共働き世帯の増加で需要が増え、市場が拡大している家事代行業界。従来は1時間あたり3000~6000円の価格帯が中心だったが、 今では1000~2000円台という低価格を売り物にした新規参入者も相次ぐ。タスカジはその1つ。インターネットを通じて家事代行を頼みたい人と引き受ける人をマッチングする。まだ立ち上げて4年だが、会員数3万8000人、「タスカジさん」と呼ぶ登録ハウスキーパー数は1100人という成長企業だ。その創業メンバーであり、グロービス経営大学院の卒業生でもある鈴木美帆子氏に、これまでの経緯や競争が激化する中でどう差別化を図っているかなどを聞いた。(文=荻島央江)
理念に共感してタスカジに参画
西口:まずタスカジについて簡単に教えてもらえますか。
鈴木:タスカジは2013年11月に設立、2014年7月にシェアリングエコノミーの家事代行マッチングサービス「タスカジ」をスタートさせました。1時間1500円からという業界最安値で、掃除や料理はもちろん、チャイルドケアまで幅広く依頼できる点などが評価され、共働き子育て世代のご家庭を中心に多くの方にご利用いただいています。
西口:初めからこういうサービスがやりたかった?
鈴木:グロービスに入るまでは全く考えていませんでした。ただ、当時外資系企業で秘書をしていたのですが、2人の子供はまだ小さかったので、仕事と家事の両立がとにかく大変で……。「自分のような働くママたちを何か手助けできることをしたい」とは思っていました。その後、いろいろな授業を通して「私は一体、何をしたいのか」を掘り下げていく中でも、その思いは全くぶれなかったですね。
私はグロービスを卒業したら今の勤務先は辞めて、家事代行サービスを手掛けている企業に転職するか、起業しようと考えていました。この2つが選択肢だといっても、やっぱり起業はハードルが高かった。資金がなかったし、ビジネスプランもなかなかうまく描けていなかったから。
そんなとき、グループで半年かけて1つのテーマを研究する「リサーチプロジェクト」で、女性起業家の先輩として訪問したのが、タスカジの代表を務める和田幸子でした。周囲に「こんなことをやりたい」と話していたら、グロービスの同学年の知り合いが「ママ会で知り合った人で、もうそういうサービスをやっている人がいるよ」と教えてくれたのです。この出会いが縁で、まだ始まって1年のタスカジに参画することになりました。
ビジネスを成功させるためにどんなビジネスで起業しようかと考えて、そこからいろいろうまく組み立てていくという方法もあると思います。でも、私は働くママたちがもっと自由になれる世界を実現させ、みんなが喜んでくれたら、結果は後から付いてくるというほうがしっくりくる。そういう社会課題を解決するという視点からビジネスを組み立てるアプローチが、和田は私とよく似ていました。自分自身が子育て中の働くママで、仕事と家事の両立に苦労していて、当事者意識が強い。そこに共感しました。
西口:理念オリエンテッドだってことですね。
鈴木:そうです。そういう思いがサービスのつくりにも反映されています。
タスカジは競合とどう違うのか?
西口:例えば、グロービスの卒業生が始めたCaSy(カジー)も、タスカジと同じくインターネットを通じたマッチングサービスを手掛けているけれど、どんなふうに違う?
鈴木:カジーを利用する人は、誰が来てくれるかより、誰が来てもいつも同じレベルでサービスを提供してくれることを期待しているのだと思います。
西口:僕はそれでいい。
鈴木:カジーは条件を入れれば自動的に候補を選んでくれるけど、タスカジの場合は「タスカジさん」を自分の条件にあわせて自分で選びます。ですので、来てくれる人ごとに細かなサービス内容は異なり、オリジナルなサービスを受けられます。私たちは家事のパートナーを探す場を提供しているのであって、家事代行サービスではないんですよ。
タスカジでは、プロフィールや以前の利用者のレビューを見て自分に合うハウスキーパーを選べて、「今日はこれをやって」と直接やり取りができます。そのため、 “我が家のルール”を覚えてもらい、タスカジさんから提供されるサービスをパーソナライズドしていくことも可能なんです。
ファミリー世帯だと、どのご家庭にも「この料理にきのこは入れない」、「これはこれで拭いて、こう洗ってほしい」といった細かいルールがあります。これを来る人に毎回教えるのは大変。だから、何も言わなくてもよしなにやってくれる人がいい。
従来からある家事代行サービスは、すべてマニュアル化されていました。例えばこれは何分でこう、何時までにこれをやって、お風呂のふたは洗いません、みたいに。
西口:ひたすらオペレーションなんだね。
鈴木:そうなんです。単身世帯であれば構成員が少ないので家事の内容もシンプルです。だからオペレーショナルでも問題ない。でもファミリー世帯になると違う。それぞれの好みや細かいルールがあってシンプルじゃないんです。私達はそんなファミリー世帯ニーズに合う、まだだれも提供していないサービスをつくりたいと思いシェアリングエコノミーというビジネスモデルを選んでるんです。
