フォースタートアップス 恒田氏「誰もが何者かになれる世界を体現する」

MBAの真価は取得した学位ではなく、「社会の創造と変革」を目指した現場での活躍にある――。グロービス経営大学院では、合宿型勉強会「あすか会議」の場で年に1回、卒業生の努力・功績を顕彰するために「グロービス アルムナイ・アワード」を授与している(受賞者の一覧はこちら)。今回は2021年「創造部門」の受賞者であるフォースタートアップス株式会社 常務取締役 タレントエージェンシー本部長の恒田 有希子氏にインタビュー。前編では、グロービス入学のきっかけから、殻を破り続け現職に至るまでを伺った。(前後編、前編)(聞き手=山岸園子、文=山臺尚子)

「やりたいことがない」「やり抜けられるのだろうか?」から始まったMBA

山岸:まずは受賞のご感想をお聞かせ下さい。

恒田:グロービス経営大学院に入学してから9年ほど経ちますが、その間「全身全霊で働いてきた」という自負があります。それが今回の受賞で、グロービスからも認めてもらえたのだと思うと、とても嬉しく思っています。

山岸:大学院には2012年に入学されています。どういった経緯で入学を考えたのでしょうか。

恒田:入学した27歳のころ、私にはやりたいことがありませんでした。しかし、周囲は仕事に夢中になっている人ばかりで、やりたいことがない自分が非常に苦しかった。そのうえ、大学で本気で勉強してこなかったこともコンプレックスで、ダブルで自信を失っていました。

ここから脱する方法を考える中で「WhyがないならHowを変えよう」と、留学やMBAを考え始めたのです。その中で最も費用対効果の高そうなグロービスへの入学を決意しました。ですが本当にやり通せるか実は不安で、説明会でも「卒業できる確率は何パーセントですか?」と質問したくらい。卒業できずに、これ以上自信を失うことが怖かったのです。

山岸:今の恒田さんからは自信のない姿は想像できませんが、それが原動力になられたのですね。グロービスに実際に通ってみて、なにかご自身への変化はありましたか?

恒田:「どうしてもっと早く教えてくれなかったのだろう!」と思うことばかりでした(笑)。わかったのは、MBAは運転免許のようなものだということ。免許がとれたら、あとは習熟次第でうまくスピードを出せるようになるのです。また、優秀なクラスメイトたちの中でも、自分は「勝てる」ということが分かり、徐々に自信がついてきました。

グロービスで学ぶケース(事例)で取り上げられるのは、受講生にとっては初めての業界ばかりで、スタートラインは全員同じです。私は入学時に「人の2倍予習をし、2倍本を読む」と決めていたので、勉強量で差をつけることができました。そういう努力をすれば、「勝てる」とわかりました。

また、ケースを通じ皆が知らないことに向き合うからこそ、既成概念にとらわれず「自分はこう思う/こうしたい」と率先して意見できました。こうした積み重ねや、自分ができるサイズの目標をひとつずつ必達していくことで、「自分でもちゃんとやれる」という気持ちになり、それが自信につながっていきました。

山岸:自信のほか、ご自身に感じられた変化や成長はありましたか。

恒田:私が個人的な人生のテーマとしている「誰もが何者かになれる」という考えが育ったのも、グロービスでの学びや成功体験の積み重ねを通じてでした。グロービスの『経営道場』講座でEQについて学びましたが、「自分で決める人生」は幸福感が大きいものです。

ですが、高校や大学への進学、あるいは就職活動などで、明確な自分の意志で選択が出来ている人はとても少ないのではないでしょうか。また、現状は社会に出てから自分で決めることの重要さに気がついたとしても、ファーストキャリアで既に選択肢が狭まっているとされる場合が大半を占めています。

でも、私はそれを変えたいと思っています。だから20代でも、30代でも、誰であっても、本気になり、行動出来れば、誰もが自分で自分の道を選ぶことができる。つまり「誰もが何者かになれる」ということを体現していきたいのです。ただ、これはかなり本人の努力を要する、過酷なことでもあります。そのためには、「誰よりもやる」「勝ちに執着する」ということも大事なのだと思うようになりました。

また、グロービスは私のキャリアの背中も押してくれました。特に大きかったのは、あすか会議に参加したとき「自分のやりたいこと」「会社のやりたいこと」「社会貢献」の3つは重なっているか、という話を耳にしたこと。これには大変衝撃を受け、あすか会議からの帰路につく新幹線の中では、もう退職届を書いていました。自分はまだ本当にやりたいことをやっていない、そのことに気づいたからです。

