店舗数の臨界点は ビジネスモデルが決する
加藤 最初は1店舗からスタートしたサービスも、顧客満足が高まり収益が拡大すれば、いずれは「チェーン展開を」という話になる。しかし、各店舗のサービスレベルを保ったまま多店舗展開をすることは決して容易ではない。また、サービスの内容を陳腐化させないため、店舗数拡大の臨界点を見切る必要も出てくる。そもそも、店舗数を拡大することが“善”なのか、という議論もあるだろう。このセッションでは「多店舗展開の肝~質を落とさない規模拡大」と題し、こうした悩みをクリアしながら成長してきた、個性の異なる3社にお話をお聞きしていく。まずは自己紹介と事業概要の説明から。
岩井 「10分1000円」のヘアカット専門店「QBハウス」を国内に340店舗、シンガポール、香港、タイに20余店舗、展開している。創業者・小西國義が1996年に1号店を作り、10年間で340店舗まで持ってきた。私自身は以前、銀行に勤めていたが、前職でこの会社(キュービーネット)に投資したご縁で2001年に入社、2004年に社長に就任した。
佐藤 「CAFE GARB」「かのや」など、個々に性格の異なるカフェレストランを東京・横浜・京都・神戸に20余店、展開している。バルニバービ設立は1991年、30歳の時だが、その前に24歳でアパレル関係の会社を起業、27歳で撤退した経験がある。「ファッションをやるならパリ」と思ってパリにオフィスも構えたが、結局、手放すこととなった。最後にカフェのテラスで飲んだカプチーノが記憶から離れない。7時間ぐらい座り、ひたすらに泣いていた。その後、阪神大震災で仲間を失うなどの体験を通して、「あの時、失意の気持ちを受け止めてくれたカフェのようなお店を作りたい」と思うようになった。それが1995年に出店した「アマークドパラディ」だ。
林 約60店舗あるベーグル専門店「BAGEL & BAGEL」を中心に、マフィン専門店「She Knows Muffin」、パブ「DRUNK BEARS」のほか、カフェ「Chelsea Cafe」など、店舗数は70近くなった。1997年の起業から10年が経ち、創業期に起きる紆余曲折は概ね経験してきたように思う。今日は、そのなかで自分が考えてきたことや、失敗してきたことをお話しできたらと思っている。
加藤 ではまず、現在の基幹となっている既存業態(QBハウス、BAGEL & BAGEL)では何店舗までの出店を考えているか。適正規模として考える、その数字の根拠と合わせて教えてほしい。
岩井 海外も含めると、マーケットがどのくらいあるのかは、まだ正直分からないが、日本国内では1000店舗と考えている。理容・美容業界は国内40万軒くらいの規模だが、「10分1000円」で行けるのは10万人に1店舗くらいかと。その意味では現在、目標の1/3まで来ている。ただ、創業時には女性の利用はあまり想定していなかったが、意外に多く、また塾などで忙しい、小さな子供の利用も増えている。1000店舗を超えて、「お客様の時間を節約する」という切り口での、需要の掘り起こしも可能かとは思う。
加藤 1000店舗の規模で質を保つのは、かなり難しいと思うが、出店ペースはどのようにコントロールしているのか。
岩井 実は1度、「年間100店舗出すぞ!」と号令して、数自体は達成したものの、質の低下を招くという大失敗をしている。この経験を踏まえ現在は、年間20~40店舗の純増に留め、先に人材を安定的に輩出する仕組みづくりなどを進めている。店だけであれば、いくらでも増やせるが、人が付いていかない。
加藤 BAGEL & BAGELは、一顧客としては、「もっとお店が増えてほしい」一方、「マクドナルドやケンタッキーフライドチキンのように、あまりにどこにでもあるようになっても、つまらない」と思うお店。希少価値も含めてのブランド管理と思うが、林さんが目指す店舗数は。
林 そもそも「ベーグル」という市場自体が存在しないところから起業したので、蕎麦やカレーのように市場規模の何パーセントを狙うといった切り口から店舗数を算出することはできない。逆に言えば、(出店数について)大風呂敷を広げようと思えば、幾らでも広げられるが、実際は最初から「目標○○店舗!」と掲げるのではなく、1歩1歩、手探りで進みながら増やしてきた感じ。そして、それは今後も変わらない。現在、約60店舗あり、地図上で首都圏100店舗までは、はっきりと見えているため、投資家などには「100店舗までは」と言っているが、そこから先は、まだグレー。100店舗まで行って、さらにお客様の需要が見えたら拡充するし、逆に、そろそろ終わりだなと思ったら他のことをやる。
