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三菱ケミカルホールディングス社長 小林喜光氏 「リーダーの使命と挑戦」(対談)

投稿日:2010/08/31更新日:2019/04/09

ハンディキャップレースを強いられる日本企業

堀義人(グロービス経営大学院学長):今日は本当に興味深いお話をありがとうございます。今日のお話は私としてもかなり興奮しながら聞いていました。世界で日本の存在感が低下している背景のひとつに、「技術で勝って事業で負ける」という日本企業の姿があるからです。コスト競争やグローバル展開において後塵を拝し、あっという間にシェアを奪われてしまう日本企業がこれからどう変わるべきなのか。実はグロービスでもその状況を打破する“新日本的経営”、新しい日本企業の経営に関するありかたをずっと討議していたのですが、今日のお話はそこに対してかなりヒントがあったように感じます。

お話しを聞きながらメモしたことを申しあげてみますと、「茹でガエルに対する蛇の出現」というのは良い表現ですよね。蛇がどんな風に出現するものなのか、さらに突っ込んでお聞きしたいと思いました。また、「ものづくりからことづくり」、「中抜きモデル」、「売る技術、出す技術、守る技術、攻める技術」、「事業ポートフォリオの刷新」…、重要なキーワードがいくつも飛び出しました。

最初にお伺いしたいのは、70〜80年代は日本がコスト競争力で欧米諸国を上回っていたのに、現在はそれを韓国、台湾、インド、中国に奪われてしまったという状況に対する小林さんのお考えです。現状に対してどういう経営を行っていけば良いのか。これから日本がさらに繁栄していくために必要だとお感じになる要素を、経営現場にいらっしゃるお立場から伺ってみたいと思っています。

小林:他国の状況と比べて見ると、そもそも中国は共産主義を標榜した資本主義ですよね。いわゆる国家資本主義。韓国も同じく、李明博(イ・ミョンバク)大統領を中心に、政治と経済が一体化した極めて明快な国家戦略を描いています。また、私は先週までスロバキア、ブルガリア、ルーマニアを廻っていたのですが、そのあいだに各国の大統領や首相にお会いする機会がありまして、彼らから「法人税率を上げるのは最後なんだ」という言葉を聞きました。国外から人や企業を呼び込むためです。だからまず上げるのは日本で言う消費税になる。付加価値税ですね。ブルガリアなんて法人税も所得税も10%なんです。付加価値税もかつては10%でしたが、最終的には24%ぐらいになるかもしれない。スロバキアも同様で、法人税も所得税も付加価値税も19%です。

ところが日本は法人税が40%で消費税が5%ですよ。しかもその消費税を5%上げようと言うだけで…まあ、参院選で民主党が破れた原因が消費税の言及だったとは思いませんが、とにかくそれ程、世界の常識からかけ離れたゲームをやらされているんです。ハンディキャップレースですよね。

ただ私としては、日本人と諸外国の人々のあいだに国民性の違いがあることも念頭に置く必要があると思っています。簡単に言うと、日本人は大きなトラクターで大規模農業をやるよりも、一反の田んぼに小さなあぜ道をたくさんつくり、それぞれの人が良い米をつくりたいと考えるんですね。太陽が出たらそれぞれ鋤を持って鍬を持って、それで「俺の米はうまいだろう」と言う。しかも、どこかが飢饉に遭ったら何かを恵んであげる。

日本人はかなりアナログなんです。でも遊牧民族というか砂漠の民は二進法です。まず仕掛けをつくる。そこに羊が入ってきたら残らず自分のものにするためです。一匹も羊が入ってこなかった仕掛けのつくり手は飢え死にする。極めて明快な“1”と“0”に慣れている人たちです。そうではない日本人は化学産業の分野を見ても、このグローバルな時代に売上高1000億〜2000億円の会社が未だうようよいる訳ですよ。それぞれが小さな村の村長さんだから、なかなか規模を追求出来ないという現実があるんです。