会社と経営陣のことをひたすら考え、向き合い続けた3年間

山岸:ちょうどメタップスに転職された頃ですが、なぜ同社を選択したのでしょうか。

恒田:メタップスの前にいた会社は、ガラケー市場のコンテンツプロバイダーとして成長していたモバイルインターネット企業でした。ですがスマートフォンの普及につれ、これはスマートフォン市場が成長するな、と。そこで出会ったのが、スマートフォン市場のマーケティングに特化していたメタップスでした。

転職したくて応募したのですが、最初は採用見送りの返答がきました。ただ、何度考えても「自分のやりたいこと」「会社のやりたいこと」「社会貢献」が重なっている会社はメタップスしかなかったので、諦めずに粘りました。結果、1カ月の試用期間で契約社員としての入社が認められました。ただ結局試用期間は7回延長されたのですが……。

山岸:「どうしても入りたいのなら、つくるか(エンジニアになるか)、売るか(営業するか)、どちらかにして」と言われ営業職にチャレンジしたそうですね。7回も試用期間が延長されると心が折れそうですが、どうして頑張れたのでしょうか。

恒田:正社員としてどんどん入社する人がいる中、ずっと試用期間でしたので、正直「恥ずかしい」「悔しい」という気持ちと闘いながらもがいていました。ただ、正社員になった後も含め頑張れたのは、「誰とやるか」という観点でモチベーションがあったからだと思います。そもそもメタップスを知ったきっかけが、当時スマートフォン市場にまつわるオピニオンを最も発していた、創業者の佐藤航陽さんでした。1社目のトップもそうでしたが、佐藤さんもはっきりとした思想をお持ちの尊敬できる方でした。彼に対して「ついていきたい、この人のために働きたい」と思えていたことは大きかったです。

山岸:正社員になったきっかけは?

恒田:年間ひとりあたりのセールスが1億5,000万円ぐらい売っていればよかったときに、2億円のコンペに出たことがあります。結果は見送りだったのですが、その「恒田さんの熱意を買うよ」と大型の発注をいただけたことをきっかけに、最終的には5~6億円ぐらいの売上を作れたということがありました。その成果が認められ、正社員になることができました。

山岸:かなり大きな成果ですね。恒田さんが営業として殻を破った、何かきっかけがありそうです。

恒田:また試用期間のころ、上司との1on1で「目標を10倍にしましょう」と言われたことがあるんです。「いまの目標をゴールにしているから、いままでやってきたことしかやらないんだと思う。だから今度の目標は10倍にしよう」と。無理な目標ではあったのですが、取り組んでいると今までとは違い、周囲のメンバーが手伝ってくれるようになっていきました。例えば、いわゆるCヨミ、まだ本格的な受注までは遠くとも可能性はありそうな顧客の情報を共有して、「提案してみなよ」と背中を押してくれるようなことが増えたのです。その中で当たったのが、先ほどの大型案件でした。

わかったのは、掲げているものが小さく、ひとりでも出来そうな目標だと「あなたの責任」となってしまうけれども、極端に大きな目標を掲げて突き進んでいると、倒れていてもみんなが助けてくれるんだということです。

周囲の力をうまく借りるというのは社外にも広がっていきました。営業の仕事は課題解決ですが、顧客の課題の大きさ・深さ・緊急度によって、利益の大きさが変わります。そのため、いかに顧客の重要な課題にリーチできるかが重要です。大きな利益を得たいのであれば、自社のプロダクトを顧客にどう売り込むか、を考えるのではなく、顧客企業が置かれたグローバルの競合環境、マーケットの声まで分析し、情報提供することを意識する必要があります。だから、自社にノウハウがない場合は競合とも協業しながら、顧客の経営課題の解決に資するような総合的なソリューションを新たに提案しました。こうして提案のやり方を変えたことで、新事業創出にもつながり、売上のトップラインも明らかに上がっていきました。

頑張れば成果が上がっていく、そして唯一顧客と直接対峙する立場で、マーケットのニーズや変化を肌で感じながら価値を提供していくことができる営業という仕事が、気がついたら大好きになっていました。

山岸:それからあとは速かったですね。2年後には事業統括責任者に昇進されます。ですが、その後の上場直後に退職されています。

恒田:「この人(トップ)のために」というのが働く原動力でもあったので、その頃は、会社と経営陣のことをひたすら考え、向き合い続けていました。その結果、彼らが次に何を言うか、求めるか、読めるような感覚が出てきてしまったんです。3年も経つとスマートフォン広告の市場のフェーズも変わってきましたし、自分としては「全てやり尽くした」ように感じていました。ありがたいことに引き留めてもいただいたのですが、結局、経営陣を見て仕事をしてしまうのであれば、自分にとっての成長はもうないな、とも感じ転職を決断しました。

後編に続く)

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