人事に期待される役割~戦略性と専門性を持ったプロフェッショナルに
「経営者の戦略的パートナーたり得ているか」――。人事部門の責任者はこう自問すべきだと言われる。将来の企業の成長を支える人的基盤を盤石なものにできているか。企業が将来どんなビジネス展開するかを見据え、必要となる組織能力を外部から調達してくるのか、内部で育成するのか。より多様なタレントを自社に惹きつけ、個々が自ら学び、持てる力を最大限に発揮できる環境を整えているか。その一方、自社で大事にしている仕事の仕方や価値観を教え、伝えているか。これまで見てきたとおり、こうした人材マネジメントの基調となるスタンスを自社の状況に合わせて適切に設定し、それを推進していく力量が求められている。
ここで大事になるのが「戦略性」と「専門性」だ。変化が激しく不透明な環境下、企業の将来を中長期的に見据え必要な手を打っていくには、複雑な事象をひも解き優先的にするべきことを決めていく「戦略性」が重要なのは論を待たない。課題山積の状態から脱するためには、戦略的な発想を持って「やらなくてよいこと」を決めないと、どこから手を付けてよいかが分からなくなってしまう。例えば「世の中では、『タレント・マネジメント』が注目されているらしいが、我が社ではそれよりも先に手を付けるべきことがある。喫緊の課題は入社5年以内の若手の底上げ、戦力化だ。OFF-JTはもちろんOJTも現場任せにすることなく人事がオーナーシップを持ってウチの仕事の流儀を徹底的に教え込む」と自信を持って言えることが何より大切なのだ。
もう一つの「専門性」も、人事部門が自信を持って現場に働き掛けていく際に不可欠なものだ。人材育成の重要性を否定する人はめったにいないが、かといって人材育成のためなら無制限に時間を使うことが認められるわけではない。むしろ現実にはどんな方法がいいのか分からずに、極力短い時間で高い効果を期待する人が多い。そこで人事部門の人間が、人の変化・成長を促すメカニズムを熟知した専門家として上述した「経験のデザイン」も含め、適切なアプローチをガイドすることが大切だ。「これだけの成果を上げるためには、どのくらいの時間とプロセスが必要」という見積もりなしに、育成施策の設計はできない。誰よりも育成のことを真剣に考え、その方法について詳しいはずの育成策企画者がしっかりと主張しなかったら、意味のある施策になるはずがない。
「外部調達より内部育成?変化する人材獲得の現場」で紹介した人材育成担当者向けのセミナーで筆者が伝えているのは、「誰よりも人の成長の可能性を信じ、それを促す技に熟達したプロフェッショナルたれ」ということだ。人の成長に関与する仕事は、とても意義深い。それに携わっているのであれば、とことんそれを極める気概を持ってほしい。コーチングやファシリテーション等のスキルにも磨きを掛け、現場で育成に取り組んでいる上司や育成対象者本人と直接的な対話を通じ、働き掛けていく。自信を持ち、率先して現場にアプローチしていく上でも戦略性や専門性は不可欠なファクターになってくる。
※労政時報に掲載された内容をGLOBIS知見録の読者向けに再掲載したものです。