管理会計の核心、「経営の神様」の薫陶――『松下幸之助に学んだ実践経営学』

 

経営者視点ゆえのリアリティ

教科書どおりに実践してみてもうまくいかない。そんな経験をしたことはないだろうか?「教科書的」な書籍は世の中には多い。教科書を使って学ぶことは大切だ。しかし、教科書的な書籍に頼れば万事うまくいくかというと、そんなことはない。例えば、自社の経営に役立てるための「管理会計」。いざ企業が管理会計を導入しようとした時、教科書どおりに実践してもうまくいかない。

それはなぜか。企業が抱える課題は、企業によって全く異なるからだ。課題を把握するためにどのような数字が必要なのかも変わってくる。教科書的な書籍にある方法で進めても、うまくいくはずはない。自社の実態に即した管理会計をどう導入すべきか、途方に暮れる実務家がいたとしても、決しておかしな話ではないのである。

本書は、原著が1990年に発刊され、改題・再編集等を経て2020年に復刊したものだ。経営の神様と呼ばれた松下幸之助から薫陶を受け、その教えを実践してきた著者の経営者としての経験が綴られている。特に「部門経営」、「自主責任経営」と著者が呼ぶ部分は、管理会計を導入する際に考えるべき具体的なポイントが押さえられている。

管理会計を導入する目的には「経営の可視化」(経営の見える化)がある。そのために経営活動の「セグメンテーション」を実施し、「測定」を行う。単位となる部門の決め方、部門の基本使命の明確化、全社課題と部門目標の整合性――。著者が部門経営について述べている箇所は、どれもが管理会計を設計する際に直面する課題だ。管理会計を設計するための「視点」に説得力があるのは、著者が経営者だからこそなのだろう。

私自身、実務で管理会計に携わった経験があるが、著者が部門経営の実現のために「内部取引ルール」や「固定費の配賦」、「間接部門の予算」の決め方について触れた部分は、最も印象的だった。この3点は常に社内で議論を生み、納得のいく結論が出ないテーマだったからである。

パーパス、ESGにも通じる実践経営学

松下幸之助は経営理念を重要視していた。経営の根幹を支え、経営の健全な発展のために欠かすことができないものだからだ。経営理念ばかりではない。組織が機能するための仕組みを考え抜き、具体的な形にして落とし込んだのだ。松下幸之助が経営の神様と呼ばれる所以でもある。

松下氏の薫陶を受けた著者は、その経営手法のなかでも「自主責任経営」こそ肝であると説く。多くの人が経営に参加できるよう権限を委譲し、まかせることを目指して導入したのが事業部制である。人を信じ、衆知を活用することが最高の経営だと指摘している。

自主責任経営の実現のため、著者は社内に「やる気」を生み出すようなルールの設定を心掛けていた。これは管理会計の設計でも当てはまるものだ。間接部門の予算を策定する際、必要なインプット(消費量)を起点に決めがちなのを、期待されるアウトプット(仕事の成果)を起点に決めるべき、と述べている。細部までこだわった制度設計は素晴らしいと言わざるを得ない。

パーパス(企業の目的)やESG(環境・社会・ガバナンス)など、最近の経営の議論に通ずる内容が30年前に書かれた本書でも論じられているのは驚きである。まさに実践経営学であり、現在でも通じる内容である。

松下幸之助に学んだ実践経営学

著者:小川守正 発行日:2020年12月1日 価格:1,386円 発行元:PHP研究所

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