1業態での臨界点というのは、あると思っている。一定量を超えるとお客様のなかで、ありがたみが減るし、自社の既存店で食い合いが始まる。
加藤 バルニバービは、それぞれに個性が豊かなお店であり、QBハウスやBAGEL & BAGELとは、店舗数拡大における考え方も全く異なると思う。
佐藤 お二人の話を聞いていて、逆に僕のやろうとしていることに臨界点はないと今、気づいた。本部は店舗を出店する機能を持っているが、ブランドは各店にある。実際、売り上げ規模的にも、(会社としての)僕らのことは余り知られていない。従って、いろいろなことをやりながら、限界を考えずに店舗を増やしていくことが可能だ。
むしろ、課題は店舗数より出店スピード。実は以前、2000年から2001年の1年に13店舗も出店して地獄を見た。それは僕自身の慢心が原因で、「あんな店も、こんな店も、やりたい。やれば絶対に流行する」というだけで、出してしまったから。1店舗1店舗、個性の違う店を出すということは、かける音楽一つを取っても個々に考えなければならないということ。それを年間に13軒という、無茶をした。無理を言って料理長に登用した従業員を、「なんで、できへんねん」と責めて、「佐藤に騙された」と去られてしまったりもした。途中で自分の間違いに気づいたが、(テナント)契約があるので急には辞められなかった。
その際のラーニングは、自分がやろうとしているのは「始めに人ありきのビジネスなんだ」ということ。バルニバービにはダンサー目指している従業員とか、F1をやりたい従業員とか、多様な人材がいて、それぞれに人生のビジョンを持っている。彼らがやりたいことを「飲食」をベースに達成する。つまり、「作りたい店があるから、人を充てる」のではなく、「○○という人がいるから、××という店を作る」という考え方をしていきたい。
基本的なところに立ちかえって言えば、僕自身は、店舗数の拡大を強く望んでいるわけではない(それを目標にはしていない)。事業を一流にしたいという思いは強く持っているが、僕にとっての一流は、店の数を増やすことではない。
加藤 店舗数が増えると例えば、仕入れの面などでスケールメリットが利きやすいといったメリットはあると思う。
佐藤 それは、考え方次第でクリアできる。大手チェーンなどとのアライアンスも含め、方法論は色々あるし、今後は、そうした事例が多く出てくるだろう。規模を追うことだけが最善という時代ではもうないのではないか。
「型」は真似られるが 背景にある「思想」は真似られない
加藤 これまでの議論で、サービス業において出店スピードを考えるうえで「人」をどう作るかは極めて大きなカギと理解した。このあたりは後半、じっくりと伺いたい。その前にまず、そもそものビジネスプラン確立のところから。店舗数の試算は、競合といかに戦うか、差異化するかの視点抜きには語れない。とりわけ既存の市場を取りにいく場合には、先行者の反発もあるだろう。
岩井 実際、QBハウスの創設時には鍵穴にセメントを詰められたり、店舗の前にゴミを捨てられたり、様々な嫌がらせにあった。理髪店を営む人の多くは、その持つ技術に誇りを抱いており、「それを安売りするなんて、とんでもない」と。価格破壊を起こすことで、市場が荒らされると思われたのだろう。
私達は「10分間1000円」でお客様の時間を節約するサービスモデルと、理髪店の店主などと、ゆっくり会話でもしながら寛いで髪を切ってもらうというサービスモデルは、完全にすみ分けるものと考えていた。QBハウスが既存の市場の全てを取るわけではなく、これまでにはなかったサービスを新たに提供するということを、理解してもらえるまでには時間がかかった。
妨害は気持ちがよいものではなかったが、他方で「これだけの抵抗に遭うということは、このビジネスモデルがイケるということだろう」と確信する思いもあった。目の前に既得権益や規制という壁があったとき、それをチャンスと捉えられるか、そこで諦めてしまうかが、一つの大きな分岐点となる。
加藤 なるほど。ただ登場時には革新的でも、一旦、市場が切り開かれれば「10分間1000円」自体は、いわばコロンブスの卵。事実、後発で真似る業者も次々と出てきたが、QBハウスは依然、強い。競争優位の源泉は、どこにあるのか。
