競争戦略としてのワークライフ・ダイバーシティ[1]
岡島悦子氏
岡島悦子氏(以下、敬称略):本セッションでは「働き方改革」の議論を行っていきたい。このテーマは「100の行動」では「43:雇用のダイバーシティーを拡げ、成長につなげよ!」にあたる。ただ、こちらは大変幅広い提言で、すべて議論していると3時間ほどかかってしまう。従って本セッションでは、そのなかの「1.多様な働き方を積極的に認める労働法制を!」と「2. 女性の就業機会を増やし、指導的地位で働く女性を30%まで高めよ!」にフォーカスを当てよう。競争力強化という視点に絞って、成長戦略としての労働力確保または付加価値創出という議論をしていきたいと思う。
現在の日本には人口減少という長期的かつ構造的な問題がある一方、女性や若者やシニアといった、ポテンシャルはあるのに活用し切れていない労働力もあると言われている。また、サービス業を中心に生産性を高める必要があるほか、‘diversity and inclusion’との言葉通り、意思決定で多様な視点を生かす必要があるということも言われている。それによってイノベーションが生まれ、非連続で成長できるという付加価値創出の議論がある。キーワードは‘any time, any place, any style’。「それによって競争力を高めましょう」と。まずは御三方にその辺の課題意識等を伺いたい。
小室淑恵氏
小室淑恵氏(以下、敬称略):人口減に対する問題意識は昨日から議論になっているけれども、それが「働き方を変えなければ」という話とどのようにつながるのか。そこで、まずは女性の活用と労働時間の短縮という視点から話を整理してみたい。人口ボーナス期と人口オーナス期という考え方は皆さんもご存知だと思う。で、若者の比率が減って高齢者の比率が上がっていったその先で、両者のクロスするところが人口ボーナス期から人口オーナス期に切り替わるポイントだ。日本は1990年代の半ばに人口ボーナス期が終わった。中国や韓国やシンガポールやタイはまさに人口ボーナス期にあるけれども、日本も1970年代はその良さを目一杯享受していた。
ただ、経済発展しやすいルールはボーナス期とオーナス期で間逆になる。ボーナス期は…、身も蓋もない言い方だけれども、なるべく男性が働いたほうがいい。重工業が主体で、筋肉が一番の決め手になるから(会場笑)。それに、なるべく長時間働いたほうがいい。この時期は、基本的には消費者が商品・サービスをまだ十分手にしていない。だから、同業他社が明日納品するなら残業してでも今日納品すれば自社が勝てる。先に押さえたもの勝ちの国盗り合戦で、時間が成果に直結するという特徴がある。その時期、日本人がむちゃくちゃ長時間働いたのは大正解だった。
で、3つ目のルールはなるべく同じ条件の人を揃えること。市場は均一なものをたくさん欲しがる時期だから、一糸乱れず働いてもらう必要がある。この時期は若者が多く高齢者が少ない構造だから、余った労働者をふるいにかけて粒選りにしたのち、使いやすいサイズに揃えることが重要だ。日本はそれを大変上手にやったと言われている。具体的にはモーレツな出張・転勤・残業を課した。参勤交代からアイデアを得ていたと思う(会場笑)。移動させられるのは嫌ですよね? 経済的にも疲弊するし。ただ、その嫌な条件を3回ほど飲むとちょっと偉くしてもらえる。それでどんどん従順になっていく(会場笑)。そういう一律管理を日本の経営者は上手にやってきた。私はこれを、「お前の代わりなんかいくらでもいるんだぞ戦略」と呼んでいるけれども(会場笑)、それで日本は同じ人口ボーナス期に中国が稼いだ額の3倍を稼いだと言われている。この3条件に日本人の国民性が徹底的にフィットしていたと思う。
逆に、人口オーナス期の条件にはめちゃくちゃ弱い国民性かもしれない。こちらの条件は間逆で、まず、労働力人口が足りなくなる時期は男女をフル活用できた組織が勝つ。日本で一番強いチームをつくろうというとき、西日本でのみ選手を集めたりはしない。全国から、もっと言うと全世界から、最も良い人材を採れば勝てる。だから向こうに選ばれないといけないし、人口オーナス期は人手不足になるから女性に選ばれなければ男女をフル活用する組織になれない。その意味で、女性の採用優位性を持たないといけない。
また、徹底的に短時間で働かせた組織が勝つ。人件費が高騰するからだ。今、日本人の人件費は中国人の8倍でインド人の9倍。で、光熱費は毎年3%ずつ上がっている。ただ、従業員は放っておくと長時間労働をしたがる。なぜなら、人口ボーナス期に成功体験を積んだ方々がいまだ従業員の2/3以上を占めるから。
岡島:しかもマネジメントに。
小室:そう。そこで、なんの悪気もなく自身の成功体験を当時の経済背景とセットで語る。「お前、3日ぐらい寝ないで仕事しないと本物にはなれない」と(会場笑)。で、それを真に受けた若者が「自分もそういう環境でやらないと成長できない」と思い込んでしまって、同じ環境が連綿と続いてしまう。だから意思に任せず徹底的に短時間で成果を出す形に、短期間でシフトさせる戦略を経営者が取らないといけない。昨年はそれを伊藤忠商事さんやSCSKさんが戦略的に進めていった。SCSKさんは残業時間を減らした割合が高い部署に、減った残業代で浮いたコストを重点的に配分するといったことを次々やっていった。
