「最初に作ったオークションはユーザーが出品できない。落札が続くと商品がなくなる。オカルトのようだった」
南場 智子氏
堀義人氏(以下、敬称略):私はよく、「世界で最も成功した女性IT起業家は南場智子さんだ」と言っている。アメリカにも、マリッサ・メイヤー(Yahoo!CEO)、メグ・ホイットマン(Hewlett-Packard社長兼CEO)、あるいはシェリル・サンドバーグ(Facebook取締役)といった方々はいるが、ゼロから起業して時価総額1千億以上を実現した女性IT起業家は世界でも恐らく南場さんだけだと思う。南場さんとはハーバードで一つ違いだ。頭の上がらない先輩で、当時は「暇そうだから連れてってやる」と、スキーに連れて行っていただいたこともある(笑)。南場さんはその後99年にDeNAを創業した訳だが、こういう形で大成功したことはハーバードの後輩として大変嬉しく思うし、今日はお話を伺えること、楽しみにしていた。皆さんも多くのことを学んで欲しい。
南場智子氏(以下、敬称略):過分なご紹介をいただいたが、今、会社の業績はそれほど順調という訳でもない。従って、こんなところで喋っている場合…、あ、“こんなところ”はまずいか(会場笑)、調子に乗って喋っている場合ではないという感じだ。ただ、「今日は皆、5000円を払って来ています」と、堀さんにプレッシャーをかけられた。なんとかして5000円分、持って帰っていただかなければと思う。
今日は資料も色々持ってきたが、たとえば当社従業員数の推移を見てみると、渋谷の細い路地にある小さなアパートで創業した当時、社員は3人しかいなかった。それが6人になり8人になり、20m2のアパートですし詰めになって仕事をしていた。それと、今はそれほど順調でもない業績だが、年単位の推移ではまだ順調に見える。2012年度は売上高2025億、営業利益768億。インターネットオークションの会社として創業し、その後オンラインショッピングへと拡大してなんとか黒字化していったという流れだ。
創業時は「ネットオークションで日本最大のプレイヤーになる」という目標を掲げていた。「eコマースを極めたい」と。eBayや国内の大手サービスプロバイダーが参入する前に一番乗りをして国内最大となり、ゆくゆくは世界でも戦っていくという大志を抱いていた。それでマッキンゼー・アンド・カンパニー(以下、マッキンゼー)のコンサルタントが3人集まって、「出来るんじゃないか?」なんて思いながらはじめた会社だ。
ただ、創業当初はとにかくすべてが上手くいかなかった。ネットオークションも結局は大手のなかで最後発になってしまった。しかもせっかく開始したサービスは、なんとユーザーが出品出来ない状態だった。出来ることは落札だけ。落札されるだけで(会場笑)、だんだん商品がなくなっていくというオカルトのようなサービスだ。で、「我々事務局が出品するしかない」と、色々なスポンサーさんからグッズをいただいたり、ショップさんに営業して買い取りをしたり。商品情報もいただいたうえで事務局が自ら手入力でデータベースに書き込みを行い、なんとか商品がなくならないようにしていた。
それで結局、Yahoo!オークションに大きく水を開けられてしまった。No.2ではあったから、「まあまあじゃないか?」と思われるかもしれないが、規模としてはNo.1の1/30前後。創業1年で黒字転換を目指していたのに4年も赤字が続いてしまった。基本的に何一つ上手くいかなかったということで、「コンサルタントの言うことは聞かないほうが良い」というのが今日のメッセージかもしれない(会場笑)。偉そうにアドバイスをしていたから「自分でやったらもっと出来るのかな」なんていう錯覚をしていたが、割と早いタイミングでそれが大間違いであることを学んだ。
そして、オークションに関してすべてのことをやり尽くし、そのうえでYahoo!オークションに追いつけ追い越せというのは無理だと観念した。そこで事業を拡大してショッピングモールを手掛けたのだが、これが上手くいった。初めて成長軌道に乗り、黒転する。その頃は日本一もヘチマもなく、とにかくお金がなくなるといけない状態だ。「Yahoo!オークションと競争してこれほど疲弊したのに今度は楽天市場と競争か」とおっしゃる株主さんもいたのだが、そんなことは言っていられない。「まずは今来ているお客さんのARPU(AverageRevenuePerUser)を高めよう」と。ユーザーさんはオークションだけをしに来ているのでなく、モノを探しに来ている。「それなら競り上げ方式に拘る必要はないのでは?」ということでショッピングモールを開設した。