また、日本人の50〜60代は皆ハングリーですが、若者の目が輝いていない。ハングリーではなくなったからだと思います。何かを成し遂げるにはハングリー精神がないと難しい。どうすれば若者に良い意味でのハングリー精神を持たせるかを考えることも同じように大切だと思っています。

堀:日本の比較劣位と言いますと、たとえば法人税のほかに雇用の硬直性がありますよね。「もしかしたら、そうならないんじゃないか」と、祈りに近い気持ちではいるのですが、今年か来年に派遣法が改正…、改悪されるとなるとコスト構造がさらに悪くなってしまいます。そういった諸々の比較劣位について、経営者である小林さんのお立場から何か感じることはありますか。

小林:ルーマニアやスロバキアの首相は「フレキシブルエンプロイメントなんだ」とも言っていました。これはもう徹底しています。化学業界でも、独BASFや米ダウ・ケミカルは、スイスのチバや米ローム・アンド・ハースを買収して1〜2年ぐらいで雇用を半分ぐらいに減らしていますよ。それで固定費を減らしたら、経営者は優秀だと言われるんですね。でも日本だと「雇用は絶対に守る」と言わなければいけません。実際のところ、このハンデは数値として大きいですよね。

ただ私としては、皆が幸せになる手法をすべて否定すべきでもないかなと思っています。いつでも企業だけが生き残り、投資家だけが儲かり、働いている人が職を失うばかりというのはないなと。基本的にステークホルダー全員が幸せになる手法を目指すという意味で、私はむしろ日本的経営を世界に発信する側面があっても良いのではないかなと思っています。

堀:それはまったく同感です。ハーバードで経営学を学ぶと、「経営者の役割は株主価値が最大だ」となる訳ですが、私も経営者はステークホルダー全体というコミュニティのトップでもあると思います。

ただ、ほとんど利益を出していない小さな村が乱立してしまい、全体が落ち込んでしまうといった状況に対しては、場合によっては株主からの突き上げや、韓国のように国策で世界と戦っていくケースも必要にはなるかと思います。

小林:そこでどうやって一緒になるか。経営者のメンタリティを調整出来るか否かという点についてはまだ解がないですよね。

堀:その意味では韓国や中国が蛇になり、良い形で「このままではいけない」といった世論が喚起される必要性はありますよね。

小林:そうですよね。リーマンショックのあとは…、あまり大っぴらには言えませんが、「一緒になろう」という機運もいくつか出ていたんです。でもちょっと良くなって、皆が忘れてしまった。だからもっと悪くならないとダメなのかもしれません。「悪い」というのはチャンスかもしれないですね。

堀:そのなかで海外に行くしかないという機運も出ていますよね。工場や雇用を含めて、グローバル化比率を高めていこうと。民主党政権がずいぶん“反企業的”政策を採っていることもあり、色々な企業のトップとお会いすると、「もう日本で雇用したり工場をつくったりしても仕方がないじゃないか」と仰います。それで景気がどんどん悪くなっていくのですが、これは企業としては当然の考え方ですよね。現在のような状況で、MCHCはどの程度のグローバル化を考えていらっしゃるかというのをお聞きしたいと思っています。

小林:二元的にやっていくしかないのかなと考えています。コモディティ系、それもテクノロジーも非常にしっかりしている部分は海外にどんどん出ていく。一方、環境や健康に関連した高付加価値分野は日本でやっていくという意味での二元対応です。

ただ基本的には、企業や人が国を選ぶ時代になっていますよね。政治家はそれを分かっていない。鳩山由紀夫さんはある団体で新年の挨拶をするなかで、「貴方たちはサプライサイドですね」とおっしゃった。デマンドとサプライサイドを単純に勧善懲悪で分ける思考です。

そうじゃないだろうと。我々はサプライするためにはデマンドを基本にしているんです。先程言ったように、自分だけ良ければOKという気持ちでものづくりをしている訳ではありません。時代が何を要求しているか、社会に対して何が提供出来るかという視点からサプライを考えています。

