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マザーハウス 山口絵理子代表 −志をかたちに

投稿日:2008/09/09更新日:2019/04/09

社会を変える源泉は、ビジネスにある

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山口 絵理子氏

山口絵理子氏は、大学4年時に国際援助機関でインターンを経験したが、ただ金をばらまくだけの援助に幻滅し、単身バングラデシュに渡った。現地の大学院に通いながら、貧困の解決を模索。ビジネスを通じてこそ社会に持続可能で大きな変化を起こせると気づき、「途上国から世界に通用するブランドをつくる」と決意、2006年にマザーハウスを立ち上げた。バングラデシュの特産品ジュート(麻)を使ったバッグや小物は、山口氏の想いやストーリーに共鳴する消費者を中心に人気を呼び、現在では直営店を、入谷、戸越、代官山にかまえ、この9月23日には、小田急新宿店に、4店目をオープンする予定だ。

原点は小学生時代にいじめられていた経験という。「未来の大人をつくる最初のステップである学校というものが、本当にこれでいいのかという思いを、日々感じていました」と、山口氏は当時の心境を語る。

中、高時代は柔道にのめりこみ、猛勉強して慶應義塾大学に入学。発展途上国では、貧困などの理由で学校に行けない子どもたちがいることを知り、開発経済の道を志した。

大学4年の時。教育援助を行う国際機関、アメリカ・ワシントンの米州開発銀行でインターンした経験が転機になった。開発系の仕事を目指す人にとって、国際機関で働くことは大きな目標だ。山口氏もまた、「正職員になりたい」という意気込みで渡米したという。

だが、現実は理想とはかけ離れていた。「『心でなく頭で仕事をしている』と強く感じました。支援金は驚くほど莫大な額だけれど、『それが本当に人々を幸せにしているんだろうか』という想像力がない」。胸の中にもやもやした不満が募り、「自分の目で確かめたい」との思いにかられた。事務所のパソコンに「アジア最貧国」というキーワードで検索すると、出てきたのがバングラデシュ。早速、現地に飛んだ。

貧困が街を覆いつくし、ストリートチルドレンが溢れかえっている様子に、衝撃を受けた。「国際機関の立場からたくさんの夢を与えていたはずなのに、それがまったく反映されていないという現実を見せつけられた」。たった2週間の滞在のつもりだったが、そのまま現地の大学院に進み、日本企業で働くなどして、貧困解決の答えを探し続けた。

「支援金は市民の手には届かず政治家が握ってしまったりしている。しかし、その一方で援助以外にはNGOで草の根運動をして頑張るしかない。現地の学生もみんなそう考えていました。そんなとき、『社会を変える源泉というのは、ビジネスにあるんじゃないか』と思いついたんです」。目をつけたのが、ジュートだった。

途上国と先進国隔てる経済的、精神的な壁を打ち破る

わずか250万円の資本金で、160個のバッグを作ってから、2年あまりが過ぎた。直営店は4店舗に増えた。この8月には首都ダッカに自前の工場も立ち上がり、今期の売り上げは1億2千万円を見込む。発展途上国に関心のない消費者も、デザインを気に入って購入してくれるようになってきた。

そのビジネスの核になっている考え方が、「マザーハウストレード」だ。一般のフェアトレードとの違いは何か。「私たちは企業として活動している。第一に達成しなければならないルールは、お客様に満足いただく商品を提供することです。そのために、品質には徹底的にこだわるし、生産者に対しても、『一緒にいいものを作り上げていこう』と、厳しいスタンスで臨みます」。山口氏はそう話し、「素材調達から商品をつくり、直営店で販売するまですべて自社でやること。ここに、私たちの事業の面白さと可能性があります」と、説明する。

途上国から世界に通用するブランドをつくる——。マザーハウスの理念には、バングラデシュの国名や特産品のジュートに関する文字が一つも入っていない。このことが、マザーハウスの未来と可能性を指し示している。「私たちがこれから目指すのは、生産と販売のグローバル化です。生産は、すでに新しい国に調査に入っています。そして、海外のより多くの人たちに、私たちの商品を提供していきたい」。

挑戦は緒についたばかり。山口氏が敬愛し、社名の由来にもなっているマザーテレサが、貧困に苦しむ人々を助ける事に生涯を捧げたように、「自分の人生を賭けている」という。

