2012年に1兆ドル規模を見込む医療用医薬品市場
本日は、「武田薬品のグローバル経営とリーダーシップ」と題して、お話をいたします。前段に、国際的な医薬品市場の現況と、そこにおける武田薬品工業(以下、武田)の成長戦略、後段に私が考えるリーダーのあるべき姿について共有できればと思います。
医薬品市場は、病院などで医師の診断により処方される「医療用医薬品」と、風邪薬や胃腸薬のように薬店や薬局で市販されている「一般用医薬品(OTC)」に大別され、医療用医薬品の中には、特許で保護されている「新薬(先発医薬品)」と、特許が切れて他社も作れるようになった「ジェネリック(後発医薬品)」があります。
(武田が主軸に置いている)医療用医薬品の市場規模に目を向けると、2002年に全世界で4272億ドルだったものが、2007年には7320億ドルまで伸長し、2012年には1兆ドル近くなると見込まれています。ただ、CAGR(年平均成長率)については、2002年から2007年までが11.4%と2桁成長であったのに対し、2007年〜2012年は6.3%と減速が予測されています。
医療用医薬品の市場で特徴的なのは、米国での売り上げが全世界の4割以上を占めていること。それは米国で医薬品が、いかに高額で、また、大量に使われているかの証左でもあります。米国のGDP(国内総生産)に占める医療費の割合は、OECD(経済協力開発機構)が調べたところによると、2006年に15.3%、至近のデータでは16.2%とも出ています。これはOECD加盟の先進国随一で、英国や日本の、ほぼ倍近くとなっています。
製薬業界にとって、この状況がいつまで続くかというのは大きな関心事の一つですが、一説には2025年に20%を超えるとの見方もあります。伸長率こそ鈍化するものの、GDPに占める比率はコントロールできないというのが大方の見通しです。ただ、途上国の成長などにより世界市場に占める割合は、現行の4割から3割台にまで落ち込むと言われています。
こうした市場において、武田の存在感が、どの程度のものかと言えば、まだまだ大きく威張れたものではありません。おかげさまで日本ではナンバーワンの製薬企業ですが、世界市場では、売上高で、たかだか17番目の中堅企業に過ぎないのです。
世界規模で再編が進む製薬業界
製薬市場のトレンドの一つとして、ジェネリックの台頭が上げられます。代表格が、売上高19位のイスラエル・テバ製薬工業で、これは世界でナンバーワンのジェネリックメーカーです。(自身では新薬を開発しない)ジェネリックに特化しても集約を進めれば、ここまでの規模は作れるということです。
ただ、私はやはり、医療用医薬品メーカーの王道の勝ち残り策は、特許で守られる新薬を継続的に出して行くことと考えています。世界の医療用医薬品市場は(ドル円換算にも拠りますが)80兆円弱という規模ですが、ジェネリックの占める割合は1割程度です。ジェネリックが2桁の大幅成長を示していくことから、猫も杓子もジェネリックに取り組むべきではないかとの論調もありますが、大きなシェアを占められるところまでいくには相応の時間を要すると思います。
もう一つの大きなトレンドは、世界規模での再編の加速でしょう。1995年に1位だったグラクソ・ウェルカムは、2000年に(1995年時点9位の)スミスクライン・ビーチャムと合併し、グラクソ・スミスクラインとなり、しかし、それ以上に多くの企業を合併した(1995年時点では7番手であった)ファイザーに2007年、王座を明け渡しました。1995年に2位であったヘキスト・マリオン・ルセルは、複数社との合併により、サノフィ・アベンティスの社名で2位の座を守っています。一方で、トップのファイザーですら売上高(1ドル100円換算で)4兆4000億円、市場全体の5%強というシェアですから、合従連衡が進んでいるとは言え、他の産業と比べて極端に寡占が進んでいるということではありません。