するとユーザーさん1人当たりの売上がどんどん上がっていった。ショッピングモールということで店舗さんへの営業が効いたのも大きい。営業というのはやはり腰の強いものだ。ネット上のサービスだけでは熱しやすく冷めやすいが、一社一社営業で開拓した店舗さんは継続的に我々のサービスを利用してくださった。そうしてオンラインショッピングで初めて黒転し、成長軌道に乗った。システム開発でも失敗したのでシステムの大切さは学んだが、「戦略だ、システムだ」というだけでなく、営業がいかに大事かということを我々はこの時期に学んだ。パパママショップのような店舗も含め、従業員5〜6人の店舗から100人前後のところにまで、泥臭い営業をすることの価値を学んだ。
黒転してそのまま伸ばしていこうかとも思ったが、「オークションではYahoo!オークションがいるしショッピングでは楽天がいるし…、何かで一番になりたいな」と。そんな風に思いながら色々と模索したうえで開始したサービスが「モバオク」だ。モバイルユーザー向けオークションサービス。これで日本No.1となり、初めて「勝った」という感じがした。私たちは「黒字の企業をつくりたい」といったことを考えていたのではなく、ネイチャーとしては「とにかく勝ちたい」という負けず嫌いの集団だ。なんでも良いから日本No.1のものをつくりたいと思っていた。それをモバイルユーザー向けオークションで堂々と達成出来たので、初めて自信を持つことが出来た。
当時はオークションではYahoo!オークションの1割、ショッピングモールでは楽天の3割といった程度のバリューしか提供出来ていなかったこともあり、「我々の存在意義はなんなのか」という疑問も常にあった。しかし「モバオク」をつくってからは、自分たちの存在意義はあるという気持ちになったし、精神的にもすごく充実しはじめたと言える。
また、「ポケットアフィリエイト」というモバイルユーザー向け広告ネットワークも大変上手くいった。今は撤退したが一時は100億円以上の売上となり当社の収益を支えていたサービスだ。携帯サイトに広告を配信するネットワークなので広告主への営業も必要だが、携帯サイトを運営する媒体への営業も必要になる。それでこのサービスを立ちあげたときは現・代表取締役社長兼CEOの守安(功氏)らが営業をしていた。「これ、本当に会社なのかな?」と思うほど小さなアパートに構えていたような媒体にも一軒一軒、自ら足を使って営業していた。
そしてSNSということで「モバゲー」をつくった。最初はアバターを用いたビジネスモデルとして、その後「怪盗ロワイヤル」をはじめとするソーシャルゲームのビジネスとして拡大していった。そんな風にして我が社は2〜3年に一度、常に新しい成長エンジンを生み出している。しかもそうした新しい成長エンジンに乗り換えるのでなく、追加するというパターンだ。それまで手掛けていた事業の多くは今でも成長させている。たとえば現在もeコマースは売上200億前後、営業利益60億前後という堂々たる数字を出しており、それだけでもかなりの企業価値になると思う。また、「DeNAショッピング」や「モバオク」は、「ペイジェント」という決済ゲートウェイを構築しているが、これは業界でもセカンドティアになってきており、成長率では業界断トツだと思う。
「アバターというのも正直よく分からない。それで『守ちゃん、どうなっちゃってるの?これ、いつ止まっちゃうの?』と」
他の事業もいくつかご説明したい。「スカイゲート」を利用したことのある方はいらっしゃるだろうか。今は「DeNAトラベル」という名前に変わったが、年末旅行のご予約がまだという方はぜひ(会場笑)。海外の航空券とホテルに関しては、品揃えと値段という点で圧倒的だという自信がある。ツアーは来年強化していくが、とにかくご自身で素材を買って楽しむという人には一番のお勧めだ。