「『社会をもっと良くしていこう』という気持ちを、ファッションの『かわいい』とか『かっこいい』と両立させたい。それがマザーハウスの重要な挑戦なんです。商品を途上国から発信することで、途上国と先進国を隔てる経済的、精神的な壁を打ち破ることができるかもしれない。そしてそれが、社会の構造を根本から変えていく第1ステップになると信じています」

マザーテレサさえ成しえなかった、社会の構造そのものを変える「システミックチェンジ」。それをもたらす日まで、走り続ける。訴えかけるような強いまなざしの先には、もう、はっきりとしたレールが見えている。

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すべての企業は社会のためにある

加藤:みなさんこんばんは。よろしくお願いいたします。本日司会を務めさせていただきます、グロービスの加藤と申します。前職ではアメリカや日本の「社会起業家」と呼ばれる方に、記者として取材する機会が多かったものですから、進行役を仰せつかることになりました。まず山崎さんから簡単に、例えば山口さんとの関係だとか、なぜマザーハウスに勤めることになったのかなどを、お話いただければと思います。

山崎:株式会社マザーハウス副社長の山崎と申します。どうぞよろしくお願いいたします。山口との出会いは、私が大学4年のとき、山口が大学3年のときでした。竹中平蔵(日本経済研究センター特別顧問、慶大教授)先生のゼミで出会って、そのときに山口から開発の話を聞きました。私自身もそういうことに興味がありましたが、卒業後はゴールドマン・サックス証券で4年間、エコノミストとして仕事をしていました。

当初から4年間で会社を辞めることを決めていました。入社理由は、マクロ的な視野で経済を見ようということでした。そして退職後は、アジアを横断しようと思っていたんですね。自分の足を使って、ミクロにアジアの経済を感じてみたいと思ったんです。

退職の1年前に会社設立の話が出てきて、一緒にやろうということになりました。旅に出る前に準備期間もあるので、会社をお手伝いし始めましたが、こちらのほうが楽しくて、結局は旅立つことができずに、仕事を始めました。旅をするよりもリアルだし、自分の肌でアジアの経済を感じることができるので、すごく満足して仕事をしております。

加藤:続けて戌亥さんに、自己紹介をお願いします。

戌亥:ワールドの戌亥と申します。よろしくお願いいたします。私は入社以来ずっと、アパレル一筋で10年ほど勤務しております。管理部門やライン部門、生産部門など、いろいろな業務を見てきました。マザーハウスがされていることというのは、いい意味でうらやましく、すごいと思うところがたくさんあります。今日はアパレルの視点から、いろいろご質問をさせていただきたいと思います。

加藤:ありがとうございます。それでは島袋さん、お願い致します。

島袋:GMBA2007期生の島袋と申します。私はアッカ・ネットワークスという会社で、主に新サービスの立ち上げや運営を中心に、プロジェクトマネージャーを務めています。つい最近も、NTTドコモとイーモバイルのサービスを考えました。実はいま勤務している会社を、8月末で退職することが決まっておりまして、9月以降は独立して事業を興したいと考えています。

今日は山口社長とお話できるということで、二つお聞きしたいと思って参りました。一つは、山口さんは共感できる人じゃないかと、私は感じています。どうしても伝えたいことがあるとか、やりたいことがあるとか、そういう想いを持った人とは、じっくりお話をしてみたいですね。

二つ目は、自分にとって「本気」って何だろうと、改めて客観的に見つめ直したいと思います。情熱の大きさは計れないと思うんですけど、自分に刺激を与えてもらう、そして私のほうからも刺激を与えられる存在になりたいという気持ちで、望んでいます。

加藤:ありがとうございます。会場のみなさんの声を、はっきりと代弁していただいたような気がします。みなさん、そろそろ山口さんの声を聞きたいとお思いでしょうから、山口さんに振ります(会場笑)。直球でお聞きしますが、「社会起業家」という言葉が流行ってきていて、そう呼ばれる代表者として紹介されることが多いと思います。「社会起業家」という呼ばれ方について、どんな印象をお持ちでしょうか。

山口:私はバングラデシュで2年間、大学院生として過ごして、会社を設立する前にバッグをつくってしまって、それを日本に持ち帰ったときに、初めて「社会起業家」という言葉が流行りつつあることを知りました。自分で名乗りもしないのに、「社会起業家」という肩書が付けられて、それが何なのか調べましたが、今でもまったく分からないのが正直なところです。

