日本企業のポテンシャルを最大化するために必要なことは?
佐分利ユージン氏(以下、敬称略):では、続いて「日本企業のポテンシャルを最大化するために何をすべきか」というお話をしたい。私自身は、なんというか…、日本が好きで好きでたまらないという人間だから、こういうデータを見てしまうとすごく悔しい。これはアドビに着任する前、アメリカで4年間働いていたときも強く感じたことだ。インターブランドが発表している「企業の世界ブランドランキング」を見て欲しい。たとえばサムスンは…、彼らを否定するつもりはないが、少なくとも日本では15年前、ブランド価値がまったく認知されていなかった。アメリカでも欧州でも同じだったと思うし、インターブランドによれば2000年のブランドバリューは43位。極めて低い状態だった。
しかし、彼らは2000年以降、マーケティングに関して新しい方向に思い切り舵を切った。‘digital’と‘all’を掛け合わせた‘digitall’ということを企業戦略の中核に置いて展開していった。その結果、彼らは2014年の同ランキングで、なんとトヨタ自動車を抜いて7位にまでランクアップ。また、ブランドバリューも昔は6000億円ほどだったものが今は5兆円前後にまで大きくなった。これは対前年比で15%の伸びだ。トヨタも対前年比で上がってはいるが、サムスンは大変な伸び率を見せている。
こういった例は数多くある。一方、日本企業は、どちらかというと事業最適やものづくりに専念する傾向が強い。それで、「とにかく商品・サービスのレベルを維持すればお客さまは絶対に買ってくれる」と確信してきた。実際、それで成功している例はたくさんある。ただ、ものづくりに関しては、やはり中国勢や韓国勢との差が埋まってきたし、今はメーカーさんが直接消費者に触れることのできるケースも増えている。従って、商品・サービスの品質レベルだけではもう戦えないと私は思う。そこでマーケティングが差別化要素として重要になるし、それを企業戦略の大きな一角として考えなければいけないのではないかと思っている。
では、日本におけるマーケティングの位置づけはどうなっているのか。日本では「やっぱり営業は太陽」ということで、とにかく営業が一番偉いというケースが多く、マーケティングはどちらかというと営業支援。特に経営層で、「マーケティングは宣伝でしょ? 広報でしょ? イベントでしょ?」という風に考える方は多い。あるいは、少しデジタルが分かる人でも「サイトをつくればマーケティング的にも一歩先を行っているよね」「検索用語を買えば大丈夫だよね」といった発想に留まっていることがまだまだ多い。当然、CMO人口も、「マーケティングという職種でキャリアを積もう」という人も少ない。日本企業はまだまだ、他国と比べるとマーケティングの重要性を認識していないのではないかなと、個人的には考えている。
それを改革するためのポイントは3つ。一番重要なのは人材だけれども、ここは後ほど深堀してお話をしたい。で、それ以外で言うと、まずはデジタルマーケティングを導入するために企業内のプロセスを考え直す必要がある。たとえばウェブで直接販売するためには、それなりのプロセスを導入しなければいけない。CRMデータ、社内のERPシステム、あるいは在庫管理システムをすべてつなぎ合わせなければいけなかったりする。また、お客さまを集めることのできるユーザーエクスペリエンスなども提供しないといけない。そうしたプロセスをきちんと裏付けるシステム構築と、それを実装するテクノロジーも不可欠だ。まとめて言うと、「非常に複雑です」と。
ただ、いずれにしても、真っ先に考えなければいけないのは人のところ。だから、皆さんには「自社で行っているマーケティングがどんな効果をもたらしているか」「今後どういった変革を行うべきなのか」ということを、ぜひ考えていただきたい。また、最近のマーケティング知見やお客さまの動向についてもぜひ考えていただきたい。特に、新しいマーケティング手法を理解する人材の数を増やさなければいけない。そうした人々はITのこともそれなりに分かっていなければいけないだろう。また、たとえばデータサイエンティストのような新しい職種も生まれ始めているわけで、そうした方々の育成や採用についても考えていくべきだと思う。