日本の製薬企業も海外企業の買収を進めてきました。最近では例えば、(山之内製薬と藤沢薬品工業の合併により2005年に発足した)アステラス製薬が、2007年11月に米国のアジェンシスという企業を3億8700万ドルで買収しています。また、(三共と第一製薬の合併により2005年に発足した)第一三共は、2008年11月に1998億ルピーでランバクシー・ラボラトリーズという、ジェネリックに強みのあるインドの製薬会社を買収しました。また、エーザイが、2008年1月に39億ドルで米MGIファーマを、塩野義製薬が、2008年10月に14億ドルで米シーエル・ファーマを買収しています。
武田も2008年5月に、88億ドルでミレニアム・ファーマシューティカルズという米国の会社を買収しました。私たちは、成長戦略の基本として「自前主義」をうたっています。とりわけ日本国内においては充分なインフラを有していると自認しているため、M&A(企業の合併と買収)にエネルギーを傾けるより、自身での成長に精力を注ぐ方針でいます。その一方で、世界市場において不足するリソースについては、“時間を買う”という考え方で買収もしています。
創薬の技術トレンドについてもお話ししておきます。2005年時点で市場に出ていた医薬品は、9割近くが低分子化合物によるものでした。けれど現在、抗体医薬(病原体を認識し、その活性を阻害する蛋白質を活用した高分子医薬)が著しい成長を見せており、2005年には3%程度であったものが、2015年には1割を超えると推計されています。このほか核酸医薬(DNAやRNAを構成する塩基配列の組み換え技術を活用したもの。遺伝子に直接的に働きかけて病因を取り除く)、再生医薬(人工培養した細胞によって、病気やケガによって失われた組織を再生する)といった新技術も出てきており、2015年には実用化が見込まれています。また治療用(従来は予防用が主流であった)ワクチンも出てきており、2015年には市場全体の4%程度を占めるようになると言われています。これらを勘案し、さらに10年後の2025年には低分子医薬の比率が6割程度まで下がり、抗体医薬は2割程度まで上がってくるのではなかろうかと考えています。
創薬の歴史を遡れば、ペニシリンの発見による抗生物質の活用の始まりや、インターフェロンの活用など、幾つかの大きな契機がありました。今は、まさにそれらと同等の、新しい技術への移行時期にあると思います。同時にそれが、新薬の創出を困難にしている要因でもあるわけです。
加えて、既存技術で作られた大型医薬品の特許の有効期間が切れる状況に多くの製薬企業が直面しており、俗に医薬品産業の「2010年問題」とも呼ばれています。武田も今年、大型製品の特許を失効します。日本は特許が切れても売り上げがさほど落ちないという特殊な国ですが、米国などではジェネリックメーカーが手ぐすねを引いて待ちかまえており、特許失効の3〜4カ月後には、元の製品を開発した企業の売り上げが1割程度にまで落ち込んでしまう、或いは完全になくなってしまうという、激しい入れ替わりが起こります。先にも申し上げたとおり、製薬企業にとっての最大の市場は米国ですから、そうした現実を踏まえ、なお勝ち残ることがグローバル企業の条件の一つとなります。それには、魅力的な新薬を出し続けるしかないと考えています。
前社長時代より、医薬品特化を推進
これまでお話ししてきたような市場環境を踏まえ、武田がどのような成長戦略を取ってきたか——。大きな転換点は、私の前任者である武田國男(現会長)が、1995年〜2000年の中期計画として打ち出した「医薬品特化」という方針でした。
もともと武田は、動物薬事業、ビタミンバルク事業、化成品事業、食品事業、農薬事業、生活環境事業など、医薬品以外の多くの事業を抱えていました。そういった中、この方針に基づき、医薬外事業の再構築、いわゆる売却を進めることとなりました。もちろん、「売却」と口にするは簡単ですが、一事業が、そんなに簡単に売れるものではありません。ただ、武田の場合、これら売却対象の事業が、いずれも黒字を生んでいたので、比較的、やりやすかったとは思います。何事も、行き詰まってから動き出したのでは、良い結果は期待できません。その意味で、私の前任者は非常な先見の明と勇気を持っていたと言えるのではないでしょうか。
