企業変革の最後の難所は、「頭ではやるべきことを理解していても一歩踏み出せない」。この壁を乗り越えるために有効なのが「コミットメントと一貫性」というカチッサーだ。実際にこの原理がどのように応用できるのか、実例を元に見ていきたい。
トップダウン型から抜け出したい通信系サービス会社のケース
某通信系サービス会社は、前社長の強制力を行使する指示命令型のスタイルによって組織のメンバーが委縮し、会議の場などで誰も発言することはなかった。ブラック企業と呼ばれるまでに長時間労働が常態化し、組織は疲弊していた。
こうした風土を一新するために、人間理解の深いF社長が親会社から送られることになった。F社長は、「ES(従業員満足度)なくしてCS(顧客満足度)なし」という信念のもと、クレド(行動基準)を見直し、風土の刷新に乗り出すことを就任と同時に決めた。しかし、その変革を実現するためには、誰よりも役員陣が新たなクレドにもとづいて行動できるかが鍵であり、難所でもあるとF社長は考えていた。
さて、このような状況下で、もしみなさんがF社長の立場なら、役員陣に対してどのような対応をとるだろうか?
企業変革の難所5:頭ではやるべきことを理解していても一歩踏み出せない
自分がどう行動したらよいか頭のなかでイメージができたとしても、自分にそれができるか不安が生ずるものだ。未知のことに対して、自己効力感は簡単にはもちえない。この難所を乗り越えるうえで有効なのは、「コミットメントと一貫性」というカチッサーを活用し、都度振り返って行動を修正しながら継続することだ。このコミットメントと一貫性とは、人は自分のコミットメントや価値観と一貫した行動を取ろうとする特徴をいう。
では、具体的にこのカチッサーをどう活用したらよいのか、みなさんが相手に行動を促す立場であるとして考えてみよう。
まずは未来へのロックインで下地をつくる
自らの行動を変えなければいけないとわかってはいても、多くの人は今すぐ変える気はない。そういう相手には、「今すぐの行動変化よりは、将来のある時点での行動変化についてのほうが同意を得やすい」とされている。これを未来へのロックインと言う(*1)。すぐに行動を変えるよう相手に求めると抵抗されやすいが、将来の行動を変える約束をとりつけるのならうまくいきやすいということだ。
なぜなら、足元に起きる出来事については具体的な条件に照らしながら自分の意志でやりたいかを判断せねばならない(やりたくなければやらない)一方で、遠い未来の出来事については、より抽象的な条件に照らして自分はやるべきか否かの基準で考えることができる(抽象的な基準なら多くはやるべきということになる)からだ。コミットメントを促すには、具体的なコミットメントよりも全般的・抽象的なコミットメントの方が相手に受け入れられやすい。変革の大きな方向性に関してまずは相手と合意することだ。
時間を与えた方が決断しやすい?
人は楽しいと思うことですら翌日に持ち越してしまいがちなのはなぜだろう。人は目の前の課題の処理に追われているときに、「この課題さえ片付ければ、もっと楽しいことをする時間が取れる」という幻想を抱く傾向があるからだ。この「先延ばし」思考を乗り越えるには、やるやらないを決断するまでの時間を長く設定するよりも、非常に短い期限設定をした方が効果的であることが証明されている(*2)。
某企業の社長は、役員会に起案された現場からの提案について、その場で担当役員に即決させることを求める。しばしば、「情報が不十分なので決められない」「もっと調査するように・・」と担当役員から起案者に差し戻される場面が見受けられる。しかし、その社長は逃がさない。「決断に必要な情報とは何なのか?もっと具体的に言え」と。
ハードルを低くしてまず一歩
行動を促すためには、「いつ、どこで、どのようにしてやるのか」具体的なプラン(実行意図)を作らせる必要がある。次に、そのコミットメントが実行されやすいような環境を用意すると効果的だとされている(*3)。しかし、多くの企業の変革プランを見ていると、実行段階での具体的難所の特定とそれを乗り越えるための行動が具体的に明確になっていないケースが非常に多い。これでは行動できない。
そのうえで、ローボールテクニックにより あえてハードルを低くしてほんの小さなことでもまずやってもらうことで前進がはじまり、そうして一度変革行動にコミットさせると、後に悪い条件になっても受け入れ、結果的に大きな効果を生むことにもなる。これはリストラなど、悪い変革の選択肢しかないときに有効とされる(*4)。
決断の見える化
やると決断したことは言葉にして見える化させるのが効果的だと言われている。その際、自らの意志で主体的に見える化作業が行われなければいけない。見える化させることで自分の行ったコミットメントを思いだせるリマインド効果があると同時に、他の人に対してそのコミットメントを知らせることで自ら守らなければならないという心理が強くなるからだ。人間は、他者が自分をそう見ているという認識が、その見方と一致した行動を自分に取らせるようになる(*5)。
冒頭のF社長は、クレドを遵守するよう従業員に促すレターに対して、役員一人ひとりに自筆のサインをさせた。こうして誰よりも役員がクレドを率先垂範したことで、数年後この会社はホワイト企業の上位にまでランクされる企業に生まれ変わった。
以上、7回にわたり、企業変革の難所を乗り越えるための有効な手段として、社会心理学で実証されているカチッサーの原理が様々応用できることを紹介してきた。企業変革や行動変容は理屈だけではかなわない。それだけ難しい。だからこそ人間が無意識に反応してしまう心の原理を正しく実践することは、変革をリードする者にとって有効な武器になるのだ。
(*1)Trope, Y., & Liberman, N. (2003). “Temporal construal.” Psychological Review, 110(3),403.
Wilson , T. D., & Gilbert, D. T. (2003). “Affective forecasting.” Advances in Experimental Social Psychology, 35, 345-411
Rogers, T., Bazerman, M. H. (2008). “Future lock-in: Future implementation increases selection of “should” choices.” Organizational Behavior and Human Decision Processes, 106(1),1-20.doi: 10.1016/j.obhdp.2007.08.001
(*2)Shu, S., & Gneezy, A. (2010). “Procrastination of enjoyable experiences.” Journal of Marketing Research, 47(5),933-944
Porter, S. R., & Whitcomb, M. E. (2010). “The impact of contact type on web survey response rates.” Public Opinion Quarterly, 67,579-588.
(*3)Goldstein, N. J., Cialdini, R. B., & Griskevicius, V. (2008). “A room with a viewpoint: Using social norms to motivate environmental conservation in hotels.” Journal of Consumer Research, 35(3),472-482.doi:10.1086/586910
Baca-Motes, K., Brown, A., Gneezy, A., Keenan, E. A., & Nelson, L. D. (2013). “Commitment and behavior change: Evidence from the field.” Journal of Consumer Research, 39(5),1070-1084.doi:10.1086/667226
(*4)Brockner, J., & Rubin, J. Z. (1985). “Entrapment in escalating conflicts: A social psychological analysis.” New York: Springer-Verlag.
Treger, A. I. (1980). “Too much invested to quit.” Elmsford , NY: Pergamon
(*5)Jones, E. E., & Harris, V. E. (1967). “The attribution of attitudes.” Journal of Experimental Social Psychology, 3, 1-24
Kraut, R. E. (1973). “Effects of social labeling on giving to charity.” Journal of Experimental Social Psychology, 9, 551-562