< 今回のポイント >
◆2006年、サルマン・カーン氏が「カーンアカデミー」を立ち上げた
◆教え方、体系化、コンテンツ推奨で利用者を拡大
◆MOOCムーブメントの火付け役、Udacityのセバスチャン・スラン氏に多大な影響
前回は、オンライン教育の黎明期についてeラーニングやOpenCourseWare(OCW)というキーワードを中心に振り返りました。今回はそこから「カーンアカデミー」に焦点を当てて、MOOCに至る道のりを辿っていきたいと思います。
カーンアカデミーは、サルマン・カーン氏が2006年に立ち上げたYouTubeベースの教育コンテンツ提供サービスです。
「遠隔地に住んでいる親族の小学生に、どうやって効果的に算数を教えることができるか?」
という課題に向き合ったことが、カーンアカデミーのイノベーションのスタート地点です。
カーンアカデミーのホームページ
当時、ヘッジファンド勤務で多忙を極めていたカーン氏は、仕事の合間を縫って、算数のレベルチェックをするウェブソフトやYouTubeによる映像を作り始めました。
当初は、「何かの足しになれば」程度の軽い気持ちで作ったものでしたが、従兄妹からの「面と向かって教えられるよりも、むしろ、繰り返し見られる映像コンテンツで学ぶ方が、理解が深まる」という思わぬフィードバックから、カーン氏は映像コンテンツを通じて学習することの可能性に気付きます。
その気付きを裏付けるように、初めは従兄妹のために作ったYouTube映像の視聴者は、2007年には利用者が数千人規模にもなりました。見知らぬ学校の先生から「教材として使っている」という言葉をもらうなど、本人が予想していた以上にコンテンツが拡散していったのです。
(ちなみに現時点での利用者数は全世界で毎月数百万~数千万人と言われています。)
ただ、カーン氏のような「オンライン上で教育コンテンツを流す」という試みが最初だったかというと、そういうわけではありません。彼自身も「YouTubeに無料の教育動画を投稿した100番目ぐらいの人間だ」と語るように、アイデア自体が飛び抜けていたわけではないのです。
では、カーンアカデミーがなぜここまで大きくなることができたのでしょうか?
その背景には、(1)コンテンツの教え方(「カーン・メソッド」)の秀逸さ、(2)コンテンツの体系化、そして、(3)適切なコンテンツの推奨という3点があると考えます。
(1)教え方の秀逸さ
まず教え方については、音声と電子ボードだけの極めてシンプルな作り方でありながら、カーン氏の軽妙な口調をベースにした飽きのこない仕上がりになっています。
実際にご覧になれば分かると思いますが、素晴らしいテクノロジーがあるわけではなく、ひたすら「複雑なことを分かりやすく教える」ということに力点が置かれたコンテンツになっています。
(そんな観点で、私自身はカーン氏を「オンライン教育界における池上彰さん」と勝手に思っているのですが、イメージが違いすぎるためか、その比喩にはあまり共感してくれる人がいないのが残念なところです)
(2)コンテンツの体系化
また、最初は算数から始まったカーンアカデミーですが、いまや数学、物理、化学、経済、金融、歴史、美術まで含めてその領域の広がりを見せています。そして、いずれの領域も学ぶべき内容をステップごとに整理し、10分程度で教えられる「ひと口サイズ」まで切り刻んで体系化している、ということがもう1つのポイントです。
「ひと口サイズ」だからこそ、「ちょっと始めてみようか」という気になりますし、それが体系的に構成されているからこそ、「先を目指す」という気持ちになるのだと思います。
もちろん、この辺りのことは、既存の学習ツール(たとえば公文式など)においては当たり前のことかもしれませんが、それをオンライン上の動画という形でゼロから作り始め、気の遠くなる作業をいち早くやりきった、というところにカーンアカデミーの評価すべきところがあるのでしょう。
(3)適切なコンテンツの推奨
カーン氏自身が「我々の本当のパワーの源泉は設問のソフトウェア(レベルチェックテスト)にある」と言うように、受講生の学習レベルを確認する機能はカーンアカデミーが力を入れているポイントです。
例えば、算数の領域において、カーンアカデミーではレベルチェック用に5万以上の設問を持っています。これを使うことにより、受講者に何が欠けているのか、ということを見極めることができ、それによりその個人が今何を学ぶべきなのか(適切なコンテンツ)を推奨できるのです。
例えば、「数学の授業についていけない」と嘆く高校生がカーンアカデミーのレベルチェックを行えば、どこで躓いたのかが一目瞭然でわかってしまうのです。すべてを一からやる必要はなく、理解が足りていないところを明確にし、その該当するコンテンツ(動画)から見始めれば良いわけです。
2010年、巨額資金の流入でブレイク
カーンアカデミーを創設したサルマン・カーン氏
今では圧倒的な地位を築いたカーンアカデミーですが、2006年に設立してから数年は、「算数をYouTube上で面白く教えるコンテンツがあるらしい」程度の存在でした。転機が訪れたのが2010年のことです。非営利団体であり、当時運営資金が枯渇気味だったカーンアカデミーに、2010年、立て続けに巨額の寄付や出資の話が舞い込んでくるのです。
・アン・ドーア(ベンチャーキャピタリスト)から10万ドルの寄付
・ゲイツ財団から150万ドルの出資
・グーグルが200万ドルの拠出
それまでの寄付金額は、せいぜい多くても100ドル程度であったカーンアカデミーにとって、この変化は想像以上だったはずです。
そして、この2010年、「ビル・ゲイツ」や「グーグル」というようなビッグネームからの資金の流れをきっかけに、オンライン教育という領域は俄然注目を浴びるようになりました。
ではこのカーンアカデミーがその後に続くMOOCにどういう影響を与えたのでしょうか。実は、このサルマン・カーン氏はMOOCの創設にかなり直接的なインパクトを与えています。
次回詳しく取り上げるUdacityのセバスチャン・スラン氏は、MOOCムーブメントの火付け役です。カーンアカデミーが一躍注目を浴びた翌年の2011年、TEDの会場でサルマン・カーン氏の話を聞き、とんでもない衝撃を受けたと述べています。
「(そのスピーチを境に)私は、もはや、スタンフォードの学生に対して今までと同じ形でクラスを行うことはできなくなってしまった。私は旧来型の授業形式の存在意義を今でも認めているが、私自身は教育界に新たなチャレンジを仕掛けて、その結果として何が起きるのかを見極めてみたいと心に決めた瞬間だった」(”Two Giants of Online Learning Discuss The Future of Education”)
カーン氏の活躍は、それほどまでに大きな影響を周囲に及ぼしたのです。
さて、ではこう語るセバスチャン・スラン氏とは果たして何者なのか。次回は、このTEDでのスピーチを聞いた翌年に彼が起こすMOOCイノベーションを追いかけたいと思います。
最後に、伝説とも言えるカーン氏のTEDスピーチを紹介しておきます。次週までの自習用教材として、是非一度ご覧ください。
→ 動画はこちら
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