岩井 後発の場合、「型」は真似られるが、背景にある「思想」は真似られない。例えばQBハウスでは店頭に券売機を設置し、ここに1000円を入れると(顧客の手元には)チケットが出て、本部には「1名が来店してサービスを利用した」という情報が飛ぶようになっている。この裏側には、売り上げと店舗に入る現金の間に誤差を生じさせないという設計思想がある。売り上げと現金が合うというのは、チェーン運営の肝の一つだ。これを型だけ真似ると、場合によっては店主が「機械が故障した」などと言って券売機の電源を切り、売り上げの一部を着服するようなこともあるかもしれない。QBハウスでは、どれだけ小さな店舗でも券売機を2台置き、仮に1台壊れてもバックアップの券売機は稼動する状態にしている。
また、お客様がかける椅子にもエアウォッシャー(切った髪を吹き飛ばす装置)にもセンサーが付いていて、どの作業に何分を費やしているかという人時生産性が計れるようになっている。理容師が使うための道具は、ヨットのキャビンをイメージして作ったユニット内にすべて置き、無駄な動きなく手を伸ばす範囲で取り出せるようしている。これは、理容師の動く1歩1歩がコストであるという考え方に基づく。
逆に以前、欲張って失敗したのが顧客情報管理システムの内容だ。お客様が席に着いたときに、理容師に性別や年代などの顧客情報の入力をさせて、細かくデータ分析ができるようにしたのだが、これは実際には、(QBハウスにとっては)さほど必要な機能ではなかった。むしろ、理容師に無駄なことをさせずに短時間でカットする、というコンセプトに反するものであり、邪魔だった。
このように「仕組み」の裏側に、それを支える思想が明確にあること。それが競合との差異化の源泉となる。
加藤 差異化のポイントとして、オペレーションや設備、情報システムなどの仕組みの話が出た。BAGEL & BAGELは、巨大ファーストフードチェーンなどと比べると、マニュアルでガチガチに縛ってというオペレーションはしていないように見える。
林 事業で勝つために必要なキーポイントを僕は、(1)差別化された商品、(2)ロケーション、(3)ブランドの3つと考えている。最終的な目標は、日本にベーグルを文化として根付かせることだが、達成度はまだ3割という認識。これを引き上げるために、何をすべきか。
お客様に気軽に買ってもらうためには、まず、どうしても路面店など目立つ立地が必要だ。ベンチャー企業にとって路面店の家賃の高さは決してラクなものではないが、まずお客様の目に留まり、買っていただくこと。買っていただいたとき、それがリピートしたくなるような他と差別化された商品やサービスであること。購買経験の蓄積に従い、ブランドが形成されること。この3つが上手くサイクルとして回れば、(路面店の家賃の高さなどを犠牲にして)広告宣伝費などに過剰なお金は必要としない。それに気づくのに10年を要した。
ベーグルを、もっと多くの人に知ってもらうためにも、基本的には出店数は増やしたい。人とお金さえ揃えば店自体は出せるが、大事なのは出した後、品質をどう維持するかだ。人材を養成する仕組みやそれを支える理念が、経営者の中にきちんとなければ、最後の最後で「何のためにやったんだろう」ということになってしまう。僕自身は、人の使い方がなかなか上手くいかず、自分の中で“モノサシ”ができるまで悶絶した。
(先の質問の)店舗数の限界、出店スピードを決める軸は、「時間」と「優先順位」。自らの業態、ビジネスモデルを経営者がどのようなスパンで考えているかということ、優先順位は、社員、投資家、お客様など、多岐にわたるステークホルダーの誰から満足させていくか、というところにカギがあると思う。
ベンチャー企業でも 良い立地条件は切り拓ける
加藤 差異化のポイントとして、さらに(1)商品、(2)ロケーション、(3)ブランドというキーワードをいただいた。商品については、以前、林社長が「最高品質のベーグル」「フレンドリーなサービス」「清潔で活気溢れる店内」という基本原則をおっしゃっていらしたのが印象的だった。そこに立ち戻れば、社員が自ら行動を決められると。ところで、3つのポイントのうち、ロケーションについては、デベロッパーとの関係などがないベンチャーは、借りたくても借りられないという悩みもあると思う。バルニバービは東京タワーを真下から見上げられる店舗など、客として魅力的に感じる立地への出店が目立つ。この場所は、どのようにして取っていったのか。
佐藤 後から振り返れば「良い場所」なのかもしれないが、当社が出店している場所は必ずしも競合の激しい場所ではなかった。例えば東京タワー前の店は2年前に見つけたが、そのときは工事中でテントが張られていて(大抵の人にとって)イメージは沸きづらく、「あのあたりは人がいない」と、皆からも反対された。(大阪の)南船場も同様だ。僕らが出店してから(店を中心に)町が大きく変わり、結果、地価が3倍まで膨らんだ。