それと「趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)」。主に50歳以上となるシニア向けのSNSだ。こちらのユーザーはかなり継続して使ってくださっている。今は社員2名で運営しているサービスだが、SNS内コミュニケーションは大変活発だ。「うちの嫁が…」なんていうやりとりが行われている。意外とネット通でない方が集まるのでシニアの方々としても安心感がある。趣味に関して色々なコミュニケーションが行われていて、オフ会も盛んだ。「蕎麦打ち体験しませんか?」なんて言うと瞬時に満席となる。先般は俳句大会を行った。優勝した句は、「あの世からスマホで打つわ極楽なう」(会場笑)。
エンターテインメント系では「E★エブリスタ」も面白い。いわゆるUGC(UserGeneratedContent)で、ユーザーさんが自身の小説を投稿出来たりする。携帯小説として生まれた文化は現在もスマホで脈々と受け継がれていて、なかにはすごく面白い作品がある。私達は業者として人気作品の動向が分かるので作家さんに出版化や漫画化を提案するケースもある。『王様ゲーム』(双葉文庫・金沢伸明著)や『奴隷区僕と23人の奴隷』(双葉社・オオイシヒロト/岡田伸一著)といった作品はここからはじまった。
最近は「マンガボックス」というサービスもはじめた。これはお勧めだ。実は私も新規事業を一つやっていて、「他の新規事業には負けたくない」と思っているが、私自身が脅威を感じているほどだ。大変なスピードで立ちあげたサービスで、内容的にも相当面白い。考えつくだけなら誰でも出来るかもしれないが、出版社さんの協力を得て一流の漫画家に連載していただいた。次にまた読みたくなる仕組み等も色々と施していて…、ぜひお願いします(会場笑)。
あとは当然、ベイスターズ。今年もよく負けたが(会場笑)、最下位を脱出したし、打点は12球団一位だ。ピッチャーさえ良ければ日本一になるが(会場笑)、その点で言っても今年の補強はばっちり。FAで初めて良い投手が獲得出来たし、ドラフトでも中畑清監督が初めて良いクジを引いた。私はそういう祭りに参加したがるタイプなので事前に「クジ運の強い人が引いてみようよ」と提案していた。すると守安に「時間の無駄です。確率論」と言われ(会場笑)、「…すいません」ということで監督に任せたのだが、今回は本当に良いクジを引いてくれた。あとは瀬古利彦監督率いる駅伝チーム。ニューイヤー駅伝にもDeNAとして出場出来ることになったので、応援して欲しい。
等々、色々あるが、やはり一番大きいのは「モバゲー」だ。登録会員は5000万人いる、大変アクティブなサービスだ。ゲームも1700タイトルほどあって9割の方は無料で利用しているが、年間で2000億円の市場を形成するソーシャルゲームのプラットフォームとなっている。
ただ、冒頭で申しあげた通り、今は株価や最近の四半期業績を見ても順風満帆という状態ではまったくない。従って会社としてゲーム事業の建て直しとグローバル展開の加速、そして新規事業の立ちあげにも果敢に取り組んでいるところだ。既存事業も今一度テコ入れをしていく。我が社は人的リソースに関して、今まではどちらかと言えば急速に成長してきたモバゲーに集中させてきた。しかし新規事業や、たとえば2名でやっている「趣味人倶楽部」等にもう少ししっかりと企画とエンジニアを配置すれば改めて倍々成長していくような可能性もあると思う。
今はゲームも60タイトルほどつくっているし、かなりの胸突き八丁ではある。ただ、この苦しさは初めてでもない。創業後数年間の売上は…、当時の私達は急成長していたつもりだったが、最近の売上を交えてグラフにしてみると創業時の売上は顕微鏡で見ないと分からないほどだ。当時は業界でも負け組のラベルを押されていたし、本当に苦しかった。初めて黒字化した2002年には一部の人に「よく途中で自殺しなかったね」と言われたほど、周りからすると自分で認識するよりも悲惨に見えたようだ。
そしてそこから、私自身は企画に参加していないが、守安や現CTOの川崎(修平氏)が中心となって立ちあげた「モバゲー」が急成長する。その時期の売上推移をグラフにすれば幾何級数的に伸びていく様子が分かっていただけると思う。そこで初めて、「ええ!?」というような成長を経験した。ただ、当初の売上はアバターによるものだったが、アバターというのも正直よく分からない。何故そんなに着飾るのか(会場笑)。私もアバターを持つのなら現実の自分よりは少々かわいい服を着せて綺麗にしたいと思し、ちょっとした虚栄心も出る。ただ、あれだけのお金をかける気持ちが分からなかった。
