いつの世も人を育てる営みは大仕事です。育児然り、部下育成然り。「部下育成」と聞き、ある種の矜持を呼び起こされるビジネスパーソンは多いことでしょう。初めて誰かの成長に責任を持つことになった時、原則を求め、育成の本を手に取ったことがある方も少なくないのではないでしょうか。今回は、そんな方におすすめの本を紹介します。
本書の特徴は、組織行動学の第一人者であるDavid A. Kolbのモデルをベースに、松尾睦氏が独自に行った調査結果から作成した「経験から学ぶ力のモデル」に基づいて、OJTのステップを解説している点です。
ある調査によると、人を成長させる要因は、仕事に直接関わる「経験」が7割、残り2割が「薫陶」、1割が「Off-JT」であり、特に、その人に仕事を通した新しい経験を積み重ねることが効果的とされています。
しかし、新規性の高い仕事は事業の成長期に得やすいものであり、多くの産業が成熟した現在の日本で、新規事業に投資して成長を続けられる企業は限られます。実際に、筆者もクライアントである人事部門の方から次の様な悩みの声を聞きます。
「華々しい手柄となる仕事に、若手が携わる機会が減った」
「顧客のQCD(品質、価格、納期)の要求水準は高まる一方。若手に任せてミスが出るような危険は冒せない」
「プロジェクト規模が大きくなり、若手担当者の仕事の範囲が部分的になった」
加えて、部下の育成にあたるべき、ミドルマネジャーの悩みの声も聞きます。
「新しい仕事が減った今、いざ自分が部下を育成するとなると何をさせたらいいのか?立ち止まってしまう」
「未だに、自らがプレイヤーとして成果を上げなければならない」
本書は、松尾氏のモデルに基づき、この様な状況下、限られた経験から得られる学びを最大化するための方法を載せている点で大変有用です。新規性の高い経験では、「リフレクション」を丁寧に行って教訓を引き出し尽くす。一方、目新しさはなく、一見つまらなく思える仕事でも、その裏に含まれる意味合いを若手に考えさせ、「エンジョイメント」を感じさせたり、目標の「ストレッチ」を工夫することで成長実感を高めたりといった具合に、OJT指導者の工夫次第で、1つの経験から多くの学びを引き出せることに気付かされます。(ストレッチやリフレクション等、松尾氏のモデルや理論背景にご興味のある方は『「経験学習」入門』(松尾睦著)を併読下さい)
さらに、序章でOJTの指導ステップの全体像を示した後、「1. 目標のストレッチ」「2. 進捗確認と相談」「3. 内省支援とポジティブ・フィードバック」という3つの各段階において、いかに指導すべきかという方法も紹介しています。OJTで指導者が直面しがちな問題をシーンとして紹介し、対処の仕方を「ベストプラクティス」として示す構成が、実践性を高めています。お薦めの使い方は、全体を一読した上で、気になることが起きる度、該当箇所を辞典のように引き、自らの考えを書き足すことです。もちろん、原則を守るだけに留まらず、ご自身なりの育成の持論を形成されるとよいでしょう。
古来『家貧しくして孝子顕る』という言葉があります。事業成長が容易には望めず、育成環境に逆風が吹く中、限られた仕事を生かして全身全霊を注いで部下育成にあたる指導者がいる職場から、未来を拓く人財は現れます。本書が即効性のあるバイブルになることを願っています。