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短期視点と長期視点 ―東レの炭素繊維から学ぶ将来を定義する言葉の力

投稿日:2016/10/27更新日:2021/11/24

「近視眼バイアス」という罠

短期的に正しいことが、長期的に見ると正しくないことは多々あります。例えば、今期の売上目標を達成するために無理な営業をするようなケース。短期的には成果は出るものの、利益の先食いになり、長期的に先細りになってしまうということはよくあるパターンです。もしくは、短期的な結果を重視するがあまり、経験不足の若手に機会を回すことができず、人材が育たない、ということもあるでしょう。

「近視眼バイアス」という言葉をご存知でしょうか?長期的なことよりも、より身近な短期的なことの方が重要だと考えてしまうことです。製品コストは高いがランニングコストは安い製品Aと、製品コストは安いが、ランニングコストは高い製品Bを比べた際、目の前の製品コストに気を取られ、製品Aに気持ちが傾いてしまう、というのはまさに近視眼バイアスの代表例です。 

こうした近視眼バイアスに陥ることなく、「短期」と「長期」の目標をどうやって同時に満たすのか・・・。このジレンマをどう克服するかということは、私たちがビジネスにおいて常に問われていることです。

東レの炭素繊維の背景にある「長期×具体性」のマネジメント

この「短期」と「長期」のジレンマを両立するためのヒントとして、今回は東レの炭素繊維複合材料事業の事例を紹介したいと思います。

ご存知の通り、東レは競業他社に比べて飛躍的に業績を伸ばし、売上、利益、利益率など、各種指標は連続して増加、昨年度は過去最高益を更新しています。中でも炭素繊維(トレカ®)は、世界ナンバーワンの40%というシェアを持ち、スポーツ領域から航空宇宙、自動車に導入され、その適用範囲を広げてきています。まさに「素材のイノベーション」と呼んでも過言ではないでしょう。

しかし、ここまでの経緯は決してスムーズではありませんでした。航空機に大々的に採用されるようになるまでには、40年近い年月がかかったと言われています。利益が出ない時期も長らくあり、当初参入していた欧米企業も早期に撤退していきました。後から考えれば、それだけの「長期的視点」を持つことができたからこそ、現在の東レの炭素繊維があると言うこともできますが、当然ながら短期的な業績に対するプレッシャーもあったはずですし、長期ゆえに社員のモチベーション維持という問題もあっただろうと思います。

こういったことを成し遂げた同社のマネジメント手法に、私たちの関心は否が応でも高まりました。そしてリサーチの過程で出会ったのが、この言葉です。

「黒い飛行機を世界に飛ばすんだ!」

炭素繊維の色である黒の素材を導入した飛行機を飛ばそう、という意味で、当時の炭素繊維の研究開発チームの合言葉でした。一見すると何でもないスローガンのように感じますが、私たちはここにヒントの種を見出しました。それは、この言葉が持つ具体性です。

多くの場合、「長期目標=抽象的」となってしまいます。「グローバル展開の加速」や「イノベーションの推進」など、私たちの周りを見渡せば、抽象的に長期的視点を語る言葉に溢れていることに気がつきます。しかし、こういった言葉は、「具体的な短期目標」に必ず負けます。「今期の受注目標は1000万円」と言われている組織が、「イノベーションの推進」という曖昧でイメージすらできないキーワードに思考投入し、行動に移す余地はほぼ残っていません。

したがって、もし、私たちが「近視眼バイアス」に負けない長期目標を立てるならば、たとえば「黒い飛行機」のように、誰もがその状態を明確にイメージできるだけの具体性を伴った像を描く必要があるのです。

スティーブ・ジョブズがiPod開発に際する想定イメージを、「イノベーティブなデジタル⾳楽プレイヤー」とは言わずに、「1000曲をポケットに⼊れて持ち運べる音楽プレイヤーを作りたい」(注1)という言葉を使ったことも、「長期×具体性」の一つのサンプルになるでしょう。


長期目標と短期目標を連動させる

言うまでもなく、長期目標が具体的になれば、短期目標はおのずと長期目標に連動していきます。「イノベーション推進」という抽象度であれば、長期と短期の連動を期待することは難しいですが、「黒い飛行機を世界に飛ばす」という具体性を持った長期目標であれば、「その目標を実現するために、当面何をすべきか?」といった問いが立つことになります。つまり、「長期と短期の連動」という意識が出るのです。

実際に東レにおいても、当初は現実的に「本丸を航空機用に見据えつつ、釣竿やゴルフクラブなど異なる用途でキャッシュフローを継続的に創出しながら、虎視眈々と本丸の航空機を狙った」(注2)と阿部代表取締役副社長は述べています。

この言葉が意味することは、短期的な目標として取り組む個々の事業の目的が、長期目標と明確に連動された形で位置付けられている、ということです。短期目標が場当たり的のように感じられるケースや、そもそも「何のためにこのビジネスをしているのだろう?」と首をかしげざるを得ない事業が存在している企業にとっては、この発言は一つのヒントになるのではないかと考えます。

もちろん業界によって時間軸の違いはあるでしょう。今回のように40年という事例はやや極端かも知れません。しかし、大事なことは、どのような時間軸であっても、長期イメージをメンバーが等しく共有できる程度に具体化してみること。そしてその上で、その長期を実現するための短期目標を定義することです。所詮先のことは分からないのかもしれませんが、皆分からないからこそ意図を持って具体的に描き切る必要があるのです。そして、先の世界を想像できた状態で仕事に取り組むからこそ、目の前の短期目標とのジレンマに陥らずに済むのです。私たちは東レの姿を見て、改めてそのような「将来を定義する言葉の力」に気づかされました。

さて、皆さんの周りには、どれくらい「イメージできる未来」が存在しているでしょうか?短期目標ばかりに追い立てられているなと感じている人は、一度立ち止まって見渡してみてください。

【今回の学びのポイント】
(1) 抽象的に長期を語る言葉は、目の前の具体的な短期目標に必ず負けてしまう
(2) 長期目標を実現するには、誰もが具体的にイメージできる言葉や絵姿を定義することが重要
(3) 長期が具体的に語られるからこそ、短期と長期が連動し、将来のために今なすべきことが明確になる

注1:Apple Music Event 2001より引用
注2:「化学と工業」Vol.68-8 August 2015, pp.694

次回はこちら

https://globis.jp/article/4856

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