高橋亨:本日は視座を出来るだけ広げ、視点を高めるということをテーマに、まず早稲田大学教授の岡田邦彦先生にお話を伺います。岡田先生は現在、早稲田大学大学院公共経営研究科客員教授としてご活躍される一方、NPO法人国際戦略シナジー学会の副会長も務めていらっしゃいます。教授は松下政経塾の第一期生ということで、野田佳彦総理ともご一緒に学ばれた経験を持っていらっしゃいます。卒業後は同塾の塾頭も務めていらっしゃいますね。このほかにもハーバード大学ケネディスクールやジョンズホプキンス大学でのご研究をはじめ、各方面でご活躍中であります。それでは「世界の潮流を見る—ビジネスを超えたパブリックリーダーシップ」ということでご講演をいただき、そのあと質疑応答という流れで進めていきましょう。それでは岡田教授、よろしくお願い致します(会場拍手)。
岡田邦彦氏(以下、敬称略):岡田と申します。よろしくお願い致します。今回、私は23年ぶりに上海へ参りました。昨日今日は上海出身の学生さんにご案内いただいて上海を廻っていたのですが、あまりの発展でまったく別の都市に来た印象があります。23年前というと本当に何もなくて、雑然としていた印象を持っていたのですが、今やマンハッタン並ですね。本当にものすごい発展です。
今回はビジネスをしていらっしゃる方々、そのなかでも特に人事をしていらっしゃる方々の前でパブリック・リーダーシップの話をするというテーマをいただきました。これは非常に難しい話ですね。魚屋が野菜を売るような感じです。ただ、パブリック・リーダーシップとビジネス・リーダーシップというものは、あるところで非常に交差している。私自身は先ほどご紹介いただきましたように松下政経塾の塾頭をしていました。創設者の松下幸之助という人はずっとビジネスのリーダーをやっていましたが、しかし最後はパブリックなリーダーシップを育てようと思って政経塾を設立した訳です。
何故なら、いくらビジネスの世界で頑張っていても国家がまずい政策をとるとすべて無に帰してしまうからです。松下さんは人生で何度も悲惨な体験をしていますが、一番大きかったのはやはり敗戦です。戦争前もかなりビジネスをやっていましたが、戦争末期には日本に飛行機がなくなってしまった。それで自分たちは飛行機なんてつくる会社ではないのだけれども、飛行機もつくったそうです。ところがそれを理由に戦犯とされてしまったんですね。公職追放です。で、軍は解体されてしまって支払いも行われなかった。請求書だけが残り、日本一の借金王になりました。それ以来、パブリックなリーダーシップが重要であるということをひしひしと感じるようになったそうです。
営々と築きあげた会社も戦争ですべて燃えてしまった。ですから「トップリーダーというならばまずパブリックリーダーをつくらなければいけない」と考えた訳です。その思いが戦後30年以上を経てから、松下政経塾設立につながりました。私はその一期生です。もう30年以上前になりますね。
ちなみにこのたび野田首相が誕生致しましたが、彼は私の同級生です。しかし、すでに松下さんは亡くなっていますし、その頃に関わっていた幹部や役員の先生方もほとんどおられない、ですから私のところにずいぶん取材が来ました。10件ぐらいでしょうか。
そこで「何故“どじょう”なんですか?」という質問をずいぶんいただきましたが、私もそんなことは野田君から聞いたことがありません。勝手に推測しますと、前任の総理の方々と比較したのかもしれません。自身はその方々と比べると金魚のように綺麗なパーフォーマンスができる男ではないけれど「どじょうのほうが美味しいよ」といったことを言いたかったのではないでしょうか。金魚を食べることは出来ませんから。
いずれにせよ私としては今回、パブリック・リーダーシップとビジネス・リーダーシップは同じなのではないかということで登壇のご依頼をお引き受けしました。もうひとつは23年を経て上海がどのように変わったかを知りたかったのです。テレビでは見ていましたがこの目で見たかったんですね。
グロービスによるこのプログラム、私は本当に素晴らしいと思います。外国で色々なことを考えるのはとても大切なことです。私は20年ほど前からでしょうか、毎年どこかの国へ学生や塾生を連れて行って、各種プログラムを実施しています。アメリカをはじめ中国や韓国、色々なところで行いました。
何故なら外へ出て考えたことと国内で考えたことはまったく異なってくるからです。視点が変わります。今年の夏はベルリンに行きました。ベルリンの大学でこのように講座を開いています。このほかポツダム大学やヘルティ行政大学院…、これはロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのドイツ版ですね。そういうところでもやっています。先週はソウルにも行きまして金泳三元大統領とお会いしました。国会にも足を運び、日本でいう国会の経済産業委員会で委員長を務めている友人とも色々と話をしました。
こうしたことをしていると学生の視野がずいぶん変わってきます。東京で新聞等を読んでいるのと、現地で雰囲気を感じながら色々な人に会って話をするのでは視点が変わる。ですから私も海外で行うCLO会議に大賛成です。
グローバル資本主義への懐疑、SNSの台頭、格差への反逆・・・世界に拡がる8つの潮流
さて、今回はこれからのパブリック・リーダーシップを考えるうえで重要だと思う8つの状況についてお話ししたいと思います。少し暑いので上着を脱ぎます。上海は意外と暑いんですね。冬用のブレザーを着ておりました(笑)。