だから1日1億といった売上になった段階で守安を呼んで、「守ちゃん、どうなっちゃってるの?」と聞いた。すると分析の結果、ユーザーの上位10%が売上全体で非常に大きな割合を占めていると分かった。で、「そのユーザーさんたちは何故こんなにお金を使うの?」(南場)、「分からないんです」(守安)、「これ、ずっと伸び続けるの?」(南場)、「今月も伸びていますね」(守安)、「え?ずっと伸び続けるの?」(南場)、「ずっとということはないと思います」(守安)、「じゃあ、いつ止まるの?」(南場)、「それが分からないんですよ」(守安)と(会場笑)。
それでだんだん怖くなってくる。それでも売上は伸びていたが、「これは続かないんじゃないか?」と思っていたら、本当にあるとき、“こつん”と音が鳴るように売上の伸びが止まってしまった。そこから急速に下がりはしなかったが、とにかく「はい、今日止まりました」という感じだ。「やばい。来たな」と。伸びた理由が分からない訳だから、下降したとしてもそれを阻止する術が分からない。毎日多くのヘビーユーザーさんをお招きしてフォーカス・グループ・インタビューなどを行い、理解しようとはした。しかしそれでも…、彼らは「神アバター」と呼ばれていたが、よく分からない(会場笑)。
結局どうなったか。「飽きられているのでは?」と焦った私たちは二次元のアバターを三次元にしてしまう。アバターが新しくなればまた色々と生まれるのではないかと考えた。今考えるとこの議論は辛かった。一部上場企業の社長がIRで「売上の伸びが止まっている。どうなっているんだ?」と聞かれて、「アバターが三次元になって動かせるようになれば」と(会場笑)。その話をしているときは、我ながら「この社長、こっ恥ずかしいな」と思っていたが(会場笑)、とにかく確信がなかった。
そして、やらかしてしまった。総括として公表してはいないが、個人的にはアバターの三次元化は大失敗だったと思う。神と言われていたユーザーがすべてのアセットを失ってしまったからだ。彼らはそれまで懸命に資産を積み上げ、常に最先端を追いかけて他の神アバターに負けないよう工夫していた。それらがある日突然、浮遊したり回転したりする三次元アバターの登場で使えなくなってしまった。三次元にした以降は新しいユーザーさんも少し増えたが、“神ユーザー”層の出費は初めて減っていった。
しかしその後は世の中をよくよく見たうえで、私たちも遅ればせながらソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」等5タイトルを投入した。ゲーム経験ゼロの社員を含めて、「自分の頭で考えてゼロからつくろう」と、若手に裁量を持たせたうえで5つのチームでつくったもののうち、三つが大成功した。それでまた成長軌道に戻ったという流れになる。
ただ、世の中のトレンドがそうしたソーシャルゲームからカードバトル型に変化していたにも関わらず、それに少し乗り遅れたことで3回目の停滞が訪れてしまう。ゲームのトレンドや市場の変化についていけず、半歩遅れるということを私達は何度かやってしまっている。いつでも変化に半歩先んじていたいとは思うが、伸びているときは半歩先んじているときだ。そこで、何かちょっとした油断をした隙に半歩遅れてしまう。今回も同じだ。原因は分かっている。ただ、そういう時期も乗り越えてきた自信が私達の根底にはある。そこで慌てずに張り切るという点がDeNAの強さなのかなと思う。
「『赤字だったけど山田さんと田代さんは喜んでくれたよね』では、大学のサークル活動以下」
さて、ここからは経営大学院ということで、経営者としてのお話も少ししたい。私自身は2011年まで経営トップを務め、そこでまがりなりにも会社を…、潰れそうになりながらも潰さず、ある程度の規模へ成長させるとともに良いチームをつくったと思っている。そこでアドバイスという訳ではないが、‘whatworkedforme’というか、「これが良かったのかな」というお話をしたい。反省点も多いので「良かった」と思うことは少ないが。