なぜ「社会」と付けなければならないのかが、分からないんです。企業は社会のためにあるべきだし、そうじゃない企業はマーケットの中で、生き残るのが難しくなっていくと思います。一企業として税金を払っている時点で社会に貢献しているし、ましてやバングラデシュでは、雇用すること自体が社会のためなんですね。私は一企業の経営者として、そう思っています。

事件は現場で起こっている

加藤:私もそう感じます。一方で、ワールドという規模化されたアパレルメーカーにいらっしゃる戌亥さんは、マザーハウスの製品や販路、マーケティングの特徴を、どのように捉えていらっしゃいますか。社会性という“物語”の紐づいた商品展開は大手メーカーはしづらいところもあると思うのですが、その点で羨ましく感じられるところもあるのではないでしょうか。

戌亥:商品を販売するにあたって感じるのは、いくらいい製品でも、これだけものが溢れている時代の中で、選んでもらうのは非常に難しい。私たちは雑誌掲載やプロモーションを行って、総合的なイメージコントロールで付加価値を生み出し、消費者に買う意味を持っていただくようにしています。マザーハウスさんの場合は、お客様から見たときに、「社会性」という非常に分かりやすく、かつ濃い意味が商品に込められています。これはなかなか真似できないことです。

加藤:いま戌亥さんは「いくらいい製品であっても」と軽くおっしゃったんですけれども、山口さんは異国の地でデザインを起こすところからお一人で始めて、すごく苦労されたんだと思いますが、いかがでしょうか。

山口:そうですね。製品をつくるのは人なので、人と会うことから始めなければならない。人には何十年も掛けて染みついたものがあるので、相手のDNAを変えるくらい議論をし合って、進めなければならないんです。その精神的な負担やプレッシャーというのは、とても言葉では言い表せません。

だからこそ、彼らが秘める可能性にも気付いてあげたいという思いも強いですね。ほかのバイヤーは早く大量に生産することを求める。それに対して、私には何ができるかを考えました。私の工場のスタッフに対するスタンスは、どういうものか、ずっと模索してきました。自分も生産ラインに入るくらいに同じ目線に立って、そこから発見できることもあります。

加藤:著書を拝読すると、バッグづくりの修行までされたんですよね。

山口:そうですね。御徒町にある養成学校の先生に教わりました。やはり自分自身が学ばないと、何も伝えられないんじゃないかという、当然のことを危惧していたからです。

加藤:生地を一つ探すにも、工場を一つ探すにも、現場に出て行って駆けずり回る山口さんの姿を見られて、イメージでいうと高いビルから見下ろしているような金融機関に勤めていた山崎さんとっては、どんな魅力があったんでしょうか。

山崎:そうですね。実際に高いビルのオフィスで働いていました(会場笑)。いろんなビジネスがありますが、ものづくりの世界に入ってみて、この事業では現場がすべてだということを思っていた以上に感じました。それ以前はエコノミストとして数字を追いかける仕事をしていたので、山口さんが現場に出ていく姿を一番近くで見ていて、自分にはそこが一番足りないと認識しました。

誰かのセリフじゃないですけど、「事件は現場で起こっている」わけで、現場では一番突破力が求められると思うんです。山口さんが突破力を身に付けて成長していく過程を目の当たりにしたので、自分は同じ環境で仕事をしているのに、突破力を失っていっていることを実感して、このままじゃいけないと思いました。私にとっては現場も数字もすごく重要で、どちらも欠かせないものですね。

加藤:「事件は現場で起こっている」のセリフは、笑うところだったんですよね(会場笑)。こんなに山崎さんを惹き付けるということは、ビジョンやミッションが明確な会社ならではの強みともいえるかと思うのですが、その辺りはいかがでしょうか。特に組織構築の観点からお応えいただけると嬉しいです。

山崎:私たちの強みはまさにそこにあって、先程スタッフが30人近くいるという話が出ましたけれども、スタッフ全員が同じことを答えるという自信があります。それほどの会社がほかにあるかどうか。それは私にとってはすごく重要なことです