ちなみに、その8つの話をする前にふたつほどエピソードをご紹介させてください。ひとつは「これはかなり大きなことだ」という話で、もうひとつは「ひょっとするとこういう風になるかもしれない」という話です。
ひとつは1週間ほど前、韓国を訪れたときの話です。ちょうどソウルの市長補欠選挙があったときです。この選挙に、与党ハンナラ党からは元裁判官の羅卿_*1さんという女性が出馬しました。そして民主党からは人権派の弁護士である朴元淳さんという大学教授が出馬しました。今回の選挙は、事実上、この二人による一騎打ちでした。
与党候補側の選挙対策委員が私の友人でした。結果は、ハンナラ党の候補者は落選してしまいました。与野党が逆転してしまった。ソウル市の市長選で負けるということは、来年の大統領選挙と国会議員の選挙でも民主党が勝つ可能性が高いということです。李明博大統領はハンナラ党ですが、政権交代が起こるかもしれないと予測されています。
このような結果になったきっかけは、ひとつには李明博大統領が豪邸を建てたことらしいんですね。これが国民の大きな怒りを買った。皆、ものすごく苦しくなっているからです。儲かっている人は儲かっていますが全体的には非常に厳しい状況です。勝っているのはサムスンぐらい。サムスンだけでGDPの2割を稼ぎだしているそうです。これは異常ですね。もうひとつの理由は候補者の羅卿_さん。大変綺麗な方ですが、彼女が700万円の年会費を払って皮膚美容に通っていたことが報道されたからだそうです。
厳しい世情で700万円の年会費を払って皮膚美容に通うというのは私にも分からないのですが、とにかくそういうことが国民の怒りを買った。そんなことで選挙の結果が、ひっくり返ってしまったんです。そのぐらい韓国の国民は怒っています。一方で豊かな人の一部は国外に脱出している。子どもを海外の大学へ留学に送り、それから資産を持っていくといったことがあるようですね。それがひとつ目のお話です。
次にベルリンとパリへ行ったときのお話をさせてください。ドイツでもフランスでもやはり高齢化が進んでいます。ドイツではあと20年ほど経つと全人口のおよそ3割が高齢者になるんですね。そんな状況のなか、ドイツである映像が話題になりました。未明の暗いなか、おばあさんが自動車を運転して新聞配達をしているというものです。年金が足りないからです。製材所で材木を切って働いているおじいさんの映像もありました。財政が逼迫しておりなおかつ高齢化が進んでいるという状況を表したものです。
フランスも同様です。ものすごいストレスが発生している。パリで人に話を聞くと、あのゆったりしたパリですら皆がアメリカ流の合理的なやり方になっているというんです。ところがどんなに働いても楽にはならない。物価は高くなる一方なのに時給は安くなっていきます。お金持ちだけはどんどん裕福になりますが、そのお金持ちは全体のおよそ1%に過ぎません。これは、先進国共通なんですね。
アメリカもです。先日、アメリカで大学教授をやっている方に聞きましたところ、今は全米で金持ちが狙われているそうです。『Newsweek』によりますと、アメリカでは全人口の1%にあたる最富裕層の収入が、1979年から2007年までの約30年で275%増えているそうです。約30年間で3倍。にも関わらず、他の90%を占める人たちは同じ期間でわずか5%しか収入が増えていない。しかも現在、貧困が社会問題になっているなかで富裕層のボーナスは目が飛び出るほどのものになっています。再生企業でもあるにも関わらずです。だからアメリカ中でデモが起きているというんですね。
日本で民主党が政権をとったのもその動きのひとつでしょう。それまでは小泉流のやり方でやっていましたが政権は民主党になりました。その民主党も震災対応で非常に戸惑ったり、内部でごたごたしていたりしますが、かといって小泉さんの方向に行こうという風にはなっていません。次の選挙でも自民党が勝つかどうかは分かりませんね。そして税金は上がっていく。
こういう政治状況は企業の活動にも大きく影響します。ですからそこを考えていかないと企業活動も今後うまくいかないのではないかと私は思います。ここまでお話ししたうえで8つの状況についてお話をしていきたいと思います。
1点目ですが、世界中で格差への反逆が起きているという状況です。昨今、暴動が起こった国の例を挙げてみますと、チュニジア、コートジボワール、チリ、エジプト、リビア、アルジェリア、スペイン、イギリス、ポルトガル、インド、モロッコ…、(同時通訳の方を見て)たくさんあるということですね(会場笑)。それから、セネガル、シリア、クウィート、イタリア、ヨルダン、イラク、イラン、ギリシア、バーレーン、ロシア、etc。もう世界中に広がっています。これがひとつ。
2点目の状況はその原動力にもなっているソーシャル・ネットワーク(SNS)の存在です。Facebookなどですね。SNSは今やアラビアでもチュニジアでも、世界中にあります。これで情報が共有されていったことで一挙に色々なものが動いていく。「あそこでやったぞ」と言えば「こっちでも」となります。去年の冬、チュニジア大使を私のクラスに呼んで話をして貰おうと思ったことがありました。当時の大使と仲が良かったんです。ところがその前週に革命が起こって彼は一切の権限を失ってしまった。全権大使でなくなってしまった訳です。講義もキャンセルになってしまいました。その後、エジプトでも革命が起きました。いずれにせよ、SNSが鍵になりました。