まず、私は常に、アンリーズナブルな高いゴールを設定してきた。私はマッキンゼーでスキルを身に付け、同社のパートナーとなる直前頃からは自身に関して「コンサルティングスキルで右に出るものなし」なんて思っていた。チームで進める仕事も本当はすべて自分でやりたかったが、「1日24時間しかないので仕方がないから手分けをしよう」と。それほど傲慢な人間だった。しかし会社を立ちあげてみると、システム開発、サイトデザイン、データベース設計、サーバ管理、等々…、必要とされることのなかに自分ではまったく出来ないことがあまりにたくさんある。割と早いタイミングで「社長一人では何も出来ないな」と分かった。それで周囲に大変優秀な人を集めていたので、そのなかで「私自身は何をするのか」という自問を繰り返していたところがある。
経営トップとして最も重要となるゴールやミッションあるいは目指すべき方向性を示すという役割だというのが一つの結論だ。定性的な目標と定量的な目標の両方をセットにしていた。皆をわくわくさせるような言葉で示すとともに、数字のセットも行う。それを自分のルールとしてきた。で、その両方についてとんでもなく高い目標を掲げてきた。
数字の面で言えば、たとえば売上16億円となった2003年に、「3年後に100億」という目標を掲げた。するとどうなるか。当然ながらチームはそれまでもすごく頑張って疲れている訳で、「3年で100億は絶対無理」と言う。私はそこで、「そんなことないよ。「3年後にこの目標がどう見えているか私には分かる」と言って、3年後から見た仮の売上推移のグラフを見せた。「3年後にはこうなっているよ」と(会場笑)。「こういう軌道で成長した会社はほかにもいるじゃないか」と。我が社の成長軌跡はYahoo!JAPANの成長軌跡を何年か後に追いかけているようなイメージだったので、彼らの成長軌跡をアニメーションで見せて、「ほら、普通に行けばこうなる」と言ったりしていたわけだ。
それで実際、3年後に140億を達成した。しかも、140億を達成する前は、「今度は1000億だ」と言っていた。今まですごい勢いで伸びてきて皆も疲れている状態なのに、4年後の2010年時点で1000億と言う訳だ。あまり根拠はない。守安には「根拠を示せ」とよく言われたが、「そんなの分かんないよ。自分で考えてくれ」と(会場笑)。「きりがいいじゃない」みたいな感じで(会場笑)。で、社員はやはり「無理だ」という気持ちになるので、また同じことをやった。「2010年に振り返ったとき、2006年までグラフは絶対、こんな風に見えているよ」と(会場笑)。「これ、よく見たことあるよね?」と、またYahoo!JAPANの売上推移も見せた。それで実際には2010年時点で1120億になった。たまたまかもしれないが、とにかくそんな風にして皆がわくわくするほど高い目標を示す。そして、なにかこう、「出来るんじゃないか?」と皆に思って貰うため、色々なコミュニケーションをしていた。単純なことだが、それが良かったのかなと思う。
数字が一番大事という訳ではないが、DeNAが数字を重視する会社ではあることは間違いない。もちろん…、これは社員にも常に言い続けているが、数字が究極的に重要な訳ではない。皆が「世の中の役に立ちたい」と思っている訳で、それはエンターテインメント上の価値を提供するということでも良いし、皆にほっこりとした楽しみを提供するという話でも良い。利便性の提供でも良いし、たとえば倹約を実現出来るようなものの提供でも良いだろう。何かしらの価値を提供して人の役に立ち、貢献したいという本能に近いものを人間は持っている。で、それは一人でやるよりもチームでやったほうが格段に大きなスケールで実現出来る。だから組織が組成される訳だ。
ただ、その組織が目標を掲げて頑張ったのちに事業を振り返った際、「赤字だったけど山田さんと田代さんは喜んでくれたよね」では、大学のサークル活動以下だ。やはりどれほど世の中の役に立ったかを定量的に計るものが必要で、それが利益ではないだろうか。商品やサービスをつくってユーザーへ届けるにはお金がかかる。従ってそれ以上の対価を認めて貰えるようなものをつくる必要がある。そんな風にしてシンプルに考えようと、設立当初から言い続けている。で、それに加えて定性的にも非常に高い目標を掲げてきたが、今後は大変だ。実は私が数千億ということを言ってしまい、その1カ月後ぐらいに退任してしまった。守安としても「勘弁してくれよ」みたいな(会場笑)、ちょっと可哀相な引継ぎになってしまったが。
「チームをまとめる手法も学んだが、それ以上に何かに皆で全力で取り組み達成したときの一体感の尊さを求め続けている」