加藤:島袋さんは逆に、買収に遭い、チームメンバーのモチベーションが下がっている中で大きなプロジェクトマネジメントをされたと伺っていますが、どのようにしてチームを動かしていかれたのですか。人を動かす源泉になったのは、どんな取り組みだったのでしょうか。

島袋そうですね。ただそうはいっても、私の業務では相手の価値観を変えるというところまではいかないので、山口さんのケースに比べれば大したことはないと、今の話を聞いて正直感じましたね。

山口さんの補足になってしまうかもしれないですけれども、私がプロジェクトをマネジメントする中でモットーにしているのは、やはりメンバーの気持ちを大事にすることです。特にその中でも強く意識をしていたことは、いかに楽しく参加してもらえるか。仕事なのでもちろん快楽に浸るということではなく、目標を達成したときはオリンピック選手のように、「超気持ちいい」と言える環境づくりをすることに気を配っていたつもりです。

加藤:ここも笑うところでしたか(会場笑)。茶化してばかりですみません。山口さん、メンバーの気持ちというか指向性と経営の方向性との摺り合わせを考えるようなことって、されていますか。

山口:メンバーの気持ちは、経営者として考えなければなりませんが、私は人の意見を聞くんですけれども、意思決定をするのは自分だと常に思っていますね。最後まで自分を貫くというのが、私の哲学の中にあるんです。

加藤:そういう山口さんと山崎さんは、どういう役割分担をしているんですか。

山崎:山口が落下傘部隊や鉄砲玉のようなもので、私がそれをサポートする役割です。まあそれは冗談としても、山口は年間の3分の2くらいはバングラデシュやほかの国に行っているので、やはり現実としては私のほうで、日本を統括しているという感じですね。規模が大きくなりつつある時期なので、ようやく役割分担をして、組織らしくなってきました。組織づくりは難しいと、今まさに肌で感じているところです。

加藤:何が難しいんでしょうか。

山崎:一つは情報共有ですね。私たちの会社は、ストーリーを重視する会社なんです。ストーリーというものは、経験によって培われます。ストーリーを共有するのは、言うのは簡単でも実現するのは難しいものです。みんなバックグラウンドが違う中で、バングラデシュにいるスタッフが感じることと同じことを、お客様と接する店舗スタッフに語らせることの難しさを感じます。いかに想いを込めて、お客様に伝えるのか。それがキーポイントですね。

第2、第3の山口絵理子をつくる

加藤:今後のマザーハウスがどうなっていくのか、伺おうと思います。前段のご講演で、店舗数を増やしっていったりだとか、バングラデシュだけでなくほかの国でも生産していく、という話が出ました。現状の課題や今後の方向性についてお話いただく前に、戌亥さんに簡単に分析していただきました。

戌亥:あくまで外部から見たものなので、実際とは異なるところがあれば、訂正していただきたいと思います。私は実際にお店やホームページを拝見し、現状を簡単に分析してみました。一般のお客様もいらっしゃると思いますが、そうはいいながらも恐らく、ブログの盛り上がりなどを見たところ、まだまだ山崎さん個人であるとか、社会貢献に対して高い意識を持ったお客様がメインではないかと、私は推測しています。

私も製品を拝見して品質の良さは実感してはいるんですが、お客様の購買決定要因(KBF)は「社会に貢献したい」というような心の持ち方によるものではないでしょうか。我々が取り組んでいるような一般のアパレルや雑貨とは、ちょっと購買理由が違うのが現状ではないかと、勝手ながら推測しています。

まだ事業を始めたばかりなので当然ですが、商品の展開は限定的なものだと思います。マザーハウスをファッション系ベンチャー企業として見たときに、成長性と収益性の2つに、今後の課題をお持ちでしょう。成長性に関しては先程申し上げた通り、いい製品をつくっていらっしゃると言いながらも、通常の消費者と違う購買理由をお持ちの方が中心とするならば、もっとお客様の裾野を広げていくために、アパレル一般の定石として、アイテムの増大、素材の拡充、生産地や供給力の強化、販路の拡大など、いろいろな課題が出てくると思っています。収益性についても、拡大に伴ってコントロールシステムが強化されなければならないなどの課題があると思います。