また、日本の事業は縦割り制が多い。これは、きめ細かく早い動きを可能にするという利点がある一方、社内で横断的に存在するアセットがうまく使えないというデメリットもある。たとえば顧客情報。日本の大企業は部分最適になっていることが多く、顧客情報も部分単位で保存されている。でも、もしかしたら同じお客さまの情報が入っているかもしれないし、それらをつなぎ合わせることでお客さまの動向をさらによく理解できる可能性もある。これは、まさにデルタ航空が行ったことだ。プリセールスからポストセールスのシステムをすべてつなぎ合わせ、横断経営を図ることでお客さまに最適なサービスを提供していった。従って、縦割り事業の良い点を維持しつつ、つなぎ合わせて展開できる社内横断的アセットについても考え直す必要があると思う。
また、マーケティングのそもそもの位置づけを改めて行う必要がある。「営業支援ではない」と。そのうえで、幹部の方を含めてしっかりとリーダーを配置していかなければいけない。当然、そうしたことを行うには莫大な投資が必要だし、姿勢も変えなければいけない。だから、マーケティングに関連する事業部は、双方向のKPIというか目標設定をするべきではないか。極端に言うと、私個人としてはマーケッターにも売上責任があるべきだと思っている。そうした仕組みも必要だと思う。
そのうえで、企業のトップリーダーに求められるものについてお話ししたい。最も重要なのは、今までコストセンターだと考えていたマーケティングをプロフィットセンターであるという認識に変えていくことだ。今はマーケティングが購買を直接支援できるようになってきたわけで、やはり姿勢を変えていかなければいけない。
また、デジタルマーケティングの大きなポイントしてもう一つ、やはりプロフィールや購買履歴をシステム上にどんどん保存できる点が挙げられる。このため、従来と異なる方法でリピートカスタマーにアプローチできるようになってきた。つまり、今後はトランザクションバリューからライフタイムバリューといった発想に変わっていくと思う。長期に渡るバリューも重要になり、そこでブランドロイヤリティーや顧客満足度のインパクトが大きくなっていく。だからこそ、デジタルマーケティングは単なる売上だけでなく、非常に多くの領域に影響を与えていく。そうしたデジタルマーケティングに投資してくためには、お金や資産だけでなく、トップのマーケティングに対する重要性の認識も不可欠になるし、先ほどお話した「Process」「Product」「People」の3Pも重要だ。
マーケティング戦略を転換するときに必要なステップとは?
そこで、「次にとるべきステップ」ということで、皆さんへの‘Call to Action’をまとめてみた。まず、繰り返しになるけれども、マーケティングを経営戦略の一環に位置づけて欲しい。これからどんどん“縮んでいく”世界では、レベルの高いものづくりやサービスだけでなく、需要喚起が不可欠になる。お客さまに的確な情報を的確なタイミングで提供しなければいけないし、それを継続的に行う必要がある。今、お客さまが触れているのはインターネットアクセスが可能なデジタルデバイスがメインだから、それを有効活用しないといけない。また、それをサポートするため、戦略策定をドライブするチームの立ち上げも重要だ。私としては、デジタルマーケティングの課題に本気で取り組みたいのなら専任チームが必要だと考えている。
そうしたマーケティングのトランスフォーメーション・プロジェクトに、私自身は今まで複数関わってきた。で、その個人的な経験から申し上げると、そのなかには必ず1~4までのステップがある。ステップ1は、最近のお客さまやチャネルの動向をしっかり認知すること。お客さまは、今は主にオンラインで製品やサービスを調べている。だからPAIDでもEARNEDでもOWNEDでも、そこで製品やサービスが第3者からどのように語られているのか、そしてどんな評価を受けているかを見ていく必要がある。その辺を、自分が普段見ている媒体だけではなく、他の媒体も見ながら理解していく必要があるのではないか。まずは、そうした現状認識。競合分析も必要になるので、それらも含めて「今世の中がどうなっているか」を認知するのがステップ1だ。