さて、高い目標を掲げたあとはそれを達成するチームをつくらないといけない。では心を一つにして目標に向かうことの出来るチームをどのようにつくっていくか。ハーバードとマッキンゼーでの経験を通し、私もそうした知識はたくさん身に付けたが、そうして学んだ10年間よりも多くを学んだ一瞬がある。その一瞬を納めた写真を自著にも載せた。「ビッダーズ」という私たちにとって最初のサービスが世に生まれたときに社内で撮られた写真だ。その写真が本当に好きで、今でもときどき引っ張り出しては眺めている。チームの皆がすごく純粋で良い笑顔をしている。そのときは、「誰が一番貢献したか」、「誰のアイディアだったか」なんていうことは誰も考えていなかった。小さなチームでも全力で共通の目標を達成したとき、人は自然とそういう笑顔になる。
たとえば、昨日は「マンガボックス」のチームがそういう顔をしていた。どこかの壊れた空調を「何時までに直さなければ」といった話でも、それが出来たときはそんな笑顔になる。全力で仕事をすれば、それが達成出来たときに純粋な気持ちで一つにまとまることが出来る。細かいことは抜きにして、そういうチームにしたい。「チームをまとめるためには評価のシステムやフェアネスが云々」といったことはよく言われる。実際、適切な報酬や役割分担が重要でないとは言わないし、それも人並みにやっていく。ただ、ご紹介した写真が表すような気持ちを最も尊いものとする価値観が、DeNAのなかにすごく大きなものとして存在するのかなと思う。
その写真は全社員で何度も共有されているが、「ユーザーさんにもそんな笑顔になって欲しい」という気持ちに、もう一段高めたい。とりわけ私達はエンタメ領域にもいる訳で、ユーザーにも「うわ、面白いね」と。「マンガボックス」を利用したユーザーに、ご紹介した写真にある笑顔になっていただけるのかどうか。そこを厳しく問わなければいけない。マネジメントに関して言えば、その写真が私にとって一つの気付きとなった。
もう一つ。‘nevercompromiseonpeople’ということで、人材について絶対に妥協しないというお話もしたい。私は特に最初の10人が大事だと思った。私は創業時、「やはり人が重要だ」ということで尊敬する二人をマッキンゼーから連れてきた。で、その二人にはさらに、「一人ずつ連れてこよう」と話したのだが、すると「ジョブディスクリプションはなんですか?」と…、頭でっかちだからそういうことを聞いてくる。だから、「ジョブディスクリプションも何もない。とにかく自分より優秀な人を連れてきてくれ」と言った。
そこで創業時から一番のパートナーだった川田(尚吾氏・現DeNA顧問)は、かつて大学院で同じ研究室にいた後輩を連れてきた。当時、IBMでデータベースリストレーションにおけるプロ中のプロとして活躍していた後輩を口説き落とした。で、もう一人のナベちゃん(渡辺雅之氏・現QuipperCEO)は、「自分より賢い人はなかなかいないが同じ遺伝子だから」と、兄貴を連れてきた(会場笑)。さすがに同じ遺伝子だ。すごく賢い。当社オペレーションの基礎を築きあげてくれた。そんな風に、常に「自分たちよりも優秀で会社を発展させてくれる人を」ということで集めた結果、最初の10人は実力的にもマインド的にも素晴らしいメンバーになった。そうするとあとはかなりラクだ。同じ匂いの人が集まる。特に仕事に対する姿勢が合わない人は引き寄せられない。万が一合わない人がやってきても、居心地が悪くなって自分から出て行ってくれる。
全力コミットを約束出来る社員だけでやっていきたいというのは今でも変わらない。当然、たとえば親御さんの介護や出産・育児等、ライフイベントは色々とある。そこは全力でサポートするし、当社には1〜2年間休みに出来るといった柔軟なプログラムもある。今はそれで休んでいる社員が20人以上いるし、時短で働く社員も多い。時短は全力歓迎だ。ただ、仕事に関してはキャパシティの範囲で良いから全力でやって欲しい。それが約束出来ず、「生活の糧としてラクをして儲けたい」という人には来ないで欲しい。そういう会社ばかりでは社会が成り立たないのも分かるが、我々は世界のてっぺんに行きたい。激しい競争領域で事業をしている訳だし、そこは譲れない。そうしたマインドに関して絶対に妥協しないというのも、我々がすごく大事にしていることだ。