堀:日本人はなんだかんだ言って愛国心があるから、「国を良くしよう」と思って行動している人も多いんですが、現政権になって「もういい」と(笑)。出て行ってやるという気持ちになってきたという人も結構耳にします。

小林:「おいしいご飯とお味噌汁と豆腐がある限り、日本にいる」という人はまだいたかもしれませんが、どうやらそれも怪しくなってきているという部分はありますよね。もちろん自民党政権も世襲のうえに胡坐をかいて、これまで何をやってきたんだという部分はあると思います。結局、国難にあって何かをしようと思う政治家がいなくなったんですよね。

企業人は、有権者よりも厳しい株主の目にさらされている。だから「やはり企業に期待するしかないのかな」と、やや手前味噌な思いで頑張るしかないなと思っています。今日ここにいる皆さんを中心に。

「自分は何のために生まれてきたのか」自らに問い続ける

堀:今の混迷した政治の状態こそ蛇であり、私たちが茹でガエルから起き上がる機会なのかもしれません。そうなるとますます企業経営を支える人材が今までと違うグローバルな感覚を持たないといけない。そこで小林社長にお伺いしたいのですが、たとえばグロービスのような学校ではどういった人材を育成していくべきあり、どういった人に立ち上がって欲しいとお考えですか?

小林:基礎的な経営学は当然学んで貰わないといけません。ただ、やはり基本は「自分は何者なんだろう」「世界って何なんだろう」、あるいは、「なぜ自分は生きていかないといけないのか」と悩むことだと思います。

偶然生きて、偶然死ぬ。今生きているからご飯を食べるし、親が学校に行けと言うから行っているだけという人がもしいるとしたら、もうそういう人には期待出来ない。もっと原理原則…、自分の存在をゼロから見直すこと。それを哲学と言うかどうかは別として、「自分は何のために生まれてきたのか」とか「何をやろうとして自分は存在しているのか」と、徹底して自らに問い続けながら、一度絶望してみるぐらいでないとダメなんだと思います。

やはりせっかく生まれたのなら徹底して燃えて、残して、悔しさを表現して、死ぬまでに何かをやりたいと。それが原点のような気がします。ボクシングで言えば最後のラウンドまで戦い抜くような使命感ですね。これも好きな言葉なのですが、「宿命に耐え、運命と戯れ、使命に生きる」という一文があります。生きることはまさに使命であって、せっかく生きたなら死ぬまでに何かをやりたいなと。とにかくそこまで自分を練らないとダメなんだと思います。

最初は宿命に怒ってしまうんですよね。「俺はどうしてこんなに頭の悪い人間に生まれたんだ」って(笑)。宿命という時点でアウトになっちゃう。でも宿命は仕方がないこと。むしろ運命を自分なりに運ぶ。運は“運ぶ”だから。運びながら最期はどんな形でも、「自分が生きていることは社会にとって重要だ」と感じたい。最も自分にフィットしたことをやって社会に貢献するのが使命なんだと。その意思だろうと思います。日本がもっとそういう社会になればグローバルにも十分に戦っていける。そういう素養はいくらでもあると思いますよ。

でも、なんだか最近は運動会の駆けっこでテープを切るのも一緒にしちゃったりして、どうも…。もともと最初から人間なんて違うんですから。「負けたって勝ったっていいんだよ」って思える気持ちが、どうもなくなってきていますね。

堀:まさにその通りですね。グロービスではそういった自分への問いかけとともに、“志を持った侍”という言葉をよく使います。一番重要なのは自分の使命感ですから、自分は何のため生き、そして生涯かけて何をしようと思っているかを発表することが、グロービスではひとつの必修になっているんです。もちろんそのためには自分のアイデンティティや生きていく方向性について悩まなければいけませんが、悩んだからといって答えが出るかどうかは分からないんですよね。はっきり言ってしまえば、分からないかもしれないけれど、分かるかもしれない。それを模索するフェーズこそ重要だと私は考えていて、それで陽明学や武士道に関するさまざまな本を読む機会も与えています。

