インクルーシブな雇用(働く機会がない、あるいは失った人の雇用)を実現している企業に、その背景や効果を問う本コラム。今回は、無料キッズルームを併設して子育て中の美容師が働きやすい環境を整え、さらに50~60代の美容師も多数働くラポールヘアを創業した早瀬氏に話を伺いました。同社は東日本大震災をきっかけに宮城県石巻市で創業し、現在は全国で20店舗展開しています。聞き手は、グロービスで人材マネジメント領域の研究をしているファカルティ本部長の君島朋子です。
石巻からインパクトのある社会課題解決型の美容室モデルをつくりたい
君島:なぜ、ラポールヘアを起業されたのですか。
早瀬:東日本大震災が起きたとき、私は東京の大手美容サロンの役員をしていました。フランチャイズが全国に100店舗あり、その被災状況を確認したり、対応を指示したりしていたものの、家に帰ってテレビや新聞を見ていると被害状況が刻々と増えている。そのときに、経営者という立場であれば、ボランティアや物資の支給とは違うアプローチですべきことがあるんじゃないかなと思ったんです。
そこで、過去の大災害時の事例を調べてみたところ、阪神淡路大震災のときは、三木谷さんが友人を亡くされたのをきっかけに楽天の前身の会社をつくり、関東大震災では渋沢栄一さんが雇用を生むため各事業に投資したという事例を知り、「雇用」を創ることは経営者しかできないことなんだ、と思うに至りました。
最大被災地となった石巻市では、理美容室が約1000店舗ぐらいあったんですが、そのうちの200~300店ぐらいが津波でなくなりました。日本の美容室の平均従業員数は1店舗あたり約2.5人ですから、500~600人の理美容師の職が石巻市だけで一気に失われたことになります。
ここにお店を出さなかったら、東北の理美容業の復興は難しくなる、技術者が生活していけないと思いました。同時に、美容師であれば働くお店ができればすぐに復職できるだろうし、立地戦略さえ間違えなければ復興後も持続的な運営が可能だろうと考えました。そして、石巻からインパクトのある社会課題解決型のモデルをつくって東北、全国に展開できれば、理美容業界の復興の旗印になるんじゃないかと思ったんです。
それを2011年の3月、4月に考え、4月末で役員退任させてもらって、5月に直接被災地を訪問した後、7月1日に今の会社を設立し、10月1日に1号店の石巻店をオープンさせました。
働き手と顧客のニーズをマッチングさせる
君島:ラポールヘアでは、美容師さんの「お子さんがいてフルタイムは難しいが働きたい」という状況と、保育士さんの「日中だけ働きたい」「自分の子供を連れて行ける職場があったらいい」というニーズを顕在化させて、保育士さんのいる昼間開店の美容室という形でうまくつないでいます。逆にお客さんの「あったらいいな」は、ある程度見えていたんですか。
早瀬:子供がいるママの来店率は当初の見込み通り高いです。おばあちゃん、娘、孫の親子3代での来店も多いですね。セット面も多く美容師さんも数多く在籍しているので、3人同時に施術もできます。都心だと20~30代向けの美容室が多くて、シニアの方や小さなお子様はおしゃれ過ぎて入りづらいという声も良く聞きます。
地元に行きつけがある方も多いですが、そんな中でも、ユニクロのような入りやすいお店ができると、通りがかりで行ってみようかなって思っていただける。一方で、美容業界のマーケット的には、約3割のお客さんが毎回お店を変えます。その様なお客様もいらっしゃるので、出店して新規獲得に困ることは基本的にありません。立地戦略と間口さえ間違えなければ、あとは定着するかどうかのみ。
君島: 定着してくれた鍵は何でしょうか。
早瀬:高い技術力が鍵だと思われるかもしれないですが、例えば指名客が多いスタイリストAさんがいて、そうでもないデビューしたてのBさんがいたとします。お客様が「上手な人紹介して」と言ったときに、必ずしもAさんが良いとは限りません。相性みたいなのがあって、Bさんがよい場合もある。技術と接客、そして相性といったところで、また来たいと思っていただいたお客様が通ってくださる。
また、お客様が求める美容師さんは、自分の年齢マイナス10歳ぐらいと言われています。例えば50代のお客様は、3、40代の美容師さんに安心感を覚え、20代では世代が合わないという傾向があります。当社のママさん美容師は30~60代で平均年齢が42.5歳です。必然的にプラス10歳がメインターゲットになっていきます。
君島:今まで働いていなかった人たちに活躍してもらうことにも、難しさがあったのでは。
早瀬:実は、ある調査によると「どういう美容室で働きたいですか」という問いに対しては、家から近いところが1位なんです。お客様も「どこの美容室行きたいですか」に対しては、近いところが1位。近くで、かつ働く場所がないところを選ぶには、人口が5万から15万人ぐらいの大きすぎない町がベストです。
