本記事は、先日行われたat Will Work主催のイベント「第1回働き方有識者懇談会」のうち、白石紘一氏の講演「行政から見る兼業・副業と、これからの"働く"ということ、企業と働き手の関係性」を書き起こしたものです。
社会が直面している3つの変化とは
白石紘一氏:みなさん、こんばんは。もともと私は弁護士として法律事務所に在籍していたのですが、今は経済産業省に2年の任期付で着任しています。そこで人事制度に関わる政策の立案や、最近流行っているHRテクノロジーの普及促進等も行っています。
今日は兼業・副業の話をしますが、まず、働き方がどんな風に変わっているかの前提として、今社会が迎えている変化についてお話しします。大きくは3つあると思います。1つ目が人口減少、2つ目が第四次産業革命、そして3つ目が「人生100年時代」です。
まず人口減少について。ご存知の通り、生産年齢人口は右肩下がりで、政府の統計によると2060年にはほぼ半減するとまで言われています。そこで、これまで働き盛りの男性に依存していた働き手をどのように補っていくか、「量」と「質」の面で課題になるわけです。「質」と言うと少し聞こえが悪いかもしれませんが、たとえば「生産性をどのように高めるか」とか、「人材育成をどのようにブラッシュアップしていくか」とか、そうしたことが課題になってくる。
続いての第四次産業革命ですが、そもそも第四次とは何か。第一次の蒸気機関、第二次の電気・電力、第三次のコンピュータを経て、今は第四次産業革命の波が来ているわけですね。具体的には、IoTや、ビッグデータ、AI、ロボットといったものです。これらによって、今まで実現不可能と思われていた社会が実現できるようになってきました。
それに伴って、産業構造や働く人々の構図も変わらざるを得なくなってきています。たとえば自動運転の実現はSFとして想像されていた世界でしたが、AIやビッグデータの活用よって実現しつつあるわけです。そうした変化のスピードがとてつもなく早い。
それを踏まえて社会で何が起きているかといえば、1つは”Winner Takes All”、勝者総取りです。また、安定成長がもう望めなくなっているという面もあります。先日トヨタの社長もおっしゃっていましたが、ゲームのルールも変わってきました。良いと思うものを大量製造する時代でなくなって、インパクトのあるものをつくる、あるいはイノベーションを起こしていくことが求められています。さらに言えば、企業の寿命も短くなってきました。
一方、イノベーションを起こすのは他ならぬ人間ですから、競争力の源泉が今までのモノやカネからヒトに移ってくるわけです。ただ、他方ではスキルの賞味期限が短くなっています。たとえば数年前に通用したスキルが次々と通用しなくなってきたりするわけです。だからスキルもどんどんアップデートしていかないといけない。こういったことが第四次産業革命のインパクトになります。
そして、3つ目の「人生100年時代」について。政府内でも「人生100年時代構想会議」が走っています。これはリンダ・グラットンさんが著書『LIFE SHIFT』(東洋経済新報社)のなかで提唱した言葉ですね。同書では「2007年以降に生まれた子どもの50%が107歳まで生きる」と試算されています。そういう世界が目の前にまで来ている。
そこでどういう生き方をしていくか。たとえば日野原重明先生は昨年103歳で亡くなられるまで、まさに生涯現役でさまざまな研究や講演をなさっていました。同様に、リンダ・グラットンさんは著書のなかで、今までのような「22~25歳ぐらいまでは勉強して、そのあと60~65歳ぐらいまで働いて、さらにそのあとは引退して余生を過ごす」といった“3ステージ制”の人生が、もはや成り立たなくなると書いています。
じゃあ、どういう風に人生を組み替えていくかというと、「いつまでが勉強で、いつまでが仕事」というのは特になし。それぞれのタイミングに応じて、自分のなかでどういう風にポートフォリオを組むか考えて、それぞれライフプランを描いていくことになります。
そもそも職業寿命が大きく伸びますし、キャリアのつくりかたも一様に3ステージ制のようなものではなくなります。それぞれまったく異なるバックグラウンドや生活がある以上、人はそもそも多様であるはずなんです。その意味でも、今後は多様な人生をそれぞれがどう築いていくかということを考えなければいけなくなってくわけですね。
旧来型の雇用システムとは?
これらの変化を踏まえ、旧来的な日本型の雇用システムが今どう変化しつつあるのかをお話しします。まず、伝統的な日本型雇用システムの特徴を挙げますと、言われればなんでもやるし、どこにでも転勤するし、何時間でも働くという、そういう世界観があるわけです。
ここで企業と働き手の関係性を考えてみます。働き手が企業に何を差し出すかというと、まさに滅私奉公であり、忠誠ですね。そのうえで、自分が在籍する会社でのみ通用するスキル、つまり「企業特殊スキル」というものを伸ばしていました。
一方で、企業は働き手に何をあげていたか。単に雇用を保障するだけでなく、終身的な生活保障も行われていました。住む場所も提供するし、企業年金もある。雇用維持があり、ずっと在籍していれば給料はどんどん上がっていくし、ポストも保障されている。さらに言えば、給料というものが、その人がこなした仕事に対してというより、その人の生活を保障してあげるためのものであったという面があります。
これは、双方の信頼関係のうえで成り立っていたことです。内部に閉じたものではありますが、ある種の強固な信頼関係があった。そこに新卒一括採用が加わって、最初から最後まで同じ会社にいるというキャリアが成り立っていました。また、途中で人の出入りも少なく、働き方やキャリアのつくり方という面で選択肢も乏しかったというのが、今までの企業と働き手の関係です。選択肢がない代わりに十分な生活保障があったわけです。
雇用システムはどう変わるか?