現在は売上高3兆円を超える企業の経営をしていらっしゃいます。トップの器によって会社や組織はかなり変わります。会社を良くするのもトップの器次第ということになる。そんな風に考えるとかなり震えてしまうような感覚があるのではないかなと、思うときがあります。そこで、トップの器というものを広げるため、あるいは自分なりに何か必要な能力を高めるために小林社長が意識していらっしゃることはありますか。

小林:むしろ「自分には何も出来ない」という意識ではないでしょうか。皆にやって貰うにはどうしたら良いのかと考えるんです。あとは自分が出来ることを精一杯頑張る。たとえば私は朝5時頃に起きて、会社には7時半に行きます。会議がはじまる9時以降はほとんどトイレにも走って入るぐらい予定が埋まっています。だから朝の1時間半でメールのやりとりをしたり、メディアから情報を収集したり、あるいは今日一日のミーティングを考えて事前勉強や準備を行う。結局、この積み重ねだと思います。

堀:なるほど。トップセミナーに最近お越しいただいた方ですと、武田薬品工業の長谷川閑史社長は、朝起きて30分か1時間ぐらい瞑想されるというんですね。それから旭化成の蛭田史郎最高顧問は、「若いときにどん底を知ったことがある」と仰っていました。新日本製鉄の三村明夫会長に至っては、100人ぐらいの経営者に、「何をすれば良いのでしょうか」と教えを乞いに廻ったというんです。今日小林社長のお話に触れまして、何と言うか…このセミナーにはそういった素晴らしい方々ばかりにたまたま来ていただいているのか。あるいはトップというのはもともとそういう方々ばかりなのか(笑)。

小林:今の皆さんは真に優秀な方々ですが、私は本当にそのような感じではないんですよ。むしろ「先輩たちがとんでもないことをやったから今俺が苦しんでいるんだ。冗談じゃない」とか考えてしまう(会場笑)。

堀:私ばかりが質問してしまいました。ここでそろそろ会場の皆さんにも振りたいと思います。どなたかご質問のある方はお願いします。

激しい底が来て本当にダメになったら、日本人は立ち上がる

会場:“茹でガエルと蛇”というお話でご質問です。日本人は危機にならないとなかなか動かない。明治維新から日露戦争までの40年は坂の上の雲を見て昇っていき、そこから敗戦までの40年間は転げ落ちました。さらに戦後は高度成長時代を駆けあがり、今はまた下落のターンなのかなと。これは偶然かもしれませんが、何か大きなサイクルがあったとすると、1985年から25年経っても、「まだ落ちるのか」という気がしてしまいます。今の時代、蛇はまだ出てこないのか、あるいはもういるのかといった点を含め、小林社長のご意見をお聞かせいただきたいと思っています。

小林:韓国経済は1990年代半ばに低迷していましたよね。そのときに「茹でガエル症状」という言葉が使われていたので私も使っています。韓国は通貨危機にはじまり、もうどうしようもなくなった状況から20年でここまで良くなった。振り変えると、やはり政治だと思います。また、彼らは自国民が5000万人前後ですから、もともと国内の市場だけではやっていけないと考え、皆が外に出ていった。その結果、今はもう日本の有力ブランドの遥かに上を行っていますよね。一方で日本は、リーマンショックから少し立ち直ってしまった。本当はもっとダメになり、もっと政治も混乱したら良いのではないかと思います。要するに蛇は日本のなかにある。もっと悪くならなければダメで、それが茹でガエルが目覚める唯一の方法だと思います。