飲食でも美容室でも、30万人以上の都市や人通りが多いところを狙うことが多い。そこには働く場所がいっぱいあります。一方、5万から15万の町で勝負するケースはあまりなく、小さな個人美容室しかない。さらに言うと、日本の市町村は約1700あって、その7~8割ぐらいが5万から15万人ぐらいの市町村なので、実はボリュームゾーンなのです。弊社はそこをメインに出店しています。
自立して、自分の持っている力で働く人を増やしたい
君島:シフトが自分の都合で組めて、職場が近くにあるのなら、働いてみようとなると。
早瀬:ただし、「あまり働きたくない」という人が増えすぎると、シフトが組みづらくなるので、そこが課題です。あとは「個人事業主・業務委託ってよく分かりません」「社員にして保険付けてください」と言われることもあります。当社が社員採用すると、働く時間をある程度長くしないと採算が取れなくなるので、「家庭と仕事を両立したい」というニーズからギャップが生まれてしまいます。
今は税制が変わっているのに、「扶養範囲内で働く」ことで頭がロックオンされている方が多い。正社員は長時間働かないといけない、でも私には子供がいるから無理。パートで働いてみたものの、時間は余っている…といった具合に。
欧米ではフリーランスが6、7割なのに、日本にはほとんどいない。そこになぜか嫌悪感があったりもする。自立して自分の持っているものを生かす、というふうに意識チェンジできる方が増えるといいなと思っています。
君島:業務委託という考え方は、美容業界にはなかったんですか。
早瀬: 10年くらい前から徐々に増えてきて、今は都内ではだいぶ定着してきました。ただ、給与では満足できない高収入を求める男性美容師を多く採用し、低価格路線で既存美容室のお客様を奪うような経営者もいるので、ブラックなイメージもあるのが現状です。残念ながら「働き方改革」の文脈で業務委託の良さを美容師に提案しているところは少なく感じます。
当社のメンバー150人は、全員ママさん美容師、または孫がいる美容師さんです。おそらく国内でママさん美容師の採用に特化している美容室チェーンは当社くらいだと思います。本来素晴らしい個人事業主である業務委託契約の良さを伝えつつ、家庭と仕事、子育てと社会人という両立ができる働き方をどんどん増やしていこうよと、美容業界に対しても意識付けすることができたら、と思っています。
君島:業務委託の良さがひとたび分かったら、美容師さんが定着しそうですね。
早瀬:当社の離職率はかなり低いと思います。地方だと、歩合は多少つきますが、どれだけお客様を担当しても大体月額15~20万前後の収入で社員として雇われる人が多いです。当社に入ると売り上げの45%が収入として得られるので、平均的な収入は大体25万~35万円になります。お客様が少ない月があっても、毎月最低保証額15万円という制度があるため、1年やってみると、最初の不安から一転して、毎月の給料が増えて嬉しいという状況になっています。
さらに、当社の美容師さんの3分の1ですが、少しずつ副業が広まり始めました。例えば美容専門学校の先生をやりながらうちで働いている人もいます。異業種の仕事を掛け持ちしている人もいます。どんどんいろんな収入源を増やせるのも、業務委託、フリーランスの働き方だよっていう話をしています。
さらに、10年、20年後には、フリーランスから発展して自分の法人を立ち上げるメンバーが増えてくれば、厚生年金にも加入できますし、働いている時の収入も増えます。「どうやって税金を払おうか」と考えるまでになってくれれば、本当はもっといいですね。
自然発生的なリーダーに、さらに活躍してもらうために
君島:ところで、店長さんがいませんよね。困ったことはありませんか。
早瀬:業績が低迷してしまった場合、スタッフが楽をしたいから「今、予約がいっぱいです」と言ってお客様を断るケースが考えられます。そうなると、1日の客数が減り、赤字になることもある。店長がいないとそこをコントロールできない点は課題です。
当社は基本的には予約不要の美容室ですが、どうしてもという声が美容師側からあれば予約可の運営にしています。ただ、そうすると売り上げが2割ぐらい下がります。お客様は予約不要だと好きな時間に来店されるので、待ち合い席で待っていらっしゃれば、早くご案内しようとして回転率が高まります。一方、予約制にすると、お客様に迷惑がかからないように多めの時間を予約表で取ってしまうので、客数が2割ほど下がります。