では最後に、現社長の守安について少し喋って終わりにしたい。2011年に家庭の事情が急変し、私は社長職をぶん投げるようにして彼に押し付けた。退任そのものに関して言えば私自身に迷いはなかったが、残念な出来事ではあったし、もう少しやりたかったという気持ちがある。心のなかでは「あと1年」と思っていて、随分前からバトンタッチの準備をしていた。次の世代にバトンタッチをする際は新社長のリーダーシップを明確にして、「代表取締役は一人にして退こう」と。そのうえで私自身はなんらかの立場でサポートを、新しいリーダーが望む限りはやろうと思っていた。それを能動的にやりたかった。自分の限界や衰えに引き摺られず、周りの状況がそれを迫る前に「自分よりもベターな人がいる」と社長自ら気付き、すがすがしく次の世代にバトンタッチする。そんな風にしてDeNAがさらに発展する基礎をつくりたいと思っていた。
それで何年もかけて誰にも言わず準備をしながら、「よし、あと1年だ」と、最後の集大成ということで準備しようというときに事情が急変した。それで優先順位が頭のなかで“がしゃん”と切り替わってしまった。「もう社長は無理」と。頭のなかの半分以上が別のことで一杯になっている人間が社長というのは悲劇だ。歯車がずっと噛み合っていて、社長が御輿に乗っているような状態に甘んじる会社なら良い。しかしDeNAはもっともっと上を目指し、どこの会社よりも早く成長したいと思っている会社だ。「そんな会社の社長がこれでは判断も鈍るし士気も下がるな」と感じた。
ただ、次のリーダーを誰にするかは退任まで決めず、退任の瞬間にベストな人を選ぼうと思っていた。実際、それまでも「この人にやらせたら面白いだろうな」と思えるような素晴らしい人は何人もいた。ただ、退任が決まった瞬間、私は迷いなく守安にバトンタッチをした。それをまず守安と春田(真氏・現取締役会長)に伝えたのだが、社長業に関心がある訳でもなく事業で攻めていたかった守安は絶句していた。で、「たとえば1年、落ち着くまで休みという風にして貰えないですか?」という風に言ってきた。そこで私は、「1年というのはタイムリミットだと思うし、戻ってきてもステップダウンのようなことになってしまう。組織を混乱させるだけ。そういう風にはしたくない」と話して納得して貰った。春田は椅子から転げ落ちるような勢いで絶叫していたが。ただ、守安とは1999年から、春田とは2000年から一緒にやっているし、二人とも私の性格はよく分かっている。大事なことを決めたときは変わらないということも知っていた。それで二人とも私の話を受け入れ、頑張ってくれた。
「情報のdiscrepancyがある限り、インターネットビジネスの可能性はまだまだ存在する」
それが今振り返ると非常に良かった。私は自身の状況が随分落ち着いたので今年の4月1日から現場に戻り、取締役として仕事をしている。だから守安の経営を日々見ているが、大きいことでも小さいことでも「私もこうしていれば良かったな」ということがあって日々勉強になる。守安自身も変わってきていると思う。学ぶ力がすごい。彼は元々航空宇宙学科出身で、マッハ10のエンジンを研究していた人間だ。ただ、その実用化は「30年後になんとか」という状態で、それは自分に合わないなと思ったそうだ。「30年の試合はしない」と。それで大学院修了後はオラクルに就職した。
とにかく、私もこれまで色々な国籍の人々と仕事をしてきたが、守安ほどビジネスセンスが鋭い人間は見たことがない。一緒に仕事をした人間なかでは断トツだ。また、ロジックが強い。それと、ロジックに関しては私もあまり負けないと思うが、圧倒的に負けるのが記憶力だ。それですごく賢いから、私が社長をしていたときも本当によく支えてくれた。ただ、彼の一番すごいところは、持って生まれた才能があるというだけでなく実は努力家であるという点だ。吸収力がある。そんな風に見えないというか、「俺、生まれたときからなんでも出来るし」みたいな雰囲気だが、実は大変な努力家だ。
たとえば彼と話をしていて、「えっと、あれはいくらだっけ?」といったことを聞くと、必ず正確な答えがすぐ返ってくる。それであるとき、「守ちゃん、記憶力いいね」と言ったら、「南場さん、僕が努力していないと思いますか?」と真面目な顔で言ってきたことがある。「え?努力してるの?」と(会場笑)。彼は自転車通勤をしていたが、帰社時にその日の大事な数字をすべて“引き出し”から出し、おさらいするそうだ。で、それをもう一度引き出しにしまう。そして帰宅したら寝る前に、ベッドのなかでもう一度引き出しから出し、おさらいしたら再度引き出しにしまう。そしてさらに翌朝、自転車に乗ったらその作業をもう一度繰り返すそうだ。「これをやると頭にかっちり入る。南場さんでも忘れません」と(会場笑)。それを毎日やっている。すごいと思った。