結局、グローバルスタンダード程度に法人税を下げて海外から人が来るようにするところまで追い込まれていないということですよね。まだ企業には力があると思っている。金があるうちは、まだ蛇も来ていないと思います。もっと激しい底が来て本当にダメになったら、日本人は立ち上がると思いますよ。変な言いかたですが、私はそれしかないと思います。

会場:どのようにすれば社員に危機感を持たせることが出来るのかをお伺いしたい。売上高3兆円という大企業の場合、社員の皆さんが危機感を持つような工夫を相当されていらっしゃるのではないかなと感じましたので。

小林:それはむしろ私が聞きたいです。危機感の欠如から起こる事故、事件がたくさんありました。4人も亡くなってしまう火災が発生したとか、データ捏造で問題を起こしたとか、相変わらずそんなことばかりしている。でもそのとき、いちいち、「これはいかんぞ。コンプライスが重要だぞ」と言っても伝わらない。伝えることがどれだけ大変か、本当に強く感じているところなんです。

「悪いことをするな」と言っても、「自分は何故こんなことをやっているのか」さえ考えていない社員がたくさんいる。だから自分の行動一つひとつについて考えながら、「今自分は何をしているのかを考えろ」と言っています。正直、それさえまだ浸透していませんが。でもそこが出来ないと経営にならないし、おっかなくてやっていられませんよね。ですから最大のプライオリティは今のご質問そのものなんです。

ただそれは、日本の現場力全体が弱っているということでもあると思います。うちのグループだけではない。当たり前のことを当たり前に出来なくなってきている。そんな社会をどうしていくかという視点も大切だと思います。

会場:改革を進めるだけのハングリー精神は小林社長のご指摘にもありましたように、たしかに感じられません。改革にはリーダーシップもいると思うのですが、実際に改革を実践する人たちは、どちらかというとハイリターンや利益を求めるのではなく、自分の雇用をまず優先して守りたい立場になってしまい、改革し切れないというジレンマがあると思います。それについては、どのようにお考えでしょうか。

小林:日本には格差社会という言葉を使うのが好きな人はたくさんいます。格差と言ってもその幅はグローバルで見たら最も小さいのですが、それでも問題視されるような嫉みと妬みの社会であることも影響しているのではないでしょうか。私は貰っていないから良いのですが、一憶円以上貰っている経営者は週刊誌で皆に見られる。挙句の果てに、貰ってないことをこんな風にポジティブに受け取ってしまう社長が出て来たりする訳です。

こういう社会は幸せと言えば幸せですが、緊張感がないですよね。本当に強く、努力している人は報われなければいけない。でないと誰も頑張らないから。人間というのはほとんど動物ですから、やはり弱肉強食という部分もある程度残しておかないといけない。基本的なところで皆が幸せになろうという最低ラインは必要ですが、それ以上でゲームとなる部分はせめてグローバルスタンダードの一番下ぐらいの格差がないと、私は頑張れないと思います。

会場:存在意義のお話が大変勉強になりました。大企業に勤めていると、その存在意義の追究と組織の論理というところで若干コンフリクトが起こるときもあるかと思うのですが、お話を聞いた限り、小林社長はその問題とうまく付き合われているように思えました。そのために心がけていたことと言いますか、仕事をするうえで重要だと思っている点を教えていただきたいと思います。

小林:茶目っ気がいるんだよね(会場笑)。まずは「これ以上やったらまずい」というラインに対する感性が必要です。上司に対しても、下を含めた周りに対しても。実際、今だって一番気を使わないといけないのは組織のなかで生きていく自分という部分ですよ。「このぐらいまでは良くて、これ以上やったら終わり」という境界線を理解出来ている必要はあります。また、そのためにも明るさと茶目っ気を持つこと。暗い顔をしていてはだめです(会場笑)。

仕掛けづくりが日本の課題

会場:これまでの日本のものづくりを考えますと、規模が小さくお金がないからこそ見出されてきた技術もあったという側面が、特に韓国や中国の大企業と比較して多いと感じています。今後規模を追求されていくなかにあっても、大切にしていくべき日本のものづくりのポイントとして、小林社長がお考えになっている要素があれば教えて下さい。