では、そうした特長が、先ほど申し上げた社会の変化を経ても本当に維持できるのかというと、そんなことはないだろうと。
まず、言われればなんでもやるという職務の無限定と、長時間労働について。これは、そもそも人手不足に対応できません。今までは、ご家庭に専業主婦がいらっしゃる働き盛りの男性が、ある意味では家庭を顧みず、言われたらなんでもしていたし、単身赴任だってしていたし、夜遅くまで働いていました。
そういう人が大勢いたから成り立っていましたが、今後はそういう人が足りなくなります。だから多様な働き手を確保しなければいけなくなるわけですが、それを職務の無限定が阻害してしまう。長時間労働も個人や家庭にしわ寄せをしてしまいます。
加えて、長く働くことや企業に言われるまま働くことは、かつては評価の対象でしたが、それでは生産性向上のインセンティブが生まれません。そうなると、これからの時代にはどうしてもついていけなくなってしまう。
年功序列と終身雇用については、安定的な事業環境下や徐々に拡大していく状況下では、ポストも用意できるし、人が増えても問題はありませんでした。しかし、今はそういう状況でもなくなってきています。その人のスキルや「どれほどの成果を挙げたか」に関係なく年功で給料を上げる、あるいは環境変化に関係なく人を抱え込んでしまうと、今の事業環境下では企業競争力を維持できなくなってきました。
また、職業寿命は長くなっている一方で、企業の寿命は、最新の調べによると平均寿命23.5年と、短くなっています。こうなると、そもそも企業が終身的な雇用をしてあげられないという話になります。
そして、企業主導キャリアと企業特殊スキルについて。今までは同じスキルをそのまま伸ばしていれば良かったのですが、今はどんどん新しいものを取り込んでいかないとイノベーションを起こせません。また、スキルの賞味期限がどんどん短くなっていることに加えて、企業のなかで先輩が同じスキルを教え続けるOJTのような形では、スキル自体が時代遅れになってしまう面もあります。
さらに言えば、その企業でしか通用しないスキルばかり伸ばしていると、今度はその会社の外で働くことが困難になり、多様なキャリア構築が阻害されてしまいます。その意味で、働き手のニーズに応えられないということになってしまう。
こんな風に、従来の日本型雇用が今はある程度限界を迎えていて、そのなかで企業が今まで保障してあげられたものも保障できなくなってしまっています。働き手のほうも、かつては「何時間でも働きます」と言っていましたが、そうではなくなってきました。互いに、以前と同じものが差し出せなくなっているんです。ですから、企業と働き手が改めて信頼関係を構築するなら、自分が与えたものに対して何を得ることができるのか、きちんと再定義しなければいけなくなります。
これが、企業と働き手の関係がこれから進んでいく方向であり、現在の働き方改革が目指す方向の1つだと思います。今、働き方改革の議論では長時間労働の是正がメイントピックに挙がっていますが、それで終わりじゃない。それは働き方改革の第1章であって、そのあと第2章を考えていかないといけません。そこでのメインテーマは、自分はどんなキャリアを築くのか、自分は何を差し出すのか、あるいは何を貰うのかといったことを自分で考える「働き手の自立」という話になると思います。
働き手がそれぞれ自立するなら、多様な働き方やキャリアを社会としても企業としても許容していかないと、良い人材を獲得できませんし、競争力も確保できません。今は多様性またはダイバーシティという文脈で、女性活躍や高齢者雇用ということがよく言われています。本来目指すべきは、1人ひとりが違うことを前提にして、個別最適を実現するためにどうするべきかを考えること。そういう意味で多様性が大事という話になります。
その多様性を保つためには、働き方やキャリアのつくり方に選択肢が必要です。誰かに押し付けられるのでなく、いくつかある選択肢のなかから自分で選んでいける環境にしないといけない。そうしたことを築きあげていくというのが、働き方改革として次に考えるべきことだと思います。
兼業・副業のメリットと留意点
ここからは兼業・副業に絞ってお話しします。働き手が兼業・副業を行うメリットとしてよく言われることを、いくつか挙げてみます。まずは「リフレクション」。同じ会社でのみずっと働いていると、ある意味では「自分が社会のなかで何者なのか」という相対的な位置づけがしづらくなってきます。そこで外を見ることによって、「自分が今持っているものは何か」という振り返りができる。
こうした話は『LIFE SHIFT』でも「変身資産」という言葉で説明されています。100年の人生を生きる人々は、一律ではないさまざまな変化を経験していくので、「その変化に耐えられる資産を持たなければいけない」と。それは具体的に何かというと、自分についてよく知っていること。また、企業のなかで閉じたものでない、いろいろな人的ネットワークを持っていること。そして、新しく経験することに対して後ろ向きでないこと。兼業・副業は、そうした変身資産につながるものであると、『LIFE SHIFT』では述べられていました。
