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都市か地方かの二択ではない 「食べる通信」高橋博之氏の挑戦

投稿日:2016/09/05更新日:2019/08/15

「食べる通信」をご存じだろうか。

殻つきの生牡蠣や岩手短角牛肉などの食材と共に送られてくる「食べもの付き定期購読誌」。よくある豪華な付録ではない。生産者が丹精こめて育てた食材。食材にまつわる情報やおすすめのレシピ。それが「食べる通信」のコンテンツそのものである。

「東北食べる通信」という"奇跡"

高橋博之が「食べる通信」を立ち上げたのは、2013年のことだった。故郷・岩手で最年少県議会議員としてトップ当選。東日本大震災を経て、どうにもならない思いを押さえられずに岩手県知事選に無所属で立候補、あえなく落選した後のことである。

被災地の水産業を手伝いながら、焦燥感が募った。牡蠣漁師の養殖した牡蠣がわずか一個30円で売られていく。手間暇かけて養殖したのに、生産者に還元されるのはごくわずか。

「このままでは地元が消滅してしまう」。生産者と消費者を直接つないで、食べものが育てられる裏側をきちんと見せなければと思った。

発注数を確保するために、生産者と共に駆けずり回り、一個一個の牡蠣を洗浄殺菌し梱包する。生産者の思い、養殖の仕組み、おすすめの食べ方を活字にする。月額1980円(当時)に設定した「東北食べる通信」の創刊号は、ソーシャルメディアを中心とした口コミで、購読者330人まで伸びた。

創刊号が発行された後、Facebookページには読者の声が続々と集まった。

「みっちり詰まった大きな身、濃い旨味、ただただものすごく美味しかった! 確かに完熟でした。ほんとに凄い。牡蠣って凄い」
「蒸して、大好きなスコッチウイスキーのボウモアを垂らして、汁までおいしく。ごちそうさまでした!!」

寄せられたコメントに、生産者がひとつずつコメントを返す。食材を中心に、コミュニケーションが生まれ、やがて生産者を訪ねるツアーも組まれるようになった。

「食べる通信」が提供するのは"関係性"

もちろん順調なことばかりではなかった。創刊から間もなく、福島県相馬市のどんこ(エゾイソアイナメ)のつみれを取り上げた時のこと。台風や猛暑の影響により、どんこの水揚げが追いつかない。読者885人が商品の到着を待っているにもかかわらずである。

必死で製造を進める中、次の台風が接近しているという知らせが入った。意を決して、Facebookページに遅延のお詫びと報告を投稿した。解約やクレームが殺到しても不思議ではない。焦燥感溢れる生産者たちのもとに、読者からのメッセージが続々と届いた。「自然相手ですもの、予定通りにいくほうが難しい」「漁師さんたちが命を賭けるようなことはなさらないでくださいね」

リスクマネジメントや在庫管理の重要性を痛感しながらも、流通業界のこれまでの常識では考えられないこうした反応に、高橋は考えさせられた。

この出来事ばかりではない。希少な伝統野菜である会津の小菊南瓜を取り扱った際、「種が一番大事」ともらした生産者に、読者たちが呼びかけ、南瓜の種を捨てずに生産者の元へと送り返した時。水抜きのタイミングを誤って稲刈りが思うように進まず、助けを求めた米農家の元に、読者が手弁当で応援に駆けつけた時。

つくり手の顔や人柄、生産現場の状況がきちんと伝われば、消費者は理解してくれる。卸の事情で決められた出荷スケジュールや価格。そうした流通体系とは違う商取引が、生産者と消費者のダイレクトな信頼関係によって実現できるのではないか。高橋は次第にそう考えるようになった。

かつて、食べものはお金を出して店で買うものではなかった。自分でつくる、あるいは近所の誰かがつくったものをわけてもらうものだった。流通技術が発達し、サプライチェーンが長くなるにつれて、生産者と消費者の関係は分断された。インターネットと宅配技術の進歩によって、その関係性を「食べる通信」が再びつなぎ合わせることになった。