3点目は先ほど申しあげたグローバル資本主義への懐疑ですね。全米で行われている今回のデモで理論的に支柱のひとつとなっているのがノーベル経済学賞をとったジョセフ・スティグリッツ教授の理論です。大変有名な方です。もともとは世界銀行のチーフエコノミストであり、ある面でグローバル資本主義を進めていった方です。
彼は10年ほど前から「このやり方は大変なことになるぞ」という警告していました。なんらかの修正が行われないかぎり皆が苦しむことになると言っていたんです。「その動きは最後にどこかへ標的を求めることになる」と。
私は一時期ワシントンD.C.に住んでいましたが、世界銀行と同様D.C.に本部があるIMFは本部で総会を開催しています。それで、その時期には世界中からデモ隊が集まり、D.C.は大渋滞になります。そのときには必ずデモ隊が「スティグリッツもこう言っているぞ」という看板を掲げています。スティグリッツ教授は「危ないぞ」と言っていたのですが、その警告を聞かずにアメリカ政府が暴走したという訳です。
こうした動きに対してオバマ大統領も‘I understand.’と言ってはいますが、簡単に流れは変わりません。何故か。これは皆さま方のほうがお詳しいかもしれません。現在、世界中の金融機関に集められた金融資産の総額は2京円以上にのぼります。京は兆の1万倍。日本の国家予算はたった90兆円ですよね。しかも歳入は37兆円しかないから大借金です。アメリカもその倍ぐらいですよ。ですからもう金融団体の圧力に比べたら知れたものですね。銀行や証券会社に集まった雲のような金融資産がある訳です。各国の国家予算や資産をすべて合わせても京もあるような国はないですね。
そういった雲のような資産を持つグローバル金融なら小さな政府をなんとかするぐらい簡単です。大昔は逆でした。国家や王様のほうがお金を持っていましたし、商人といっても大したことはなかった。それがどんどん逆転してしまっているんです。ですからこの資産をコントロールする者が世界をコントロールするようになっていったんですね。ここでは国家のルールが適用されません。ある種の無法地帯。ウェブの世界と同じです。
私はグローバル資本主義自体が悪いとは言いません。グローバル金融によって色々と出来ることもある。その力で上海もこのように発展出来た訳です。この地上海にどれほどの外貨が投入されているか私には分かりませんが、グローバル資本主義でなければこれほどの発展はしなかった筈ですね。ですからそれ自体はいいんです。けれども何かしらコントロールがなければグローバル資本主義は暴走してしまう。国民の多くは恩恵を受けることが出来ないという状況が生まれる。そして最終的には政治上のリスクを負うことになるということです。
アメリカの覇権は崩れ世界は無極化し、気象も異常さを増している
4点目はアメリカの覇権という一極集中が崩れて多極化し、現在は無極化状態に入ろうとしていることです。多極化であればまだいいのですが無極化に入りつつある。1年前北京である方と話をしたのですが、彼は「いずれアメリカと戦争になるかもしれないな」と言うんです。彼は私の友人で今は中国のテレビ局で政治のコメンテーターをやっている著名人です。つまりそれほど中国の力が高まっている。アメリカも2025年までは大丈夫かもしれませんが、それ以後は、分かりません。そうするとやはり中国かアメリカか…、ロシアもありますね。。それにインドも大国へと成長していきますね。とにかく現在はバラバラな状態です。しかもそのバラバラな状態がまた経済にも影響していきます。
そして5番目は、主要国のほとんどが財政赤字という点です。日本国債の格付けはずいぶん下がっていますね。ひどく悪い。地方債を合わせるとだいたい1000兆円の累積赤字です。日本人の金融資産がおよそ1400兆円ですから、ぎりぎりのところで国債の信用が進んでいることになります。こういう状態ですから国債の格付けもだんだん下がってきました。今度のG20では消費税を上げよという外圧があったと思います。そうしないと財政がさらに悪化し破綻するぞという警告ですね。アメリカも同様に巨額の財政赤字を抱えていますし、オバマも再選するかどうか不透明な状態です。
そして6つ目が政党政治への不信です。これも世界中で同じですね。アメリカでもそうです。政党とは関係のないところで民意が動く。韓国でも政党離れがひどく進んでいます。与党ハンナラ党も民主党も色々な問題を抱えています。言うまでもなく日本でも政党離れがひどい状態です。政党政治は代議政治から成り立っています。しかし今は国会議員よりも普通の国民のほうが色々なことを知っている時代です。野田総理の所信表明演説を参考にしつつ、練習してみてください。専門家でなくてもネットなどで色々と情報を調べたらしっかりしたものが作成出来るはずですもし作文能力が彼よりも上であればさらに良いものが書けるかもしれません。そういった状況を背景とした代議制や政党政治に対する大きな不信がある。これも世界的に共通しています。