知名度が低くても、新たな価値創出を提案できれば、場所が獲得できるケースもある。例えば、丸ビル斜向かいの店は、町を時間と共に、人と共に育んでいくために、何が必要かを考え、筆ペンで描いたコンセプトを(三菱地所に)持ち込んだところ、共感していただき出店が実現した。
加藤 実績を積めば、デベロッパーから逆に声がかかるようになる。その意味では、最初にどこに出すかが、その後の成長を大きく揺るがすようなところもあるだろう。BAGEL & BAGELの場合は、どのようなスタートだったのか。
林 1号店は難産の末の出店だった。東京のビルの1階で場所を探すのはとても大変なことで、1年間はかけた。今でも出店場所探しは人材確保に並ぶ成長のボトルネックとなっている。
ようやく見つけた1号店の場所は、新宿2丁目というディープな町の片隅で、売り上げの落ち込んだ珈琲店の跡地。「看板だけを変えて、とりあえずやってみろ。3カ月で、ある程度の結果を出せたら、継続して貸してやる」と言われた。新宿2丁目はご承知のとおり、風俗店などの多い場所。周囲からは、「客層が違う、お前はアホか」と言われたが、1年間も探して、ようやく掴んだチャンスだったので、出店する以外に選択肢はなかった。「ここで成功すれば、どこでも成功できる」と発想を切り換えて臨んだ。幸い周囲には中小企業や予備校などもあったので、「安全・安心で、健康に良い、おいしいベーグルの店ができる」ことを訴求するチラシを持って日参した。チラシにかけたお金は5万円。お金よりも、頭と体を使ってできることを全てやり、オープン初日には店頭にOLと女子学生が列を成した。列は、50メートルはあっただろうか。それが全ての始まりだった。
加藤 出店しづらい場所という意味では、QBハウスは人気の“駅ナカ”や高速道路のサービスエリアなどに、次々と入り込んでいる。
岩井 これは、タイミングも良かった。1996年11月に1号店ができ、業界紙に記事が掲載されたところ、オープン初日に100人を超える行列ができた。この様子を日経新聞が取材し、記事が、これからの駅構想を立てていたJRの方の目に留まった。それが、まだ駅ナカなどという言葉がなかった頃だった。実はオープン日に並んだのは、ほとんど理容業界の人の偵察だったのだが、機会を掴めた。今後は空港などにも出店したいと思っている。立地については、最初から髪を切ろうという目的を持って訪れる場所ではなく、フラっときて時間が余ったから髪でも切ろうかな、と思えるような場所を想定しながら探している。
チェーン全体で質を揃える難しさ 時には低いほうに質を揃える勇気も
加藤 これまで、店舗数の拡大には、前提として、それを支える芯の部分~例えば理念やビジネスモデルのような~が不可欠という話を中心に進めてきた。後半は、サービスの質をいかにして揃え、維持するのかという話を伺いたい。老朽化した既存店をどう活性化するか、商圏特性に応じて個店をいかに強化するか、という内容も、ここには含まれてくるだろう。
林 全てに共通する悩みは、やはり、「人」を作っていく仕組みとスピードにあると思う。サービス業の基本は、フロントに立つ人に、どれだけ自信を持ってやってもらえるかにかかっているわけで、会社の成長速度イコール社員の成長速度でなければいけない。
起業当初は、とにかく急いでいたので、OJT(On the Job Training)でやり方だけ教えて現場に送り込んで、ということをやってしまったが、全く機能しなかった。ベーグルを作って売るだけであれば「How To」を教えればできるが、その場その場で、当社の理念に共鳴した行動を取ってもらうためには、「Why」と「What」の部分が心にも体にもしみ込んでいなければならない。コンピュータに例えると、どんなソフトが乗っても使いこなせる「OS」をまず、全社員に共通する基盤として持たせるのが大切ということだ。これができないのであれば、逆に、あらゆる場面を想定した極めて精緻なマニュアルを作る以外にない。ただ僕は、それはしたくないから、マニュアルは理念を理解させるためのものに留めている。スピード経営も大切だが、PDCAをきちんとまわしながら、自ら考え動く従業員を作りたいのだ。
むろん、これには時間がかかる。しかし、僕はベーグルを長く続く長寿の業態にしていきたいと思っており、これを支える、本質的に強い組織を作るのは時間がかかるものと腹を括っている。そして、これをやっていくことこそが、サービス業の強さの根幹であり楽しさであると信じている。実際、この考え方をするようになってから既存店の売り上げが伸び、従業員の離職率も下がった。