個人的に一番難しいと考えるのは成長性で、製品や生産地を広げていこうとしたときに、これまでのマザーハウスとは、違う立ち位置を探さなければならないのかなと推測します。完全に生まれ変わるようなイメージを持つ必要があるということです。それには、山口さん個人の気持ちによる部分を、企業とは切り離さなければならないかもしれないし、製品の供給元をバングラデシュだけにこだわるわけにもいかないでしょう。私たちも業務上、そういったディープ・プランニングをよく立てますが、すごく難しいんですよね。なかなか描いたイメージを一新することは、難しいと思います。

加藤:いかがでしょうか山口さん、山崎さん。それぞれ反論もあることでしょう。

山口:そうですね。ありがとうございます。成長性についてのご指摘なんですけれども、私個人を応援してくださるお客様がマザーハウスから生まれたというのは、確かにそうです。しかしその一方で、シャネルにしてもアルマーニにしても、どの一流ブランドも、始まりは個人の人生だと思うんですね。いかに個人の思いが強いかが、ブランドを成長させていくためのタネだと思っています。

それから、お客様の裾野を一般の方まで広げる必要性があるということなんですけれども、通りすがりに買っていただくお客様が、非常に増えてきています。その証拠として、代官山店の売上が非常に上がってきている。通りすがりの人はまったくコンセプトを知らないのに、製品を買っていくということなんですね。当初は代官山の店を一時的なものと考えていて、時期が来たらクローズするつもりだったんです。しかし、最近の伸び率が非常に高いので、存続することに決めました。

ただ、私たちがこれからやらなければならないのは、製品自体が魅力的であるブランド、という事実を外に向かって明確に打ち出せていない。外部からは、山口のブランドと見えているということなんですよね。だから、どうやって見せ方を変えていくか、その部分が今後の課題だと思います。

加藤:山崎さんはいかがですか。

山崎:そうですね。ぜひ戌亥さんに当社に来ていただきたいです。それは冗談として、まさにおっしゃる通りの部分があります。ベンチャーとして、これまで根性でやってきたというところがあって、最初はそれでいいと思います。それでも3店舗までは問題はない。それが5店舗、10店舗と経営規模を拡大したら不安がある。オペレーションの仕組みができているのかということは、最近になってスタッフと何度も話し合いを重ねています。

ただ、これを話すのは初めてなんですけれど、私自身が感じている会社の問題は、実は違うところにあります。先程おっしゃった観点でいうと、生産地や供給力の拡大にあたる部分かもしれません。私たちはストーリーを生み出す会社にいるんですね。商品にストーリーを組み込んでいきたいと思っている。それには、ビジネスのセオリーと相反するところがあるんです。ビジネスには、スケールが大きくなることで、供給コストを下げていくというセオリーが多分あると思うんですね。

でもストーリーをつくることはコピーではないんです。ストーリーは一から生み出さなければならない。そうでなれば面白くないわけです。そう考えると、私たちはいつまで経っても、コストの削減はできないんですよ。当然、経験値の積み上げはありますけれども、新しい国に行って、一から始めて、工場をつくる。ほかの会社のように、コピーできないんです。

だから、私たちが望んでいることは、ストーリーを生み出す人間をつくる。ストーリーを生み出す人間をコピーすることを、会社の経営者としてすごく考えています。第2、第3の山口絵理子をつくっていかなけらばならないんです。

加藤:もうそれに着手されているんですか。

山口:そうですね。実際に私の意識の中では、そういうことを1年前から考えています。日本のスタッフだけが対象でなく、バングラデシュにもいます。いま現地のディレクターが日本に来ていますけれども、可能性を持った人間が本当にたくさんいるということにも意識して、進めていきたいと思っています。

加藤:そうすると、現地で生産するだけではなく、デザインから起こすということも計画しているわけですね。

山口:そうですね。本当の意味で、途上国発のブランドにしていきたいと思っています。

加藤:ちなみにバングラデシュ以外にも、お2人でアフリカに行ってきたとのことですが、いかがでしたか。

山崎:アフリカに行ったことには、いろんな意味があります。もちろん、私たち個人として経験を積むこともあるし、会社としては0から1にすることと同様に、1を2にすることも大事なんですね。途上国からブランドをつくるためには、1カ国ではできないんです。途上国という括りにしているわけですから、その中で1を2にすることはもの凄く大きいんです。バングラデシュにはない、その国にある可能性は何かを探すために、アフリカ南部のある国に行ってきました。実際にその国に行ってみて始めて分かることが多くあることを痛感して、モチベーションが上がりました。