さて、先ほどは世界をとりまく8つの状況と申しあげましたが、時間が足りないですから、最後の2つをまとめて、7つにします。最後に申しあげたいのは異常気象と天変地異です。これは日本人であれば皆、感じていると思います。3月11日はほとんど…、東京を含めて東日本半分が一挙に壊滅したぐらいの被害でしたね。今でもその爪痕は深く残っていますし、世銀によれば、復興には約20兆円かかると言われています。しかもそれで復興出来るのかと言うとそれも分からない。さらに東京地震や東海地震の可能性も消えていません。どこで地震が起きてもおかしくない状況です。
「そんなことを考えていたって仕方がない」というのもひとつの考え方かもしれません。しかし日本では地形上平坦で海抜が低いところに都市機能の多くが集まっています。すると大きな津波で東京や名古屋が水没する可能性だってあるということですね。もし東日本大震災と同じ津波が東京を襲ったら、東京の約半分が水没するという記事が先日の『AERA』に掲載されていました。江東区をはじめ海抜の低い地域は軒並み水没してしまい、数万人ほどの死者負傷者が出るというんです。こういうリスクのあるところに我々はいる。
上海は今のところ大丈夫なようですが、タイを見てみると大変なことになっていますね。会場でタイに工場をお持ちの企業からいらしている方はいますか? 甚大な被害が出ています。水没しないまでも、そこで働けなくなった人々がたくさん出てきてました。
アメリカの東海岸で、私も住んでいたメリーランド州ではハロウィンの季節に大雪が降った。こんなこともありませんでした。今はもう異常ということさえなくなってそれが普通になってしまっています。台風も東京都直撃ですが、そんなことはこれまで、殆どなかった。等圧線は必ずもう少し西のほうを迂回するよう動いていたのに、その隙間をぬうようにして東京を直撃してきました。こうした異常気象も食糧などの生産活動をはじめとした各種経済に大変な影響を与えます。天変地異がすごく増えてきました。これをどう考えるかが最後のポイントです。
ではここで少し良い話もしていきましょう。先ほどお話しした韓国の、日本でいう経済産業委員会で委員長をやっている友人とお会いしたときの話です。彼はもともと大統領補佐官で現在は国会議員を務めており、次の大統領候補とまで言われている方です。その彼の紹介で日中韓協力事務局というところに行きました。こういうものがあることは、私も知りませんでした。
これは鳩山内閣のとき、鳩山さんと李明博さんと胡錦濤さんが「3カ国で協力できることをやっていきましょう」ということではじまったそうです。「協力出来ないことが99%だとは思いますが、残りの1%、協力出来ることだけをやりましょう」ということで設立された国際機関です。国連と同じですね。現在の事務総長は韓国の方で、元シリア大使を務めていらした外交官です。それぞれの国の外務省からスタッフが出向しています。日本の外務省からも松川さんという女性が、中国からも出向しています。小さいですが、国際機関です。
こういうことが出来ているんです。9月にオープンしており事務局はソウルにありますが、私はこれは、とても良いことだと思っています。もともと協力出来ないことだらけなんですから。ただし年間予算がまだ2億円しかありません。各国とも6700万円ずつしか出していない。それが日中韓協力事務局の実体です。ですから皆さん、今が寄付のしどきだと思いますのでぜひ寄付してください(会場笑)。図書の寄贈も受け付けているそうです。次の事務総長は中国か日本か、いずれにせよどちらかから順番に出すそうです。今のうちに協力体制をつくっていくというのはとても良い話だと私は考えています。
この、時代の変節点におけるリーダーシップはいかにあるべきか
ところで私はさきほど、次にお話しされる南京大学のShuming Zhao先生と昼食をとりました。ピーター・ドラッカーのお弟子さんだそうです。私もドラッカーは大好きです。ドラッカーの著書はだいたい読んだと思います。そのなかに『ドラッカーの遺言』という本もありますね。今日はその著書で私が線を引いていた箇所をこちらにいくつか抜き書きしてきたので、こちらをご紹介しつつグローバル・リーダーシップについてさらにお話を進めたいと思います。
ドラッカーは経営学者でしたが非常に先を見通していた人ですね。日本企業は彼に相当な影響を受けていたと思います。皆さまの先輩ぐらいにあたる方々の多くは、ドラッカーの本を必ず読んでいると思います。
まず「今、私たちは大きな転換点に差し掛かっており、その変化のゆく先がはっきりとは認識出来ていない。だから我々が不安を持っているのは無理もない」と同著にあります。また「私たちに求められているのは異なる価値観の共存する世界がやってきており、そしてそれが18世紀以来の根本的な世界の変化であることを理解しすること」といった言葉もあります。つまりこれは300年ぶりの変化なんですね。300年前に何があったかというと産業革命です。そのぐらい大きな変化があるので、今までの考え方でやっていては追いつかないということです。
もうひとつ。彼は「日本が直面しているのは危機ではなく時代の変わり目だ」とも言っています。危機というと非常にネガティブですね。そうではなく、時代の変わり目だと思うこと。「ありがたいチャンスだ」と捉え、危機を福と成す。そんな気持ちが大事ということです。「日本は駄目だなあ」とか「日本企業は駄目だなあ」とばかり思わず、です。とにかく「時代の変わり目を積極的に、かつどのように生かそうか」と考えなければいけないということです。