また、マーケティングを経営戦略の一環として立ち上げるほどだから、当然ながら将来像をきちんと予測しないといけない。これがステップ2だ。マーケティング手法が変化し、デジタルという手段が今後大事になっていくわけで、それに基づいた今後の売上目標や費用を、ROIを含めて徹底的に分析していかなければいけない。日産はそうしたアプローチで改革を行った典型事例だ。彼らは年間数百億という予算規模のなか、追加投資をするのではなく内容の構成を大きく変えることで現在のような計画を立て、今まさに実行している。そうしたやり方も重要だと思う。
また、それに伴って人材や費用といったリソースを予測しなければいけない。特に日本企業はマーケティングを広告代理店に外注しているところが多い。そこを大きく見直す必要もあると思う。戦略的資産として考えるのなら絶対に外へ丸投げせず、社内の資産として持つべきだ。ただ、それを一気にやろうとすると失敗するので、「最初の半年はここまで」「最初の18ヶ月はここまで」といった風にして、各ステージに切り分けていくといいのではないかと思う。
では、その次に何が必要かということで、ステップ3が「在庫確認」になる。「今、マーケティングはどのように展開しているのか」「そのなかでも特にデジタルに関してはどういった資産があるのか」と。企業によってはそこに大きな差があるので、確認する必要がある。また、デジタルマーケティングの展開にあたって依存性が高いアセッというものが必ずある。たとえばCRMに保存されている顧客情報や、ERPの、特にコスト系のデータ。事業単位でも各種データベースがあると思う。そうしたアセットを理解しておけば、あとで絶対に宝となっていく。そうした情報を組織横断的に使うことができたら、デジタルマーケティングの精度は絶対に高まっていく。
そして最後のステップ4で重要なのが、こうした情報をアクションにつなげていくことだ。私としては、そこでコミッティを立ち上げるべきだと考えている。ここをすべてマーケティング部門だけで完結してしまおうとすると、失敗してしまう。マーケティングだけでなく、営業、経理、IT、あるいは人事のスキルを持つ方々に入っていただかなければいけない。経営戦略として考えるのなら幹部のスポンサーも必要だろう。
で、先ほど「ステージに切り分ける」というお話をしたが、ぜひ、ここはスピリント思考で取り組んで欲しい。古典的なマーケティング手法は1年単位で考えることが多い。計画を立て、展開して、9ヶ月経ったら翌年の計画に入ってまた展開していく、と。しかし、デジタルではスピードをどんどん早めることができる。従って、各ステージに切り分けたあとは3ヶ月単位で考えるぐらいの意気込みで計画を立てるのがいいのかなと思う。それが少しずつ活性化していくと一ヶ月単位でもできるようになるし、弊社はもう週単位で行っている。ぜひ、スプリント思考でPDCAを徹底して、次々実行につなげていっていただきたい。大まかにお話ししたけれども、こうしたステップを踏んでいくことでデジタルトランスメーションが実現できると考えている。
さて、今日は一般消費者の動向や皆さんが接している媒体および市場の変化、あるいは海外の事例等々、いろいろなお話をさせていただいた。とにかく、特に今後縮んでいく世界で、日系企業がさらに成長するためにはマーケティングの位置づけを変えなければいけない。そのなかでもデジタルは最も重要な手段になる。だからこそ、今日皆さんにこういった形でお集まりいただけたことは大変ありがたいし、ぜひ、今日お話ししたようなことを実行に移していただきたい。そうすれば、日本の競争力はこれからさらに高まっていくのではないかなと個人的には思っているし、それが私のミッションでもあると思っている。
続きは近日公開予定
※開催日:2015年3月20日