筆者は経営大学院や企業研修の場で主にアカウンティング(会計)やファイナンス系科目を教えているが、受講者から「受講終了後に継続して学習するのために良書を紹介して欲しい」「会計関連書籍の多くは会計ルールの解説に力点が置かれていて結局頭に入らない」という依頼(ぼやき?)をよくいただく。これに対して数年前までは『財務3表一体理解法(國貞克則氏著)』を紹介してきたのだが、今回は表題の本を紹介したい。
著者はグロービス経営大学院で教鞭を執る佐伯良隆氏。政府系金融機関や米国投資顧問会社でファンドマネージャーとして活躍してきた経歴を持つ。それだけに「負債」と「株主資本」の両面から、バランス良く、しかも、初学者を意識して極めて分かりやすく会計のイロハを説いている。
巷にはいわゆる“入門書”と呼ばれる書籍が溢れているが、この本はいくつかの点において類書とは一線を画している。そこで、この本の特徴や工夫の一部を紹介してみたい。
会計の概念を多角的に考察・解説
本書は「基礎編」と「分析編」の2つのパートから構成されているが、特に「基礎編」では初学者の目線で、基礎知識を紐解いている。「そもそも会計って何?(= what)」「なんで決算書が必要?(= why)」「決算書は誰がなんのために読む?(= who)」「貸借対照表のしくみ(= how)」「キャッシュフロー計算書で何がわかる?(= so what)」という具合に、会計ルールの説明や財務諸表の読み解き方に留まらず、誰にとってどの様な便益があるのか、さらに、決算書の存在価値とは何かにまで踏み込んでいる。エッセンスをざっくりと、そして多角的に考察することで、読者は会計や財務諸表がビジネス社会で果たしている機能を包括的に掴むことが出来るのではないだろうか。
比喩表現を多用し具体的イメージを想起させる
また、会計初学者の立場に配慮し、やや抽象的な概念をトコトン日常生活の物事に置き換えている。「損益計算書は運動成果を図る会社の運動成績表、貸借対照表は健康状態がわかる会社の健康診断表、キャッシュフロー計算書は血流を見る会社の血流検査表」「費用は売上についてまわる影法師?(売上あるところに必ず費用あり!)」「人も会社も“身体”が資本。だから脂肪のつきすぎは良くない」など。ほぼすべてのページに記載された可愛らしいイラストも直感的な理解を効果的に促している。
さらに、ビジネスパーソンにとってありがたいのは、「4つの基本ルールさえ知っていればOK!」「分析で使うのはこの4つだけ!」という様に、最低限身につけるべき知識やテーマの範疇を絞り込んでいる点だ。一般に、会計が敬遠されてしまう理由の一つに、「学ぶべき情報量が膨大。本当に全てを知る必要があるのか」というものがある。この根源的な疑問に対してプロの目線からハッキリと「ここまで十分(=これ以上は不要)」と言い切ってもらえる価値は極めて大きい。それでいて、平易な言葉で損益分岐点、費用の固変分解、負債(=レバレッジ)が企業活動にもたらす功罪など、やや難解なテーマにもさりげなく言及しているのも心憎い。
会計情報のユーザー視点をふんだんに
一般に、世の中に出回っている会計関連の書籍は会計士や学者など決算書の“作成者”によって書かれており、結果として会計ルール説明に偏重する傾向が強い。一方、本書の「儲ける会社はココが違う!」と銘打った「分析編」では、投資家が何をチェックして投資の意志決定をしているのかなど、会計情報のユーザーとも言えるステークホールダーの目線に力点を置いている。多くのビジネスパーソンは会計ルールに明るくなるだけではなく、財務諸表を読み解いた上で実務に役立てたいというニーズを持っているため、これらの期待値にドンピシャ応えている訳である。
さらに、日本航空の経営破綻劇を例に破綻寸前のキャッシュフロー計算書を読み解く、また、同じ“成長”企業でもファーストリテイリングとソフトバンクではそのやり方は全く違う(オーガニックグロース対M&A)など、実在企業のトピックや企業戦略を分かりやすく解説している。
“ビジネスの世界共通言語”とも言われる会計。この書籍は、その言語を身につけビジネスパーソンとして大きく飛躍する良い第一歩になるはずである。