さらに見てみましょう。彼は「日本には太平洋をはさんでアジアとアメリカを結ぶ“橋”になることが求められている」と言っています。私もそうだと思います。それ以外に日本のポジションはないような気がします。日本は大国にはまずなりません。人口は減るばかりです。今のままでいけば10年後の財政も経済もあまり変わらないかもしれませんよね。あるいはもっと悪くなるかもしれませんし。
そのあいだ中国はどんどん先へ行きます。それならば私はやはり日本は、遠く離れてはいますが、アメリカとアジアを結ぶ橋になる。アジアはものすごいマーケットです。日本はアジア的価値観を基にしながらも西洋文化を咀嚼した唯一の国だと私は考えています。先日は韓国をよく見てきましたが、やはり日本がかつて経験してきたような咀嚼について言えばまだまだですね。韓国の友人も言っていました。「日本人と韓国人はよく似ているような気がするが、話していると最後に少し違ってくる。日本人はやはりヨーロッパ人の考え方と近い」と言うんです。
それは何故かというと、明治維新以降日本は百何十年もかけて、たとえばドイツから憲法を学びフランスから民法を学び、さまざまなヨーロッパの文化を咀嚼してきました。ですから我々は気が付かないあいだに、そういったヨーロッパ的な考え方をしているんです。ヨーロッパ人からすると違うと言うかもしれませんが、アジア人からみるとかなりヨーロッパ的であると。しかも戦後はアメリカの教育を受けていますよね。これも咀嚼しているんですよ。
しかしだからといって、皆さんはアメリカ人のように振舞わないですよね。日本にはとにかく何かあると…、たとえば一杯飲むと「やっぱり日本が大切だよね」といった話になりがちではないですか?これは大変なアイデンティティです。百何十年もの長きに渡り、西洋の文化を受け入れながらも西洋人になっていない。皆が英語やフランス語、あるいはドイツ語を流暢に操っているかというと、まったくそんなことはないですよね。
そういう視点で考えてみると、やはり日本文化には大した力があると思います。サミュエル・ハンティントンという学者は『文明の衝突』という著書で「中国には中国文明があるが、日本には日本文明がある」と述べています。たった1億3000万人の国でそれほどしっかりしたアイデンティティがあるんですね。それは恐らく百年経っても変わらないと思います。そういう日本文明の根っこを大切にしていくべきことがあるということです。
ドラッカーの言葉に戻りますが、彼は「真にグローバル化を成し得たのはただひとつ、情報のみである」と言っています。人、モノ、金、情報…、そのなかで人の一部はグローバル化を成しているかもしれませんが、やはり完全にはグローバル化していません。モノもグローバル化は進んでいるほうですが情報ほどではありませんよね。昨今見られる世界各地での暴動も同じです。このグローバル化についてはいつか中国がアメリカを凌駕するだろうということもドラッカーは言っています。
そして「西洋の価値、西洋の生産性、西洋の競争力を柱に、西洋によって支配されてきた従来の世界とまったく違った世界が、いま私たちの眼前に登場しつつある」とも言いました。本当にそうですよね。あとはリーダーシップについて。最後は「学ぶべき課題は日本の外にいてこそ得られる」という言葉。実際に皆さんは、今まさに日本の外で学んでおられる訳です。
さて、ここまで色々なことを申しあげましたが、私は本セッションで皆さま方にひとつの設問をさせていただきたいと思っています。それは今日のような話について検討したうえで、「この時代のパブリック・リーダーシップ、そしてビジネスリーダーシップはいかにあるべきか」を考えていただきたいということです。そのために多くのエピソードを提示しました。私自身はパブリック・リーダーシップがいかにあるべきかについて考えてはいますが、ビジネスリーダーシップはどうなのでしょうか?ここはむしろビジネスリーダーでいらっしゃる皆さまにお聞きしたいと思います。
ただ、どちらのリーダーシップも最後は同じところに行き着くと私は思っています。我々はビジネスがなければ生きていけませんが、パブリックがなくても生きていけない。両者がまったく異なることはありません。パブリックから進んでもビジネスから進んでも最後に行き着く先は同じです。人間としてひとつの社会に住んでいるからです。ですから「ビジネスリーダーシップはいかにあるべきか?」。その問いを皆さんにさせていただき、私の話はここまでにしたいと思います。ご清聴ありがとうございました(会場拍手)。
コモングッズがリーダーシップシップの重要なプラットフォームとなる
高橋:岡田教授、大変ありがとうございました。まさに今回の会議に相応しいご講演だったと思います。ではあと30分ほどありますので、ここからはQ&Aの時間にしていきたいと思います。グロービスらしく挙手でいきましょう。ご質問のある方はいらっしゃいますか? もちろんご意見でも結構です。7つのポイントを踏まえつつ議論を進めていきましょう。かなり大きなテーマですからなかなか質問をしづらいというのが本音かもしれませんが(笑)、軽いところからでも良いと思います。いかがでしょう。
会場:貴重なご講演ありがとうございました。非常に深淵な問いなので最初にお話しして良いものかと惑いつつも挙手いたしました。私自身は以前、電機メーカーにおりまして、そのあと教育分野の仕事に就きました。お客様は日本よりも海外に多く、50近いの国と地域に広がっております。そういった広がりのドライバになっているものが何かを考えながらお話を伺いました。私としてはその鍵が、ビジネス優先ですとか戦略ありきといった要素ではなくそこに住む人々になにかしら共通するコモングッドではなかったかなと強く感じています。