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「自分に嘘をつかない」という哲学

加藤:きっとみなさんがお聞きになりたいだろうと思うのは、こんなに華奢で綺麗な人の中のどこに勇気が入っているのかということです。ここにも、起業したり、社会に貢献していこうという思いを秘めている方たちがいらっしゃるでしょうから、そういう方たちに向けて、ご自身の体験を踏まえたメッセージをいただきたいと思います。

山口:私は自分自身のことを、人並みにはいかない程度の思考力と経験値しかなくて、すべてにおいて突出したものはないと思ってきました。ほかの人と比べて、少しでも勝っている部分があるとしたら、「自分」というキーワードに帰結します。自分を持っているということについては、譲れません。

すべての意思決定力や前進する活力は、ほかのところから借りてきたものではなく、自分の中の葛藤とか、自分との対話から生まれます。どんなに会社が大きくなっても、自分自身がブレなければいいと思えます。どんなに辛くても、決断したのが自分であれば、心の中で「もっと頑張れ!」って言えるんです。答えを出す中に「自分」がいるということが、すべての源泉なんですね。

加藤:著書を拝読すると、こんなによく泣く経営者っているのか思うほどですが、怖いとか辛いとかいう自分の感情に、常に正対していらっしゃったという印象があります。

山口:「自分に嘘をつかない」というのが、私の哲学なんです。だから、嬉しいときは喜びの表情を表に出すし、泣きたいときは泣きます。そういう意味で力を抜いているからこそ、力が必要なときに力を復活させればいいと思うんです。

私自身がデザインに深くコミットするようになってから、自分をコントロールすることを学んでいます。例えば、たくさんの人に会って、多くのインスピレーションを先進国から受け取って、それを変換して、途上国にあるものの中からつくり上げる。自分の力を発揮してそれを実現するために、自己管理を心掛けています。

加藤:バングラデシュから逆に学んだこと、もらったものは何ですか。

山口:それは一言でいうと、生きる力です。人間としての最低限の生活さえできていない人たちを直に見てきて、自分がいかに幸せか痛感させられました。そして、失敗しても「それくらい何でもない」と思えるようになったことが、私を起業へと突き動かしてくれたんです。

加藤:山崎さんはもしかしたら、「ゴールマン・サックスを辞めてまでやることなの?」と言われたかもしれませんが、飛び込むもことの楽しさを教えていただければと思います。

山崎:怖さがなかったといえば、嘘になります。辞めるときに葛藤がありましたが、自分がやりたいことは今しかできないと思いました。山口が1人で戦っている姿を見ていると、成長のスピードが恐ろしいくらいに早かったんです。自分が決断して、自分が責任を取る。その環境下にいる人はもの凄く強くて、私が到達できない領域でした。前職ではいろんな仕事をさせてくれて、とても感謝しています。でも、私がここで辞めなかったら、取り残されると思いました。実際にマザーハウスで事業に携わってみて、仕事と思えないくらい楽しい毎日を過ごしています。飛び込んで良かったですね。

「自分のために」がなければ続かない

会場:私も起業しています。最初は高い志を持って「誰かのために、何かのために」という想いがあっても、ある時点で、「本当は自分の欲望、思いを満たすためなんじゃないか」と感じて、自己矛盾が生じたことがありました。山口さんにもそういう経験がありますか。

山口:私の場合は、生産工場に裏切られたときに、まさにおっしゃったような自分がいました。工場がもぬけの殻になった光景に遭遇したときは、「こんなにやってあげたのに」という思いが湧いてきたんです。それでもまた前へ一歩進めたのは、その先に、「自分のために」という想いが出てきたからです。やはり「他人のために」だけでは続かない。ボランティア活動に継続性があるのかという問題です。「他人のために」の上に、「自分のために」がなければ、やってこれなかった。今振り返ると、それは正しかったと思います。

会場:ご自身が小学生のときにいじめられていた、という原体験がある中で、海外の子供たちを助けようと思われたということですが、なぜ日本の教育を変えようとは考えなかったんでしょうか。