小林:我々は規模を追求してきましたが、その都度錐を揉むようにますます自分たちの技術やコアコンピタンスを磨いてきたつもりです。同じように大きくなっていった企業のほうが多いのではないかと思っています。

逆に言えば、農耕民族的に良いお米をじっくりつくるとか、金型のテクノロジーをじっくり磨くとか、そういう部分がまだ強すぎると思っています。グローバル競争において技術で勝っても事業で負けるという背景のひとつに、そのような、「toomuchtechnologyoriented」があると私は思っているんですね。それよりもフレームワークイノベーションというか、仕掛けづくりです。狩猟民族のしたたかさ。

たとえば中国や韓国は研究開発にあまりお金をかけません。人のやったことをさっと取ってうまい仕掛けをつくり、「いただき」となる。でも日本人は10年も20年もかけて良い技術をつくり、ちょっと儲かり出したらあっという間にシェアをとられてしまうんですよね。この悪い流れをどのように止めてクリティカルマスに持っていくか。そこが重要だと思っています。日本人は黙っていてもこつこつと長い時間軸でものをつくる資質を持っていますから、それが失われてしまう心配は無用と思います。

堀:グロービスでもそういった研究ははじめています。テクノロジーをもとにした新たな商品開発までのフェーズと、その後の事業化フェーズを分けて考えなければいけないということですよね。

小林:21世紀は現在の延長線上にあるテクノロジーで新しいクリティカルマスを取るのがますます難しくなっていく時代だと思います。ですからもう少しシステム化した価値ですとか、ソリューションビジネスのようなものとテクノロジーを組み合わせていく必要がある。その仕掛けづくりが、今までの日本人の感覚では弱い部分だったと思います。

ただそうは言っても、日本には商社という独特の企業形態があるんですよね。しかも彼らは結構グローバルにやっている。私としては、あれはあれで凄く面白い仕掛けだと思っています。だからそう悲観するものでもない。今後は、特にグリーンイノベーションやヘルスケアイノベーション辺りで何をどう仕掛けるか。単にものづくりで終わらない勝負というのが、日本にとって最後の試練にもなるのかなと思います。

堀:仕掛けづくりと同時に、どう先行優位性を守っていくかも大切ですよね。本来、先行優位者というのは圧倒的優位な立場にあるはずですから、その優位性をいかに持続させていくかが鍵になってくると思います。そこに対してグロービスのような大学院の果たす役割は大きいと思っているので、今年からはさらに強く、その方法論を社会に向けて発信していきたいと思っています。

あと、ハングリー精神に関して私が思いましたのは、恐らく小林社長はハングリー精神で経営していらっしゃる訳ではないのかなという点でした。そこは私も同様なんです。では何に対してやっているかというと、自分の使命感であったり、「これが出来ない」ということに対する悔しさであったりする。また違った意味での“飢え”ではないかと思います。日本では飢えて食べられない人なんてほぼいない訳ですし。食べたいからといった意味ではなく、自分の生きていくなかでもっと多くのことを自分がやりたいという自己実現欲求。それによって動かされてくる人が増えてくると、日本の新たなバイタリティが生まれていくと思っています。そういった方々が金曜日のこの時間に来て学ぼうと思っている訳ですから、そういった意味では将来は明るいと思いますね。

会場:私としては、リーダーの役目とは「道を示すこと」「道を組織で共有すること」「組織が道に向かうように仕向けること」の3点だと考えております。そういった意味で、小林社長も道としての「KAITEKI実現」といったことを示されているのだと思いました。ただ、小さな組織でしたら皆を理想に仕向けるためのハードルは比較的低いかと思いますが、何千人規模の大きな組織では大変ではないかと感じます。小林社長はどのようにそれを実現されていらっしゃるのでしょうか。