つまり貧富の差こそあれ、我が子の将来を期待するといういわば普遍的な幸せの定義といった部分に根ざしてきたグローバル展開ゆえに大きな広がりを持つことが出来たと。逆に言えばそれが出来る人づくりが律速していたため、ビジネス的に考えるならば現在はその成果が十分ではないという状況ではあります。しかし、いずれにせよそのあたりのコモングッドといった領域にパブリック・リーダーシップやビジネス・リーダーシップのあり方に関するヒントがあるのではないかと感じました。
岡田:素晴らしいですね。コモングッズ。要するにどれだけ共通であるかということを学ぶべきということですね。先ほどのFacebookもそうですね。世界の人口が70億人となった現在、そのうちの8億人がやっている訳です。iPhoneもそうです。昨日も上海でAppleの巨大な店舗を目にしましたが、日本の銀座にある店舗の3〜4倍ぐらいあるんですね。世界中にiPhoneが愛されていて、これも今やコモングッズになっています。
そういう意味ではグローバリゼーションというのはすごいものです。それまではチュニジアやリビアの人々が日本人やアメリカ人と同じものを持っているなんていうことがあり得なかった。たとえばTシャツ。現在の彼らは皆Tシャツを着ていますが昔はアラビアでTシャツを来ている人なんていなかったはずです。でも今は着るのが当たり前になっていますよね。
今のお話は本当に良いご指摘です。さすが教育関係でいらっしゃいますね。コモングッズがあるからこそ世界で展開出来ている。ほかにも世界に展開している企業を見ているとどうでしょう。ここ上海の南京通りには吉野家も上島珈琲もあるんですね。もちろんトヨタもありますが。「吉野家はそんなに美味しいんだな」と改めて感じましたが(笑)、これもやはり世界中に広がっています。これらの会社なり、商品ははやはり世界で愛されているんですね。教育も同様ですね。親御さんたちが子どもに賢くなって欲しいと願うからやる訳ですから。そういった視点はパブリック・リーダーシップを考えるうえで重要なプラットフォームになるのかなと、私もたしかに思います。
高橋:コモングッド、多くの人に愛されること、あるいは人々の共通点…、そういったことに関するご質問やご意見でも結構です。もちろんほかのことに関するものでも結構ですので続けていきましょう。いかがでしょうか。
岡田:逆に言えばビジネスの最先端にいる現役の皆さまにお訊きしたいという気持ちがあるんですね。私が指導を受けてきたのは松下幸之助さんを含めひと昔前の経営者ばかりですから。松下政経塾の理事長でもあった住友生命会長の新井正明さんには当時、毎月一回淀屋橋へ報告をしに行っていました。そこで1時間ほど仕事の報告を行い、そのあとの1時間は色々なことを私が教えていただく時間でした。新井理事長は安岡正篤のお弟子さんだったんです。最初の1時間は脂汗をかきながら報告するのですが、とにかく次の1時間、新井理事長のお話を聞くのがもう楽しみで。ただ、お会いしたときはもう90歳で皆さま方とは世代がまったく違うんですね。キヤノンの賀来龍三郎さんやワコールの塚本幸一さんにも同様にさまざまなことを教えていただきましたが、やはりどなたもひと昔前の方々でした。ですから現役でご活躍されているビジネスマンの考え方をあまり聞く機会がなかった。同級生にもビジネスマンはいますが会ってもビジネスの話にはならず、いつも喧嘩になるものですから(会場笑)。
会場:私はたとえば塚本幸一先生の伝記を読んだこともあるのですが、その世代の皆さまには戦争の体験をお持ちの方が多いと思います。その戦争体験を通じ、社会や世の中に対して強烈な思いが生まれていったのではないかと感じることがあります。これはパブリックとビジネスの関係にも絡むと思いますが、そういった方々は企業の外も見ている印象を受けます。つまり「社会を良くしていくために自分の会社は何をしていくか」と。そんな思いが自然と身に着いていたような気がしております。
逆に言えばそういった強烈な経験をなかなか得ることが出来ない現代、我々ビジネスマンはどのようにして社会とのつながりを持てば良いのか。そこが非常に悩ましい点であると感じております。この点についてご見解をお伺い出来ればと思っていました。
岡田:良いご指摘をいただきました。大変重要な点ですね。松下幸之助さんを含むその世代のひとたちは、日本が負け、自分の会社もぼろぼろになり、大変悔しい思いをしたきた人々です。そのあと会社を再興したのですが、それでもアメリカへ輸出する際には散々な目に遭った。敗戦国ですから。そんな苦しい経験を通じて「これではいかん」と、社会のためになることを考えていきました。社会を変えていくことにで自分たちの会社も繁栄させていこうという気持ちがあったからです。
新井正明さんはもともとノモンハン事件で…、もう大昔ですよね、ソ連軍と戦って足を吹き飛ばされてしまった。ですから片足でした。それで現住友生命の会長にまでなられた方ですが、戦地には二等兵として赴きました。ダイエーの中内功さんも同様ですね。戦地では「死にかけていたので、よく眠れなかった」と言っています。寝てしまうと誰かに食われてしまう。食べるものがなくて兵隊が共食いしていたと言うんです。そういう経験から「モノがないと人間は節度を失ってしまう」というのが中内さんの抱いていた気持ちなんです。