売却先には、いずれも日本における、各分野のリーディングカンパニーをパートナーに選び、説得しました。また、いきなり100%の売却をするのではなく、5年程度の期限付きでジョイントベンチャーを組み、緩やかに委譲するというやり方を取ってきました。具体的には、ジョイントベンチャーを発足した段階で、経営権はパートナー企業にお渡しするのですが、我々も移行期間はきっちりと責任を負うという意味で、マイノリティーの株主として従業員の離脱やモチベーションの低下を食い止めるためのサポートをさせていただくようにしたのです。そして状況を見ながら、徐々に持ち株比率を下げていきました。また売却事業の社員には雇用条件の違う企業に転籍してもらうこととなるわけですから、労働組合との話し合いなども密にしながら、雇用条件のすり合わせをしていきました。そうしたプロセスを経て2006年、武田食品のハウス食品への売却をもって医薬外事業の再構築が完了しました。
これにより、2000年度の段階では売上構成比の7割程度であった医療用医薬品事業の構成比が9割に達し、その他のヘルスケア関連事業などを含め、武田は、完全に医薬関連に特化した企業という体になりました。その間にも、売上高は2000年度の9634億円から、2007年の1兆3748億円と、右肩上がりの成長をしてきました。医薬外事業の売却により2000億の売上規模を手放しているのにも関わらず、この成長カーブを描けたというのは、「結構、良い仕事をした」と言えるのではないかと思っています。
このほか、地域別の医療用医薬品売上高で、日本の比率を下げてきているのも特徴です。2004年の45%から、2008年度の見込みでは3割強。日本からの輸出分も、日本での売り上げとして勘定していますので、全社の売上に占める日本市場への依存度は、実質、もっと低いと言ってよいと思います。
もう一つ、特徴として挙げられるのが、営業利益率の高さです。とりわけ2006年度までは、35%という高い営業利益率を上げていました。これは、一般に高いと言われている製薬業界の中でも、極めて高いパーセンテージです。世界のトップ20の企業の中では、この率を達成していたのは、この時点で当社とアムジェンだけだったように記憶しています。
この理由はただ、経営が非常に優れていたからではありません。その頃、当社の主力製品がライフサイクルのピークにかかっていました。一方では、パイプラインと呼ばれる研究開発中の製品で最終ステージに進んでいるものが少なかったため、開発コストが高くありませんでした。そういう状況だったから出た数字という側面もありました。同じように2007年度、2008年度(見込み)と利益率が下がっているのも、経営の理由だけではありません。
2008年にいくつかの事業再構築を行ったのも、利益率低下の要因です。3月にアムジェンの日本法人を、日本における製品の開発・販売権とともに買い取りました。また5月には、米国におけるアボットとのジョイントベンチャーを、スプリットオフという資産を半々に分ける形でようやく合意しました。この目的は主に癌領域の強化です。
自社のパイプラインから製品を出すのには、時間がかかります。それを加速させるため、(先にも触れた)ミレニアム・ファーマシューティカルズという企業を5月、88億ドルで買収しました。バイオテックでは最も成功している会社の一つです。現在の日本の会計法に従うと、国際会計基準とは異なって、1600億ドル強のインプロセスR&Dを一括償却しなければなりません。それらが相まって、特に2009年に営業利益が大幅に低下する要因となっています。
自前主義を取る武田のグローバル戦略
企業がギアを踏んでグローバル化を加速するにあたり、取り得る手法は幾つかあります。共同研究、バイオベンチャーへの投資、共同販売、ライセンシング、ジョイントベンチャー、100%子会社、M&Aなどが代表的なものであり、後に上げたものに行くほど投資額は多くなり、市場浸透度も高いのが一般的です。このうちどれを取るかは、そのとき企業が持っている(人的なものを含めた)資産、経験を勘案し、経営者が判断するほかありません。どれが正しいかは、数式のように答えを得られるものではないのです。