投資家から見ると、このやり方はスピード感がなくて(株式公開まで時間がかかり)、じれったいかもしれないが、自分が経営者としてどうありたいかをきっちりと持つことで(ベンチャーキャピタルの言うなりになるのではなく)最終的には全てのステークホルダーとの良好な関係、メリットが創出できるのだと思う。
加藤 BAGEL & BAGELでは、個々の従業員の考える力を高めることで強い現場を構築し、それをサービスや商品の「質の向上」につなげている。他方、QBハウスの「質」の考え方は少し異なるようだ。
岩井 チェーンオペレーションにおいて、高品質はもちろん重要なファクターだが、「質を揃える」ことも重要だ。例えば、QBハウスではバリカンは6ミリまでしか使わず、「3ミリで切ってほしい」というお客様はお断りするようにしている。現場の理容師は、腕も奮いたいし、「お客様の希望に応えたい」と言うが、本部では「勇気を持って、お断わりしてほしい」と伝えている。同じチェーンで、要望に応える店と応えない店とが出てきてしまうことは、質を揃えるという観点からは全く望ましくない。また例えば、両替もしていない。お客様の要望に応え続けることで、「10分1000円」というビジネスモデルの根幹が崩れては本末転倒である。本質を守るためには「お客様の声を聞かない」勇気も必要だ。
加藤 職人気質の理容師に、型どおり「客の声を聞くな」と言っても、なかなか理解は得られないだろう。「10分1000円」によって、お客様の時間を創出するのだという理念は、どのように浸透させ続けているのか。
岩井 創業者の声というのは、割に届きやすいものだ。しかし、私自身は創業社長ではないし、店舗数も340と桁が上がっているので、ますます難しい。理容師のお客様に応えたい気持ちは想像できるが、それはQBハウスのお客様が求めているものではないはずなので、すまないが技術者魂は捨ててくれと、訴えている。マニュアル通りに、デザインセンスなどとはある種、無縁にカットをすることを、業界の中では低く位置づけられると、気にする理容師もいるだろうが、私は「なるべく時間をかけないで身ぎれいにしたい」というお客様のニーズに応えているという意味で誇りを持っているし、それを理容師にも是非、分かってもらいたい。
加藤 質を揃えるうえで、フランチャイズ(以下FC)か直営かというのはポイントとなるか。
岩井 現在、FCと直営の割合は4対6程度。FCと直営では直営の方が理想的とは考えている。フランチャイズの場合、売り上げを上げるためにと、マニュアルから外れたことをしてしまう可能性が高いからだ。実際、それによってレベルに差が生じてしまった事例もある。
サービス業界のチェーン店において「ブランド」は「どの店に行っても同じことをしてくれる」という安心の証。それがお客様の求めるものと自覚している。
会場 理容師を管理するために何か仕組みを作っているのか。
岩井 QBハウスは本部社員36名の小さな組織で運営しており、店舗人員については基本的に業務委託の形を取っている。職人さんは総じて、ネクタイを締めている人の言うことを聞いてくれないため、徒弟制の親分を本部が押さえ、彼らに職人を腕力で統率してもらう仕組みで、これまで何とかやってきた。これによって多店舗展開は比較的スムーズに行ったが、他方で親分達が30人なら30通りの理念を伝え、30通りのサービスを作り出してしまうという結果も生じた。理容師に対して本部が人事権を持たないことによって、質が揃わない弊害が生まれたのだ。そのため今は、教育関係の別会社を作り、仕組みの見直しを進めている。希望としては、QBハウスの理念を理解した理容師を輩出する専門の理容学校から作りたい。そこで、「QBハウスがお客様に価値として提供をしているのは、時間なのだ」ということを、きちんと腹落ちさせられたら、と考えている。
加藤 人を育てる難しさと共に、人を採る難しさもある。バルニバービには、様々な個性を持つ人達がいて、彼らが成長とともに店舗を任されていく。潜在的な力みたいなものは、どう見抜くのか。
佐藤 感性が要求される。僕は、面接には5秒あれば充分。人としての素直さや知性といったものは、匂い立つ。それを感じる力は、何千人となく面接をやってきたなかで鍛えられてきた。
会場 佐藤さんが最近、感動したサービスは?
佐藤 手前味噌となるが、自分の店での話。来店したカップルの会話から、女性のほうが誕生日だというのが聞こえてきた。気づいた従業員が、ケーキを出して、バースデーソングを皆で歌ったところ、女性客は泣いて喜んでくれた。そういうサプライズが心に響くし、そういうサービスを提供し続けられる店を作っていきたい。