山口:私は中学・高校と勉強せず柔道に打ち込んでいました。その後、慶應義塾大学に入学して、日本にはたくさん優秀な人がいるとびっくりしたわけです。自分の中では、役割分担というのが哲学としてありまして、「自分の居場所をどこに置こうかと考えたとき」に、日本はそういう優秀な人たちに任せればいいし、自分の居場所がないなと感じたんです(笑)。だったら、誰も行きたくないような過酷な場所に身を置いて、咲かせる花があればなと思い、国際的な視野でものを見るようになりました。

会場:人生は有限だと思うんですが、先程は山口さんから「ファッションに対する価値観を変えたい」というお話がありました。その夢が叶ったら、人生が終わってもいいとお考えでしょうか。

山口:ファッションに対する価値観を変えられたら死んでもいいとは、まったく思っていません(会場笑)。今の時点で自分の可能性を決めてしまいたくないし、1年後にはまた別の夢を見ているかもしれないからです。最終ゴールを決めないのが、私のスタンスなんです。

会場:今日のお話を伺って、山口さんはビジネスセンスや発想力が豊かな方だと感じました。日頃から心がけていること、アンテナを張っていることがあれば教えてください。

山口:今は四六時中、仕事に取り組んでいます。余力は残しません。その中で、一つひとつの作業から吸収できるものは、最大限に吸収したいと思っています。時間が取れない中で、妥協しないことが、突き進んでいくために大切です。

「途上国のブランドといえばマザーハウス」が最終目標

会場:第2、第3の山口さんをつくっていくということですが、それができる人の素養は何でしょうか。

山口:どういう点を重視するかというと、「人間力」です。これまでたくさんの人と面接してきたんですけれども、最近は会ったときに、その人の周りに人の輪ができるかどうか、何となく感じられるようになってきました。例え経験や知識がなくても、その人が持っているオーラというか、人間的な魅力を持っている人を意識的に見抜こうとしています。途上国ビジネスでは、頭の良さは求められません。まったく知らない国に行って夢を語って、現地の人を巻き込めるかというのは、もう人間力しかないんですよね。そういうどんどん人を巻き込んで、一つのプロジェクトをつくり上げることができる人と一緒に頑張りたいなと思います。

会場:第2、第3の山口さんについてですが、その方々が活躍されるフィールドも、もしかしたら国籍も異なることになるかもしれません。そうすると、最初にマザーハウスが描いていたもとのは、違うデザイン、違うストーリーが出てくるんじゃないかと思いうます。それによって、マザーハウスというブランドが、バラバラになってしまう心配はないでしょうか。

山口:おっしゃる通り、デザインやプロダクトは、作り手によってまったく変わります。当社には1名のデザイナーがいるんですが、私とはデザインもテイストも、まったく違います。しかし、それは歓迎すべきことです。なぜかというと、私たちが提供するのはコンセプトブランドで、そこに多様性があるからこそ、マザーハウスの理念が生きてくるからです。お客様のターゲットを絞ってはいません。途上国の可能性をすべての人に伝えたいんです。種類の異なるプロダクトは、ラインで分けていくしかないですね。ラインによって見せ方や雰囲気がガラッと変わることで、マザーハウスの理念がより強くなる。その相乗効果もあります。

会場:マザーハウスのブランド・アイデンティティは、どのように変わっていくんでしょうか。

山崎:私たちがブランドを構築する上で必要と考えているのは、ストーリー+デザイン+クオリティです。ストーリーをつくる上で重要なのは、理念に立ち返ることです。途上国から世界に通用するブランドを発信する。途上国からのブランドと聞けば、世界中の人が「マザーハウス」を思い浮かべることが、最終目標となります。

会場:マザーハウスの一番大きなコンセプトは、発展途上国で自立したブランドをつくるというお話を伺いました。その一方で、山口さんは自分で決めて自分で突き進むということをおっしゃっていたと思います。私がそこに矛盾を感じていて、途上国の人が突き進んでいかないことには、目的は達成できないように思いますが、その点についてはいかがでしょうか。

山口:現状でも実は、途上国にも人材やリソースはあるんです。しかし、国際マーケットの情報は入ってきません。私が自分で決めて自分で突き進むのは、途上国と国際マーケットを繋ぐ部分です。私たちが、国際マーケットを相手にしたビジネスのモデルケースになって、サポートする役割を担っています。

山崎:いま現地のディレクターが日本に来ているのは、私たちが行かなくても彼らがすべてマネジメントできるようになるためなんですね。それを実現できる人材は、途上国にもいっぱいいます。

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