2022年、ユニコーンを超えてデカコーン創出へ
湯浅エムレ秀和(グロービス・キャピタル・パートナーズ ディレクター)
2022年、日本のスタートアップエコシステムはデカコーン(decacorn、1兆円企業)創出に向けての動きが本格化するだろう。日本初のユニコーンと呼ばれたメルカリが上場した2018年から3年経った2021年時点では、ユニコーン企業が10社以上存在し、直近上場した企業も含めると約20社程度が実質ユニコーン化を果たしている。
次のチャレンジであるデカコーン創出にあたり次の3つが重要と考えている。
1.ビッグビジョン
起業家が目指す目線以上に企業が大きくなることは基本的にはない。ユニコーン企業を多数生み出してきたここ数年の進化により、真に野心的な起業家は巨大な産業の変革やグローバル展開を本格的に取り組んでおり、そのための複数プロダクト展開や海外市場参入などを実行し始めている。彼ら彼女らは、日本から始まりアジアそして世界展開も目指すし、見据える規模感はデカコーン越えだ。
2.ハイタレント
スタートアップにとって最も貴重なリソースは人材である。最近だと、シリアルアントレプレナー、スタートアップ経験者といった2周目・3周目の起業家が増えていることに加え、投資ファンド、戦略コンサルティング、投資銀行、事業会社等々のエースのスタートアップ業界への流入が加速している。ボトルネック化しているエンジニア採用については、海外オフショア開発拠点を設けるなどして解消する企業も増えている。
3.リスクマネー
国内スタートアップの資金調達額は年々増加しており、2021年は7000-8000億円で着地すると予想され、2022年は初の1兆円越えの可能性も帯びている。国内VCが大型化していることに加え、Sequoia Capital*1(セコイア・キャピタル:GoogleやAppleに投資してきた米国を代表するVC)やDST Global*2(FacebookなどIT企業への投資で知られる)といった海外トップティア投資家も日本のスタートアップへの投資が加速している。
産業界のIT化の遅れや社会課題を多く抱える日本は、スタートアップにとって成長余地が大きい市場ともいえる。このような機会を捉えている国内スタートアップ市場は2022年も大きく飛躍するなか、一人ひとりがこの大きなうねりにどのように乗っかり後押ししていくかが重要テーマとなる。2022年は日本からデカコーン創出に向けての兆しを作る年になるばかりでなく、世界に対して日本のスタートアップの力強さを示す年になるだろう。
<注釈>
*1 Sequoia Capital:セコイア・キャピタル。GoogleやAppleに投資してきた米国を代表するVC
*2 DST Global:Facebook、Twitter、SpotifyなどIT企業への投資で知られるファンド
「フロンティア」の再定義
野本遼平(グロービス・キャピタル・パートナーズ プリンシパル)
2021年、日本のスタートアップ業界をにぎわせたのは、大型ラウンドの増加、上場株投資家やバイアウトファンドによるスタートアップへの直接投資、ESG投資、デジタルトランスフォーメーションの加速、ハイスキル人材のスタートアップ参画、スタートアップ同士のM&A、メタバース/Web3などの話題でした。海外に目を向けると、Sequoia Capital(セコイア・キャピタル)のファンドのオープンエンド化にも注目が集まりました。
これらの個別事象は、一部は過剰流動性を背景としつつも、本質的にはスタートアップにとっての「フロンティア」が再定義されつつある点が背景にあるように見受けられ、このトレンドは2022年以降も当面は継続するのではないかと思われます。
「開拓地」としてのフロンティア
資本主義というシステムそのものの特徴ではありますが、とりわけ急速な成長を志向するスタートアップには、常に「次のフロンティア」(開拓地)が求められます。しかし、日本に関していえば労働生産人口は減少の一途にあり、また、ピュアインターネット領域における開拓はこの20年でかなり進みました。
