私がコーンフェリーに入社した1991年以来、日本においてもグローバル人材市場は大きく変化してきた。アベグレン氏が「戦略変更および実行に要した10年」とも評した1990年代は、日本企業にとっては数々の問題に直面し、構造転換を迫られた時期である。そうした状況下で日本企業は、外資プライベートエクイティファンドなどによる投資をきっかけとして、特に外部の、グローバルエグゼクティブをチェンジエージェント(再生の担い手、変革推進者)として積極的に登用し始めた。
また、これら海外直接投資の増大により、終身雇用、年功序列、企業内組合など旧来型の雇用慣行の見直しも進んだ。日本企業の雇用慣行がいわば外資化すると、転職に伴う個人の機会コストも下がってくる。大企業に勤める人材に我々エグゼクティブサーチが接触した時、1991年には面会まで進むのは10人中1〜2人だったが、今では7〜8人に会える。労働市場の流動化と、日本人シニアマネジメント層のマインドセットの変化は喜ばしいことである。
ただ一方で、(グローバル人材の)需要と供給には、まだ深いギャップがある。グロービス・インターナショナル・スクール(GIS)には、このギャップを埋める役割を期待している。
日本企業も外資系企業も求める人材要件の本質は同等
では近年、求められているグローバルエグゼクティブ、とりわけ企業の変革、再生の担い手となるグローバル人材は、どのような人物像であるべきか。実は、この人物像が最近、日本企業が求めるもの、外資系企業が求めるものとで、似通ってきている。「職務的資質」と、「個人的資質」に分け、詳説しよう。
まず職務的資質には、「経験」と「職務能力・スキル」がある。職務能力は職務経験から得られるものである。職務経験としては、マネジメントの経験、マーケティングなど実務の経験、多様な価値観を持つ人間をマネジメントした経験として、海外赴任などの経験が必要である。このような経験を通じて培った能力、プロフェッショナルなスキルとして、具体的には、危機管理能力、創造的問題解決能力、交渉力、マルチカルチャー・マルチリンガルスキルなどが挙げられる。
これらを総合すると、グローバルに活躍できる人材となるには、以下の7つの要件が必要であると思う。
1)業務の特定分野でのプロフェッショナルスキル
私は、「プロフェッショナル」を「一つの特定領域のビジネスファンクションで他者を凌ぐ能力があり、かつジェネラルマネージャーにもなれる経営をするための戦略立案能力とその遂行能力、現在ない場合でも潜在的に能力がある者」と定義している。日本企業は自社内では通じる一定の職務能力を持つジェネラルマネージャーを育てるが、他社ではそれが通用しない場合も多い。マーケティング、ファイナンス、技術、人材マネジメントなど、他社でも通用する何らか特筆される専門的スキルを持ち、かつ戦略性とビジョンを持ってCEOなどの経営者としての責務を遂行できる人物が求められる。
2)戦略的能力
1970年から1980年代の高度成長期の日本企業では、改めて戦略を考える必要性はあまりなかった。従って、この戦略策定、実行スキルを持つ戦略思考のエグゼクティブ人材を探すのが、実は難しい。例えば人事部門で、企業の戦略実施のために適切な組織作りなどを経営者の右腕として実行できる人材は少ない。単に組織維持のためのプロセスを管理する人事部長とは資質が異なる。戦略的CEOは企業戦略を見直し立案し、必要であれば戦術としてM&AやIPOなどで成長を図る。このような戦略的アプローチはMBAの枠組みで考えると整理しやすい。MBAで習得する概念や枠組みはいわば世界共通言語として国を超えたコミュニケーションにも役に立つ。
3)海外での経験
留学や海外勤務の経験がある人材は市場価値も高い。言語のみならず、多様な人種、文化、価値観・倫理観、商習慣への理解や、対応・管理スキルが備わっていると期待できるからだ。英語・日本語のバイリンガルだけではなく、中国、韓国、欧州などでの業務経験や言語力があれば、他国の市場に対する知識だけではなく、価値観やビジネスの事例に関わる多様性を理解できるものと更に評価される。
4)企業家マインド
どのような組織にいても、CEOの立場に立って、常に大局的視野を持ってシミュレーションをすることを勧めたい。なぜなら、常日頃からこうしたシミュレーションを通して、戦略的アプローチを考え、今の決定が長期的にどんな意味合いを持つかを考えるトレーニングをしておけば、実際になったときに準備ができていることになる。ジェネラルマネジメントの観点から独自の問題解決策、代替案の分析評価をする習慣を持つ人材が求められている。