西口:たぶん男にはそこのデリカシーは分からない。
お金をかけずにどうマーケティングするか
西口:ビジネスとしてスケールするかと考えると、そのあたりのこだわりが真逆に働きがちのように聞こえるんだけれど。
鈴木:難しいです。最初、収益が出るまで結構、時間がかかるじゃないですか。乗り切った今だからこそ言えるのは、だからよかったなと。お金がなかったから、お金をかけずにマーケティングするにはどうしたらいいか知恵を絞りましたし、それが今の戦略を形作ってます。メディアで取り上げてもらえるように広報に力を入れたり、サービスイン当初は求人広告ではなくフィリピン出身者コミュニティーの中で口コミを発生させて人を集めたり。
西口:具体的にはどんなことをしたのですか。
鈴木:初期の段階から、メディアと一緒に家事代行を利用する文化を作っていきました。家事の問題はどうしても抱え込みがちなので、自分ひとりや家族だけで解決するのではなくて、周りを巻き込んで行こうということを伝えたくて、「核家族から拡大家族へ、家族の形を再定義する」という新しい提案をしていったり、タスカジさん(タスカジに登録するハウスキーパー・家政婦)にフォーカスした取材をしてもらい、その凄技を「伝説の家政婦」のようなキャッチーな打ち出し方をして、たくさんのテレビ番組で紹介してもらいました。
西口:3時間で20品の料理を作るとか?
鈴木:そうそう。当初は「フィリピン出身のハウスキーパーを取材したい」という制作側のオファーが多かったのですが、「日本人のタスカジさんでこんなクリエイティブなタスカジさんがたくさんいます」とご紹介して、結果としてブレイクしました。
西口:フィリピン人コミュニティーで人を集めたというのは?
鈴木:初期の頃、日本人にハウスキーパーは知られていない職業だった
「こういう仕事は初めてです」という人も多いのですが、フィリピン出身者はみなさんスキルが高い。お掃除はピカイチで、お料理も上手。細かく指示しなくてもいい具合でやってくれる。それに英語を話せる方が多いので、お子さんが自然に英語を覚えるし、異文化コミュニケーションにもなります。
西口:どうしてそんなにスキルが高いのか。
鈴木:「将来、困るから」と小さいときから家事を教え込まれるそうです。家にメイドさんがいる場合でも、メイドさんがその家庭のお子さんに教えるとか。
子どもに家事を教えるのは結構大変です。繰り返しやらせないといけない。1回言ってできるようにはなりません。10回くらい一緒にやって、やっとできるようになるくらい。だったらハウスキーパーさんが来たとき、子どもと一緒にやってもらって、両親に代わって教えてもらうのもいいかなと思っています。お料理とかね。よく「ハウスキーパーを頼むと、子どもがお手伝いしない子になってしまうのでは」と心配される人がいますが、これなら悩みも解消できそうです。
西口:今もフィリピン出身のタスカジさんは多いのですか。
鈴木:最初は9割フィリピン出身者でしたが、利用者の裾野の広がりで
儲からない、スケールしないはチャンス
西口:一般的な家事代行の場合、サービス提供会社がハウスキーパーの質を担保していると思います。利用者が「タスカジ」でスタッフを探して、個人間で契約を結ぶタスカジではどうしているのですか。
鈴木:タスカジでは、ユーザーがハウスキーパーを評価する仕組みを取っています。利用した後にレビューを書いてもらうんです。これがハウスキーパーの質のコントロールに役立っています。サービス内容が良くないと、厳しいコメントになるので、みなさん気合を入れてサービス提供しています。
そんなふうに何とか運営してきて、今はわりと規模も出てきて、自然に回るようになってきました。
ここまでくると、今からタスカジと同じようなビジネスモデルで始めようとするのはかなり大変かなと。大手の家事代行サービス会社は、従来のサービスとカニバるから参入意思決定は難しいかもしれませんね。ただ、アマゾンが入ってきたら脅威だなと思います。
西口:彼らが新たに参入したとしても、そこまでのつくり込みをやるとは到底思えないですね。
鈴木:確かにすでに数社がこのマーケットから撤退していますね。おそらく作り込みのところが時間もコストもかかるから、継続させるコストメリットを作りにくいんじゃないかと。
西口:それはいわゆる「バカな」と「なるほど」で、「ばかじゃないの、こんな手の込んだことやって」と思われているうちに、うまくやれるといい。
鈴木:そうですね。みんなに「やめろ」と言われたけれど、楽しくて。
西口:米シリコンバレーのインキュベーター「Yコンビネーター」の創業者、ポール・グレアムは「スケールしないことをしよう」と言っています。どういうことかというと、一見、スケールしそうなものは誰でもやりたがるし、かえってつまらなくなる。だから、どう見てもスケールしないことをやる。まず取り組んでうまくいき始めたら、汎用化やスケールする方法を後付けで考えればいいと。それとすごく似ている。今のタスカジ のやり方は正しいと思います。