この点、次の「フロンティア」として数年前より盛り上がっているのが、既存プレイヤーの業務効率化や既存産業アップデートである「デジタルトランスフォーメーション(DX)」ですが、今後はより既存産業にディープに食い込んでいく試みが増えるでしょう。これは、“中心部”へ向かうフロンティアです。具体的には、SaaSの提供に加えてトランザクションにも介在するモデル、基幹システムに近い領域を担うモデル、ハードウェアを組み合わせるモデル、さらにドラスティックに、伝統的な業態をそのままリプレイスすることを狙うTESLAのような「デジタルネイティブな垂直統合型スタートアップ」のモデルなどが想定されます。
これは、スタートアップが伝統的なマーケットにおけるシェアの奪い合いに本格参戦するということであり、スタートアップが(上場の前後に関係なく)産業の中心的存在になりつつあることを意味します。だからこそ、これまで大手企業に在籍していたようなハイスキルな人材の流入は加速しますし、上場株投資家はゼロサムゲームで勝ち切るポテンシャルのあるカテゴリーリーダーには投資せざるを得ないし、VCファンドもオープンエンド化して上場後も株式を保有することを志向します。
裏を返すと、伝統的企業にとって、スタートアップは効率化やDXを手伝ってくれる仲間という存在から、自社のシェアやポジションを奪う存在になっていくことを意味します。この領域侵犯が明確に自覚されると、国内の伝統的企業による外部の力を借りない(カニバリゼーションも含めた)本当の意味でのトランスフォーメーションや、スタートアップを対象とした大型M&Aも増えていくのではないでしょうか。現時点においてこういった動きがまだ少ないのは、スタートアップが伝統的企業に対して十分な脅威を与えられていないということだと思われますが、変化の兆しは見えてきています。
もう一つのフロンティアとして注目が集まっているのが、Web3です。ユーザーの可処分時間についてはゼロサムの側面もありますが、新しい経済空間の創出はもちろんのこと、経済活動の主体がより“個人”化され、さらには新しい形の資本主義が立ち上がるポテンシャルすら秘めています。これは、先ほどとの対比でいうと、“外縁拡張”へ向かうフロンティアです。
一方で、「貨幣が貨幣として流通するのは、それが貨幣として流通しているから」(岩井克人著『貨幣論』)だとすると、Web3の“あるべき姿”としてのデジタル所有権や新しいインセンティブ構造が成立するには、根本的にはトークンに対する“共同幻想”の成立が必要であり、それを支える法制度の整備を含めたルールメイキングが不可欠です。電力消費抑制などの技術的進歩も含めて、乗り越えるべきハードルは多々あります。このハードルを乗り越えるモメンタムが生まれるかどうかは、トークンの値上がり益ではない一般消費者にとって実利を伴うユースケースを作り出せるか否かにかかっていると思われます。ファーストステップとしては、まずは中央集権的な事業主体が立ち上げるマイクロバースが複数並立し、その間での交易(貿易)が行われるという、現状の“ユニバース”と似たような世界が訪れるのではないでしょうか。
「境目」としてのフロンティア
フロンティアには「国境」という意味もあります。電力問題とも関連しますが、資本市場が意識しはじめたもう一つのフロンティアは、地球資源の有限性です。地球資源も、一定の自己再生が行われるとしても、人類の開拓スピードからすると実質的なゼロサムであることが自覚されるようになってきました。外縁を拡張するにしても、地球という単位では限界があるのです。これを受けて、カーボンニュートラル、サステナビリティ、サーキュラーエコノミーといったテーマに貢献する事業に対して資金が集まるようになってきました。
これはパーソナルデータ規制の台頭(GDPRなど)でも見られた現象ですが、焼き畑的なフロンティア開拓に対するアンチテーゼとしての「観念」が、資本市場で無視できない「規範」にまで昇華しつつあるように見受けられます。今後のスタートアップは、国際的なルールメイキングの動向を無視できないことはもちろん、「規範」になる手前の「観念」として何が台頭しているかにも目を配る必要がありそうです。もちろん、地球資源の限界を突破するための「開拓地」としては、宇宙にも期待が集まっています。
2022年以降のスタートアップ業界は、再定義された新しいフロンティアを意識した動きがより活発になっていくものと思われます。
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