、しばしばこうした錯覚に陥ります。
○外に目を向ける時間を捻出できない
外部環境の変化に関心を持つ必要性を理解していても、物理的な時間不足からそれができない状態です。
いろいろな企業の管理職の方からよくうかがうのは、「やるべきことが多すぎて、なかなか外に意識を向ける時間がつくれない」という話です。しかし、私が見る限り、現実には、必要以上に社内の仕事に時間を使いすぎているケースがほとんどです。顧客優先ということを頭の中では理解していながらも、手のかかる社外の大きな仕事より、目の前の、片づけやすい社内の仕事から手をつけてしまうのです。結果として、社外よりも社内に多くの時間を費やしてしまう。洋の東西を問わず、多くの企業で横行している現実なのではないでしょうか。
では、こうした陥穽に対してどのような対応が考えられるでしょうか。
まずは、「健全な危機感」を醸成することです。顧客が現状に不満を持ち、何らかの新たな欲求を持っていること、競合が虎視眈々と新たな挑戦を仕かけようとしていること、社会構造の変化や技術革新など大きな変化がじわじわと起きつつあることなど、知っておくべき事実をまずは周囲に伝えることが必要です。
マイクロソフトの創業者でもあるビル・ゲイツは、こうした危機感を社内に醸成することに大きなエネルギーを使いました。「我々にとって競争とは、極めて革新的な製品を作り出すことなのだ」「我々も最大限に努力しないと、すぐに競争相手に追いつかれてしまうだろう」。ゲイツは折に触れてこうしたメッセージを発し、組織に慢心が広がることを戒めたのです。
リーダーはまた、単に外部に目を向けさせるだけではなく、そこで起きている変化の意味合いを考えさせることも大事です。たとえば、少子高齢化は自分の組織にとってどのような意味を持つのか、EU(欧州連合)の変化はどのような意味を持つのか、消費の二極化はどのような意味を持つのか――さまざまな出来事がどのような事業機会や脅威をもたらすのかについて、常に考える癖をつけさせることが重要です。逆に言えば、情報収集を怠ることの怖さ、アンテナの感度が鈍いことがもたらす危機などを、部下に実感させることが求められます。
同時に、無意味な社内調整をさせないことも重要です。多くのビジネスパーソンは、意味のない社内業務(無駄な調整、過剰なまでの品質維持など)に時間を使っているものだからです。
(本項担当執筆者:鎌田英治 グロービス経営大学院教員)
『自問力のリーダーシップ』
鎌田英治(著)、ダイヤモンド社
1,728円