塚本幸一さんも大変な思いをしていました。女性と子どもを守るために戦地へ行ったにも関わらず、戦争から帰ってきたら女性たちはGHQの兵士たちと戯れているではないかと怒った。でもそこで生きていくため状況を逆手を取り「皆、アメリカの服を着たいと思う筈だ」、それなら下着も必要になるということで、当初は西陣織の技術を使って下着をつくりリアカーで売り歩いていた。それが和江商事のはじまりですよ。もちろんそのなかには国家に対してなんとかしたいという強い気持ちもありました。
私は思うのですが、人間というのはただお金儲けをしようと思ってそれほどのパワーが出せるものではないと思うんです。自分自身が生きていくために必要なお金なんてたかが知れてるじゃないですか。どんなに美味いものを毎日のように口にしても、どんなに良い服を着ても、どんなに良い家に住んでも、その総額たるや知れたものだと思います。マイケル・ジャクソンのようにお城のような家を建てるなら別ですが。
そうなると人はあるところまで行ったとき、一生懸命働くことが自分のためだけではなくなるんですね。社会のためにとか、人に喜んで貰うとか、そういう気持ちが原動力になる筈なんです。普通の人ならね。そこでやはりパブリックな部分に目が向くようになる。そこにまだ目が向かず「自分の生活のためだけに」と考えて働く人たちは、本当の意味でまだリーダーになっていないのだと思います。お金があってもなくても、あるところまで行けば必ずそうなると思います。ですからそこにエネルギーを向けるのは大事だと思います。
中国の発展も、同じことがいえると思います。中国の人たちは今まで、非常に大変な時代を過ごしてきた。その反動があると思うんですね。国家をなんとか豊かにしたいと。そういう気持ちから働く部分もあるのではないでしょうか。豊かになってしまうと、やはり日本と同じようにあまり働かなくなってしまう部分が出てくると思います。ですから社会を良くしようという気持ちは経営者にとって良い意味でのエネルギー源として非常に重要だと思います。
利益以外の価値も追求する日本的経営とリーダーシップ
会場:今仰っていただいたような部分を次の価値基準として色々と議論してみても、やはり利益以外の価値をなかなか見出すことが出来ていない現状もあるように思います。「何かがあるのだけれど、なかなか見出せない」と。そういったジレンマを抱えておりますが、岡田先生としては次代の価値基準としてどのようなものを考えていらっしゃいますか?
岡田:個人の生き方であればいくらでも見い出せますよね。出家されても良いし…、出家しないまでも色々な生き方があると思います。もちろんお金がいらないと言っている訳ではありません。しかし「お金とそれ以外の価値観でどちらを取るのか」といったら後者を取るようなビジネス・リーダーシップは必ずあると思います。
企業というのは利益がなければ存在意義がない存在です。それを徹底しているのが欧米企業です。しかし私としては、日本の企業にはそれ以外の価値観がまだあるような気がしています。もっとばさばさと数字だけで切ろうと思ったら切ることも出来るのですが、切らない。ドラッカーも終身雇用は続けるべきだと言っていますよね。今は日本企業でも終身雇用がだんだん少なくなってきていますが、これは安定して仕事をするために必要なものだとも思います。
キヤノンの元会長であられた賀来龍三郎さんも仰っていました。当時のキヤノンはすでにアメリカをはじめとした海外にずいぶん工場を持っていたのですが、企業の社会的責任として基本的に終身雇用を前提にしたいと仰っていました。終身雇用も計算に入らない価値のひとつですね。本当に経営の数字だけ考えたらそうでないほうが良いのかもしれません;。労働力の一番おいしいところだけ取れば良いのであって「今年は君は要らないよ。さよなら」と言えばいい。調整もつきやすいですよね。欧米企業はそこがはっきりしています。
会場(続き):たしかにそうなのですが、残念ながら経済のグローバル化によって日本だけが自分たちの価値基準でやっていけないような状況にもなってきていると感じます。その辺をどのように対応していけば良いのか、もしお伺い出来たらと思います。
岡田:そこが恐らく今回のセミナー全体を通したテーマのひとつだと私は感じます。グローバリゼーションのなかで日本企業がどんな人を育てていくかのか。欧米流の人事管理なり人づくりをしていくのか、日本独自のものが何か残るのか。そこを私も逆に皆さんに聞きたいと思っています。ただ、これまでの日本企業の来し方を考えますと、そこに何か欧米企業とは違うものがあったからこそ良いモノをつくることが出来たという面もあるのではないでしょうか。
日本では高精度な工業部品を大田区の小さな町工場が作ったりしています。欧米にはできないことですよ。それは日本的な経営で成り立っている。『ジャパン・アズ・ナンバーワン』を書いたエズラ・ヴォーゲル教授もしきりにそのことを言っていますね。日本人はもっと英語を喋るべきだとも言っていますが、同時に日本的なものを捨ててはいけないと。ちなみに私はハーバード時代、ヴォーゲル教授のご自宅に下宿していました。ちょうど当時は中国が一気に台頭しはじめてきた時期ですから「次は『チャイナ・アズ・ナンバーワン』というものを書いてください」と言ったら笑っていましたが。。いずれにせよそれは重要なポイントで、私も実際に人事を担当されている方にお訊きしたいぐらいです。欧米型にスイッチするのが一番良いのでしょうか? いかがでしょう。