原始時代には戻れない 都市と地方を"かき混ぜる"仕組みとは

「自然というのは、思い通りにならないものです。田舎もそう」と高橋はいう。

津波をはじめとする自然災害。野生動物もいれば害虫もいる。不自由さと非合理を排除しようと、人間は都市をつくり出した。思い通りにならない自然。他人からの干渉やしがらみ。煩わしいものを排除して、コントロールできる社会をつくり上げた。

しかし、その都会にいながら、捨てたはずの田舎を求める。農産物のおすそわけや、鍵もかけずに出歩けるような濃密な信頼関係…煩わしさの裏表にある他者との関係を切望する。だからといって都市を捨てて田舎に戻ることもできない。ひとたび便利さを手にした人間が、原始時代には戻れないのと同じように。岩手県に生まれ育ち、大学時代を東京で過ごした高橋はそう思う。

田舎か、都市か。もはやその二択ではないのではないか。高橋はそう考えている。関係性を構築することによって、都会人であっても、年に何度か「里帰り」する田舎を持つことができる。「食」を媒体として、地縁や血縁を超えた新たなコミュニティを創造していける。いわば「都市と地方をかき混ぜ」ていく。

県議会議員時代に5年間で485回、車座の県政報告会を開催しながら「無関心こそが最大の敵だ」と痛感した。政治も農業も同じだ。誰かに任せきりにして、自分は観客席に座ったまま。当事者意識もなく評論ばかり。「現場に降りてこなきゃだめだ」ずっと抱いていた思いは、「食べる通信」を創業して、少しだけ変わった。観客席にいることが間違っているから、降りてこいというのではない。降りてきた方が楽しいし、生活に豊かになる。身をもってそれを体現し、発信していくことこそが重要なのだ。

「食べる通信」100社、さらにその先へ

「食べる通信」を自分の地元でも創刊したい。ふるさとの「食べる通信」があったら購読したい。理念と活動に共鳴した人たちが各地で「食べる通信」を立上げ始め、現在では「食べる通信」は34通信に拡大。購読者数も1万人近くになろうとしている(2016年8月現在)。2017年までに全国で100通信を立ち上げることを目標とする。

しかし、限界も感じるようになった。「食べる通信」で紹介した生産者たちと飲んでいた時のことだった。「変わっていくのはおまえらだけじゃないか」--生産者がふともらした言葉が、高橋の心に刺さった。

「食べる通信」で食材を取り上げると、その号が発刊された直後には売上も上がる。注目され、読者からの声も多く寄せられる。しかし翌月になれば、当然のことながら、読者の関心は次の食材に移ってしまう。

ひとたび注目され、関係性が生まれることをきっかけに、生産者たちによる販売促進やコミュニティ構築につながればいいと思っていた。しかし「食べる通信」だけでは足りないのだ。

そう考えた高橋は、新たなサービス「ポケットマルシェ」を立ち上げた。生産者と消費者を直接つなげるためのスマホアプリである。農家や漁師たちがアプリ上のマーケットプレイスに出店し、消費者は好きな生産者を選んで商品を購入することができる。

ポケットマルシェ>>

どんな人間でも毎日、食事はする。一日三食として、一生で8万7千回の食事である。効率を重視するだけなら、栄養ゼリーを摂取すればいい。けれども、食にまつわる関係性や文化がなければ、人間は生きることができないのだと高橋は思う。だからこそ、食にかかわる情報を正しく届け、関係性を豊かなものにする。コミュニティを育む。そのためのプラットフォームをつくっていく。

野火のようにこの動きが広がれば、流通のあり方も、地域と都市の関係も、根本から変わらざるを得ない。「食なおしは世なおしだ」そういって高橋博之は、革命家のように不敵に笑う。

 

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