実は、本来予約不要の目的はママさん美容師のためでした。子供が朝起きたら急に熱を出していた、というときにも休みやすいのが予約不要の店です。しかし予約制だと美容師は断りの連絡を入れないといけないし、来店機会を失うことにもなる。予約制を取るのであれば、美容師は絶対に休めない状況にするとともに、客単価を上げてお客様にその分をご負担してもらわないと採算が合わない。
一方で、店長がいるほうが逆に大変な場合もあります。美容師さんの多くはキャリアアップや役職付きの働き方を望まないので、無理やりマネジメントをお願いすると店の雰囲気が悪くなってしまうのです。
そこで、今は「夢シート」という手法を活用しています。シフト希望を書いてもらいつつ、会社に言いたいこと、お客様に言われて嬉しかったこと、具体的な来月の目標などを書いてもらっています。その中に「お店の中で尊敬する人や頑張っている人いますか」という項目もあり、そこに名前が書かれている人に権限を与えると、大体うまくお店が回ります。
君島:自然発生的なリーダー業務やっている人に、あえて名前付けたりお金あげたりしなくても、うまくいっていると。
早瀬:逆に、名前を付けたり、お金あげてしまうと、「いや私そういうつもりでやってないです」「みんなと同じ立場がいいです」ってなってしまう。
君島:それはよく分かります。私は女性向け研修を業務の一つとしてやっていますが、あまり前に出たがる人がいないんですよね。仲間でやっていたほうがいいと言って。
早瀬:一方で、現場の雰囲気を良くしたり、報連相をしっかり定着させるには、キーマンの育成が必要です。私は今後10年で100店舗展開できる企業を目指していますが、そうなると美容業務以外の役職の人が生まれないと組織が成っていかないでしょう。組織図をイメージして、その候補生を今の段階から仕込んでおかねばならない。
実際、50歳を過ぎると「足腰が疲れるので勤務日数を減らしてほしい」という方も出てきます。キャリアのある美容師さんであれば、10日間は現場、10日は別の店舗を回ってサポートしてもらうなど、次の働き方を提案してもいい。そのような仕組みを整えて、ママさん美容師の50代60代のキャリアまでをしっかりと明確にしてあげることが必要だと考えています。
君島:ずっと専門家でいたい人もいるけど、指導側に回りたい人も絶対いますものね。他にも、ラポールヘアならではの特徴はありますか。
早瀬:出店のターゲットとしている市町村の多くには、フリーペーパーのような広告媒体がほとんどありません。その地域の皆さんが広告を見るとしたら、新聞の折り込みかテレビのみ。ですから折り込み広告を月に1回入れると、他に競合がいないためお客様が数多くそのチラシを見て来店いただけます。30万人都市であれば、広告メディアが多すぎて恐らく費用対効果がぐっと下がるでしょう。
技術面では、美容師さんを育てる必要がないのが特徴です。30代以上のママさん美容師は美容師キャリアが10年以上あるベテランさんなので、入社したら最新薬剤の感覚チェックをする研修を1日、2日行ない、オペレーションの流れをOJTで行なうだけでスタートできます。自分自身で勉強や練習をよくしていますし、辞めたときのお客様の層がそのまま現在のお客さんの層なので、会社の研修制度として技術研修をあらためて行なう必要があまりないのです。
美容室展開は、出店場所さえ見つかれば、求人して、美容師さんに応募いただいて、必要な広告を出して、集客して、というのを繰り返しです。開発や教育の時間がかからないため、10年で100店舗の達成は、組織づくりや女性が望む働き方改革ができれば、必然的にできると考えています。
女性が年を重ねても生き生きと働き続けられる社会へ
君島:女性の働き方に対して強い思いを持っていますが、そこに至った原体験はありますか。
早瀬:自分の母親が幸せな人生を送っていることが原体験です。母は高卒ですが、地元の地方銀行に入行して女性初の支店長になりました。その後退行して、1から着物を学びはじめ、今は教授にまで成長しています。自宅で着付け教室を開いたり、後輩の指導をしたりと充実した生活を送っています。子供の頃は一緒に過ごす時間があまりありませんでしたが、それよりも元気で働いていて、何も心配のない状況の方が、子供としては嬉しいわけですよね。
相手が求めること、期待していることに対して、それ以上のことを返し続けることができれば、仕事でも人生でも豊かな生き方ができるようになると思っています。社員の上下関係でもそうですし、取引先に対してもそうですし、家族でもそうかもしれません。そういうことが原体験として大きいかもしれないですね。
君島:なるほど。皆が自分の力を活かして働いて、感謝し合える日々を送れる場所を作ろうとしておられるのですね。ラポールヘアの拡大を通じて、様々な人のニーズに合った働き方ができる社会が作れれば素晴らしいですね。今日はありがとうございました。