会場:製薬会社に勤めており、現在は上海で仕事をしています。非常に大きなテーマですから質問というよりも、先生からのご質問でもあった「ビジネスリーダーをいかに育てていくかということについて私見を述べさせていただきたいと思います。このテーマについては、海外の仕事を10年ほどやっている私としても常に考えておりました。
海外の仕事をやっているのでグローバル・ビジネスリーダーという形でいつも考えております。『ドラッカーの遺言』にも出ていると思いますが、私としては「価値観の共存」の前に「価値観の尊重」であると常に思っておりました。私は上海で色々な中国人と仕事をしていますが、彼らの価値観を日本人ははっきり言って上から見ている部分があるんですね。日本に帰ると同僚や友人など多くの人が「中国は大変でしょう」と聞いてきます。とんでもないと思います。やはり日本人は自分たちのほうが上だと思っている。でも実際に彼らと本音で付き合っていくとすごいものを感じます。ただそれは、今の日本には合わないかもしれません。でも、20年前の日本では同じだったかもしれません。ですから現在、ともにグローバル化しているなかで彼らの価値観は何なのかということをリーダーが感じるべきなのですが、それにはまず尊重が不可欠になると思います。
また、次に大切だと感じているのは…、これは日系企業の方とも色々話すのですが、やはり本社との架け橋になるという視点です。今日も本社人事の方がたくさんいらっしゃっていますが、本社の人事はある意味で敵ではあります。しかしその価値観をどう伝えるかというところがドラッカーの言うところの架け橋であると私は考えています。それをどのように伝えて現地の社員と共存していくか。それがうまく回ってくるとビジネス自体も回ってくる。それによってリーダーもどんどん育てていくと思います。
もうひとつ。何をやるべきかということについてですが、私は常に「ビジョンとミッションとパッション」と言っています。まず自分が何をやるべきか。たとえば総経理は何をやるべきかとか、経理を何をやるべきかは、それぞれ皆が自分の仕事のなかで持っていると思います。今何をやらなければいけないかという優先順位もそうですが、そういったビジョンやミッションをまず持たなければいけない。
また、日本の同僚などを見ていて思うのは、中国には日本にないパッションがあると思います。それは中国の本当にすごいところで、自分が発展したいし、成長したいし、もっと豊かな生活がしたいと強く願って仕事をしています。そういったパッションを私自身もこちらで彼らから貰っていると感じます。それがあれば必ず、成果は出ると思いますし、経営全体についてもそういった思いを持つことが重要ではないでしょうか。その辺が、先生のお話やドラッカーの言葉とも共通することであったのかなと感じました。
もっと言えば、現在、上海には日本人が10万人ほどいますが、その8割が「骨抜きである」と、こちらでは言われています。何故かというと、私も駐在員ですが変なことをしようとするとすぐ訴訟にもなってしまうんですね。実は今週も当社で色々トラブルがあって訴訟問題になるかもしれないのですが、そこはやはり人事としてやらなければいけない部分なんです。ただ、そのときに東京の人事から「何をやっているんだ」と言われます。しかしそういった部分でチャンレジ出来る人材を東京でも育成して、そしてどんどん海外に出して体で感じさせるようにして欲しいと思います。そういった人たちがリーダーになるのではないでしょうか。情報だけを持っている人、あるいは英語が大変堪能な人材は日本にもいますが、彼らは一見グローバルなように見えても実際はぜんぜんグローバルでないんですね。
岡田:素晴らしいですね。「価値の共存よりも尊重」という視点がありました。これは本当に良い話だと思います。尊重出来ない人とはパートナーとしてお互いに組むことも出来ないですよね。ですからどんな地域へ行ったとしても…、たとえばインフラのないような地域で仕事をしても、当地の文化に対する尊重というものがなければ共存は出来ないと思います。さすがだなと思いますね。
高橋:ありがとうございました。本日は非常に本質的な問いをいただきましたが、残念ながら時間となりましたのでここで一旦休憩を入れたいと思います。今日お話しいただいた7つの状況を踏まえながら、この時代のパブリック・リーダーシップあるいはビジネス・リーダーシップはいかにあるべきかを考える。そしてその答えを出すのが本CLO会議の大きな目的かもしれないと感じます。
また、Q&Aでは大変本質的な問いもいただきました。新しい価値基準はなんなのかということですね。これまでもそういったことを考えながら仕事をされてきたのかなと思いますが、これも非常に本質的かつ重い問いでした。もしかしたら正解のない問いかもしせませんが、この2日間で「こういうことではないか」というものがひとつでもふたつでも出てくれば、それが大きな意義になるのかなと感じています。
それでは一旦休憩に入りまして、そのあと南京大学のZhao教授にご講演をいただきたいと思います。岡田教授にも残っていただきまして引き続き議論に参加していただきます。ですのでご講演ののち改めて、先ほどの問いについても全体で議論を深めていきたいと思います。それでは皆さまありがとうございました(会場拍手)。