5)問題解決能力
グローバルビジネスの現場では、常に前例のない問題に直面し、解決を求められる。雇用主は問題解決のためにその人材を雇っているから、自分で解決することを期待している。MBAで学んだツールと想像力を働かせ、現実的な問題に対する効果的・合理的でシステマチックな意思決定ができるようにしておくことが大切だ。
6)多様性へのオープンさ
異なる価値観を持つ人々に対し、偏見なく接せられること。他人の話をよく聞いて共通項を探せば、合意の道は探せるはずである。私自身、本社の取締役会では唯一のアジアからのアジア人だ。意志の疎通が図れない時は、なぜ相手がそう考えるのかを考え抜く努力をしている。
7)市場価値の認識
自らのキャリアを定期的に評価し、市場価値を見極めるべきだ。そのためには、人材コンサルタントからの話を定期的に聞くことも役に立つ。彼らから得られる情報により、市場における現在の自分のポジションや価値を、また今後の可能性を定期的に確認できるからだ。それによって、自分の目指すゴールに到達するには何が足りないかを把握できる。
一方、個人的資質は、生まれながらの属性と労働市場に入るまでに習得した「基礎的能力」と、「パーソナリティ」に大別して、考えられる。
「基礎的能力」には、戦略性、論理性、分析力、明確な説明能力と聴く力などが挙げられる。また、「パーソナリティ」としては、ダイナミックでエネルギーに溢れ、柔軟性を持ち、ポジティブに創造的な問題解決のできる、リスクテイカーであることなどが、求められる。
キャリアビジョンは自らの羅針盤により描け
これまでの議論を総括すると、以下のような人物像が浮かび上がる。「国境を越えてどの企業でも通用する汎用的なスキルを持つ企業家的人材で、チェンジエージェントとして創造的問題解決能力がある」。企業がこのような人材を求める理由は明白で、それは、企業戦略を新鮮な視点で再評価し、企業に再び活力をもたらしてくれることを期待するからである。
グローバルエグゼクティブは、毎日かつて経験したことのない状況下で判断を求められ、また、毎日人種、習慣、制度など多様性の管理、創造的な問題解決を要求される。ただ、このようなリーダー〜例えば日産復活の立役者となったカルロス・ゴーン氏のような〜を見つけることは、極めて難しい。GISで学ぶ皆さんには、是非、この不足を埋める役割を担っていただきたい。
さて、過去15年にわたる人材コンサルティング経験から、成功するグローバルに成功する人材には幾つかの共通項が認められると思うので、ここでシェアさせていただきたい。
まず、「自分のキャリアに対する責任感」。自分に対する反省なしに、全てを会社や上司、同僚の責任にして、頻繁に職を変えることは勧められない。“ジョブホッパー”となってしまうからだ。成功する人材はミスを人のせいにせず、自らのミスから学び、それを生かして将来に向けたチャレンジをしている。そして、「チャレンジ精神」と「前向きな姿勢」がある。ある機会が提示された時、リスクやチャンスを注意深く評価した上で、積極的に動けることだ。転職に限らず、期待していなかったプロジェクトや交渉など、見込みがあるなら挑戦してみることである。やってみなければ、結果は分からない。また、難しい問題に直面した時こそ、出来ない理由を考える前に、どうしたら出来るかをポジティブに考えるべきだ。そうすれば、創造的な問題解決策も見出せる。
自らの羅針盤を持ってキャリアを構築する「戦略的キャリア形成」も不可欠である。自分の強みと弱みを認識し、5年後の自分の理想像を描き、そこに達成するには、現在の自分には何が足りないか、達成するには何をすべきかを熟慮すること。人材市場で他の人では出来ない独自のポジションを築くという視点も必要である。例えば私の知人で起業を志向した人は、コンサルティング会社で戦略立案スキル、投資ファームでファイナンシャルスキルを得たのちMBAを取得、そして消費財企業で、マーケティングとセールスを経て起業した。キャリアは戦略的に築かなければならない。
この際、社会的な評価よりも、自分独自で自分の成功のキャリアパスを定義することが大切だ。近年まで日本では、良い大学を出て大企業や政府機関で働き、そこの幹部になる道が、唯一の成功のキャリアパスだった。また、1980年代はコンサルティング会社や投資銀行、1990年代はベンチャーキャピタルやドットコム企業、最近ではプライベートエクイティファンド、再生企業などが、マスメディアからは注目を浴び、これらの業界が多くの日本人MBAホルダーを吸収している。流行の”in”のキャリアに踊らされることなく、自分」が本当に何をしたいのかを考え、自分の「成功」とは何かを定義したほうがよい。自分の成功は自分で決めるべきことである。