一方、企業にとって兼業・副業のメリットは何かといえば、それがイノベーションにつながる点、そして社会から広く知識を得ることができる点です。また、最近は特にIT系ですと、兼業副業ができない会社は良い人材を採れなくなりつつあります。兼業・副業が優秀な人材獲得につながるという面があるんですね。「兼業・副業を認めると、そのまま辞められてしまうのでは?」と思う方も結構いるようですが、むしろリテンション、流出防止につながると、兼業・副業を認めている会社さんの多くはおっしゃっています。
その辺を踏まえて政府はどういった動きをしてきたかというと、まず平成28年度に経産省で「兼業・副業を通じた創業・新事業創出に関する研究会」が設置されました。その議論を年度末29年3月に「働き方改革実行計画」へ反映させ、それを踏まえて厚生労働省で昨年の秋冬、「柔軟な働き方に関する検討会」が開かれました。ここでは、モデル就業規則の改定、ガイドラインの新設、制度的課題の整理といったことがなされています。
今回の実行計画には、「副業や兼業は、新たな技術の開発、オープンイノベーションや起業の手段、そして第2の人生の準備として有効である」と書かれています。そのためにも兼業・副業を加速させていきましょうということが、実行計画で謳われました。
厚労省はそこで何をしたか。厚労省はもともと「この就業規則を参考にしてください」というモデル就業規則をつくっていたのですが、そこには「許可なく兼業してはいけない」ということが書かれていたんですね。それを「勤務時間外は他社の業務に従事できますよね」という形に改正したというのが1つ。また、ガイドラインの作成も行って、そこで兼業・副業のメリットや留意点が整理されました。併せて、そうしたなかで労働時間の管理をどのように行っていくべきかということも、簡単にではありますが整理されました。
制度的課題については、大きく分けて4点。まずは労働時間の通算です。2社以上で働いている方はその労働時間を通算しなければいけません。これは労基法で定められています。そもそも労基法では1日8時間までしか働けないことになっていますが、兼業・副業もそこに合計しなければいけないということで議論の整理がなされました。
いずれにしても、今は社会風土的な変化もあって兼業・副業を認める企業が増えています。日系大企業の社長100人に対するアンケートでは、「副業を認めている」または「認めることを検討中」という企業は平成28年12月時点で17%しかなかったのですが、それが今では42%というデータもあります。それに伴って今は兼業・副業のマッチングプラットフォームも増えていて、たとえば「シューマツワーカー」等のサービスで数多くの副業が紹介されています。
働き手と企業の関係はどうなるか?
今後の日本型雇用システムに関する話も少しします。私は、兼業・副業というのは、日本型雇用システムへのアンチテーゼそのものだと思います。そして、それは今までの日本型雇用システムが1社への専属をイメージしていたことに対して、「兼業・副業はそうじゃないよね」というだけの話ではない、と。
日本型雇用システムを見直していく方向性と、兼業・副業を活用するために必要なことは、かなり共通しています。どちらも、職務の無限定や長時間労働といったものと逆のことを掲げているわけですね。「職務の明確化が必要であり、かつ長時間労働の是正をする」と。
職務の明確化とは、「その人がどんなスキルを持っているか」や「明示された職務やミッションに対する成果」に基づいて、公平な評価をしましょうという話です。これは兼業・副業に関しても同じことが言えます。フルコミットじゃない人に業務を与えるのなら、「この人にこれを任せたい」ということでタスクを切り出さなければいけません。また、そのタスクでどれほどの成果が出たのか、きちんと評価しなければいけない。これは、職務の明確化という全体像の話とつながる部分が数多くあります。
年功序列や終身雇用についても同じです。これからはキャリアパスを複数用意しなければいけないし、社内と社外に高い壁をつくるのも止めないといけない。兼業・副業もまったく同じです。兼業をやる人もいればやらない人もいるわけで、働き方、あるいはキャリアパスの複線化も図っていかないといけない。また、社外からもフルコミットじゃない人を受け入れて、人的リソースを社内外問わず活用していく必要があります。
それと、これからは企業主導でなく自分でキャリアをつくっていかなければいけない。企業はそこで働き手の支援に回ります。また、社外からもスキルを得ていかなければいけないわけですが、こうした話も兼業・副業とまったく同じですね。自分の将来を考えたら、「違うスキル」というものを自分のなかに入れておかないといけない。そこで学び直しが必要になってくるという位置づけができます。
そんな風にして、働き手と、個人あるいは企業がともに高め合っていくような双方向性の関係をつくっていくということが、今後は働き改革のテーマになります。ご清聴、ありがとうございました(会場拍手)。
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