当社もご多分に漏れず、段階を踏んで試していって、ジョイントベンチャーを作り、最終的には子会社を作って、2005年に当社の200年以上の歴史の中で初めて企業買収を行いました。それ以来、3つの買収を成功させてきました。これにより、ようやく成長戦略を取れる段階に達したと考えています。
武田の成長戦略を、海外拠点の整備という観点から見てみます。2005年3月に買収によって、武田サンディエゴという会社を設立しました。2006年12月、ヨーロッパのビジネスを統括する本部をロンドンに設立しました。2007年3月には、武田ケンブリッジ、武田シンガポールという会社を作りました。武田サンフランシスコは、2007年12月に設立した抗体医薬を研究する会社です。現在ではこのように世界各地に、ビジネスの拠点を設けるに至っています。
医薬品産業において、規模の経済は効くのでしょうか。これもまた、答えのない問いであって、経営者が判断せざるを得ないところです。これは独断となりますが、「NO」と言えるのは、以下の条件をクリアしている場合と考えます。
—売上高50億ドル以上
—研究開発費対売上高比2割
—税引き後利益対売上高比2割
自前で、この規模に達しているのであれば、買収を加速するなど大規模化に資源を振り向ける必要は特にないのではないか、というのが私の考えです。ただし、これは「日本の企業であったら、これくらい」ということです。なぜなら、日本の企業がカルチャーや商習慣など共通項の少ない海外市場に出て行く場合というのは、欧米の会社が海外展開するより、はるかにハードルは高くなるからです。現に欧米では、売上高2000億円程度の会社でも、グローバルな展開をしています。
では実際に日本の製薬企業がどうなっているかというと、国内5位の企業であっても先に挙げた条件を満たしてはいない状況です。そこから考えて、国内の製薬企業の更なる統合は避けられないでしょう。
先にも申し上げましたように、今、製薬業界全体が、新たな技術がブレークスルーする寸前の壁と直面しています。これは、研究開発の生産性が非常に低いことを意味します。一つの製品を市場に出すのに、より長い期間と、より高いコストがかかる状況になっているのです。上市までの時間が長いということは、特許残存期間が短くなることとも通じるため、投下した資本を回収し、さらに失敗した製品のコストも下げるためには、成長市場で売り上げを最大化する以外にありません。自前で世界市場に出て行く力を蓄えない限り、将来のサバイバルは難しいと思われます。
今、それぞれの製薬企業がさまざまな方法で、成長を担保しようとしています。M&Aを主たる戦略としてきたのは、ファイザー、サノフィ・アベンティス、グラクソ・スミスクラインなどです。多角化やM&Aをうまく組み合わせているのは、ジョンソン&ジョンソン、アボット、ノバルティスなどが挙げられます。そして武田や、メルク、イーライリリーは、自前主義を取ってきました。
M&Aの5+1条件
日本の製薬企業がグローバル化を推進する理由は他にもあります。薬価改定という名の価格引下げや、新薬の承認が欧米と比べて明らかに遅いこと。2011年までには承認審査にかかる時間を短縮することがコミットされていますが、現状では米国よりも平均2.5年の遅れがあります。臨床試験についても、コストが高く時間がかかります。臨床試験環境が非常にプアなのです。一つの臨床試験を行うサイトで、できるだけ多くの患者を短期間に集められれば、スピードもクオリティも上がるというメリットがあります。ところが、日本にはそういう臨床試験を行えるサイトが極めて少なく、韓国や中国にも負けています。
このような状況で国内だけに留まっていては、日本の製薬企業の将来はないということで、武田、アステラス、エーザイ、第一三共など、相当なレベルでのグローバル化を進めています。当社の場合は売上も利益も6割が海外。ほかの会社も大なり小なり、海外で稼いでいるというのが実情です。