それともう1点。最大のポイントとして、人口オーナス期には男性が親の介護にあたるケースが出てくる。高齢者の割合が増えて女性が労働市場に出ると、姉や妹や妻に親の介護を押しつけ、自分は何事もなかったかのように働くことが男性にできなくなる。だから、この時期には介護をしながら働く男性が増えて、女性より男性のほうが時短勤務を必要としはじめる。実際、建設業業界では、時短勤務をしている男性の数が同様に働く女性の数を超えた企業さんも出ている。
そして3つ目の条件は、なるべく異なる条件の人を揃えること。市場では高い付加価値のものを短サイクルで次々出さなければいけないようになる。そこで均一な発想をしていると、たて続けにヒットを出せない組織になってしまう。従って、常に異なる価値観の人が働けるようにする必要がある。その意味で、育児・介護・難病・障害といったことは、今後は働くうえで障害ではなくなるという労働環境をつくることが、企業にとって最大の課題だ。多様な人を内包できる労働環境をつくりさえすれば、いくらでも市場から潜在労働力を集めることができる。
働き方に対するリクルートの課題と取り組み
冨塚優氏
岡島:続いて冨塚さん。働き方改革というテーマに関して、課題意識やその解決に向けたお考えなどを伺いたい。
冨塚優氏(以下、敬称略):タイトルに「競争戦略としての」とある通り、経営者の立場として、これは競争に勝つための問題だと捉えている。一番大きな問題は採用だ。リクルートはだいだい55対45の男女比で採用しているのに、管理職比率はその比率より男性のほうが多い。女性マネージャーの割合も3割に届いていないし、役員となると今は一人だ。今回、一人上がって二人になるけれども。なぜ、このバランスが崩れるのか。「普通なら採用時の比率通りになるよね」という問題意識がある。同じように優秀な人を採ろうと思って55対45になるわけで、優秀な女性を活用ができていないという話になると、「活躍したい」と思っている女性がリクルートに入ってくれなくなる。それで逸失利益的になってしまうと、私自身は感じている。
で、採用と言ってもいろいろな職種があるけれども、特に困っているのは地方の営業とエンジニアの採用だ。地方の営業となると、今、若い人たちからはもう本当に応募もない(笑)。特に北日本や裏日本はそうだ。営業仕事は嫌われているようで(笑)、うちだけじゃなく、他の企業さんも採れないと言っている。従って、それを埋める意味でも女性やシニアの活用を考えているけれども、そこで今までと同様の基準で募集しても女性は応募してこない。時間限定、あるいは無訪問の電話営業といった形に変える必要がある。これが採用力を高めることになるというか、まあ、実際には違う形での採用になるけれども。一方、エンジニアに関しては激しい人材獲得競争になっている。しかも、現在のリクルートは分社化経営だから同じグループ内でも取り合いになる。また、収益をあげるためにコストを落としながら良い人を採っていこうと考えると、やはりエンジニアにとって働きやすい環境を用意することが重要になる。従って、「女性が働きやすい環境=男性も働きやすい環境」ということになるのだと思う。
岡島:時間あたりの生産性を高めて働いてもらうための環境整備をする、と。
冨塚:まさにそう。で、時間あたりの生産性を考えると、「オフィスに来て働くことで本当に生産性が高まるのか」という疑問も出てくる。それで今は実験的に在宅勤務を行っている状態だ。すると、「この仕事は、会社で2時間かかっていたな」ということで2時間を予定していた仕事が、「自宅では45分で終わっちゃいました」と、半分以下の時間で終わるケースが非常に多い。その意味ではすごく効率的だ。
岡島:通勤時間もいらないし。
冨塚:それも大きい。ただ、昔のリクルートだと、「じゃあ、空いた時間でもっと仕事をしろよ。倍の仕事ができるじゃないか」と言っていた(会場笑)。それをどう変えるか。私自身は会社にあまりいなかった人間だから、「外へ出て刺激をもらってこい」と言っている。で、その刺激で今までとは違う発想をして、新しい事業を考えたりする。実際、エンジニアの人たちもそれでスクールに通ったりできる。一番良いのは、自分と同世代のスタートアップ企業経営者とたくさん話をすると危機感が煽られることだ。「本当に今のままの自分でいいのか? 置いてかれているんじゃないか?」と。
たとえば、会場にいる山口(文洋氏:リクルートマーケティングパートナーズ執行役員)は「受験サプリ」を考えた。彼は当初から自分のアイデアがいいと思っていたのだけれども、社外の人にそれを話してみたら、「こんなのぜんぜんダメだよ」なんて言われていたわけだ。ただ、そこで叩かれながら、良いものに仕上げていった。そんな風に時間の使い方を変えることで付加価値を高めていく。