かなり不遜で生意気なところもあるが、実はスルメのような味もある。私の退任が決まったあと、社長として行う最後の株主総会前日にリハーサルをしていたとき、こんなことがあった。想定問答で弁護士の先生が、「守安さん、新しい社長として何か抱負を話してくださいよ」と言う。すると守安は「取締役の守安からお答え申しあげます」とマニュアル通りはじめたうえで、「僕はインターネットについて南場より数段詳しく、そして南場よりも数段賢いので立派な社長になります」と言った(会場笑)。皆も結構笑って、弁護士の先生も「明日はそれぐらい自信満々でやってください」と言っていた。私も「これはいいな」と思っていたのだが、次の日、本番でまったく同じ質問が出た。それで守安にマイクを渡したら、本番では「僕は南場がつくってきたDeNAの文化が大好きです。これを大切に引き継いで頑張ります」と言う。なにかこう、皆もシーンとして社員は涙ぽろぽろといった感じで…、とにかくそういう人間だ。意外と人の心を掴むチャームもあるし、我が社は今まで以上に奮い立っている。
ただ、その守安が今はすごく苦労している。株価の面でも、売上の面でも、利益の面でも、そして何より市場におけるポジションの面で苦しい状況になっている。自信を持って「これだ」と言える戦略はあるのだが、一方では「これが上手くいかなかったら…」というのもあるだろう。私も社長時代にそんな思いを3回ほどしているから、その大変さがよく分かる。変わってあげられるものなら変わってあげたいと思うほどだ。それでも気丈に頑張っている。だから、今の状況を乗り越えることが出来たら新しいDeNAは相当強くなっているのではないか。これまでもそうした状況を乗り越えるたびに強くなってきた。だから、今はそれが楽しみでならないという状況でもある。
今、DeNAは「世界企業になるということはどういうことか」ということを考えながらチャレンジしている状態だ。それで大きな買収も行ったが、一筋縄ではいかなかったし、人並み以上の苦労をしている。教科書的にはPMI(PostMergerIntegration)で苦労するであろうことも知っていたし、当然、買収前はその企業の社長としっかり手を握っていた。相手方の人間性や事業の内容もよくよく分かったうえで買収した訳だが、やはり「心が一つのチームをつくるのはこれほど大変なものなのか」と。ただし、そうした苦しみを経て、今はようやくグローバルで一つのチームにまとまってきたのかなと思う。私の時代にこれを1年で行い、そのうえで渡したかったという課題がそのまま残ってしまっていた訳だが、それを守安は本当に苦労しながらもまとめあげたと思う。だから事業を進めるための体制は出来たと思う。
それともう一つ。私たちはゲーム会社ではない。私たちのアイデンティティはインターネットサービスの会社であるということだ。従って、どれだけ新しいサービスをつくることが出来るかということも大切だ。90年代にはパワーシフトという言葉が出てきた。「インターネットが情報や知恵を個人に与え、彼らの意思決定をサポートする」と。それでコンシューマにパワーがシフトすると言われていたが、今はどうなっているか。そうした大事なことに関して個人が十分な情報を持って主体的に意思決定を行える状況かというと、そうでない部分がたくさん残っていると思う。医療では医師、アセットマネジメントでは金融機関、不動産売買であれば不動産屋さん等々、未だに情報のディスクレパンシー(discrepancy)があり、特定の人々が未だパワーを持っている。そのぶん、新しいビジネスの可能性は膨大にあると思うし、今もインターネットの魅力にどんどん取り憑かれている。インターネットサービスという軸はぶらさず、世界を攻めていくことが出来るという、苦しいけれども楽しい時期だと思っている(会場拍手)。
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執筆:山本 兼司