さらに「謙虚さと自信」「高潔さ」。本当に自信のある人物は、他者とは戦わない。常に克己して、自分自身を改革して成長させている。また、高潔さがなくても金儲けはできるが、これを持ち合わせていない人は、最終的には倫理的あるいは法的な問題で行き詰まることになる。
今後は、私としては特に「女性」の台頭に期待している。過去の経験から言って、女性は既得権のない分、チェンジエージェントに向いている。リーダーとしての基礎的な能力は性差には関係ない。性差はあくまで個性の一部と捉えている。女性でも男性でも優秀な人は優秀である。残念ながら、女性は実務経験を積む機会が男性より少ないため、職務能力が育たない。しかし最近では、外資系に勤める女性の中には十分なスキルを持った人も散見されるようになっている。
[対談]コーン・フェリー・インターナショナルフクシマ氏V.S.グロービス経営大学院アベグレン名誉学長
アベグレン:「グローバル化」「グローバル企業」「グローバルマネージャー」という言葉に違和感を覚える。日本に限らず今の世界諸国は、単に「Transnational(国境をまたぐ)」なだけだろう。企業はどこかの国への登記が必要であり、国連などに登記できない以上、真の意味でのグローバル企業は存在しない。私は以前、メキシコやフランスに短期間居住していた経験があるが、現地には外国人ホテルや教会を持つ外国人コミュニティが存在した。日本人コミュニティもあり、実際にはローカルの文化とは交じり合わないことを目の当たりにした。そうした経験から「グローバル」というのは少し誇張があるかと思う。
教育に話を移すと、「トランスナショナル」「グローバル」をゴールとするより、「トランスカルチャー」を目指すべきというのが、私の意見だ。MBA教育には多くの人種が必要だ。他国の学生と出会い、競争し、切磋琢磨し、友情を築くプロセスが重要な役割を果たす。しかし残念ながら、日本にはまだ、そう多くの外国人はおらず、外国人学者との接触も少ない。しかし例えば、海外から学生を招聘し、この国の工場やビジネスを見学し、マネージャーと討議するといったことは可能ではないかと、考えている。
真のグローバル化のためにはマルチナショナル、マルチリンガルが必要だ。例えばオランダ、スイスやスウェーデンなどは小国だが、グローバル国家だといえる。そして昨今、グローバルビジネスの中心は急速にアジアにシフトしている。特に東アジアは、成長率も著しい。日本人にはぜひ、トランスカルチュアルな経験を積み、トランスアジアを目指してほしい。キャリアを考えるときにはアジアを視野に入れることを勧める。
フクシマ氏:まず、「グローバル」の定義をしたい。グローバル企業は「グローバルにオペレーションしている企業」と定義でき、「グローバルに成功している企業」という意味ではない。そういう意味では例えば金融などのサービス業はIT技術の進化のおかげでグローバル化していると考えられる。トランスカルチュアルという目標が出たが、私自身は日本語アクセントのある英語で、日本人として何とかグローバルにオペレーションしていると思う。
ヨーロッパの小国は歴史的必然性からグローバル化を果たしたが、島国の日本にはその契機がなかった。今夏、国際会議に出た際、JapanSessionへの参加者が少なかったことを私は懸念している。一方、中国人やインド人は、自信たっぷりに発言していた。中国人は英語が上手でない人でも、積極的だ。華僑に象徴される中国人ネットワークは国際的に発展しており、欧米のエグゼクティブとのコミュニケーションのとり方もうまい。このような中、日本人は会議で沈黙せずに、考えをアピールする必要がある。そうしないと、意見が期待されなくなってしまう。
日本では若者が自分の意見を表現する場がないことも、教育面の問題だろう。海外に出たら日本のことを説明せざるを得ず、そのため自らのルーツを再評価することになる。他国の文化に触れることで自国の良さを知り、それがベンチマークとなっていく。私自身、1974年に渡米した当初は全て日本の方が良かったが、日米間を行き来するうちに、それぞれの長所を認識するに従い、だんだんニュートラルになってきた。
アベグレン:アメリカ人は外国に行くと、自国のネガティブなコメントは決してしない。一方、謙遜する文化を持つ日本人は、自国の良さを外国では言わない。日本には多くの長所があるのに、どうしても自信を持って発言できないのだ。この文化の差も、アンバランスを生んでいると感じる。