コミュニティのおかげで正の循環が生まれた
西口:これからどう伸ばしていくのか。
鈴木:大事にしたいのは、ユーザーだけでなく、働く側、タスカジさんにもハッピーになってもらうことですね。
西口:タスカジさんはどの年代の人が多いのですか。
鈴木:40代、50代がボリュームゾーンです。30代はちらほら、20代は少ないです。主婦をしながら、空いている時間に働きたいという人が多いですね。
家庭の主婦だと誰からも褒められず、何も評価されない。本当は、自分の価値を認めてほしいと思っているはず。タスカジさんになると、お金はもちろん、感謝の言葉ももらえる。みなさん表情が生き生きしてきて、「もっと成長したい」と思うようになるんですよ。自主的に資格取得の勉強をしたり、仕事帰りにレシピを調べたり。タスカジさん向けに開いている研修講座への参加率もかなり高く、私達はこれをコミュニティと連動させています。
タスカジさんのコミュニティをうまく醸成できたのが、タスカジの成功のポイントかなと思っています。マッチングのシステムだけつくってもうまくいかなかった。こまめなサポートをして、タスカジの一員でいることに喜びを感じてもらえるように努めました。今、タスカジさんは1100人まで増えましたが、私はいろいろな場にできるだけ顔を出すようにしています。現場の声を聞くのに、すごくいい機会なんです。
ペースはゆっくりでも、いい形で成長できています。今一番のネックは働き手が足りないことです。だからタスカジで働くとこんなにいいことがあると、どうしたら思ってもらえるかを日々考えています。
「私、何もできないんです」を変えたい
西口:具体的なアイデアは?
鈴木:うちでは最初「家政婦」という言葉を使わないようにしていたんですよ。世間一般が持つ家政婦に対するイメージと、タスカジさんが乖離しているからです。ただ、マスコミはキャッチーだし、短いし、書きやすいから、家政婦と言う言葉を採用しがち。だったら、家政婦というワードのイメージを変えればいい。私は「家政婦とは、家事のプロフェッショナル」というイメージにしたいのです。
家事は訓練していないとできない、長年の経験で体得するスキルです。誰でも簡単にできることじゃない。でも、タスカジさんに応募して来る人はそろって「私、何もできないんです」と言うんです。
西口:言いそうですね。
鈴木:自己評価がすごく低いんです、そんなことないのに。いざハウスキーパーの仕事を始めると、ユーザーに感謝され、時給は上がっていき、「私でもできる!」とみなさんキラキラしてくる。言われた仕事をこなしているだけだと、たぶんその感覚は得られないと思います。
西口:そういうマーケティングメッセージを応募者にちゃんと出している?
鈴木:ホームページにはいろいろ出していますけど、分かりにくいかも。
西口:「私、何もできないんですけど、大丈夫ですか?」というのが頻出ワードでしょう? 自分ではできると思っていないんだよね。でも、心のどこかでは少し自信がある。それを前面に出してできなかったら嫌だし、自分でアピールするのも恥ずかしいと思っているんじゃないかな。そこをくすぐるべき。あなたは何もできなくなんかない。あなたの時間はそんなに安くない。そこに光を当てているのが我々なんですって。
誰もが家事代行を使える世の中へ
西口:ここまで聞いてきて思ったのは、タスカジはサービスを利用する側である働く女性と、提供する側のハウスキーパーの両方をエンパワーしているんですね。
鈴木:そうです。その両輪で回しています。ここ数年、家事代行業界全体が盛り上がっています。うれしいのは、家事代行を使うことがだんだん普通になってきていることです。一部の特別な人だけではなく、正社員で働いている人なら何とか使えるくらいの感じになるといいですよね。パートで働いている人にとっては、まだ少しハードルが高いかもしれません。
夫婦間に収入格差がないご家庭のほうが、サービスを利用しやすい。反対に、格差が大きいと「家事は(収入が少ない)私の仕事なのに、楽をしているみたいに思われても嫌だ(から使えない)」と思うようです。
うちとしては「こういう利用の仕方があるんですよ」というのをPRしていきたいと思っています。多くの人に、自分に合う家事のパートナーを見つけて、「核家族から拡大家族」になってほしいんです。
ここから先はもう社内メンバーを増やしてオペレーションのレベルを上げて、より使いやすいと感じる運営をしていく必要があると思っています。私が一番苦手なところなので、得意な人に手伝ってもらって何とかやっています。不思議になるくらい、応援してくれる人が多いんですよね。
西口:それはやはり理念オリエンテッドでスタートしているからでしょう。
鈴木:そうなのかもしれませんね。