岡島:「2枚目の名刺」を持つことで、空いた時間にインプットを行う、と。
小室:まさに「ワーク・ライフシナジー」だと思う。ぐるぐる循環するという。
冨塚:昔は社内に「リクルートで偉くなっても仕方がない」なんていうポスターがたくさん貼ってあったりして(会場笑)。それで僕は、「あ、そうか」と単純に思っちゃったりして。「自分はリクルートの肩書きを外しても社会に貢献できるのかな。社会に認められるのかな」という意識があった。それで「2枚目の名刺を持ち、リクルートの外でどんな価値を発揮できるのかな」と。それで価値を発揮できるたら社内でもシナジー効果でさらに大きな価値を発揮できるという、そういう取り組みを今はしている。
岡島:社外市場価値よりも社内市場価値が高いと会社に依存してしまう。それで過剰に働いて、刷り合わせで長時間労働という方向になってしまうように思う。
冨塚:そう。で、本人とすると、「(社外で価値を高めることは)昔からやってるわい」と思うけれども、マネジメントの立場として発想を変えてもらう必要がある。今までのリクルートはメジャーリーグ。26回まで延長してでも白黒をつけていた。「何時間でも働いて成果を挙げるのが偉いやつだ」というのを、「いや、サッカーなんだ」と。時間のなかで勝負をつける形に変える。それで「長時間働くやつは格好悪い」という雰囲気をつくっていく必要があった。
岡島:文化をつくるのは本当に大事だ。私も三菱商事にいた頃は死ぬほど働いていて、当時は長時間労働が格好いいなんていう、まさに不幸自慢状態だった。でも、その後マッキンゼーに移ると、「岡島さんは仕事ができないんだね。長い時間オフィスにいるでしょ?」と言われる。生産性が低いのは格好悪いという文化をつくる必要があるのだと思う。では、続いて石川さんにも伺っていきたい。
クロスカンパニーの「4時間正社員制度」が意図することは?
石川康晴氏
石川康晴氏(以下、敬称略):最初に申し上げたいのだけれども、本会場のダイバーシティ感がすごい。僕は、たとえば「イクメン推進の会」みたいなところでも講演を行ったりするけれど、会場には女性しかいないなんてことが多い。僕はそこで徹底的に男性の悪口を言うんだけれども(会場笑)、一番聞いて欲しい男性がいない。だから内閣府のお仕事を一緒にしたりしている牛尾(奈緒美氏:明治大学情報コミュニケーション学部教授)先生とも、「会場の半分が男性にならない講演を請けるのは止めましょう」なんて話をしていた。でも、G1 ではそんな話もしていないのに会場が男女半々になっていて驚いた。オープニングのときは男性が多かったけれども、今はフロアも壇上も男女半々。完全なダイバーシティだ。初めてこういうことが実現して嬉しい。
岡島:今回のG1 は7回目だけれども、かなり珍しい。今までのダイバーシティ関連セッションではやはり女性が比較的多かったし、今回は画期的だ(会場笑)。
石川:会場の皆さんもぜひ、男女半々になる講演しか受けないといったことを、たとえば商工会議所に伝えて欲しい。まあ、商工会議所に男女半々を集める力はないけれども、それで伝えたら2割ぐらいは女性になる。一人ひとりのリーダーがそれを言ってくれることでダイバーシティが進んでいくのだと思う。
一方、当社の事例に関してお話をすると、まず4時間正社員制度というものがある。多くの会社が導入している短時間制度との一番の違いは最初から4時間で雇う点。4時間というとまずはパートタイムで雇って、のちのち社員登用するケースが多いと思う。でも、私たちは最初から正社員として、かつ4時間で雇う。これは、就労意欲が高いのに時間拘束の概念があって働くことに不安を持っていた若いママさん層に絶大な支持をもらっている。
「そういうメニューを用意しても応募はないんじゃないか?」と、当初は社内でも言われていた。でも、「まあ、1回それで求人を打ってみよう」ということで募集したら、とんでもない数の応募が来て僕たちも驚いている。103万円の壁みたいなものがあるし、「販売職なら4時間で働くよりも扶養につくほうが税金メリットもあるのでは?」と、うちでも労務系役員が言っていたけれども、実際にはまったく違っていた。短時間でも責任を持って働きたいという女性は非常に多い。しかも、この4時間正社員制度があればキャリア上、ある種の遠回りをせずに済む。M字カーブの下のほうに一度入らなくてもいいわけだ。なので、会場にいらっしゃるリーダーの皆さまにも、この4時間正社員制度のような妊娠・出産過程での短時間制度をぜひ設けていただきたいと思う。
岡島:たとえば子育てが落ち着いてきたら4時間から切り替えることも可能?
石川:できる。最近は小学生の低学年と高学年以外に「中学年」という表現もあるようだけれども、我々は中学年10歳までは4~6時間を提案することが多い。で、高学年ぐらいになったらフルタイムに変えてもらうべきじゃないかな、と。それで、ゆるやかに短時間のバリエーションをフルタイムに変えていくようなことを推奨している。
→競争戦略としてのワークライフ・ダイバーシティ[2]は8/21公開予定
※開催日:2015年3月20日~22日
石川康晴氏