小林:どれ程大きくなっても自分が相手をしている人は、日々接している人と考えれば10人前後ですよね。小さな組織といえば家庭もそれにあたると思います。子どもは3人とも独立して家にはもう妻しかいませんが、それさえコントロール出来ていない(会場笑)。だから大きさはあまり関係ないと思っています。やはり思ったことをしっかり話し、10人ぐらいの周りにいる連中をきちんと把握する。そして少なくとも彼らから見て自分自身は魅力ある人間で、正しいことを言っている人間であると思って貰えたら、全体も動くのではないかと思います。

ちなみに私は色々なツールやメディアを活用しています。たとえばメディアに露出するのは、外に主張すると同時に反射鏡として社内に対して言っているという部分がある。社内のツールでやるとなかなか信用されないですが、何か外のメディアを使って入ると、「あれ?」と思われたりするので。

そんな風に色々な手法で伝える努力をしています。組織が大きくなればなるほど、逆に肩の力を抜く。末端と言ったら申し訳ないですが、そこまで手を突っ込んでいたら体がもちませんし、むしろ非効率です。だから常務とか専務とか、そういう連中に徹底して怒りまくる。有無を言わさずやらせる、という気でいれば、少しずつ伝わり出してくるのではないかと思っています。

むしろ大きい組織のほうがラクですよ。だって抽象的なことを言っても優秀な人が周りにいれば、皆がそれをうまく論理的に広めてくれますから。子どもをふくめ、家庭というのはかえって難しいんです。

会場:誤解を恐れずに言えば、日本の大企業は社長や経営陣が若返りを図ったほうが良いのではないかと思っております。小林さんについてはその必要がまったくないと思っておりますが(会場笑)、大企業経営陣の若返りについての何かご意見やアドバイスがいただけたらと思いました。

小林:これは個人差があるので難しいと思っています。化学業界には特にベテランの方が多い。たとえば信越化学の金川(千尋・会長)さんは20年社長をやっておられて、現在は84歳ぐらいでしょうか。で、信越化学さんのパフォーマンスは極めて良い訳です。旭化成の山口(信夫・名誉会長)さんも86歳で、住友化学の米倉(弘昌・会長)さんも73歳。その中で、公務員みたいに2〜5年ぐらいでどんどん社長が交代している三菱グループは本当に良いのかという議論もあります。

一概に言えないですね。「老人が悪」だとしてしまうと冒頭のCO2悪玉説のようになってしまう。年齢ではなく、とにかくパフォーマンスの悪い人に早く去ってもらうための仕掛けをどうつくるかということだと思います。結果として優秀な人が歳をとってしまったのであれば、これは仕方がない。

常に新しいものを提供し、課題を出して、叱咤激励をして、健康であり続けられる社長なら続けたら良いと思います。新しいアイディアも出せず、自分を守るだけで居続ける人はすぐ分かりますし、そういう人にお引き取り願うのは、取締役会なり、フェアな監査役なり、今の日本企業の会社制度なら出来ると思います。難しいところですが、たしかにこれだけ技術が進み、もの凄く俊敏な経営が求められる時代になってくると、一般論としては、40代後半から50代の人材が社長をやるのが適切なのではないかとは気持ちは私にもあります。

堀:最後に小林社長から、将来の経営者やリーダーになろうと学んでいるメンバーに叱咤激励やアドバイスをお願いしたいと思っております。

小林:怒りを持ち続けながらも、その一方でリラックスしたゲーム感覚を持っていていただきたいと思っています。このとんでもない出世レースは、もう最後は運ですから。トップの人間は皆偉そうなことを言っていますが、結局は運でなったんです。だからそのぐらいの心持ちではありつつ、とにかく悔しさを持ちながら自分に与えられたことを常に徹底してやっていけば、いずれ必ず道が開けると思っております。頑張ってください。

堀:ありがとうございました。皆さん、小林社長に盛大な拍手をお願いします。

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