さて、武田流のグローバル戦略は前述の通り、基本的には自前主義を取っています。ただし、現状とあるべき姿とのギャップがある場合は、そのギャップを埋めるための最適な方法が、M&Aや外部委託であれば実施します。ギャップの例としては、地域カバー率、あるいはパイプライン、研究開発力、生産能力です。これを埋めるためにどれだけの時間を要するかを考えて、自前で達成できないのであればM&Aや外部委託で補うという発想です。
武田には「M&Aの5+1条件」というものがあります。
・タケダイズムに象徴される企業文化や経営スタイルと共通するマネジメントスタイル・フィロソフィーを持つ
・パイプラインの強化・拡充につながる
・欧州などの当社のプレゼンスが相対的に弱い地域での基盤強化につながる
・人材面でのシナジー効果がある
・買収後の大幅なリストラを必要としない
・(+株主に納得いただける価格)
これは、欧米の企業から見ると珍しい条件だと思います。なぜかというと、残念ながら私どもの会社のレベルでは、欧米の大手企業のようなコストシナジーを目的とした買収をする力がないからです。買収した会社のマネジメントを放り出して、自社のマネジメントをそこに送り込んで、その人たちにリストラクチャリングをさせるというのが、基本的なコストシナジーを出す買収のやり方ですが、我々にはそれだけの経験と能力のあるスタッフがいません。日本人でそれを行った経験があるのは極めて稀で、身の丈を超えた買収で軋轢が生じ無理があります。そこはできることを着実にやっていかないと、足元をすくわれます。我々が求めている買収は、大幅なリストラを必要とせず、むしろ我々のギャップを埋めてくれる会社とのものです。ミレニアム・ファーマシューティカルズの買収もその範疇に入っています。
前任者が立てた中期計画に次ぐ、2006年〜2010年の5カ年計画は、10年後を見据え、「世界的製薬企業への挑戦」をビジョンとして掲げました。それを実現する3つの柱は、「パイプラインの強化」、「地域プレゼンスの強化」、「人材強化」です。武田の特性を徹底的に磨き上げていくことによって、これらを強化していきます。私たちの特性は、長期的視点に立った緻密な戦略立案と実行、高い生産性・効率性、社内のみならず社外ステークホルダーとの強固な連携などが挙げられます。
「地域プレゼンスの強化」については、特に、欧州・その他の市場でのシェアが低いことを課題と捉えています。これらの国では、トータルの医薬品市場に占めるシェアは15%〜20%くらいですが、おしなべて2桁の成長を遂げています。そういったところに出ていかない限り、会社の成長は持続できません。6年前まで、武田は、海外のオペレーションを全て日本からマネジメントしていました。しかし現在は、米国、ヨーロッパ、そしてアジア・オセアニアのビジネスを、それぞれ統括する拠点を設け、三極体制に切り替えています。
「世界的製薬企業」に向けて、何より避けて通れないのは「人材強化」でしょう。武田薬品工業という企業が今後も成長を続けていくためには、まず社員のマインドセットからグローバル化していかなければなりません。基本的な考え、コア・コンセプトが必要です。少なくとも私や会長は、固くそれを信じています。
世界的製薬企業への成功のカギとして私たちは、4つのPを掲げています。「Philosophy」は、誠実=公正・正直・不屈を標榜するタケダイズムの浸透と継承。「People」は、人材の獲得と育成。「Process/Proficiency」は、人材を最も効率的に活用するためのプロセス・システム・風土。「Product/Pipeline」は、差別化された製品の継続的創出です。それらをうまく噛み合わせて、成功を勝ち取るということです。
リーダーに求められるのは高い倫理観
最後に、リーダーのありかたについて、私の考えをご紹介します。
まず、リーダーの役割はビジョンを設定し、その実現に向けて構成員のベクトルを合わせ、最大限の成果を上げることです。
そして、これを遂行するリーダーに求められる資質は、(1)高い倫理観とゆるぎない価値観、(2)判断力・決断力、(3)勇気、(4)率先垂範、(5)構想力・先見性・感性、(6)適応力・柔軟性、(7)謙虚さ・学ぶ姿勢、(8)これらをひっくるめて、尊敬され慕われると同時に畏怖されること、です。
その中でも、高い倫理観とゆるぎない価値観は非常に重要です。難しい決断を迫られたときに、価値観が確立していないと、判断がぶれてしまいます。だから私は組織の長を選ぶときに、能力が少しくらい劣っていても、きちっと自分の考えを持っている人を選ぶようにしています。
もう一つ触れておきたいのは、勇気です。始める勇気、決める勇気も必要ですが、辞める勇気、捨てる勇気、切る勇気のほうがもっと大事です。とりわけ切るのは、日本人が苦手としていますね。会社のために貢献してきた人が、ある段階で成果を上げられなくなったら、外れてもらわなければなりませんが、それを実行するのは最もつらい仕事の一つです。だから、人を切るときは勇気が必要です。60歳前半で辞めていただく取締役も出てきます。そういったことを必要に応じて実行しないと、本人だけではなく組織も弱体化してしまいます。それは経営者の役目です。
求められるナレッジ・スキルとしては、(1)経営全般の知識、(2)リベラルアーツの習得、(3)考える力、(4)外部環境変化を読み取る力、(5)コミュニケーションスキル、(6)後継者育成スキルを挙げています。
さらに、リーダーとして心がけるべきことを12項目挙げます。(1)肉体的および精神の鍛錬を怠らないこと、(2)絶対的権力は遅かれ早かれ、絶対的に衰退もしくは堕落するということを常に忘れないこと、(3)何にでも好奇心を持ち続けること、人的ネットワークを広げること、(4)何歳になっても努力を怠らない、(5)褒めるときは皆の前で、叱るときは1対1で、(6)相手の立場、気持ちになって考える癖を身につける、(7)間違ったら素直に認め、ただちにやりなおす、(8)馬鹿な質問をすることを恥ずかしがらない、(9)他人のことを本気で気にかける、(10)常に自分らしく、人の真似をしない、(11)自分の可能性を信じる、(12)一旦、トップの座を降りたら後継者にすべてを委ね、絶対に権力の二重構造をつくらない。
これらは自らの経験から書いていることです。心に引っ掛かりながらも、見切り発車して失敗したことが沢山あります。だから、「まぁ、いいだろう」と性急に実行しないことがとても大切です。切る勇気の裏返しとして、「他人のことを本気で気にかける」ことも大切な心構えです。切った後の面倒も見てやることは、リーダーとしての役目です。そして最後の「一旦、トップの座を降りたら後継者にすべてを委ね、絶対に権力の二重構造をつくらない」。これは非常に難しいことです。成功すればしただけ自分が特別な人間だと思いがちで、他人を見下します。しかし誰も完璧な人はいないし、時には自分を戒めることも必要です。そして自分がその座を降りたら、後継者にすべてを委ね、求められたときだけアドバイスをすることが大事だと思います。それを日々自分に言い聞かせるため私が取っている方法は、精神の鍛錬としての瞑想です。瞑想すれば自分自身を見つめ直すことになるし、自分がどういう人生を送りたいのか、どういう人間でありたいのかということも、自然と考えられるようになります。それを考えると99.9%の人間は、できたら社会の役に立ちたい、人の役に立ちたいと思うようにできています。0.1%の人間は、何とかごまかして詐欺を働くようなことになりますが、それは例外です。自分に常に問いかけて、人の役に立つ道を選ぶことをお勧めします。
最後に一言だけ申し上げます。自分が社長をしていてしみじみ感じることは、“どこから突っ込まれても大丈夫という生活、発言”、“気持ちの張り”のない人は、社長になってはいけないということです。自分のふとした気の緩み、失敗で、会社や株主に迷惑をかけることは世の中に往々にしてありますが、その覚悟のない人はトップになるべきではないし、そういう話がきてもお断りになるべきです。